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『リ・バース』第一部 第4話 His Punishment①

○登場人物

・マロン=エキュレット・エルヴァーグ…ファタリテ騎士団の騎士見習い。ロディの長男。アウロラの婚約者。

・ウロータス・エミルス…デスタン騎士団の騎士見習い。ネクアタッドの長男。

・イザーク・デルヴァンクール…フォルトゥナの指導教官。アルフォンスの弟。


・モネ・ミッテラン…アモール国王。

・バトラス…アモール王国ラプラスの水道局長。


・ジフト・ビギンズ…ランペルール公国(ジフト公国の前身)の指導者。

・ブラウバート・イスラフェリー…ジフト公皇(※造語)。

  ① PHASE〈1〉


 アモール王国、ラプラス。その地下水道を、駐在部隊の帝連軍兵士が二人、照明石(ランタン)の入ったカンテラを持って進んでいた。

 都市の地下にある礼拝所(カタコンベ)の如く入り組んだ迷路のような通路には、微かに遠吠えのような音声が(こだま)している。それは、石壁や複雑に張り巡らされた金属のパイプに風がぶつかり、震動する音とは明らかに異質な”声”だった。

「この街にも、魔除け(タリスマン)結界は確かに張られていたはずだよな?」

 狭く暗い、水の流れる音とその”声”のみが響いている地下水道の、場の空気が孕んだ重苦しい圧力に抗うように、片割れがそう口に出した。

「ここ、(ほとん)ど街のど真ん中だぞ? 魔物が入って来たなんて信じられるか?」

「結界の有効なのは地上だけだぞ」

 相方が応じている。

「当然だろう、下水は直でそこらの川に垂れ流されている訳じゃないんだ。野生の魔物が下水道から入って来るなんて、まず有り得ない。……その有り得ない事が起こったんだから、こんな騒ぎになっているんだけどさ」

「街の外で下水道が掘っ繰り返された訳じゃない事も、水道局の連中が確認済みって話だったよな」

 彼らは、街の地下水道の調査に訪れていた。

 一週間程前からラプラスの街では、夜中に街中で魔物の咆哮のような声が聞こえるという住民からの通報が相次いでいた。街中でその声の主の姿が見られない事、証言者の多くがその声は地下から響いてくるようだったと述べた為、街役場からアモール国王モネ・ミッテランの命令を受けた役人が調査に入ったものの、翌日その役人は死体となって排水口に引っ掛かっていた。

 ラプラスを始め、アモール国内の地下にはマンホールチルドレンなどの難民が多く居住している。彼らの中には地上で物乞いを行い、時には通行人をナイフで襲うなどする者も居る為、最初はそういった者たちが役人に手を下したのではないかという噂も立った。彼らが特に敵視するのが、ミッテランを始め役場の人間だからだ。

 しかし検視が行われ──一晩中水に浸されていた為、死体は膨れ上がりぐずぐずに溶けかかっていた──、比較的状態の良かった体内に臓腑に食い破る程の噛み痕が発見された事で、魔物の仕業である事がほぼ確定した。

 役場はラプラスに駐在する帝連軍に魔物の討伐を要請し、彼らはそれを受けて地下に入っていた。その過程で彼らが見たのは、劣悪な環境下でぼろ屑を繋ぎ合わせて作ったスラムの如き集落を形成し、細々と生活を営む難民たちの姿だった。

「ラプラスの──いや、アモールの経済格差がこれ程までとはな」

「ミッテラン王が、税金を納められない者からは土地の所有権を剝奪してしまうんだと。だから連中は必然的に、路上や地下で暮らす事を余儀なくされる」

第二間征期ドゥジェム・アントルコンケットが始まってもう十五年だぞ? ジュスティスと一緒に、肢国入りが最後の最後だったとはいえさすがに進まなすぎじゃないか、復興?」

 彼らがアモール駐在部隊に派遣されたのは、今年度だった。

「いや、職業で成功した者たちはそれなりに高水準な生活をしている。けど、初っ端からミッテラン王が復興の為の資金調達を理由に、国民から高い税金を取り立てたんだ。それで、貧しい者は更に貧しくなった」

「完全に失政だな。やっぱり、その国の国民を知らない奴が政治を行うなんて無理な話なんだよ」

 他の肢国と同様、ミッテランはアモールが帝連の傘下に入ってから新たに帝国から派遣された執政官だった。旧アモール王家は帝連への投降と共に一族が皆処刑されており、現在ミッテランが「国王(ロイ)」と呼ばれるのも、アモールでは統治者をそのように呼ぶからという理由に過ぎない。

「だから、現実逃避の為に麻薬に走る奴が増えるんだ」

 その難民たちも、奥に進むに連れて段々と見られなくなってきた。地下水道はいよいよ暗くなり、不気味な咆哮は増々大きく聞こえ出す。

「近いぞ。ちょっと速度を落として、慎重に行こう」

「一体どんな魔物なんだ? 自然発生したものなら、まだそこまで大きく成長してはいないと思うんだが」

 兵士たちはそれぞれの剣に手を掛け、水流に沿ってゆっくりと進む。

 その時ふと、彼らはまた新たに異質な音を聞いた。

 何者かが水中から泡を吐き出しているような、ぶくぶくという鈍く細かな音。実際にその通りの音なのだろう、混凝土(ベトン)の岸辺に打ち寄せていた小波(さざなみ)が、俄かにその跳ね返しを強めた。

 水中に潜んだ何かが、こちらへと泳いで来ている。やはり魔物か。先日の役人と同様、新鮮な肉が縄張り(テリトリー)に入った事を感知して狩りに来たのか。

「水から離れろ。水棲系の魔物は、(おか)に上がると緩慢になる事が多い。俺たちに有利な場所に引き摺り出すんだ」

 片方の兵士が言う。二人は近衛騎士団ではないので、そこまで高度な降霊術(ネクロマンシー)に通じている訳ではなかった。

 やがて、ぶくぶくという音は微かな水飛沫(しぶき)の音に変じ始める。体をばたつかせない滑らかな泳ぎをしているらしく、近づいて来て初めて聞こえるようになる音だ。魔物が、すぐ目の前まで来ている。

 二人は視線を交わすと、数歩後退(ずさ)り、魔物を地上に(おび)き出すべく簡単な文法(グラメール)の詠唱を行った。

「身を焦がせ……スパーク!」

 二人の兵士の、火属性魔術最下級技が弧を描いて水中に飛ぶ。

 その一瞬、彼らには水中から黒ずんだ飛沫を上げて除いた魔物の皮膚──ごつごつとした岩の如き質感──をはっきりと目視した。

「思ったよりも大きいか──」

 片割れが呟きかけた、まさにその時だった。

 水飛沫が、何の前触れもなく、数十倍に膨れ上がった。水の塊が突き上げ、そこから蜜柑の皮が剝けるように小さな滝となって水が落ち、魔物の全貌が露わになる。巨大な蜥蜴(とかげ)か、山椒魚のような姿。貪欲な輝きを宿す双眸に、黒ずんだ血のような液体を滴らせる鋭利な牙。

 ──間違いなく、ここで自然発生したものではない。

「退避だ! 退避──」

 片方の言葉が、そこで途絶えた。魔物は目にも留まらぬ速度で舌を伸ばし、声を上げた方の兵士を絡め取った。

 その体が口腔内に消え、すぐにまた上体が覗いた。彼は満面に恐怖を湛え、言葉を失って立ち尽くす岸辺の相方に手を伸ばす。

「助けてくれ!」

 しかし、その言葉も途中で途絶えた。魔物が咀嚼を行い、その牙が囚われた兵士の上半身と下半身を両断する。下半身はたちまち粉微塵になり、魔物の口腔の赤と見分けがつかなくなってしまった。

 食われている兵士が絶叫した。口を開かれた瞬間、残った上半身が零れ落ちそうになったが、魔物は舌を顫動させてその全身を完全に口腔内に戻し、再び咀嚼する。伸ばされた兵士の腕が肘の辺りで噛み切られ、岸辺に居る相方の足元へ落ちた。

 魔物は一人目をを完全に呑み込むと、お代わりと言わんばかりに再び舌を──血と肉片に塗れた舌を相方へと伸ばす。二人目は形を成さない叫びを発しながら剣を振り上げ、その舌を断とうとした。

 しかし、跳ね飛ばされたのは舌の一撫でを受けた兵士の剣の方だった。舌はそのまま遠心力で兵士の腕に巻き付き、その体を空中に吊し上げる。そこで一旦獲物の体をパッと放し、横向きにして口一杯に咥え込む。

 魔物は、胴部の骨や内臓を完全に破壊されて絶命した兵士を攫うと、大きく跳ねて方向転換する。

 そのまま、再び地下水道の奥へ悠々と泳ぎ去って行った。

 本日より第四話「His Punishment」の連載を開始します。ライガとリクトが入団してから最初に赴いた事件の話。書いているうちに段々長くなり、今までの一・五倍程の文量になりました。このエピソードのせいで、単行本換算で一冊目にして五百ページを超えてしまいます。予定では、一冊分につき六話分を収録するつもりでした。

 毎回冒頭に書くネタが段々なくなってきました。主要登場人物については大体紹介し終えた事ですし、別に必須ではないのでそのうち「前書き」のコーナーはなくなるかもしれません。ジフト公国の人物たちが登場するのももう暫し先になりそうですので……

 次回も宜しくお願いします。

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