『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment②
② リクト・レボルンス
「それで結局、ライガは今週一度も訓練に出なかったのですか?」
シアリーズは咎めるような、面白がるような顔で言った。ライガはドレンチェリーの載ったクッキーを口に放り込みながら、「まあ」と悪びれる風でもなく言う。
「イザーク先生がいいって言ったんだ」
「確かにライガには、最初の方はもう必要ない訓練かもしれないけどさ。初心忘るべからずっても言うだろう?」
リクトは呆れつつ頭を振る。
「だからって例えばの話、陸上選手が走る為の練習を、掴まり立ちから自力で歩くってところから始めるか?」
「そりゃ、魔素や霊魂の錬成や、剣に感応を込める事なんて、以前に戦闘訓練をした僕たちからすれば呼吸と同じくらい当たり前に出来る事だけどね。それでも、他の皆と足並みを揃える事は大事だろう」
「遅い奴に合わせていたら皆遅くなっちまうよ。で、結局今週、剣技は何処まで教わったのさ?」
「退魔剣から、二連撃、三連撃、斬撃強化、四連撃……」
リクトは言いながら、自分でもかなりのスローペースだなと思ったが、実際基本の型からの派生技である斬撃強化型、真退魔剣を繰り出すだけでも、自主訓練を行った事のない地方出身者は手こずっているようだった。リクト自身も練習剣を使っていた頃、似たような経験をしたので彼らの苦労はよく分かる。
しかし、ライガの目をつけた部分は違っていた。
「カスタム武器を使う奴の事、何も考えられていないじゃないか。どうするんだよ、いずれ主武器を槍とか、斧とかにしようとしている奴?」
「まあそうだけど、基本はやっぱり片手直剣だろう? 基礎が出来なきゃ、カスタム武器や戦楽器を使えるはずがないよ」
「ライガはいいのですか? あなた、ゆくゆくはアルフォンスから管楽器を譲り受けるのでしょう?」
シアリーズが尋ねる。ライガは「蝸牛か」と呟き、またクッキーを頰張った。
「戦楽器って、使うとどういうものなんだろうな? 魔導具みたいに元々魔術が込められているものじゃないし、ちゃんと自分が魔術を使っているんだ、みたいな実感のあるものなのかな?」
リクトとライガは現在、先日話していた通りシアリーズに招かれ、天秤宮の彼女の住まいのバルコニーでお茶会をしていた。主目的はシアリーズの言っていた通り、憂鬱の続いているアウロラに顔を見せる事だったのだが、彼女は最初こそ同席していたものの三十分程で「する事がある」と言い部屋に引っ込んでしまった。
リクトは「様子を見に行った方がいいのではないか」と提案したものの、シアリーズは「そっとしておきましょう」と首を振った。
「あれでも、あの子はリクトと会えて幾分か安らいでいるのです。それ以上干渉しすぎるのは、却って良くありませんわ」
それで最終的に、いつものように三人だけのお茶会となった。
リクトとライガは、ここ一週間の訓練の事についてシアリーズに話した。時間の大部分を共有していた学問所時代と異なり、別行動が増えた今では三人で話す話題も多くなった。
ライガは、初日にイザーク教官から罰則を科せられ、訓練に顔を出さなくなってから、騎士団で使われている馬のメンテナンスと並行して、彼の亡き父親が行っていたという使役獣の調教師兼魔物招喚士としてのレッスンを始めたという。転んでもただでは起きぬというべきか、自身にとっての無意味な訓練を免ぜられた事を幸いに自由に時間を使う彼の、飽く事のない好奇心にはリクトも頭が下がる。
「それで、ライガは魔物招喚士志望になったの?」
「そういう訳じゃねえよ。あくまで趣味、魔術の収集の一環だ」
ライガは得意げに、革の表紙が付いた帳面を取り出した。
「上級魔術とか自分で作った降霊術は、全部この中に書き留めてあるんだ。良かったら今度、リクトとリィズにも教えるよ」
表紙には、彼の手書き文字で「Galdrabók」と記されていた。「魔物の招喚術はもうルークのおじさんに教えて貰った。一週間でアパデマクを全部調教して、調伏まで出来た奴は俺が初めてだって」
「おいおい、僕はともかくとして、リィズまで戦わせるつもりか?」
「あら、リクト。私も多少なら火属性魔術を使えますし、調伏しようとして出来ない事はなくってよ?」
「リィズったら」
無邪気な彼女に、リクトは困り気味に頭を掻く。
シアリーズはカップをソーサーに戻すと、「それに」と指を組んだ。
「私もアパデマクちゃんたちと仲良くなって、一緒に遊んでみたいのです」
「最初はおっかなかったけど、よく見ると可愛いんだぞ、あいつら。馬も本当は魔物だったけど、あいつらもそう思うと大きな猫みたいだ」
「大きな猫!」
リクトとシアリーズは声を揃える。リクトはライガの胆力に驚いて、シアリーズは魅力的な言葉に心をときめかせて、だ。
「けど、やっぱり皆にはまだ黙っていた方がいいかもな」
「何でだよ、リクト?」
「招喚魔術は、実戦以外に使いようのない技だ。魔物を戦わせる訳でもないのに皆の前に出すのは……幾ら君が手綱を握っていたとしても、不要なパニックを招くかもしれない。それに、妬まれるならまだしも、皆から君が危険だ、みたいな見られるのは良くない」
「危険って、俺が?」
ライガはきょとんとした顔で、自らの顔を指差す。
「いや、本当の君が根はいい奴だって事は、言うまでもないんだけどさ。強すぎる力って、そういうのは関係なく他人の不安を招くものだから」
「ちぇっ、やっぱり多数派のレベルに合わせなきゃいけねえって事じゃんか」
やや不貞腐れたように口を尖らせるライガに、リクトはやはり彼はまだ精神面では子供のようだな、と思う。
「オルフェやマロン=エキュレットたちは、確かに戦闘技術については君のセンスには敵わないよ。けど彼らにも、ライガに出来ない事で、出来る事がある」
「例えば?」
「規則正しい生活、静かに授業を受ける事、悪戯に対する自制心──」
「ふふふっ」
シアリーズが、小さく笑い声を立てた。それから慌てたように、ハーブティーを飲む振りをしてカップで口元を隠す。
「リィズまで……」
「でも、実戦で役に立つ力である事は間違いありませんわ、ライガのは」
シアリーズはフォローを入れるように言い、「そういえば」と指を立てた。
「お父様が、ジブリと話していたっけ。あと一週間もしたら、訓練生を実地での魔物討伐に同行させるようにアルフォンスに提案してみよう、って。魔剣士の戦いを実際に見せるだけでも、勉強になるだろうって」
「一週間?」ライガが首を捻る。「早くないか?」
「最初はスローペースだけど、自分の魔術適性が分かって基本の剣技が一通り成立するようになれば、属性剣技が使えるようになるのにそう時間は掛からないよ」
リクトは言いながら、自主練習を行っていた頃を思い出した。
「で、魔物っていうのは何処の?」
ライガが尋ねると、シアリーズは
「さあ、そこまではお父様たちも仰いませんでした」
やや申し訳なさそうに首を振った。
「けれど、例年騎士見習いの方々は訓練開始から半月程度で、魔物との実戦に赴くという事が半ば伝統になっているようね。来週辺り、フォルトゥナにはイザークからお話があるんじゃないかしら?」
「ライガは、来週はどうするんだ? やっぱり訓練には来ずに、使役獣の調教を続けるの?」
リクトの問いに対し、ライガは腕組みをして唸る。
「どうしようかな……イザーク先生も、俺が皆から置いて行かれる心配がない期間として今週を罰則にしたんだから。大部分が属性剣技を使えるようになれば、一対一の決闘形式でやって、俺の稽古にならないって事もないだろうし」
「来た方がいいと思うよ。一応僕たちはもう軍属なんだから、訓練で無断欠席したら懲罰の対象になる」
「……やっぱり、大人って勝手だ。最初は来るなって言って、こっちから来なかったら今度はサボり呼ばわりなんだから」
独りごつライガを見ながら、リクトはどうか彼にはこのまま、今のような少年の心を失わないでいて欲しい、と老人のような事を思った。




