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『リ・バース』第一部 第3話 Temperance⑤

  ② ライガ・アンバース


「あ、居た居た! ライガ! リクト!」

 訓練初日、ライガとリクトが天秤宮(ライブラ)に向かって歩いていると、中庭を突っ切って一人の騎士見習いが駆けて来た。

「ノレム、おはよう」

「おはよう、二人とも。初日は共同訓練だってね」

 学問所時代、自分たちとよく行動を共にしていたノレム・ピックルスは、ライガたちが羽織っている支給品のマントに目を向けた。こちらは二人とも、入団前に思っていた通り赤色(ルージュ)だ。

「やっぱり、二人はフォルトゥナだったんだ」

「まあな。ノレムは……カルマだな。まあ、そりゃそうか」

 ライガに指差され、彼はややはにかみつつ黄色(イエロー)のマントの裾を掴んだ。

 ノレムは、カルマ騎士団の隊長である「紅潔伯(インペリウム)」キューカンバー・ピックルスの息子だった。その点ではマロン=エキュレットと同じく有名人ではあるが、初めて彼と会った者の多くはまず驚き、その事実について疑う。

 キューカンバーとノレム程、性格が真反対の親子も珍しい。父親が、五大騎士団の長のうち剣術の腕だけで見ればアルフォンスを凌ぐ程の力を誇り、性格もそれに見合った剛健で勇猛なものであるのに対し、息子のノレムは穏やか──というよりも控えめ、引っ込み思案と言ってもいい。剣術、魔術、頭脳労働にいずれも突出したものはなく、学問所で出された課題はいつもリクトに写させて貰っていた。

 課題の提出状況についてはライガもあまりよくなかった──(ただ)し自分の場合、内容が分からなくて出来なかったのではなく面倒臭がってやらない事が多かった──のだが、試験では確実に点を獲るので彼からはよく羨まれていた。

「何で僕は一晩中必死に詰め込もうとして上手く行かないのに、ライガはノー勉で満点を連発出来るの?」

「ノレムの場合、一夜漬けが良くないんじゃないかな」

 模範生のリクトに突っ込まれ、彼はよく口を尖らせた。

「仕方ないでしょう、僕の頭はあんまり長く覚えておく事には向いていないみたいだから」

「それも訓練だろう?」

 ともあれ彼は、ライガとリクトの手も借りながら何とか最低限度の成績を維持し続け、卒業試験には及第点ぎりぎりでパスする事が出来た。キューカンバーはそんな彼に対して、ノレム本人曰く成績が悪いだの向上心がないだのといった点で苦言を呈する事はなかったらしいが、代わりに徹底して剣術の腕を磨こうとしていたそうだ。それこそノレムには向いていない事で、いずれ騎士団入りするには欠かせない事であるとはいえ、イザーク教官は内心キューカンバーの事も、熱心で悪気はないのだろうが困った父親だと思っているようだった。

「はあ……でも今日から、天秤宮(ライブラ)でまで父上にしごかれるよ」

 指先で摘まんだ自身の黄色いマントを見るノレムの目が、そこで憂鬱な色を浮かべた。ライガはふと悪戯(いたずら)心を起こし、それとなくプレッシャーを掛ける。

「学問所出身者じゃない連中も、キューカンバー騎士長の息子がどんな魔剣士(テンペランザ)なのか期待していると思うぜ。俺もまあ似たようなものだけど、こっちはデルヴァンクールじゃないからそこまで噂にはなっちゃいねえかなあ。まあ、くれぐれも舐められないように頑張ろうぜ」

「ひええ、やめてよライガ……」

 ノレムは、さも頭が痛むというように自らの眉間を揉む。あまりにもあからさまなリアクションにライガがニヤリとすると、リクトが「ライガ」と窘めてきた。

「君だって十分、外でも噂になっているじゃないか。イザーク先生のお兄さんの養子が、蓋を開けてみたら問題児だったなんて事になったら先生にも迷惑が掛かる。正式に軍に入ったからには、ちょっとは大人しく──」

「はいはい、うるさいなあ。何だかリクトが先生みたいだ」

 このようなやり取りも、昔から日常茶飯事だった。しかし毎回、リクトはライガに対する小言となるとしつこい。

「真面目な話だって。実際にあのドーデム・ヤーツっていう男子も言っていたじゃないか、学問所の外で君の噂が──」

 その時、

「僕がどうかしたの?」

 中庭の方から、また声がした。

 見ると、まさにそのドーデムが二人の騎士見習いを引き連れてこちらに歩いて来ていた。彼らは三人とも、やはりファタリテ騎士団に配属されたらしく金色のマントを羽織っている。

「ドーデム……」

「覚えていてくれて嬉しいよ、ライガ。けれど残念、やっぱりファタリテには入れなかったんだね」

 彼は、その気になれば自分がこちらの配属先を決められるというような事を口にしていたにも拘わらず、そのような事を言った。こちらの羽織った赤いマントを見る目が、やや見下すような色を帯びているのが分かる。

「俺は最初から、ファタリテに入りたいなんて一言も言わなかったぞ」

「でも僕は言った。君には資格があるって」

「また主権がどうとかいう話か」

 ライガが溜め息を()くと、ノレムがおずおずと口を挟んできた。

「誰? ライガとリクトの新しい友達?」

「いや、この間知り合ったばかりだ」

「勘違いしないで欲しいのは、僕は別にフォルトゥナを侮辱するつもりで言っている訳じゃないって事だよ」

 ドーデムは先日リクトにしたのと同様、発言したノレムを完全に無視していた。

「むしろ莞根士(ラーディッシュ)については、帝国の誇るべき勇者だと思っている。君も正式なものではないとはいえ、彼の養子なら居るべき場所は最良であるべきじゃないか? 少なくとも、友達はちゃんと選ばなきゃ」

 彼は、同意を求めるように連れ()ていた二人を振り返る。彼に「選ばれた」らしい二人は揃って肯き、その事をやや誇るように胸板を反らした。片方は小柄だが堅太りしており、ドーデムの二倍は大きく見える。もう一方は茄子の如く細長い顔をした痩せ型の男で、血色が悪かった。彼らは二人とも、ライガが学問所では見た事のない少年だ。

「その二人が、お前の『友達』か?」

「ああ、騎士団入りしたからにはもう同胞だからね。今日から友達に昇格だ。ほら、二人とも自己紹介して」

 ドーデムに促され、堅太りした方から先に名乗った。

「ゼムン・タッドポール」「エッガ・セル」

「僕は──」

 ノレムが進み出、呑気に自己紹介を返そうとしたが、ドーデムはやはり彼の言葉を遮るようにして再度開口した。「ライガ、やっぱり天秤宮(ライブラ)学問所での教育はレベルが低いよ。選ばれるべき者たちが集まらない」

「何?」

「君にも悪い虫がつく。煽動者(デマゴーグ)の息子やら、劣等生やらね」

「おい」さすがに我慢の限界が訪れた。「誰の事を言っている?」

 リクトとノレムはそれで、ドーデムの台詞が自分たちの事を指したものであると気が付いたようだった。ドーデムはそこで初めて、彼らに反応を示す。彼らの鈍感さを嘲笑うかのように鼻を鳴らす、という方法で。

「僕はちゃんと、同じ場所に集まる事になる奴らについては調べているんだ。君のように虫がついてからじゃ遅いからね。レボルンスの息子は首席で卒業したみたいだけど、学校で評価される成績じゃ思想までは分からない。元老院での父親の影響については、ちゃんと考慮されるべきだと思うよ。それにピックルス家の方、こりゃ完全に七光りだよね」

「あのさ、ドーデム」

 ライガは、かっとしたら負けだと思い、静かに低い声で言った。

「お前が親父からどんな資料を見せられたのかは知らないけど、こいつらはそんな薄っぺらい紙に書かれている事だけで理解出来て、ああだこうだ言えるような人間じゃないんだぜ」

「ライガ……」

 ノレムが、聖霊(エスプリ)でも目の当たりにしたかのような感激を湛え、こちらを見つめてくる。リクトは黙ったままだったが、さすがに気分を損ねてはいるらしく、いつになく剣呑な顔でファタリテの三人を睨みつけていた。

「俺はたまたま、こういう魔術の適性を持ちつつデルヴァンクール騎士長が後見人であるっていうだけだ。俺が自分の立場や能力をどう使おうが俺の勝手だし、誰とつるむかも自分で決める」

 毅然として言ったが、きちんと反撃する事も忘れなかった。

「そもそも、そっちの人を見る目とやらも当てにならねえな。いちばん俺に相応しくない奴を、俺の友達に推薦しようとか」

 これは他でもないドーデム自身の事を言ったのだが、リクトはすぐに気付いて「おいおい」と窘めてきた。「わざわざ火を点けるな。気に入らないなら相手にしなきゃいいんだよ」

「いや、こういう奴には言ってやらなきゃ分からないんだ」

「黙って聞いていれば」

 ずっと沈黙を保っていたドーデムの取り巻きのゼムンが、一歩進み出て来た。

「ドーデム様に対して、随分失礼じゃねえか?」

「俺は縛られるのが嫌なんだよ。素性調べたんなら分かるだろ?」

「格好良く言っているけど、規則は守ろうよ……」

 リクトが小声で囁いてくるが、これには聞こえない振りをする。

 ゼムンがかっとし、更に何か続けようとしたが、そこでドーデムが「やめとけ」と彼を制した。

「まあ、それはいいよ、畢竟は君の生き方だからね。好き勝手でも」

 嫌味な騎士見習いの少年は、失望したというように鼻で笑った。

「けど、気を付ける事だ。ここは軍なんだぞ、上手く立ち回ろうとしなきゃ最悪味方に殺される事になるよ。出る杭は打たれるものだからさ」

 そのままゼムンとエッガを従え、これ見よがしに金色のマントを翻して天秤宮(ライブラ)の方へと去ろうとする。自分から喧嘩を仕掛けておいて逃げるのか、と言おうとしたライガだったが、リクトが(いち)早く察してこちらの口を手で塞いできた。ノレムはずっとまごまごしていたが、はっと我に返ったように懐から女たちの持ち歩くような団扇(うちわ)を取り出し、ドーデムたちの背中に向かって無言で振り上げた。

 リクトはライガの口から手を離すと、やれやれというように溜め息を()いた。

「家の都合であいつが嫌っているのは僕みたいなんだからさ、ライガまで巻き込まれる必要はなかったのに」

「あいつは俺に対して仕掛けてきやがったんだぜ? 家がどうとか正直どうでもいいけど、本人の事じゃない事で嫌味を言うのは卑怯だ。あいつこそ、ろくでもない父親に吹き込まれた事を鵜呑みにしているんじゃないか」

 きっと彼は、今度は問題児の自分とつるんでいる事でリクトに対する陰口を広めるのだろうな、と思い、ライガは胸が悪くなった。

 出来ればあまり関わりたくない。が、少なくとも今日一日は共同訓練だ。

 せいぜいこちらからは話し掛けないようにしよう、と思った。

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