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『リ・バース』第一部 第3話 Temperance⑩

  ③ PHASE〈3〉


 帝国連邦最北端、肢国ランペルール公国。

 首都ヴァイエルストラス、ゲイロッド城会見場。

「……この度のランペルール国防隊の組織は、帝連軍の肢国駐在部隊の退去後を見据えての措置であった。

 我が国の環境は、諸君らも知っての通り決して良好なものであるとは言えない。北方、統一されざる地ノンユニフィエ・テリトワールとの境界・帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)は拡大の一途を辿っており、建国戦争末期の『地獄の季節』に術者の(くびき)から解放された怨霊(ルブナン)は未だ多くがかの地に打ち捨てられている。また、辺境に位置するが故に降霊術(ネクロマンシー)の分野に於ける優秀な人材が主国圏へ流出を続け、魔除け(タリスマン)結界の維持すらままならず魔物の侵入を許してしまった町村も数多く存在している。

 我々は、それらプログラムの見えざる手による霊的災害に対し、対応の大部分を帝連に依存してきた。しかし、我々が独立を謳う以上、いつまでも現状に甘んじている訳には行かない。国防隊組織はそのような意図の(もと)に実行された施策であり、決して帝連という機構に対して向けられるべき力ではなかった!」

 音叉と風属性魔術による空気の膜を利用した拡声用魔導具(リゼルヴァス)を通じ、立憲君主国家の最高指導者である公爵は拳を振りつつ声を張り上げた。聴衆の中から「そうだ!」という声がちらほらと返る。

「しかし帝連は、否、ソレスティア帝国は、これを我らが反抗の狼煙(のろし)だという恣意的な解釈の下に、国際通念上およそ許されるものではない経済制裁をランペルールに課し、(あまつさ)え租界としての領土割譲による国力の減退から、熱心な国民の力のみで帝連参入以前の時代と同等にまで持ち直した総生産をあたかも不当なものであるかのような発言を行った。

 諸君らは、十三年前の急激なインフレをよく覚えている事だろう。帝国が全肢国に発した『第二間征期ドゥジェム・アントルコンケット』体制に伴う、国内の資源需要の急増によるものだった。元々我が国は鉱産資源が決して潤沢であるとはいえず、その開発に多額の投資を行っていた。その最中に起こった金融危機だ。未だに諸君らの多くは、資源枯渇に対する恐れを強く残している事だろう。

 だが、表向きには新たな肢国の内政充実、戦災復興と被害者の恤救を謳った『第二間征期』体制が、全体我々に何をもたらしたか? 帝国は我々にその日限りのパンを与え、防衛力という名目で進駐軍を配備した。以上である。我々は彼らに人頭税を払いながら、自力で戦災復興を成し遂げるしかなかった。

 それは功を奏し、今やランペルールは帝国やそれを中継とする諸国からの輸入に食糧を依存せず、自給自足が可能となった。我々は最早、帝連に属し、帝国の庇護下に在る必要はなくなったのだ」

 再び「そうだ!」という声。

 公爵はその顔に憔悴を色濃く浮かべており、眉間に刻み込まれたかの如き皺を寄せてはいたものの、誰にもそれらへの容喙は許さない、というかのような熱烈な気迫を湛え、一層声を張った。

「我々は、今こそ完全なる自治独立を成し遂げねばならない! 帝連に持ち去られたランペルールの誇りを、今こそ取り戻さねばならない!

 我らが強みとは何か? それは、魔導具(リゼルヴァス)の製造技術である。征服期(コンケット)に於いて、我が国は帝連軍の魔導具の開発を一手に担い、加工貿易によって生じた利益で国民は糊口(ここう)を凌いできた。戦後、国内のインフラ整備に輸入素材を用いなかったのは、肢国群の中で唯一未だに帝連通貨セレスと統一されざる我が国の貨幣(アンプ)流出を防止するという意図があった。この事が結果的に国産資源の枯渇と価格急騰に繋がった事について、私はここで言い訳をするつもりはない。

 帝連は今も尚、魔導具製造業の大部分を我が国に委ねている。しかし、それは全てではない。ソレイユやリュンヌ、モンドなどの生産を統合すれば、我が国の賄っている割合のほぼ九割をリカバリー出来る。

 我々の強みを強調して帝連との交渉材料とするには、彼らの協力が不可欠だ。これらの国々は、幸いにも多くがランペルール周辺に集中している。従って、今後我が国に求められるのは近隣諸国との一層の関係強化である。ゆくゆくは、ランペルールを中心とした北極(ラルクティーク)共栄圏を構築し、相互に関税を排した公正なる貿易によって全体の生産可能性を向上させる。

 無論、長期的に帝国を敵に回しかねないこの構想に、復興途上の肢国群がどの程度賛同してくれるかは断言出来ない。しかし、交渉は薄皮を積み重ねるが如き地道な努力によって行われなければならない。武力によって近隣諸国を威嚇し、帝国への輸出産業に介入すれば我らは不良国家としての誹りを免れず、彼らからの要請は帝連軍が我が国に強硬な武力行使を行う口実を与えてしまうだろう。

 長期の忍耐力と巧みな交渉術、(たゆ)まずそれを成し得る牽引力を持った指導者が求められる。私はこの北極共栄圏構想を実現する事で、ランペルールの指導者がビギンズでなければならぬという必然性を示す所存である」

 公爵は両手を広げると、熱狂する聴衆に向かって呼び掛けた。

「帝連肢国としてのランペルール成立から二十年の節目となるこの年、新時代の公爵としてのビギンズは、断絶された旧体制の公爵家エンズのような、歴史の針を巻き戻す愚を犯しはしない! 公国議会の諸君らの力を、今一度私に──」

 彼がそこまで口に出した、その時だった。

 言葉が不自然に途切れると共に、口を閉じたまま咳をしたような、ごぼっというくぐもった音が漏出する。遠くからそれを見ていた聴衆たちは、彼があまりにも勢い込みすぎて噎せたのかと思った。

 が、すぐにそれが異常事態である事に誰かが気付いた。

 その誰かの悲鳴と共に、公爵は演台に両手を突き、がくりと(くずお)れる。彼の体が円台の陰に隠れる一瞬、その口から黒ずんだ胃液混じりの血が滝の如く吐き出されたのを多くの者が見ていた。

「殿下!」

 後方に控えていた彼の側近が、真っ先に彼へと駆け寄った。それで呆然としていた皆が我に返り、我先にとステージに殺到する。

「殿下、如何(いかが)なされたのですか! 殿下っ!」

「医者を呼べ、早く!」

 自らを取り巻き、叫ぶ人々の声を聴きながら、一国の主にして革命家でもある男は必死に思考を巡らせていた。

 公国議会で自らがこの演説を行うと決め、原稿を書き上げた時、ややもすればこのような事になるのではないかという危機感は漠然と抱いていた。共に国の行く末を憂え、政界に身を投じ、旧君主であるエンズ家が帝連への投降に伴い廃された後は共に選ばれし者として肢国としてのランペルールを導いてきた朋友と、心の擦れ違いを感じ始めた時から。

 薄く靄の掛かる彼の瞳に映る友の顔──自分を抱き起こし、「殿下」と呼び続ける側近の切実な顔は、演技とは思えなかった。それが自らの気のせい、否、()()だったとしても、彼は友の良心を信じたかった。

 たとえ自らに手を下したのが、その友だったとしても──。


          *   *   *


 帝暦八五年、四月。

 ランペルール公国君主、ジフト・ビギンズ公爵は帰らぬ人となった。

 演説中に突如として倒れ、意識を失った彼は自室に運ばれ、一時的に覚醒した。帝連からの独立と自治権獲得を謳う彼はここ最近、帝国との交渉の準備の為激務に追われており、過労が祟って体調を崩しがちになっていた。演説中の急変を目の当たりにした人々は最初こそパニックを起こしたものの、彼が議場から運び出されて介抱されている間には少しずつ落ち着きを取り戻し、いよいよ(きた)るべき時が来たか、と互いに囁き合った。

 だから、人々はその後の事の運びに対して、何ら疑問を抱かなかった。

 意識を取り戻した時、ジフトは最早皆に声を聞かせる事はなかった。ただ一人側近のブラウバート・イスラフェリーのみが枕頭に呼ばれ、彼から何事かを囁かれて最後の言葉を耳にした。

 そしてブラウバートは、その本当の言葉を誰にも明かす事はなかったし、誰もが彼の語ったジフトの今際(いまわ)の言葉が偽りであると疑う事もなかった。

 近隣諸国からも要人が参列し、盛大な国葬が執り行われてから二日後、ブラウバートは議会を招集し、皆の前で宣言した。

「ジフト・ビギンズ殿下は死の床で、私に遺言を託された! (よわい)十で即位し、国の最高意思決定者であらねばなくなった長男リュシアンを、ブラウバートが摂政として支え、(まつりごと)を動かせ、と! 私、ブラウバート・イスラフェリーはジフト殿下の志を受け継ぐ者として、必ずや我が国の独立を成し遂げよう!」

 選挙で民衆から選ばれた者たちによる公国議会は、国の目下直面している状況に対して、強い牽引力を持ったカリスマを求めていた。

 ブラウバートはその需要に迎合し、実質的な国の指導者として迎えられた。


 ジフトの死去から一週間後、彼の長男リュシアンは即位し、ブラウバートは全会一致で摂政に就任する事となった。

 第三話「Temperance」はこれでおしまいです。説明的な文章が多くて我ながら嫌になりますが、やはり最初の方は仕方がありません。ここまでで何となく地名の法則性はお分かり頂けたかと思いますが、ソレスティア、ジフトを除く国名はタロットの大アルカナから、その中に含まれる市町村や山野は数学者の名前から来ています。「約定」と書いて「プログラム」と読ませているところにやや引き摺っているところはありますが、今回はSF設定を使わないとあらかじめ宣言していますのでせめてもの抵抗(?)です。

 本文中に一つ注釈を入れなければならない点がありますが、第二話の最初で「前書き」に書いた人物紹介でオルフェの名字が「イェスネット」になっているのにも拘わらず、過去編では彼が「オルフェ・アッシュ」と呼ばれています。これはミスではなく、すぐに理由が明かされます(わざわざ隠すような事でもないのですが)のでご安心下さい。恐らく、過去編と現代編で最も性格が変化しているのは彼ではないかと作者としては思いますが、現代編の彼が登場するのは第五話です。

 本日、第五話まで書き終わりました。まだ投稿箇所と二話分しか離れていないのか、と思われそうですが、第四話が今までの一・五倍くらいあるので一応順調に逃げられてはいます。が、明日から大学が再開なので執筆ペースは維持出来るものか……以前は何故か休日よりも大学に居る日の方が多く執筆出来ているという謎の現象が発生していましたが、今後もそうなる事を期待したいです。

 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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