『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment③
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一週間後、週が明けて月曜日。
全騎士団の今年度入団者のうち、先週の訓練中に行われたトーナメント方式の決闘で上位百まで残った者たちは、本当に魔物討伐への同行を許可された。無論行う事といえば後方支援のみだが、この人選は「能力の高い者を更に伸ばす為に投資する」という意図ではなく、まだ戦い慣れしていない者たちは、正騎士たちがフォローするとはいえ何らかの事故が起こった際に命に関わる可能性が高い為、実際の戦場に連れて行く事は危険だというイザーク教官の判断だった。
しかし、意外にも討伐隊の編成はフォルトゥナ騎士団からではなく、磨羯宮を預かるデスタン騎士団から行われた。彼らを率いるのは騎士長ネクアタッド・エミルスであり、先日の決闘トーナメントで彼の長男ウロータスは見事に一位に輝いたが、恐らくこの事は人選に関係はないだろう。
「やあやあ諸君! 君たちが伸び代のある新入生君たちだね?」
早朝の出発前、リクトとライガは初対面となるネクアタッド騎士長は、まだ眠っている天秤宮の皇族たちを──オーバーな言い方をすれば、王宮で眠っている者たち全てを──叩き起こすような声量で叫んだ。
カルマのキューカンバー騎士長であれば、以前も見た事があった。彼は長身で肩幅の広く、眉の太い精悍な面立ちをした若々しい男だったが、ネクアタッドは背こそ高いものの痩せ型で、大道芸人のような笑顔を常に絶やさない中年の男だ。しかし決してなよやかなものは感じられず、豪快──というより、これもまた大道芸人の如き押しの強さを感じさせる人物だった。
「私としては、現時点で我が息子が皆の中で最も剣の腕に秀でていた事を誇りに思うが、他の皆も気を落とす事はないぞ! 剣術はあくまで剣術、決闘はあくまで結果が全てだ。諸君の中には文法に秀でた者も、降霊術に秀でた者も、いいセンスを持った者も居るだろう。
騎士団での戦いも常に結果が全てだが、要するに本番の戦いで勝てばいいのだ。どのような手段を以てしてもね。皆、一つや二つ出来ない事があるからといって絶望するな。各々の得意な事を伸ばせばいいのだよ。因みに私は朝が苦手でね、実のところ今も眠くて眠くて堪らないのだ。はっはっはっはっ!」
呵々大笑する騎士長を見ながら、本当に朝に弱いライガが「絶対に嘘だな」と囁いてきた。彼が休日明けの早朝、十中八九寝坊するだろうという事は容易に予想出来たので、リクトは起きるや否や彼のHMEに大量のホログラムメールを送り、その通知音で彼を起こした。彼は起きはしたものの共同訓練場に来るまでまだ眠気が去らないようだったが、ネクアタッド騎士長が「やあやあ諸君!」と始めた声で撥条仕掛けの人形の如く跳び上がった。
決闘トーナメントの成績は、ウロータスに続きライガが二位、リクトが三位という結果だった。ライガとリクトは同じブロックに居たので準決勝で剣を交える事になったのだが、長時間の駆け引きの末やはり自分は彼に一歩及ばなかった。二人の戦いは白熱し、ノレムを中心に既に順位の決まった者たちの多くが双方を応援し、賭けまで始める者も現れたが、ドーデムと取り巻きのゼムン、エッガは始終仏頂面でそっぽを向いていた。ゼムンとエッガは早々に脱落し、ドーデムは善戦していたものの不幸にもウロータスと当たって瞬殺された。
ライガは彼に対し、もっと早くに脱落して欲しいと思っていたようだが、彼は二十五位とそれなりに高い順位で上位百名に残り、今回の戦いに同行する事となった。その事が決定すると、彼はライガの準優勝を苦々しい顔で見ていたが、早速自分たちの所へやって来て
「ノレム坊っちゃんはビリだったみたいだね」
と嫌味を言ってきた。ノレムは花崗岩色の刀身を持つ愛剣プリムヴェールを抱えながら俯き、「ごめんよ」と自らの不甲斐なさを剣に対して詫びていたが、その顔には何処か、危険な魔物退治の現場に行かなくて良くなった事に対する安堵のような色が浮かんでいるようだった。
才能に恵まれないノレムに対しては、リクトもその向上心のなさについて時折不安になる事があったが、自分やライガについてドーデムが嫌味を言う時、友人である彼の事を持ち出すのは卑怯な事だと思った。
「何が出来るか出来ないかは、一人一人違うからね」
ライガが友人の為に怒ってドーデムに突っかかるのを防ぐべく、リクトはそう言って牽制した。暗に、それで話は終わりだと伝えたつもりだった。
ドーデムも、リクトが入って来ると大人しく引き下がった。二位、三位を相手に絡み続けたのでは、周囲から僻みだと思われかねないと判断したようだった。
「さて、諸君の多くは、野生の魔物と相まみえるのは今日が初めての事だろう」
ネクアタッド騎士長が続け、リクトはそれで回想から戻る。
「庶民出身者の中には、自警団なんかで既に交戦の経験がある者も居るかもしれないけれどね。我々騎士団に回ってくる討伐要請というものは、その多くが各自治体の自警団が一度自分たちで戦ってみて、手に負えなかったケースだ。油断大敵! 常にこれを心に刻み、浮足立つ事のないように。だが心配するな、君たちはまだ若い。私は大人なので、若者を守る義務がある」
彼は言うと、白珪色の幅広剣を音高く抜き、空に掲げた。
「今回の遠征で、私は君たちを誰一人として死なせはしない! その事はこの我が剣デネブ・アルゲディに懸けて誓おう!」
では出発! と、騎士長は唐突に話を終えた。
皆一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、ちらほらと我に返り始めた者たちが控えめに拳を上げ、「お、おーっ」と声を上げる。
「どうしたどうした? 元気がないぞ!」
「おーっ!!」
半ば自棄気味に唱和する騎士見習いたちの声に混ざりながら、リクトとライガは前列に立った騎士長の息子にちらと視線をやった。
家庭でもこのような感じなのか、少年にしては大柄なウロータスはやや恥ずかしそうに顔を俯けていた。
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「アモール王国……帝連の西の外れだな」
巨大な九頭の馬──先日その世話を経験したライガに教えて貰った事だが、正確には馬の姿をした魔物ブロンティングらしい──に引かれた陸戦艇に運ばれながら、ライガが地図を広げた。この歳まで生きてきても、百を超える肢国が何処にどのような形で配置されているのか、覚えている者の方が少ない。
「こんな早くに出発しても、着くのは夕方か。戦いが手こずるかどうかは分からないが、まあ一泊二泊じゃ済まないわな」
ライガは欠伸をし、窓枠に頭を凭せ掛ける。リクトは注意を促した。
「結構揺れるよ。頭を外に出しすぎて落ちないようにね」
「俺もそこまで間抜けじゃねえよ」
ライガはのほほんとした調子で言うと、地図を折り畳んだ。
「なあ、今回の件って要するにどういう事だ? 街中──というか地下に、魔物が湧いたのか? それとも、街の外から地下水道を通って魔物が入り込んだのか?」
「後者の可能性は低いけど、それが分からないから調べに行くんだよ。根本的な原因を解決しなければ、今回発生したやつを退治してもまたいつか魔物が出る。しかも自分たちで調べようとしたラプラスの軍は、地下に入った者たちが次々に死体となって水に浮かんだせいで、真相を確かめる前に調査を断念せざるを得なかった」
リクトがこうして詳細を語るのは、イザークから全体に対して行われた事件概要の説明では大まかな事しか語られず、リクトが個人的にフレデリック皇帝から細部の説明を受けた為だ。
別段、騎士団の上層部で、今回の出動に同行する訓練生たちには詳細は伝えないように、などと情報が規制されていた訳ではない。だからこそリクトもこうして語っている訳だが、時間の都合上直接政治的な手続きに関与しない訓練生たちへは説明が省略された情報を皇帝がリクトに対して明かしたのは、やはり自分が将来帝国連邦全体の俯瞰を行わねばならない立場にあるからだった。
曰く、現在のアモール国王は帝国貴族のモネ・ミッテランという「役人」だという事。
曰く、ミッテランの課した税金の高さが国内に深刻な経済格差を生み出した事。
曰く、難民の増加による治安悪化が著しく、ラプラスの街では違法薬物までが横行して社会問題になっている事。それに対してミッテランを始め役人たちが、どのような対策を行っているのかが視覚化されていない事。
つまり今回の遠征には、デスタン騎士団を中心とした魔物の討伐という表の目的の他に、現地で帝連から派遣されている役人や軍が現在行っている具体的な統治の様子を視察するという裏の目的もあった。その報告は、リクト及び多忙なアルフォンスの代理で討伐隊に同行しているフォルトゥナの副騎士長ヴォルノ・イェーガーが行う事になっている。
ライガも、リクトの背負っているものに対しては理解を示していた。
「……国民を苦しめる王様なんか、さっさと罷免させちゃえばいいんだ」
こちらの思考を読んだかのように、ライガはぼそりと呟いた。
「俺も確かに、まだ世間の事をよく知っているなんて胸張って言える歳じゃないけどさ。でも、世の中にどうしようもない屑が居る事は知っている」
「それは僕もだよ。だけど、法による裁きは死刑だけじゃない。それはきっと、誰にでもやり直すチャンスはあるっていう──人の善性を信じる事を前提にした法律の立て方なんじゃないかな」
「そうか? そりゃ、いい奴は一杯居るし、大体はそういう奴らが国とか大きなものを動かすんだろうけどさ。やっぱり俺は、例外はあると思う。どうしようもない屑はチャンスを貰ったところで屑のままで、更生する事なんてないんだろう。許されてラッキー、くらいに思う程度で」
ライガは以前から、こういったところではややニヒルな価値観を持っている。だがそれは、正確にはニヒリズムとは異なるものだった。
「そういう奴はやっぱり……生かしておけば、罪のない人間を大勢苦しめる。除くしかないんじゃないか」
「善意の下に作られた法が、その事を許さなかったら?」
「誰かが、この言い方は嫌だけど手を汚さないとな」
「ライガ……君、ちょっと過激」
無論それは、彼の正義感の裏返しではあるのだが。
「この間だって、非忘却者になったら困る人間の魂は爆発させろ、なんて」
リクトは、自分で言った事ではないとはいえ、無意識に声のボリュームを落としていた。
ライガは「俺は真面目に言った事なんだけどなあ」と呟く。
「分かっているのか? それは、禁術に抵触する事になるんだよ」
「でも、魂を消滅させる魔術については、いつまでもなかった事にしておく訳には行かないだろう? 実際に過去に使った奴が居て、その後始末をちゃんとしなかったから帰らずの地が怨霊塗れになった」
──そして、怨霊化した魂は生まれ変わる事が出来ない為、消滅するしかない。
ライガの言わんとする事は、リクトにも理解出来る。
怨霊と──やはりそのままでは単なる霊魂なので、彼らは生前の体に憑依するなどして実体化する──戦う事はジオス・ヘリオヴァースの人間にとって、最も危険な行為の一つだった。
禁術・死霊化術によって怨霊となった魂には、同じく死霊化術の術式が刻み込まれる。その上彼らはプログラムを外れた存在なので、使役系の術などによって元の効力が上書きされていない限り、術者が死んでも消滅しない。
生ける屍は、肉体を破壊すれば怨霊も消える。その為通常の剣と魔術で戦えない事はないが、それが危険極まりない行為であるからこそ誰もが避け、見えないような場所に押し込んで知らん顔をしたがる。しかし実際には、誰もごく自然に考える事を避けていただけで、手っ取り早い彼らの片づけ方はあった。
「誰かが禁術使いになって、怨霊たちと再契約……それから、その者の手によって術を終わらせ、怨霊を消滅させる」
ライガが以前言っていた事を思い出し、リクトは呟いた。ライガは、リクトがそれを覚えていた事に満足げな笑みを浮かべた。
「別に俺じゃなくても考えつく事だろう? でも、思いついても誰も言わないんだ」
「矛盾だよ。禁術を終わらせる為に、新たな禁術使いを生み出すなんて」
「けどさ」
彼は、さも深刻な事ではないかのような調子で言った。
「言っただろう? 魂はエネルギーの塊だ。それを怨霊掃除の過程で自由に取り出せるようになれば、あの恐ろしい帰らずの地も宝の山だ」




