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『リ・バース』第一部 第22話 Kur Nu Gi A⑤

  ④ シアリーズ・ド・ゲネラッテ


 五大騎士団がジフト公国に対する再征服(レコンキスタ)に出発してから、二年目の年ももう暮れようとしていた。

 帝暦八七年十二月。ライガ、リクトの出征から一年半。

 ペンタゴナ・パラスには、定期的に戦況について報告が届く。それは皇帝に向けての報告であったが、シアリーズはその為に、シャリオ王国がフェート、カルマ両騎士団によってヘルムダル隊の侵攻を退けた事も、ソレイユが帝連側に復帰した事も、フォルトゥナ騎士団が一年以上に渡ってジェムシリカ隊と一進一退の攻防を続けている事も知っていた。

 そして皇帝の元には、次期皇帝候補であるリクトが、ジフト軍の取能者(プランドラ)の攻撃によって剣の道を断たれたという報告も届いていた。彼が騎士として戦う事は、最早不可能となったのだ、と。

 シアリーズは、その報せを耳にするや、すぐに彼らの駐屯するベッセルへ手紙を出したいと父に懇願した。しかし、それは叶わなかった。

 戦時下の、北の果てと都との文通。戦況報告を届けるだけでも命懸けの伝令兵たちに、そのような”私用”の手紙を運ばせる余裕などなかった。実際に一年半の間、ライガやリクトから連絡は全く来ていない。

 従軍している兵士たちに、ユークリッドに居る家族に対して手紙を出す事が完全に禁止されている訳ではなかった。しかし、常に最前線で命のやり取りの毎日に身を置いている彼らに、そのようなゆとりはないのだろう、と皇帝は言っていたし、シアリーズもそう思っていた。

 だから、それが自分宛てに届いた時、シアリーズは喜びや安堵を感じる前に、まず戸惑ってしまった。

「フォルトゥナの騎士見習いライガ・アンバースから、シアリーズ殿下に向けてのものにございます」

 いつもの皇帝への報告の後、伝令兵はジブリ公に対して密かにそれを手渡していたらしい。父への報告に立ち会ったシアリーズが玉座の間を出、自室に戻ろうとしている時、彼がその封筒を自分に渡してきた。

「ライガから?」

「デルヴァンクール殿の捺印がございます。わざわざ公的なものとして送って来たからには、彼も極めて重要な連絡事項であると認めて発送許可を出したのではないでしょうか」

 シアリーズが受け取った封筒は、一部が膨らみ、触れてみると硬かった。小型の板のようなものが同封されているらしい、と思ってから、すぐにそれが軍の遠隔通信用魔導具(リゼルヴァス)HMEである事が察せられた。

「……この機械、軍以外にも普及すれば宜しいのに」

「開発に掛かるコストが、他の魔導具とは比較にならないのです。技術者は、まだ改良の余地はあると述べていましたが」

「詮ない事ですわね。という事は、この端末も余剰分などではなく……?」

「私は中身を検めた訳ではありませんので、詳細については存じ上げません。伝令兵はライガ・アンバースから、同封された書簡の内容については皇帝陛下にすらお伝えせず、姫様お一人の胸に留めておかれますよう、くれぐれも伝えるようにと言い渡されたそうです」

「そう……ですか」

 シアリーズは、どうやらただ事ではなさそうだな、と思った。

 それ以上憶測を口にしたりなどはせず、封筒を両手で抱き抱えながらぺこりと頭を下げる。

「ありがとう、ジブリ。お部屋で読ませて頂きますね」


          *   *   *


 戻る最中、付き人のカレンデュラと共に廊下を歩いていたアウロラに会った。

 ジフトとの戦いが始まって以来、一層部屋に籠る事の多くなった彼女が出歩いているのを見るのは久々だった。珍しい、と思ってから、彼女はこちらを探して出て来たのだ、と気付いた。

「お姉様……」

「アウロラ。どうか、なさったのですか?」

「また、戦況報告が入ったのですね? お父様の──皇帝陛下の所では、何をお聴きになったのですか?」

「別に、前回からこれといった変化はありませんよ。アルフォンスたちは依然ベッセルで駐屯、フォルトゥナからの報告なので、マロン=エキュレットの様子については聞きませんでした」

「マロン様の事は構わないのです」

 アウロラは、梳かされたばかりらしい柔らかな髪を揺らして首を振った。

「その……リクト様については、何か……?」

 シアリーズは、抱えた封筒を胸に押しつけ、微かな疼きを押し殺そうとした。

 アウロラから彼の名を聞く度に心がちくちくと疼いてしまうのを、そろそろどうにかしたいと思った。

 別段、彼女も深い意味があって言った訳ではないのだ、と思おうとした。彼女がリクトに惹かれている事は分かっているし、ライガともその事については共有しているが、アウロラは何も、口に出す全てのリクトに関する事がその想いに基づいている訳ではない。

 シアリーズが、ライガやリクトと”友達”であるように、アウロラも彼らとは”友達”なのだ。そして、友達の身について案じ、その不幸について憂う事はおかしな事でも何でもない。

 リクトが戦えなくなったという事については、アウロラも知っていた。その報告を受け取った際、彼女はその報告の場に立ち会ってはおらず、シアリーズも殊更(ことさら)に彼女にその情報を共有しようとは思っていなかったのだが、カレンデュラが何処かから情報を知って彼女に伝えたらしい。

 その事について、カレンデュラを少々恨めしく思う気持ちもあったが、彼女を責める訳にも行かなかった。知りたがったのはアウロラの方だったし、フレデリックもリクトの一件については箝口令を敷こう、などという事は一言も口にしてはいなかったのだから。

 シアリーズの婚約者が再起不能となった事について、最初は帝国の人々には情報を伏せておこう、という意見がなかった訳ではない。それを主張したのは主に母テレサで、噂があらぬ方向に進んで「婚約破棄」などといった根も葉もない流言飛語が飛び交い、報道者(ジャーナリスト)などに煽情的に書き立てられる事は避けたい、という理由からだ。それはリクトの名誉の為というよりも、早い段階で次の許婚(いいなずけ)に立候補する者たちが現れて政務を阻害する事がないようにする為だった。

 だが、フレデリックは敢えて情報を伏せる事はしないようにしよう、とシアリーズたちに言った。それは(かえ)って、後からリクトに対してあらぬ方向からの讒言を招くだろう、との理由だった。

 リクトの今後については、目下の危機が去った後、関係者を集めて話し合いの場を設ける必要があるだろう。しかし、彼が予定通りシアリーズと婚姻を結び、皇太子になるにせよ、このような事は万に一つもないと思うが、婚約が破棄される事になるにせよ、彼が感応を失い戦えなくなった事は遅かれ早かれ(おおやけ)にする必要がある。ならば、彼が最も風評によるダメージを(こうむ)らないような時宜にしたい、というのが皇帝の考えだった。

「……リクトについて、先々月以降続報は届いていません」

 シアリーズは、あるがままを彼女に伝えた。

「残念ですが」

「いえ……アウロラも、それについては分かっていましたから」

 アウロラは俯き、微かに唇を噛んだ。「でも──もしもこの先、奇跡が起こるような事があれば」

「やめて、アウロラ」

 シアリーズは遮り、目をぎゅっと瞑った。

「お姉様……」

「ごめんなさい。でも、誰もがそう思っているのです。けれど今は、そのあるかどうかも分からない奇跡に期待出来る状況ではないのです。そして──誰よりも現実を見なければならないのは、リクト本人なのですよ」

 ──そもそも彼本人が受け止められているのか、連絡は一切届いていない。

 思ってから、聞くまでもない事か、とシアリーズは胸中で呟いた。受け入れ難いと感じている事に、間違いはない。それでも最終的には受け止めてしまうのが彼だったが、現在の問題は彼という人間の根幹に関わる事なのだ。

 奇跡に期待出来る状況ではない。自らが口に出した言葉に、シアリーズは途方もない悲しみを感じた。

 自分は今まで、彼の想いに真剣に向き合えていたのだろうか、と考えると、余計にやるせなさが募るようだった。


          *   *   *


 しかしそれから間もなく、シアリーズの胸中は一変する事になった。

 HMEの添えられたライガからの手紙が、そうさせたのだ。

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