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『リ・バース』第一部 第3話 Temperance④


 六歳になって間もない頃、父クロヴィスに連れられて初めて入城し、ライガとシアリーズには同じ日に出会った。

 許婚(いいなずけ)同士の自分とシアリーズが、初めて対面させられる日だった。初等教育の始まっていたリクトは既に「許婚」というものがどのような存在なのかを理解してはいたが、今まで名前しか聞いた事のない姫と直接会うという事に、期待と共に強い緊張を覚えてもいた。

 ところが、最初に彼女と顔を合わせたのはライガの方だった。

 初めて白羊宮(エアリーズ)に入ったリクトは、会合の為に用意された一室で父から待機しているように言われ、(しば)らくの間一人になった。父はその間、アルフォンスと何らかの話があると言っていたが、今から考えればこの会合をセッティングした皇帝を含む大人たちが、まず始めはシアリーズと自分を二人きりで会わせようと考えていたのではないかと思う。

 白羊宮(エアリーズ)の一室という場所をアルフォンスが手配したのは、城外に住むリクト──将来の皇子と、天秤宮(ライブラ)に住むシアリーズが対等な関係であるという事を、関係者全員で共有する為だった。決して、一方がもう一方を呼び出した、という形になってはいけないという事だったが、リクトは陛下も父も、そのような細かい事まで気にして言いがかりをつけるような小人物ではないだろうに、と思っていた。

 アルフォンスは元々、妻が子を産めない体質だと判明するまでは、将来生まれるであろう彼の息子がシアリーズの夫となり、二人に皇子か皇女が生まれれば内戚として政界に身を投じ、元老院と軍部の力の均衡を保つ者になる予定だった。自分たちに子が出来ない原因がメルセデスにあると分かった後、愛妻家であったアルフォンスは彼女と離縁して新たな名門の令嬢と再婚する事は断じて拒み、そこで皇帝が彼の支援者(パトロン)であるクロヴィス・レボルンスの子リクトを代理としてはどうか、と直々に提案したのだ。

 その時リクトはまだ三歳前後だったが、物覚えの良さや性格面の早熟はフレデリック二世からも高く評価されていた。何より、この子なら大人になった時、娘をしっかりと愛してくれるだろう、という確信があったそうだ。

 アルフォンスは潔く身を引いたものの──皇帝はもしライガがデルヴァンクールに改姓し、正式な養子としてアルフォンスの家に入るのならば彼が婚約者となってもいい、とも言ったそうだが、実の両親の記憶を持つライガ本人が改姓を拒み、アルフォンスも彼の意思を尊重した──、自身の立場について、レボルンスに丸投げした、という事にはしたくないという責任感からリクトとシアリーズの媒酌人となり、リクトが皇籍に入るその時まで諸々の世話をする、という事になった。

 ライガとリクトが出会ったのにも、そのような事情が関係しているらしい。

 本当はシアリーズとの顔合わせ──事実上のお見合い(アランジェ)──が済んだ後、リクトはライガと引き合わされるはずだった。のだが、予定時刻になってもシアリーズが部屋にやって来ず、様子がおかしい事に気付いて一人であちこちを捜索し始めると、ライガが先に彼女に会っていた。

 ライガもその時、別部屋で待機していたらしい。彼は何故自分が王宮の一室に連れて来られたのか分からず、今では考えられない事だがその頃はやや人見知り気味だった事もあり、見知らぬ場所でアルフォンスと引き離された事で落ち着きを失い、部屋の中をうろつき回っていた。

 そこに元気一杯のシアリーズが──同い歳の美少女が突入して来た為、気を動転させてしまったそうだ。

「あなたがリクト・レボルンス様ですのね。初めまして、私はフレデリック二世が長女、帝国第一皇女シアリーズ・ド・ゲネラッテと申します。ちょっと早いかもしれませんけれど、あなたにお会いするのが楽しみで駆けて来ちゃった」

「ま、待ってよ! 誰なの、君?」

 当然シアリーズの方も、リクトの顔など知っているはずがなかったので、ライガの反応を見ても自分が人違いをしている事に気付かなかった。

「ですから、今名乗った通りでしてよ。第一皇女シアリーズ──」

「そうじゃなくて」

「あなたの婚約者(フィアンセ)です。あなた、リクト様でしょう?」

「違うよ、俺はライガだ。アンバースって聞いた事ない? このお城で、フォルトゥナ騎士団……だっけ? の、飼っている使役獣(ブリード)調教師(ハンドラー)だったんだけど」

「アンバース……アンバース……ごめんなさい、存じ上げませんわ。けれど──そっか、あなた、リクト様ではなかったのね」

 リクトが部屋の扉を開けたのは、そのようなやり取りがまさに行われている最中だった。

「シアリーズ姫、何処にいらっしゃるのですか?」

 言いながら扉を開いたリクトは、その瞬間揃ってぽかんと口を開けているシアリーズ、ライガと顔を合わせる事になった。何故か相手を確認する事もせず、「失礼しました!」と叫んで扉を閉めようとした時、彼女が言った。

「シアリーズは、私ですけれど……」

「なっ、姫様──ご無礼を致しました。けれど、何故ここに?」

「何故って……あっ、もしかして、あなたがリクト様?」

「え、ええ、自分はリクト・レボルンスです。定刻になっても、姫様がお見えにならないものですから、こうして探しに参ったのです」

 嫌味に聞こえないだろうか、とやや気を遣いながら言うと、シアリーズは両頰を押さえ、「あら」と恥ずかしそうに赤くなった。

「私ったら、お部屋を間違えてしまったのね」

 ライガは戸惑い気味に二人の間で視線を往復させていたが、やがて自分たちの名前を確認するように指差しながら発音した。

「リクト?」

 まずこちらを指し、

()()アリーズ?」

 続いてシアリーズを指した。彼女はやや微妙そうな表情になり、訂正した。

「最初の発音は『ʃéə』じゃなくて『síə』です。ちょっと難しいかしら……白羊宮(エアリーズ)も似たような発音ですし、引っ張られちゃったかな」

「シ、シ……シュア──」

 ライガは何度も正確な発音を試みたが、やがてギブアップというように両手を挙げた。「リィズって呼んでいい?」

「リィズ、ですか? ……何となく可愛らしい感じがしていいかも。ええ、いいですわよ。私はリィズ──それに愛称にすると、ちょっと親しい感じがしますものね」

 如何にも純真無垢といった笑顔を浮かべる彼女を見、リクトは何やらライガに()()()()()()ような気がして、張り合うように彼女を呼んだ。

「リィズ、そちらの男の子は?」

「あら、あなたまで……()()()。えっとね、こちらはライガ・アンバース。この姓に聞き覚えは?」

「アンバース──父上が、何処かで言っていたような」

「俺、父上も母上ももう居ない」

 ライガが、おずおずと容喙した。「今は、デルヴァンクールのおじさんの家に置いて貰っている」

「ああ、デルヴァンクール騎士長の」

 本人に会った事は──少なくともこの時のリクトの記憶の中には──ないが、その名前については父クロヴィスの口からしばしば耳にしていた。政治的なあれこれについてはまだ理解していなかったが、蝸牛(かたつむり)のような戦楽器(インストルメント)を持った男性、という事は頭に入っていた。

 その彼が、自分と同い歳の男の子を養子に引き取ったという事も父が話していたっけ、と思い出した。このライガという少年が、そうなのか──。

「姫様!」

 リクトの背後で、自分が閉めたばかりの扉が開いたのはその時だった。

「そちらは違うお部屋でございます! リクト様は──あれ?」

 シアリーズの世話係と思しきメイドが数人、慌ただしく部屋に駆け込んで来た。どうやら、姫を婚約者の元へと案内している最中に、彼女が一人で駆け出した為に置き去りにされてしまった者たちらしい。その視線が自分に集中するのを感じ、リクトは咄嗟に身を縮めるようにした。

 メイドたちの目は、明らかに「何故ここに婚約者が居るのだろう?」と物語るものだった。自分たちの方が何か勘違いをしていたのだろうか、というように視線を交わし合う彼女らの背後から、アルフォンスとクロヴィスが現れた。

「ライガ、そろそろ移動だ……って、おい」

 騎士団に於いては礼装も兼ねた軍服を着たアルフォンス──この時のリクトはまだ彼がそうだとは知らなかったが──が、部屋の中に居るリクトとシアリーズを見てきょとんとした表情になった。

 ライガが、やっと彼と再会出来てほっとしたのか、まだ幾分か残っていた顔の強張りを解いて「おじさん?」と呼び、リクトはそれで彼がライガの養父だと知った。

「デルヴァンクール騎士長、ですか?」

「あ、ああ」

 リクトは父に向き直り、尋ねた。

「何故、父上が彼と? リィズ──シアリーズ皇女殿下と私の婚姻は、ゲネラッテ皇家とレボルンス家の……?」

「あー、そうだな。実は、この後」

 クロヴィスはアルフォンスと目配せし合い、続いてリクトとライガを交互に見た。

「ライガ君とお前には、友達になって貰おうと思っていたんだ」

「それなら、ご心配には及びませんわ」

 シアリーズが自分たちの間に入り、両手で二人の右手と左手を取った。

「私たち、もうとっくにお友達になりましたもの。ね、ライガ、リクト?」

「姫様……」

 メイドたちが、彼女の無邪気さに毒気を抜かれたように息を()いた。アルフォンスとクロヴィスはもう一度顔を見合わせ、声を入れれば「どうする?」「これはこれでいいか」というやり取りになりそうな無言の仕草を交わした。

 リクトとライガは、シアリーズを間に挟んで(しば)し無言で居たが、やがてライガの方から空いている右手を差し出してきた。

「宜しく、リクト」

 それで、こちらの困惑も霧消した。リクトも微かに笑みを浮かべ、左手で彼の差し出した右手を取った。

「こちらこそ宜しくね、ライガ」

「わーい!」

 シアリーズが歓声を上げ、自分たちの肩を抱き寄せた。


「はあ……あの子も、マロン殿を労ってあげれば宜しいのに」

 シアリーズはドレスの胸元を押さえ、片付けが行われている儀式場を振り返りつつ独りごちた。ライガが「アウロラの事?」と尋ねる。

「ええ。式の最中も、何だかあの子、上の空って感じでしたわ」

「彼女も疲れているんだろう。可哀想に、あの子にとっちゃ入団式なんて、ただ何時間も座っているだけじゃん? 男ばっかり詰めていて暑苦しいし」

「アウロラ姫、体調は? 式場では、よく見られなかったけれど……」

 リクトが聞くと、シアリーズは「ありがとう」と小さく微笑んだ。「ちゃんとお食事は召し上がりますし、睡眠にも特に異常は見られなくってよ。けれど、何だかあれ以来厭世的といいますか、浮かない顔をする事が多くなって」

 シアリーズの妹、第二皇女アウロラは昨年度の終わり、一月程の間病床に臥せっていた。雪も解けて間もない頃、彼女はマロンと共に隣国フォルスの湖水地方に遠出したいと言い出し、季節の変わり目だった事もあり風土病に罹患した。それがユークリッドへ帰還した後、予想外にこじれた。

「マロンの奴、お見舞いに行ったのがロディ騎士長同伴での一回だけだなんて」

 ライガはその事に、未だに立腹している様子だ。

 シアリーズは「仕方ありませんよ」と返した。

「丁度学問所の卒業試験の時期でしたし、彼も忙しかったのでしょう。それに元はといえば、もう少し暖かくなってからとジブリらが諫言したのに、彼女が無理を通した事もありますもの。元々あの子、体があまり丈夫な方ではないのに」

「それこそ、もうすぐ卒業試験だしマロンに気を遣ったんじゃないか?」

「なら、物見遊山の遠出自体を我慢すべきだったのです」

「アウロラ姫も、マロン=エキュレットとの関係についてはご自分なりに考えられているのだろう」リクトは言った。「マロンの方がちょっと消極的すぎるのも、事実ではあるし」

「二人とも……ありがとうね、そういう(ふう)に言ってくれて」

 シアリーズは言い、「そうだ」と手を打った。

「近々、また遊びに来て下さいな。あの子も二人に会えば、ちょっとは気分も晴れる事でしょう」

「陛下のお許しが頂ければ」リクトが言うと、

「それなら大丈夫よ」

 シアリーズは、お茶目な仕草でウインクをした。「二人の訪問について私がお願いをすれば、お父様、いつでも聞き入れて下さいますもの」

 その時、儀式場の入口からテレサ皇妃の声が聞こえた。

「シアリーズ! 何処に居るの?」

「あっ、お母様が呼んでる」

 彼女は「それじゃあ」と言い、リクトたちに手を振った。

「近いうちに都合のつきそうな日が見つかったら、お伝えしますね。場所は例の木の洞で。……私も軍の方々のように、HMEが貰えたらいいのに」

 彼女の指定した場所は、中庭の天秤宮(ライブラ)白羊宮(エアリーズ)の間にある(オーク)の古木だった。ペンタゴナ・パラスの落成当初から立っているというその木の下には丁度子供が三人入れる大きさの洞があり、昔自分たちはよくそこに隠れ、ライガとリクトがシアリーズを王宮の外で連れ回す事を良く思わないテレサ皇妃やジブリ公の目を欺いた。さすがに三人とも成長した今ではもう入る事は出来ないが、時折学問所からの帰りなどに三人のうち誰かがメモを隠し、秘密の連絡を取り合う事もある。

 シアリーズは自ら主張し、リクトやライガと同じく学問所で勉強をしていたが、二人と同じく昨年卒業してしまったので、今年から騎士団に入る自分たちと平日に会う機会は減るだろう。この木の洞にメモを入れる連絡手段の需要は今後増加するだろうな、とリクトは考えた。

 母親の元へ駆けて行く彼女に手を振り返すと、リクトは改めてライガを見た。

「僕たちもそろそろ行こうか」

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