『リ・バース』第一部 第3話 Temperance②
儀式場に近づくと、新規入団者たちが集まっていた。彼らの殆どが学問所に通っていた学友たちであり、その頃からの教育係であるアルフォンスの弟イザークの号令を待っている。皆騎士見習いとしての軍籍番号は既に交付されており、儀式場へは正確に整列して入る事になっている。
彼らは皆三々五々集まり、自分たちがどの騎士団に組み分けられるか、どのような剣を与えられたのか、といった話題で盛り上がっていた。中には無論地方出身者も居り、同郷の友人を探したり、社交的な者は早くもリクトたちの同期生に自分たちから話し掛けに行っては城や首都ユークリッドでの生活についてあれこれ質問し、意気投合したりしている。
「ライガは、きっとフォルトゥナで確定だよね」
リクトは周囲を見回しながら言った。
「身内が既に騎士団に居ると、同じところに組み分けられやすいって聞いた。それに君の成績なら、筆頭騎士団以外に有り得ないだろう?」
生活態度は不真面目ながらも、学問所でのライガの成績はリクトと共に最上位だった。卒業時に首席だったのはリクトだが、これは内申点で、自分の方が彼に勝っていた為だ。
学問所では、身体強化や魔素知覚術、簡単な結界術といった無属性の汎用魔術以外に、個人の適性に依存する八属性の文法や本格的な降霊術は習わない。学問所で習うそういった内容は、実践ではなく専ら座学での理論体系だ。ライガは非常に記憶力が良く、頭の回転も速かったが、降霊術の応用に優れていたり、複数の属性魔術を使用出来る高位者であるなどといった──いわば”才能”の部分は成績としては評価されなかった。
無論、学問所の成績には含まれないというだけで、彼のそのようなスペックについてはアルフォンスも他の騎士団関係者も承知しており、五大騎士団への組み分けはその点も加味した上で行われる。
「リクトも多分、フォルトゥナで間違いないと思うぞ」
ライガが、励ますように肩を叩いてきた。「俺とお前の仲については、おじさんもよく分かっている」
「デルヴァンクール殿は、身内を依怙贔屓したりはしないだろう?」
「依怙贔屓なんかしなくたって、お前の実力は筆頭に相応しいじゃないか」
「けれど、僕の身内は軍人じゃない。政治家だ」
「だったら尚更だ。身内に軍人が居ないのに元から太刀筋がいいのは、純粋にそれがお前の能力って事だろう?」
そのような会話を交わしていると、不意に横から容喙された。
「フォルトゥナって、そんなにいいかな?」
「………?」
声を掛けてきたのは、見覚えのない色白の少年だった。現在のリクト、ライガと同じく騎士団の制服に身を包んでいるが、当然ながら五大騎士団のいずれかに属するものである事を示す五色のマントはいずれも着用していない。
しかし、リクトには一瞬彼が獅子宮を管轄するファタリテ騎士団の象徴である金色のマントを纏っているように見えた。誰かに雰囲気が似ている、と思い、すぐに「ああ」と一人で納得する。
ライガが毛嫌いしていたのであまり交流はしてこなかったが、学問所の同期生だったマロン=エキュレット・エルヴァーグに似ているのだ。彼の父ロディ・エルヴァーグは「匍匐獅子」の称号を持つファタリテ騎士団の長であり、金色のマントを靡かせたその姿は城内でしばしば目にしてきた。
が、この少年の事は知らない。
「誰だ、お前? 学問所には居なかったよな?」
ライガが尋ねると、少年は「そりゃ」と得意げに胸を張った。
「僕の家では家庭教師を雇うのが決まりだからね。両親は、天秤宮の学問所じゃ一律の教育しかしないから、可能性のある十代の、貴重なセンスの育成期間を無駄にしてしまう、って言っている」
彼の視線の先をなぞると、やはりそこにはマロンが居た。壁際で、ロディの部下の子供たちと思われる数人の少年に取り巻かれている。
「彼とは好敵手になれそうだ。うちの分家とはいえ、あの『匍匐獅子』の長男なんだからさ。とはいっても、僕も会うのはこれが初めてだ」
「分家? エルヴァーグは帝国建国当初からの名門で、代々ファタリテの長だ」
「確かに名前は変わったけれどね、獅子心王テオドールに従ってバルドバロアを討ったエルヴァーグの純血を引くのは僕たちヤーツの人間だよ」
「ヤーツ?」
ライガは一瞬首を捻ってから、すぐに思い至ったようだった。
「ああ、元老院議員の」
「ナサニエルは僕の父だ。僕は息子のドーデム・ヤーツ」
リクトは思わず身を固くした。ナサニエルといえば、元老院に於いて次期元老長の最有力候補と言われている門閥貴族の当主でロディの支援者であり、軍内部での彼の発言力にも影響を与えている人物だ。そして、リクトの父クロヴィスとはしばしば対立していた。
とはいえライガには、そういった大人の世界での複雑な事情についての理解が完全にあるとはいえない。彼が知っているのは、リクトの家が政治家の家系である事、レボルンス家とエルヴァーグ家が将来共に皇家の親戚になるという事だけだ。
「俺は──」
「ああ、自己紹介はいいよ。君の噂は聞いているさ、ライガ・アンバース」
やや驚いたように眉を上げるライガに、ドーデムは「だってさ」と何故か得意げに両手を広げてみせた。
「噂にならない方がおかしいだろ? フォルトゥナの長アルフォンス・デルヴァンクールの養子、十歳にして四属性に適性を持った高位者──今はもう六属性まで行けるんだっけ。降霊術の独学での修得に開発、帝国劇場では若手のスター俳優……」
「それはもうやってないよ。二年前に一時期、おじさんが知り合いに頼まれてちょっと俺を出しただけで」
「おじさんって、デルヴァンクール騎士長の事? ……君、彼の事をお義父さんって呼ばないんだ」
「おじさんはおじさんだろ。それに俺は、誰が何と言おうとアンバースだ」
「ふうん……まあ、別に誰もデルヴァンクールっていう名前が、そこまでネームバリューのあるものだとは思わないけどさ。フォルトゥナの全盛期も、僕が入団したからには今の世代で終わりだろう」
ドーデムの言葉に、ライガはややむっとしたようだった。
「じゃあ、お前はどの騎士団に入りたいんだよ?」
「勿論、ファタリテさ」
ドーデムの口調は、分かりきった事を質問してくるライガが信じられない、と言うかのようだった。
「征服王テオドールだって、称号は『獅子心王』だったんだ。獅子を象徴するファタリテこそが、本来五大騎士団の筆頭であるべきなんだよ。ヤーツ家は今まで、軍事方面は分家に任せて政界で力を振るってきた。けど、僕は元老長には父上がなればいいと思うよ。僕はあのマロン=エキュレットに勝って、ロディ殿の次の騎士長に選んで貰う。そしてファタリテの主権を取り戻すんだ」
「……別に五大騎士団は、競争している訳でもないのにな」
「ライガ、君もデルヴァンクールの名を継ぐ気はないんだろう? それに、学問所では評価されなかった自分の力を試してみたいという野心もあるはずだ。だったらフォルトゥナじゃなく、ファタリテに入るべきだ。ファタリテは昔から、英雄の末裔である貴族出身者の集う騎士団だった。君の扱いは相当議論されるべきだってロディ殿も仰っている、父上から入念な根回しを行って貰えば、君をファタリテに入団させる事だって不可能じゃない」
「せっかくの申し出だけど、ドーデム」
ライガは、あからさまに鼻であしらうような声で返した。
「俺は、他と張り合う気はねえよ。力が正当に評価されないなんて事も思った事はないし、フォルトゥナが筆頭騎士団で、おじさんがその隊長だって事にも俺なりに誇りを持っている」
その時、不意にハンドベルの音が響いた。
「間もなく入団式を開始する! 皆、係の指示に従って整列せよ!」
ドーデムはまだ何かを言いたげだったが、儀式場の中からイザーク教官が現れるとやや眉を潜め、身を翻した。
「どうせ、またすぐに会う事になるしね。また後で話そう」
彼は気取った仕草で手を振ると、マロンたちの方へ大股で歩いて行く。
「じゃあね、ライガ・アンバース」
リクトはライガの視線を追い、去り行くドーデムを見ていたが、その姿が別の新規入団者に遮られると彼の袖を引いた。
「ライガ、僕たちも──」
「あいつ」
こちらが言い切るより先に、ライガが低く唸るように言った。「あいつ、リクトの事は微塵も見ていなかったな」
「えっ?」リクトは彼に言われ、初めてそういえば、と気付いた。「まあ……ヤーツといえば、父上の政敵だから。どっちが本家なのかは分からないけど、エルヴァーグの親戚である事は確かみたいだし」
自分とマロンがそれぞれシアリーズとその妹アウロラと婚姻を結び、子が生まれれば、レボルンス家とエルヴァーグ家は共に皇家の内戚となる。デルヴァンクール家のアルフォンスに実の息子が居ればシアリーズの許婚はその人物となるはずだったが、彼とメルセデス夫人の間に子が生まれる事は今後もないのだそうだ。
家格としては、レボルンスとエルヴァーグは同格だった。予定ではシアリーズとの婚姻後、フレデリック二世の皇位はリクトに継承される事になっているが、政治の方面でヤーツが力を持ち、レボルンスと共に内戚となったエルヴァーグを支援する事になれば、アウロラが──実質的には皇配のマロンが政権を握るという未来も有り得ないものではない。
「……何か虫が好かないな、あいつ」
ライガは舌打ち混じりに呟いた。
「嫌なんだよ、そういうの。家柄がどうの、父親がどうのって。俺は俺でリクトはリクト、リィズはリィズだ。そうだろ?」
「そうだけどさ」
リクトはやや居心地の悪さを感じ、後頭部を掻いた。
「あんまり大勢の前では、リィズって呼び方はしない方がいいと思う」
「そりゃずるいよ、お前だけ」
「僕も気を付けるってば」
「いや、お前に今更『シアリーズ皇女殿下』なんて呼ばれたら、彼女泣くぞ?」
「いいって、僕の事は。それより整列しなきゃ」
込み上げてきた場違いな気恥ずかしさをごまかすべく、リクトは無理矢理話を逸らした。




