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『リ・バース』第一部 第3話 Temperance⑦


          *   *   *


 リクトと共に確認した今日の訓練メニューは、剣への感応(センス)の込め方に適性に合った八属性の文法(グラメール)最下級技の実践、降霊術(ネクロマンシー)の基本となる霊魂(アニマ)の招聘だった。ライガにとっては、わざわざ共同訓練で行うような内容ではない。

(まあ、地方から来て初めて剣技や魔術を使うって連中も居る訳だし)

 基礎的な事は最初だけで、その後は各々(おのおの)の戦闘スタイルや特化した魔術を磨く事に時間の大部分が当てられる事になる、とアルフォンスからは聞いていた。今回のように五つの騎士団が合同で行う訓練といえば集団戦に於ける陣形(フォーメーション)の編成や連携攻撃(リンクアップ)の練習だが、第二間征期である現在他国や民族の軍との大規模な衝突は起こらないので、それらもそこまで力を入れられる内容ではない。

(リクトもとっくに出来る事ばっかりやっても退屈なだけだろうに、よく真面目にやるよ)

 ライガは天秤宮(ライブラ)を出ると、中庭をぶらぶらと歩き始めた。

 例の木の洞の所に行き、そこに小さく折り畳まれた薄ピンクの紙を見つけて口角を上げる。拾い上げて鼻を近づけると、薫衣草(ラベンダー)のようないい香りがした。

 匂いが落ちていないという事は、入れられてからそう時間は経っていない。

 丁寧に開くと、そこにはシアリーズの癖のある丸文字で『来週日曜日の午前十時から』と記されていた。先日リクトと彼女と三人で話した、アウロラの所へ遊びに行くという約束だ。

 ライガはポケットから鉛筆を取り出し、シアリーズのメッセージの下に『了解(ダコール)』と書き加えておく。リクトが戻って来たら彼にも話しておかないと、と思う。

 メモを洞に戻すと、再び歩き出した。そのまま外廊下沿いを通り過ぎ、中庭の中央に位置する天秤宮(ライブラ)の外周を回る。

 やがて、フェート騎士団の詰める宝瓶宮(サダルメリク)が近づいてきた。

 その外廊下付近に日当たりのいい小高い築山があり、そこは──騎士長アレイティーズの子供たちを始め、フェートの者たちからは迷惑そうな顔をされるが──ライガのお気に入りの昼寝スポットだった。

 リクトが戻って来るまでここに居よう、と思い、ライガは築山に登る。自らの腕を枕代わりにし、柔らかな芝草の上に横たわる。

 途端に微睡(まどろ)みが誘われ、我ながら呆れが込み上げる。

 数分で瞼が重くなり、意識が途絶する直前、そういえば新しい降霊術の開発の続きをするという過ごし方もあった、と思い出したが、既に遅かった。

 ライガは日光を透かして薄赤く染まる瞼の裏側を眺めながら、穏やかな眠りに落ちていった。


          *   *   *


「……ガ。ライガ! またここで惰眠を」

 遠くから呼び掛ける声でぼんやりと目を開けると、いつの間にか築山の半分に外廊下の廂の影が落とし込まれていた。午後になり、太陽は既に西側の方に傾き始めているらしい。

 微かに顎を引き、見下ろすと、リクトが麓へと駆け寄って来るところだった。

「お前も来いよ。お日様が気持ちいいぜ」

「今は昼休憩だよ。弁当を食べ終わったらすぐに午後の訓練だ」

 彼は登って来つつ、始末に負えないというように(かぶり)を振る。

 ライガは身を起こしながら、大きく伸びをした。

「丸一日かけてよくやるよ。リクトにとっちゃ、もう朝飯前の事ばっかじゃん」

「それでも、規則は規則だから」

「俺は時間を無駄にするのはごめんだぜ」

「よく言うよ。午前中丸々昼寝していた癖に」

 リクトは言い、ライガの横に腰を下ろした。

「ノレムは?」

「キューカンバー騎士長に説教されている。彼、火花(スパーク)に失敗して訓練場の壁を焼きかけてさ。今まで属性魔術は使った事がなかったみたいで、自分の適性属性が火だって事も初めて知ったって」

「あいつマジか……でも、本当はユークリッド出身者じゃない大勢は、ノレムと同じくらいであって当然なんだよな。だから先生も、今日みたいなメニューにわざわざ合同で一日使おうとした訳だし」

「さっき聞いてきたけど、先生も今日の訓練だったらライガには必要ないだろうと思ったから、追い出すのを躊躇わなかったんだって。当分は基本剣技やら、八属性魔術の最高技までの修得やらだから問題ないけど……でも、だからって出来る訓練生はサボっていていいのかって話で」

 リクトは、やや言いづらそうに視線を逸らした。ライガは先を促す。

「罰則か?」

「今週一杯、白羊宮(エアリーズ)での馬の世話だって」

「何、馬の世話?」

 段々教官からの扱いが雑になっているような気がし、ライガはげんなりする。元はといえば自分が悪い事には違いないのだが。

「冗談じゃねえや。俺は雑用係に志望する為に入団したんじゃないんだぞ」

「気持ちは分かるし、気の毒にも思うけどさ。本当はそれも、正騎士の大事な仕事のうちなんだよ? 正騎士叙勲から三年が経てば、誰もが自分の馬を授かる。文字通り騎士(シュヴァリエ)なんだから」

「ううむ」

 リクトは万事このような調子で、物事を前向きに捉える。やはり彼のように、ずば抜けてこそいないものの高い才能をきちんと磨く事に専念した者が立派な騎士になるのだろうな、とライガは考える。

 必然的に基礎的な能力の遺伝や、素質を育成する環境が整っている為そのように見えるものだが、騎士団の隊長という役目は世襲制ではない。だからこそ、アルフォンスは子が出来ずともメルセデスと離縁せずにそれを受け入れられるし、ライガと正式な養子縁組を行わずとも良い。逆に相応しい能力が備わらなければ、現騎士長の子であっても次の世代として騎士団を預かる事は出来ない。ノレムはだからこそ、自分がキューカンバーの跡取りに相応しいのかについて常に頭を悩ませている訳だが、彼の場合その時は残念がるだろうが、最後には責任の重い立場に立たされなくて済むという事でけろりとしているかもしれない。

 フォルトゥナ騎士団の場合、やはりアルフォンスはライガに自分の後を継いで欲しいと思っている事だろう。だが、今のところ彼の後にフォルトゥナを率いるのはリクトではないか、と思う。とはいえリクトも将来は皇帝にならねばならないので、それより早くアルフォンスが引退する事にならない限りは騎士団を継ぐ事はないだろうとも思える。

(俺もおじさんには、感謝しているんだけどさあ)

 出来れば家やら騎士団同士やらの権力闘争に巻き込まれるような立場は御免(こうむ)りたい、というのは偽らざる本音だった。

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