『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment④
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「お待ちしておりました、エミルス殿」
ラプラスの街の中央を流れるラプラシアン川の土手、地下水道へ続く扉の前で、討伐隊は水道局員たちに迎えられた。
彼らはやって来た魔剣士たちの羽織る茶色のマントを見ると、フォルトゥナが派遣されて来た訳ではないのか、というような色を露骨に浮かべたが、現在討伐隊に属している正騎士の中で唯一の赤マントであるヴォルノはその雰囲気を逸早く察し、
「エミルス殿、こちらです」
自らネクアタッド騎士長の先に立って案内をする事で、この場の権限はデスタンが握っているという事を皆に印象づけた。
「私はラプラス水道局の局長を務めております、バトラスと申します。この度は私が直接、騎士団の皆様を案内させて頂く事になりました」
「うむ! 宜しくお頼み申します!」
夕方まで馬を走らせっぱなしだったというのに、ネクアタッドは朝から変わらぬ漲るようなテンションで声を張った。
ラプラスの街は──というよりアモールは──復興が遅れている、という話を事前に聞いていたが、実際はリクトが思っていた以上に街路は清潔で、十五年前までの戦で被害を受けた建物がそのまま放置されている、というような事もなかった。だからといって早々に良しとする訳では無論なく、そのような表通りを進んで来たからこそそう見えるのだ、とリクトは自らに言い聞かせた。
全体的に漆喰の多用された建物の軒を連ねる灰色の街路で、時折それを示唆するようなものは目に入った。色褪せた古着を纏い、募金箱を手に路傍に立っては、往来の人々に忙しく目を走らせる者たちの姿が。
「魔物が発生している場所へは、この入口から入るのが最も近いのですが」
バトラス局長は、扉のノブを回しながら言った。
「魔物以外にも、思わぬ場所から危険が襲って来るのでご用心を」
「ほう? それは、どういったもので?」
心なしか期待を滲ませているようなネクアタッドに、彼は声を低めて言う。
「難民ですよ。ただでさえ形振り構わぬような者たちですが、今は特に麻薬も流行っていますからね。禁断症状が出ると、それを購う金を得ようと誰彼構わず襲い掛かる連中も居るのです」
「何と……」
「我々としても、彼らには早く職に就いて社会復帰を果たして欲しいのですがね。食糧を買う為に使うべき金を、公からの給付までをも薬物に蕩尽してしまったのでは仕方ないですよ」
* * *
地下水道は暗く、じめじめとして悪臭が漂っていた。下水道なので仕方のない事ではあるが、時折頭上から粘度のある冷たい水滴が垂れてきて顔に当たったりするとやはりどうしようもなく嫌悪感が体から散る。
四角く細長い一本道の通路を抜け、更に現れた扉を出ると、目の前にいきなり水流が現れた。
事前情報では、魔物は水棲系だという事のみが分かっているようだった。という事は、それはこの水路の何処かを今も泳ぎ回っているという事だ。
「難民……難民。あっ、もしかしてあれか?」
ドーデムは忙しなく周囲を見回していたが、やがて対岸を指差す。
そこに、粗末な掘っ立て小屋が幾つも並んでいた。その周囲で、同じく粗末な身形をした人々が拾い物を選別したり、ドラム缶に火を熾して暖を取ったりしている。もう四月の半ばだが、やはり夕方から夜にかけてはまだ冷えた。
と、その時、水道局員の一人が対岸に向かって怒鳴った。
「おい! ここで火を燃やす事は禁止だと言ったはずだぞ! 設備に燃え移ったりしたらどうするんだ!」
対岸の人々は大声にぎょっとしたように身を竦ませ、慌てたようにドラム缶の上に蓋を被せた。そのまま、逃げるように掘っ立て小屋の中へと入り込む。
「最近、また新しく出来た集落ですよ。とはいえ、難民自体が増えた訳ではありません。別の区画に居た連中が、そこを追われて移って来たようで」
バトラスの言葉に、ネクアタッドはううむと唸った。小声で何かをぶつぶつと唱え出し、何事かと思ったリクトだったが、よく聴くとそれは魔素知覚術の詩文を詠唱しているようだった。
「魔素濃度は、確かに街中にしては濃いようだ。近くに魔物も居るという事だが、わざわざ彼らもこんな場所に移動しなくても」
「何で役場は、あいつらに退去を命じないんですか?」
ドーデムが質問すると、バトラスは「命じてはいるんですよ」と頭を振った。
「しかし、その場所を追い出したとしても、連中はこうして別の場所に移るだけですよ。地下水道は広大ですからな」
「土地の所有権を最初に失効させたのも、役人たちだしな」
マロン=エキュレットがぼそりと呟いた。
「別段彼らも犯罪を犯している訳じゃないんだ。条例じゃ、あまり逮捕など強制的な措置は採れないんだろう」
「でも、クスリやっているんだろう? 立派な犯罪じゃないか」
「ところが、ある程度の証拠がないと強制捜査には踏み切れないんですよ。一応彼らの戸籍はそのまま役場に残っているし、彼らは難民AやBじゃなく、名前を持った個人だ。その一人一人を調べるには、あまりに情報が少なすぎる。薬物犯罪で逮捕を行う際には、証拠品を所持している現場か、取り引きの現場を押さえなければなりませんからな」
バトラスは、困ったものだというように頭を押さえた。
「本当のところ、役場もこんな状況では、誰がいつ死んだのかを把握して戸籍に反映させる事は難しそうですが」
「だったら僕がひとっ走り行って、ファタリテの名で脅して来ましょうか?」
「ドーデム」
マロンが、窘めるように彼の名を呼んだ。
「父上の──エルヴァーグの品性を貶めるような真似は、俺が許さない」
「………」
ドーデムはその有無を言わせぬマロンの調子にやや面食らったように目をぱちくりとさせていたが、やがて「ちぇっ」と舌打ちをした。
「優等生め」
しかし彼は、リクトやライガにそうするようにねちねちとしつこいところは見せなかった。相手が本家の令息ともなれば、彼もあまり強くは出られないらしい。
「こらこら、作戦行動中だぞ?」
ネクアタッド騎士長が、見習い騎士たちの私語を戒める。




