『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment⑪
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地下難民たちの集落を離れ、歩いている最中にヴォルノからHMEが届いた。
曰く、彼は既にネクアタッド騎士長を始めデスタンの本隊と合流しており、離れ離れになった訓練生たちを回収しながら出口を目指しているという。目印になりそうなものを伝えるように言われ、返信から間もなくしてライガとリクトは彼らに発見された。その際、ネクアタッドが「これで訓練生百名の安否が無事確認された」と言っていたので、どうやら自分たちは皆の中でいちばん入口から遠い所まで逃げてしまっていたようだった。
溝に落ちたドーデムは、他の突き落とされた者たちと共にタオルを頭から被せられて屈辱的な表情を浮かべていたが、
「臆病者たちめ」
ライガたちと合流するや否や減らず口を利いた。ので、無論無視した。
宿舎に戻ると、ネクアタッドやヴォルノたちは改めてイピリア討伐作戦の立案に入り、その間騎士見習いたちには部屋での待機が命じられた。
自分たちの着いて来た意味はあったのだろうか、とドーデムは愚痴を吐いていたものの、ライガとしてはネクアタッドの水属性術──自分にはまだ使用する事の叶わない『誅罰』を実際に見られただけでも有意義だった。訓練所で既に出来る事ばかりをさせられるよりは、ずっといい。
しかし、ライガもリクトも、魔物との戦いとは直接的に関係のない出来事で、重い気分を抱えていた。
「……あの爺さんはああ言っていたけど」
ライガは、言うか言うまいか迷った末、結局リクトに言った。
「進駐軍の上層部や水道局に不正の疑いがある事は事実だ。俺たちは進駐軍じゃないんだし、お前やイェーガーさんならミッテランにも直接会える。通報して、役人たちにちゃんと調べて貰おうか?」
「けど、その調査で結果が白だったらおしまいだ」
「白って事はないだろう? 実際にあの難民たちは、薬を持っていたんだ」
「立ち入り調査の時に、水道局や進駐軍上層部が自分たちの所にある神酒を処分するかもしれない。そうなったら、司法の裁きを受けるのはあの難民たちだけだ。違法薬物の所持や使用は、現行犯じゃなきゃ逮捕出来ないんだよ」
リクトの言葉を聞き、ライガは増々気分が重くなった。
「……なあ、誰のせいでこんな事になったんだ?」
ぼそりと呟くと、リクトは首を傾げた。
「えっ?」
「あの人たちが、あそこまで酷い生活をしなきゃいけなくなった原因だよ。住む場所も飯も仕事もねえ、依存症だから入った金は薬に溶けちまう。その上、その薬は全然自分たちとは関係のない場所から流れて来た。やっぱり、統治者の無能か? それとも、そもそも帝連が戦争を吹っ掛けたからか?」
後者の場合、それを行ったのはシアリーズの父親であるフレデリック皇帝だという事になる。そう考える事は、ライガにとっても辛かった。
同じ事をリクトも考えたのだろう、心に疼きを感じたかの如く眉を潜めた。が、彼は気丈な声で言った。
「どんな人間も組織も、完璧じゃない。帝連にも、そもそも国の起こりが侵略戦争だった事、それが七十年続いた結果多くの犠牲者や難民を生んだ歴史という負い目がある。進駐軍もミッテラン王も、帝連から派遣された人間だ。僕たちもそうだし、陛下であってもその例外ではないという事だよ」
彼は、ライガが容喙する前に続けた。
「今すべきは責任追及じゃない、目下苦しんでいる人たちの救済と、それが繰り返されないようにする事だ。……水道局が犯罪に加担しているなら、証拠を掴んで首謀者を逮捕すればいい」
「おい、現行犯じゃなきゃ捕まえられないって、今お前が言った事だろうが」
ライガは言ったが、そこであっと気付いて目を円くした。それから、悪巧みをする時のニヤニヤ笑いを浮かべる。
「そうか、じゃあ取り引きの現場を押さえればいいんだ。けど──」
一旦言葉を切り、リクトの方へと身を乗り出す。
「なあ、俺たちは親友だよな?」
「あ、ああ」
彼は、嫌な予感を覚えたかのように顔を引き攣らせたが、ライガは知らぬ存ぜぬで続ける事にした。最初に言い出したのは彼なのだから、自分だけ安全圏には居させない。
「って事はつまり、運命共同体だよな?」
「そういう事なの……かな?」
「怒られる時も一緒だな? ……よし、じゃあ今日の夜は、お前も一緒に地下水道に忍び込もう。バトラスがまた入って来たら尾行して、難民たちとの取り引きの現場を押さえる!」
ライガは、拳を握り込みながら言った。
「だけど、バトラス局長は昨夜も地下水道に居たんだろう? 昨日の時点で彼が難民たちに神酒を卸したのなら、今夜も入る可能性は低いんじゃないか?」
「分からないぞ。昨日バトラスは、俺の姿を──少なくとも騎士団の誰かが魔物と戦っている現場を目撃している。進駐軍ならまだしも、部外者が居て、自分の姿が見られたかもしれない時に難民と違法薬物を取り引きしようなんて危険は冒さないだろうぜ。現行犯で見つかったら、即ご用なんだろ?」
「確かに……」
決まりだな、と、ライガはリクトの肩を叩いた。
「それじゃあ今夜は、夕飯の後に。頼むぜ、相棒」
* * *
日中、魔物の襲撃によって討伐隊が分断された時、デスタン騎士団にも騎士見習いたちにも犠牲者は出なかったものの、戦う術を持たず、同じく散り散りに逃げた水道局員の中にはただでは済まなかった者も居た。
ネクアタッド騎士長が午後から調べたところ、地上に出た時点で行方不明となっていた局員三人の遺体の一部が発見された。最初に食われた一人を含め、合計四人が魔物の餌食になったという事だ。発見されたのが遺体の一部であったのは、残りの部分が皆食われてしまっていた為だった。騎士長本人曰く、全員分の身元が確認出来た事は奇跡に近いらしい。
「浄水施設に着くまでに、大体狩り尽くしたはずなのにな」
地下を歩いている間、局員の一人が犠牲になったらしい現場を見た。遺体の残骸は運び出されていたが、現場にはまだ夥しい血痕が残っている。
「やっぱり、俺たちが戦っている間にも侵入は続いていたんだ」
「あのボスを倒しても、まだその調査が残っているんだよね。……騎士団の仕事は本当に大変だ。けど、やっぱり誰かがやらなきゃいけない」
「ああ、分かっているよ」
リクトの言葉に、ライガは肯く。
二人だけで地下に入ってから、そろそろ一時間が経過しようとしていた。道中で出てきた魔物はペトスコスが二体だけで、昨夜ライガが一人で交戦した時よりも遭遇の頻度は減少している。
丁度その頃、日中二人が彷徨い込んだ難民たちの集落の近くに出た。
似たような集落は入口付近にもあったが、こちらは人工的な甘味料の匂い──神酒の匂いが芬々と漂っている為、間違える事はない。
他方、向こうからは暗闇の中で、ライガたちの姿を見る事は──人影が見える、程度には認識出来ても、日中の若者たちだと判別するまでは──出来ない。現在ライガとリクトは照明石のカンテラを持たず、ライガが昨夜もしたように瞳の上に薄く閃光を発動する事で暗がりでの行動を可能にしていた。
二人はバトラスがまだ現れていない事を確認すると、難民たちの積み上げた拾い物らしい廃材の陰に身を隠し、集落の様子を窺った。
一応、必ず今夜またバトラスが現れるとも限らないので──ごく僅かなものではあるが、水道局が神酒の流通に絡んでいるという情報があの老人の口から出任せである可能性も残存している──、日付の変わる一時間前になったら今宵は引き揚げる事にしよう、と、事前に決めていた。リクトは懐中時計を取り出し、手の上に載せて睨めっこを開始した。
内心では、リクトの言う通りさすがに二日連続でバトラスが現れる事があるだろうか、という思いもあった。自分が遭遇した昨夜、彼が奥の方へ移動したのはあくまで騎士を見かけた為に身を隠そうとしただけであり、あの時点で彼が神酒の取り引きを終えていたという可能性も十分にあるのだ。
が、そのような懸念は取り越し苦労だった。
張り込みから十分もしないうちに、カンテラを持った人物が集落に現れた。近づいて来るとその人物は、紛う事なく水道局長バトラスである事が分かった。
「来た……!」
ライガは小さく拳を握り込む。リクトが「まだだ」と窘めてきた。「彼が麻薬を取り出すまで待たないと、現行犯にはならない」
「分かってるよ」
逸る気持ちを宥め、ライガは観察を続ける。
が、その後予想だにしない事が起こった。
「バトラス殿、今夜こそは──」
廃材のテントの一つから、例の老人が出てきた。足を引き摺りながらバトラスの方に進み出そうとするが、彼はさっと手を挙げ、老人を制した。
「まだだ、ご老体。帰りにしてくれ」
「へ、へえ……」
老人は引き下がり、バトラスは集落を突っ切って更に奥へと進み出したのだ。
ライガとリクトは顔を見合わせ、共に首を傾げた。
「何処に行く気なんだろう?」「着いて行ってみよう」
二人は老人がテントの中へと戻るのを待ち、物陰を出ると、足音を殺して前方を行く灯りを追い始めた。




