『リ・バース』第一部 第3話 Temperance⑥
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「入団式でも陛下が仰った通り、現在の騎士団は諸君らの多くが生まれた時期を前後に、十五年前とはその性格を大きく異にしている」
訓練開始前、フォルトゥナ騎士団の教官であり今回の共同訓練を指揮するイザークが皆の前で話をした。
「我々魔剣士が『調和者』の名で呼ばれる理由をライガ・アンバース、述べよ」
こちらが立ったまま居眠りをしているのを目敏く見咎め、教官が指名してきた。授業中のこの展開は、学問所時代と変わらない。
「テンペランス王国で始まった文化だからです」
周囲から失笑が起こる。
「……オルフェ・アッシュ」
自分がぼけ、別の者が代わりに指名されるのもお約束だ。今回当てられたオルフェは、例のぼそぼそとした声色で正答を述べた。
「人の世に害を成す魔物を狩り、魂を還元させる為です」
「そうだ。かつては帝連に反抗する諸方の勢力を圧倒的な武力を以て従え、未だ統一されざるメガラニカ大陸に平穏をもたらすという謂であったが、第二間征期が開始されて以来、その意味は世界全体を支配するプログラムに対するものへと布衍される事となった」
イザーク教官は、自身の得物である菫青色の剣──指揮棒代わりとしても用いられる細剣で、「教育」の名が付けられている──の刀身を籠手で叩きながら言った。ライガはその曲状柄を眺め、持ちにくくないのかな、などと考えている。
「我々の魂は、人や動植物、幾つもの形を経て循環する。魔物も人に対する敵対者でありながら、プログラムの発生させる生命の一形態であり、魔素を生み出す源だ。その為、狩りすぎてはいけない。あくまで人の世を損なうもののみを討伐し、未来世へ送り出すのだ。
魔物との戦いは、帝連の黎明期に於ける軍事国家群との戦いよりも大きな危険を孕み、熾烈を極めるものとなる。今や降霊術者の存在は各国家に於いて珍しいものでも何でもないが、魔物の使用する魔術はいわばオリジナルだ」
これも、言わずもがなの事だった。
魔物は、人間のように降霊術を使用する事は出来ない。よって、彼らの魔術は全てが文法という事になるが、当然ながら魔物は言葉を発さない。即ちそれは、魔物はあらゆる文法を無詠唱で発動出来るという事であり、それは人間では強力な魔術師である証だった。
人間の使用する文法は、魔物の使用するそれらをプログラムの助けを借りて再現可能化したものであり、模倣だと言えばそう言う事も出来た。その、本来人間の領分外にある能力をプログラムに授けて貰う為、捧げる祈りこそが詩文の詠唱だ。
世界の名、ジオス・ヘリオヴァースとは詩文の集合を意味するもの。逆行を反語と捉えれば、「ヴァース」という言葉自体は世界の順行を表す語だともいえる。魂を有限とする世界は、言霊によって動かされる。
世界は、言葉に飢えている。
「文法は基礎中の基礎でありながら、それのみでは我々は魔物と相対する事は出来ない。しかし我々には、魔物の持たぬ高度な剣への感応と、降霊術がある。世の調和に真に寄与するのは、この剣と降霊術だ。故に、我々魔剣士──剣士兼降霊術者は、言い表されるのだ。調和者と」
「先生、質問をしてもいいですか?」
ライガは挙手をした。イザーク教官は、このような場合ライガがいつも不真面目な事を言ったり、難解な──事実上解答の存在しないような──問答を吹っ掛けたりするので、露骨に「またか」というような顔をした。
「何だ?」
それでも一応そう応じるのは、教育者としての彼の矜持らしい。
「魔物だけでなく、世界の平穏を脅かす存在を討伐するという事が帝連軍の務めですよね? 故に、我々はプログラムの代行者でもあると」
「そうだが」
「しかし、プログラムも完璧ではありませんよね? 魔物や、煉獄に行くには罪業が足りなかった危険人物の魂を、非忘却者として転生させてしまう事もある。特に魔物や獣の自我が消えないまま人として生まれ変わってしまった魔心者や獣心者は悲惨です」
ライガは、自分にしては真面目な事を言っているつもりだった。
「実際に過去には、旧王朝時代の狂戦士の記憶を持つ子供が、帝国内で夜な夜な通り魔殺人を繰り返していたという記録もあります」
「何が言いたい?」
イザーク教官は、こちらが何かろくでもない事を言い出す予感を覚えたのか眉根を寄せる。ライガも話しながら、このまま続けたら怒られるかな、と思いつつも言い出した事を途中でやめる事は出来なかった。
どちらかといえば、悪い癖だ。
「煉獄の記憶を持つ人物は、過去に出現した記録がありません。その存在を示唆する事柄は、降霊術を使用出来ない『前科者』の存在のみ。……俺は、魂の浄化される世界というものは、あくまで宗教的な想像上のものだと思っています。だから、より確実に魔剣士が役目を果たすには」
皆、唖然とした顔で自分を見つめている。ノレムは、ライガが何か凄い事を言うに違いない、というような期待に満ちた表情を浮かべているが、この台詞を聞いたらどう思うだろう、と少々悪戯心が催される。
「現世で、本当に非忘却者になったらマズいと思う魂は、爆発させるのがいちばんだと思います」
「爆発!?」
ノレムが素っ頓狂な声を出し、他の騎士見習いたちも大勢が息を呑んだ。リクトは眉間を押さえ、とうとう言ってしまったというように首を振っている。
ライガは今にも泡を吹きそうになっているノレムをちらりと見、続ける。
「一回の『審判の七日間』で一つの魂が霊力として使用出来るのは、一度だけ。だからこそ、降霊術は使用される魂にとっての『世界に対する最後の奉仕』とされる。けれど、魂そのものが力だとしたら、それを消滅させるまで使えば、通常の魔術とは比べ物にならないレベルの力が引き出せるんじゃないか? 世界から災いの種は取り除かれ、強いエネルギーも取り出せる。まさに一石二鳥……」
得意げに話している最中に、イザーク教官が額に青筋を立てながら聞くに堪えないというように顔を顰めているのに気付き、そこでようやくしまった、と思った。語尾を徐々にフェードアウトさせたライガだったが、
「馬鹿者!」
その瞬間、案の定教官に怒鳴られた。
「ジオス・ヘリオヴァースに存在する魂の数は有限だ。それを消滅させるという事が何を意味しているか、分からんか! 後の世に誕生する命の総数を減らし、世界を滅びに一歩近づけるという事なのだぞ!」
「……はい」
「いやしくも魔剣士たる者が、その循環に寄与すべき魂の消滅を口にするなど言語道断! 士道不覚悟である!」
くすり、と誰かが笑う声がした。反射的にそちらを見ると、ドーデムが取り巻きの二人と視線を交わしながら、頻りにこちらを指差していた。彼らはライガが授業中に自論を展開して咎められる事など日常茶飯事である事も知らず、ただ気に食わない目立ちたがりの訓練生が馬鹿な事を言って怒られた、などと思っているのだろう。
馬鹿はどっちだ、と思ったが、今彼らに突っかかればイザーク教官が彼らを庇うであろう事は目に見えており、そうなれば余計に癪に障るだろうと思ったので、我慢して無視する事にした。
「訓練の初日に、貴様のような自らの立場を弁えぬ者が居ると皆の士気を下げる事になる。出て行け!」
「御意、閣下」
騎士団式の敬礼をし、大人しく身を翻す。
訓練初日に指導される内容など、自分にとってはとうの昔に出来るようになっている事なので、却って休みになって良かった、と内心では思っていた。




