『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment⑫
* * *
「……作業はやや遅れているようだな」
バトラスの足は速く、角を曲がる度に見失いそうになりながら、ライガとリクトは何とか彼が止まるまで尾行を続けた。
やがて、大分開いてしまった距離は埋まり、丁度その角を曲がった先の突き当たりに彼が居る、というところまで追い着いた。バトラスはその先で、誰か複数の人間と言葉を交わしているようだった。
「殿下は月末までに、地下水脈の水量調整の可能化に取り掛かる事をお望みだ。間に合いそうか?」
「それにつきましては問題ありません、バトラス殿。しかし、やはり……」
「何だ? 聴いてやるから言ってみろ」
「はい、では……やはり、我々は日ごとに結界を解除するのでは効率が悪いと愚考します。夜間の作業に取り掛かる前に、毎度傭兵団に魔物の撃退を行わせたのでは時間のロスが大きすぎるかと」
「しかし、地下難民どもは片づけても片づけても湧いてくる。虫のようにな。都市の地下を一気に魔物で埋め尽くす訳にも行かん、少しずつ、連中が腹一杯になった時に一割減っているかいないかくらいが丁度いいのだ」
とはいえ、とバトラスの声は続けた。
「確かにイピリアまでが現れるとは想定外だった。あまり、後になって始末に困るようなものを招き入れるのは良くないだろうな。そう度々帝国に騎士団派遣要請を出しても墓穴を掘るだけだ」
ライガは、角からちらりと目だけを出して様子を窺った。
そして、思わず息を呑んだ。突き当たりの壁に、巨大な穴が開けられている。その中と外を作業服姿の男たちが出入りし、土嚢を山積みにした手押し車や地下水を汲み上げたと思しき大きなタンクを運搬している。その前にバトラスが立ち、現場監督と思しきヘルメットの男と会話をしていた。
「なあ、リクト」ライガはちらりと振り返り、相棒に尋ねる。「ここって、地上で言うとどの辺りなんだろう?」
「ほぼ郊外だよ。というか、もう街の外じゃないかな」
リクトもライガに倣い、行く手の作業現場を見た。
「地下水脈って何の事だ? この下水道とは違うのかな?」
呟く自分に、彼は「静かに」と囁いてきた。「まずは、よく話を聴こう」
バトラスと作業員は、自分たちが見ている事など知らず、会話を続けている。
「ガウトとしては、再来月には地下水脈のルートを使ってアモールに入りたいという事らしい。殿下も工事の遅れは見越して交渉中だが、あまり予定を延期しすぎれば契約金の額を下げられる事になるやもしれん。そうなれば、難民どもに薬を売らせた方がまだ採算が合う」
「とはいえ、実際に現場を預かっているのは我々アモールです」
「忘れたのか? 人員はこちらから出していても、費用は全額ガウト側が負担しているのだぞ。魔物も、難民を完全に排除するのに必要な分だけ利用したら全て向こうの傭兵が対応してくれる事になっている。……本来対等な交渉であるはずの我々とガウトの間で、向こうがこれ程譲歩の姿勢を見せているのは、それだけあちらにとって帝連との交易は魅力的という事なんだ。たとえセレスの導入から日の浅い、こんな辺陬の肢国一つであってもな」
バトラスは、噛んで含めるように作業員に言った。
「それが、我々の側にある強みだ。強みは強みとして、最大限に利用させて貰う」
「そうか……」
リクトが、納得したように唸った。ライガは、今し方バトラスの口から飛び出した言葉──「ガウト」という地域名について思い出そうとする。
帝連傘下の肢国の名ではなかった。大陸のうち、帝連のまだ支配していない残り三分の一の地域、「統一されざる地」にある先住民族のコミュニティ。しかし、帝連はそういった勢力下に置いていない国や地域との交易は全肢国に禁じている。未支配の地域が、帝連の進んだ技術を得て力を増大させる事を防ぐ為だ。
今はあくまでも、間征期なのだ。傘下に入った国々の復興が終わり、体制の移行が全て了畢すれば、また大陸統一の為の戦いは始まる。それは十年後、百年後という未来の事かもしれないが──。
「分かったよ、ライガ。アモールは国ぐるみで、ガウトの商人たちと密貿易をしようとしていたんだ」
リクトは、静かな声音で言った。
「全部、自作自演だったんだ」
* * *
「メガラニカ大陸の沿岸部では、よく地下に巨大な汽水の水脈が通っている。淡水と海水の混ざり合った水の事だよ」
地下水道から出、宿舎に戻る道々、リクトは彼の推理を聞かせてくれた。
「アモールの地下にも、恐らくそういった水脈が発見されたんだろう。さっきの地下水道よりも、ずっと深い場所でね。そしてそれは、帝連領外のガウトまで繋がっていた。ガウトの商人は、そこを船で通れば国境で止められず、帝連に密入国する事が可能になると睨んだ。
ミッテラン王と水道局は、以前から癒着していた。王とバトラス局長は、ビジネスパートナーの関係だったんだ。君もさっき、バトラスが『殿下』って言っていたのを聞いただろう?」
帝連に於いては、絶対の君主は主国ソレスティアの皇帝だけだ。その為、肢国の統治者のうち、アモールのように「国王」の名で呼ばれる国家元首であっても、呼び方として「陛下」は許されず、専ら「殿下」とされる。
「ミッテラン王は、税金を払えない難民の増加に頭を悩ませていた。彼らに炊き出しを行ったり、支援物資を支給したりする財源は、第二間征期体制で肢国の自治体が負担する事になっているからね。彼は、難民たちから何とかしてお金を取ろうと考えた。それで行われていたのが、神酒の流通だった。
王は水道局を通じて、難民たちに『職を与える』という名目で神酒を委託販売させていた。これは推測だけど、多分代金は後払いで卸していて、彼らが自分たちで薬を使用して原価を払えなくなれば、役人が──つまりはミッテラン王の部下が密かに逮捕をしに現れていたんだろう」
「それで、城内で処刑していたって訳か」
ライガは唇を噛んだ。「確かに難民だったら、急に居なくなったとしても一般人からすれば目立たない」
「だけど最近になって、ガウトから取り引きを持ち掛けられた。ラプラスの地下水道を件の水脈と行き来可能にして、アモール領内から帝連への入国経路を作ってくれるのであれば定額を支払う、ってね。その利益は、難民たちに神酒を売らせるよりもずっと大きなものだったから、王はこれを了承した」
「当然、工事を行うには水道局の協力が不可欠だ。それでバトラスと組んで、工事現場から魔物を引き込んで邪魔な難民たちを排除していたんだな。夜の間、あそこには街の周囲に張ってあるのと同じ魔除けの結界が張られていて、日中はそれが解除されて魔物が入り放題になっている。今日までに遭遇した量から考えるに、もしかすると積極的に魔物を入れる為に魔導具が仕掛けられていた可能性も大いにあるな」
工事が始まれば、地下を自由に歩き回る難民たちは間違いなくその事に気付くだろう。直接調査に来て何人も犠牲になっているからには、進駐軍はこの一件には絡んでいないはずだ。彼らに難民たちが情報を流せば、ミッテランの思惑は白日の下に曝されてしまう。
ミッテランの狙いは、水道局から難民たちに麻薬を流させていた当初から、金よりも彼らを排除する事の方にあったのではないか。帝連軍はともかく、ラプラスの住人のうち上流階級の者たちにも麻薬を売りつける行為は、長期的に見ればミッテランにとってもデメリットでしかない。高額納税者たちが薬物によって廃人となり、財産が使い尽くされてしまえば、彼らから得られる収入が一気に消滅する。それでも難民たちに麻薬を売らせていたのは、元々彼らの売る量などたかが知れていた為、ではないのか。
難民たちは薬物依存となり、自分たちで仕入れた麻薬を使ってしまい、原価を支払えなくなる。そうなった者たちを逮捕し、合法的に抹殺する事こそ、ミッテランが最初から意図していた事ではないのか?
「ガウトから持ち掛けられた取り引きは、ミッテランにとって一石二鳥だったって訳か……難民たちの稼ぐ以上の金額を安定して得られ、その過程で魔物の事故を装って連中を始末する事も出来る、と」
ライガは呟くうちに、胸裏に怒りの炎が燃え上がるのを感じた。
「結局、騎士団はたかが辺境貴族にいいように使われていただけって事か? 行き場を失った自国の民をぶっ殺す為に魔物を引き入れようとして、想定外にヤベえやつが入って来ちまったから俺らに──いや、エミルス殿らに倒してくれって? 騎士団はガキの使いじゃねえんだぞ」
「……ああ、その通りだよ。許せる事じゃない」
リクトは応じたが、その声は自分よりかは幾分か冷静にライガには聞こえた。
彼は何に対して腹を立てているのだろうか、と考えた。帝連の政治に参画すべく日夜奮闘している彼にとっては、やはり最も許せない事はミッテランたちの売国行為だろうか。
しかしライガはそれよりも、自国民を苦しめ、骨の髄まで搾り尽くし、挙句に命までをも奪おうとする統治者のやり方について怒りを覚えていた。
「どうする? 俺たちで、あそこに居た連中をやっちまおうか?」
ライガは足を止め、川の方角を振り返る。リクトはぐっと奥歯を食い縛り、やがてゆっくりと首を振った。
「僕たちにそこまでの権限は与えられていない。彼らの不正を裁くなら、帝連の法律に則った正当な裁きを受けさせるべきだ」
「でも──」
「HMEで録音して、言質を取らなかったのは迂闊だった。でも、あの場所に地下水脈への穴が掘られていた事は確かな事実だ。……イェーガー副騎士長は、きっと僕たちの言う事を頭ごなしに否定したりはしないさ。ちゃんと調査をして、事実を証明して下さる」
リクトは言うと、「よくある事だ」と付け加えた。
「だからこそ、司法があるし、騎士団が居る。帝連が完璧じゃない事くらい、前から分かっていたはずだ。けど、だからこそ僕たちは、帝連を見放さず魔剣士で在ろうと誓った。次世代の騎士として、こういった不正を内から是正する為に」
「ああ……」
ライガは肯いたが、やはり自分は、彼のようには考えられないと思った。
彼の性向は、やはり政治家向けなのだろう。将来の皇帝として、そういったセンスをあらかじめ──帝王学を修める前から──こうして自らの内に備えている。法に従順であり、その善意を信じている。即ち、法に基づく裁きによって不正は正せるという事を信じている。
けれど、自分は違っていた。
(悪人が更生する事なんて、奇跡のようなものだ……だから)




