『リ・バース』第一部 第3話 Temperance③
* * *
入団式は、思っていた通り淡々と済まされた。
今年の新規入団者は総勢六百八十二名。その三分の一程が学問所出身であり、更にその半数近くが貴族出身者だった。この人数は例年に比べて殊更に多いという訳ではないが、軍閥の名門は大抵一世代の子供の数が多い。無論、騎士団に所属する全ての者が戦闘に従事する訳ではなく、中には看護兵や兵器系魔導具の整備士に志望している者も居る。
ともあれそのような大人数の前で、代表挨拶を任されたリクトはやはり幾分かの緊張は禁じ得なかった。
通り一遍の事を述べて列に戻ると、ライガが小声で「お疲れ」と声を掛けてきた。
「リィズ、反応薄かったな」
「それはまあ、今は公の場だし」
「後で会いに行くか」
小さく言葉を交わしていると、ライガの反対側の隣に並んでいたオルフェ・アッシュ──彼も学問所の同期生だ──が、いつもながらの陰気な声音で「皇帝陛下のお話しですよ」と短く言ってきた。
式次第の通り、進行役が「陛下のご登壇!」と叫んだ。
楽隊が戦楽器を奏で始める。リクトたちは見た事がないが、先々代のテオドールも先代のフレデリック一世も武闘派であり、こういった式典の際に演奏される楽器は全てれっきとした特殊武器である戦楽器だった。
シアリーズの出生と前後して皇帝フレデリック二世の性向は大分穏やかになったという話だが、やはり彼の武人としての精神は健在のようだ。
五大騎士団の象徴色、赤、金、茶色、蛍光色、黄を随所に取り入れた衣装を纏った皇帝──シアリーズの父親──は、リクト個人に対して向けるのと変わらぬにこやかな表情を湛え、新規入団者たちを見回した。
「今日から騎士見習いとなる諸君、私は君たちのような、可能性のある若者たちをこのペンタゴナ・パラスに迎えられた事を嬉しく思う。君たちも今この瞬間、帝連軍での自分たちの未来を思い描き、期待に胸を膨らませている事だろう。このような晴れの舞台で私が長々と話す事は君たちも望まぬと思うし、何より長々と話すのは私の性分に合わないから短く切り上げよう」
皇帝は、歴史ものなどで国王がするような仰々しい物言いはせず、あくまで親しみやすい砕けた調子で続ける。
「諸君も知っての通り、只今帝連は第二間征期の最中にある。今や帝連傘下の肢国群は百を超え、諸方の異民族とも良好な関係を築けている。君たちは軍人と呼ばれる身分にはなったが、その魔剣士の謂はもう長らく帝連という一機構のみならず、この世界ジオス・ヘリオヴァース全てに布衍して用いられるべきものとなった。君たちは魔物を狩り、世界を調和し、魂の循環という世の約定を回す存在となったのだ。君たちの若き力は、帝国や帝連といった、言ってしまえば小さな共同体のみの為に捧げられるのではない。もっと大きな、世界全ての為に行使される。その事に、まずは誇りを持って欲しいと思っている。
私から君たちに掛けるべき言葉は以上だ。それでは、最後になるが改めて……ようこそ、帝連軍へ」
どっと歓声と拍手が沸き起こった。中には、既に帝連軍式の掛け声を上げている者も居る。
「ビバ、ソレスティア!」「ビバ、フレデリック!」
再び盛大な戦楽器の演奏と共に皇帝は降壇する。
リクトは、いつしか声の揃っていた皆の「万歳」の叫びの一つに加わりながら、拳をぐっと握り込んだ。
──いつかは自分が、将来の魔剣士たちにこの挨拶をする事になるのだ。フレデリック二世と同じく、自らの身を以て”調和”の為の戦いを経験した武王として。
(テンペランザ、か……)
その言葉は、いずれその方が自分を的確に表すものとなる「皇帝」よりも自らに相応しい呼称のような気がした。
* * *
式典が終わり、整列したまま儀式場を出ると、そこで解散となった。各々がどの騎士団に配属となるかは、それぞれの元へ書面で通知されるという。軍の遠距離連絡用の魔導具であるHMEも、その際に送付されてくるそうだ。
「この後どうする、リクト?」
「デルヴァンクール騎士長に挨拶して帰るよ。ライガも、帰りは彼と一緒?」
「ああ。だから俺も白羊宮まで着いて行く」
そのような会話を交わしていると、不意に声を掛けられた。
「リクト、ライガ」
璆鏘とした、というやや古風な副詞の相応しい、鈴の転がるような涼やかな声。振り向くと、そこにシアリーズが立っていた。
「やあ、リィズ」
まだ儀式場の周辺には人も多かったが、ライガは平然と、自分やリクトとの間だけで通っている親しみの込もりすぎた愛称で彼女を呼ぶ。シアリーズは膨らんだ長いスカートの裾を両手で摘まみ、礼式に則ったお辞儀をしたが、すぐに表情をいつも自分たちに見せるあどけない笑顔に変えた。
「入団式、お疲れ様。長く立ちっぱなしで大変だったでしょう?」
「リィズこそ、半分以上知らない人たちからじろじろ見られて」
ライガが言ったが、彼女は「全然」と首を振る。
「ゲネラッテ皇家の姫たる者、この程度の衆目に耐えられなくてどうします? それに皆さん、私よりもお父様を見ていらっしゃるでしょう」
「そうかなあ? リィズ、正装すると綺麗だから」
「お上手」
彼女は口元を隠すようにし、ころころと笑う。
実際に、淡紅色のデコルテに身を包んだシアリーズは美しかった。幼い頃から自分たち三人の間には交流があるが、将来の自分との婚姻や夫の皇位継承については当初から決まっていたので、彼女自身は帝王学になど触れず天真爛漫に──それこそ庶民の女の子と変わらないのでは、という振舞いをしばしば見せる。時にはライガが彼女を変装させ、三人で街中に繰り出すという事もあったが、喋り方や行儀などはしっかりと宮廷風に教育されている為、大抵店先で「高貴な家の令嬢に違いない」と気付かれた。とはいえ、そういった店の関係者もまさか第一皇女だとまでは考えなかっただろうが。
そういった”ミスマッチ”も彼女の魅力ではあるが、やはり皇女らしい装いをして落ち着いた彼女には、物語に登場する「お姫様」が抜け出してきたような浮世離れした美しさがあった。
式の場では凛としていたシアリーズの、装いをそのままにして普段の朗らかであどけない素振りを見せるギャップにリクトがややどぎまぎしていると、彼女の方からこちらに話を向けてきた。
「リクト、立派なご挨拶でしたよ」
「あ、いえ、そんな……」
動転し、皇帝やアルフォンスに対して使うようなやや他人行儀な口調の片鱗が覗いてしまったような気がし、慌てて咳払いをした。
「原稿を用意して下さったのは、イザーク先生だし」
「内容はそこまで重要じゃないわ。あなたなら、あなたやライガの世代が後になってから『八十五年度の入団者は質が悪かった』なんて言われずに済むって、私自信を持って言い切れると思いましたもの」
「ああ……ありがとう、リィズ」
美しい婚約者から褒められ、リクトはまた気恥ずかしくなる。
シアリーズの方では、自分たちの婚約者としての関係について”理解”はしているのだろうが、幼い頃からライガを含めて三人でよく遊んでいた事で、実感としては仲のいい友達という風にこちらを見ている節がある。リクトも何年か前まではそうだったが──無論、昔から可愛い彼女と共に居られる事には喜びを感じていたが──、最近はどうも彼女との仲を特別に意識してしまう。