『リ・バース』第一部 第22話 Kur Nu Gi A④
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「リクト」
いつライガが部屋に戻って来るか分からない為、彼と顔を合わせるのが気まずいリクトが何処に行くという訳でもなく廊下を歩き回っていると、アルフォンスが声を掛けてきた。
昼食も終わり、皆が各々自主訓練に戻り始めていた。ライガは感応を復活させる魔術の研究を始めてから一度も訓練に出ておらず、イザーク教官は困ったものだと零していたが、彼が多少休んだところで実力が落ちるような魔剣士でない事は分かっている上、皆が銘々に武器の素振りをしたり、未修得の剣技や魔術の練習をしているだけなので、そう強く注意するような事ではない、と考えているようだった。それに教官も、最近のライガがただサボっている訳ではないという事については理解し、事情を汲んでいる。
アルフォンスは、ややぎこちない調子でこちらに向かって片手を挙げてきた。そういえば、先程の昼食の時も彼は食堂に居なかったな、とリクトは考える。
「デルヴァンクール騎士長?」
「リクト、少し私と話をしないか?」
彼は言いながら、廊下のベンチを指差す。
「話……とは、どのような?」
「いや、特に何という事もないのだがね……先程、ライガがようやく部屋から出て来たようだったから」
リクトは、反射的に顔が曇るのを感じた。
「彼と、お話をされたのですね?」
「何だか、怒っていたよ。君の事について、リクトの奴、とんでもない野郎だ、なんて言ってね。だけど、彼は君と喧嘩した時は大抵そう言うんだ」
アルフォンスは言いながら、ベンチに腰を下ろしてこちらに手招きしてくる。リクトは数瞬躊躇ってから、「失礼します」と断って同じくそこに座った。座った後、今し方のアルフォンスの言葉に応えた。
「ライガが私の為に、心を痛めてくれている事は分かっています。しかし──私は最近、彼が私の信条としているだろうと考えている騎士道が、本当に自分にとってそうであるのか、分からなくなってきていたのです」
ライガの一年前のヤングでの行いや、死霊化術の使用については、リクトは口に出さなかった。今は、そういった告げ口の場ではない。
「彼はよく言いますよね、私こそがデルヴァンクール殿の後を継ぎ、フォルトゥナの長たるに相応しいと。しかし、私はそうは思えません」
「何故だい?」
「騎士長本人に言うべき事ではないのかもしれませんが……騎士とは畢竟、戦う為の存在でしょう。しかし私の父は、戦いを望まなかった。彼の命を奪ったジェムシリカは憎く、叶う事ならばこの手で討ちたいとすら私は思っています。だから私は、自らの憎しみをぶつける為に剣を振るう事に、騎士であるという言い訳を使用しているだけなのではないか、と」
リクトが言うと、アルフォンスは暫し押し黙った。
やはり愚痴っぽく、困らせるような事を言っただろうか、と思った時、彼が徐ろに「私もそうだよ」と言った。
「ジフト軍と戦う時の私の心に、個人的な感情が全く介在していないと言えば嘘になる。自己正当化を図る訳ではないが、きっとそれはどんな人間であっても仕方のない事なのではないかな?」
「ですが、私は」
リクトは言い募る。
「私は真剣に、その事に頭を悩ませているのです。ライガはそれを、汲もうという気持ちすら持っていない! 騎士道とはそもそも何なのか、考えてもいないのだろうと思います。その彼に、私自身の心について、知ったような態度を取られるのははっきり言って不愉快です」
困らせるような事を言っている、という自覚はあった。しかし、アルフォンスは単なる子供の喧嘩と見るような事はせず、真摯に応えてくれた。
「究極的には他人の心なんて、完璧に理解する事なんて出来ないものだよ。リクトだって、ライガが本当は何を考えているのかなんて分からないだろう?」
「仰る通りです。けれど私は、一方的に決めつけて干渉したりはしない」
「それも、一つの在り方だ。だが、誰も他人と分かり合えないなら、他人の為にする事なんて全部がお節介のようなものだ。それを否定したら、人同士の関わり合いはなくなる。
あまり大きな声では言えないが、私は騎士団の仕事とは突き詰めれば、お節介の集大成のようなものだと思っている」
筆頭騎士長の言葉に、リクトは唖然とした。アルフォンスは「そうだろう?」と両手を広げる。
「各地で魔物が出れば出向き、災害があれば出向き、今はこうして、ジフト領になった国々や地域に、頼まれもしないのに人々を解放すべく大軍を動員している。……分かっている、それは、声を上げない人々が本当は望んでいる事だって言いたいんだろう? だけど、リクト。君も、本当はそうじゃないのか?」
「私が?」
「ライガが──やっている事はともかくとして、君の為に真剣に悩んでくれているという事は、心強いんじゃないか? 君は、彼であれば決して自分を見放したりしないと分かっているんだろう?」
「………」
リクトは先程、ライガから突き放されたと感じた事を思い出した。よく考えてみれば、それは「いっそ突き放された方が楽だ」という気持ちから、そう思い込もうとしただけなのではないか。
信頼──或いは、甘え。自分はそれを、認めたくなかった。
「ライガと君の間に、具体的に何があったのか、私は分からない。敢えて詮索しようとも思わないが、ならばそれについて、ライガの気持ちを──理解とまでは言わないが、想像出来るのは、私よりもむしろ君自身ではないかな」
アルフォンスは言ってから、「ああ、でも」と付け加えた。
「君たちは喧嘩する度に、君の方から歩み寄っているようだけど、私は今回も君にそれをしろと言っている訳じゃないよ。ライガの態度の方が正しいなんて、言うつもりもない。今言ったのと同じような事は、さっきライガと話した時彼にも伝えた事だからね」
「騎士長……」
リクトは、自分が感応を失った日、価値観が異なっていたとしても自分たちはそれを超越して無二の親友なのだと考えた事を思い出す。ライガが、自分たちの蟠りが解決されていない状態ながら、形振り構わず危機に陥った自分を助けに来てくれた時の事だ。
──自分はそもそも、何故ライガに自分の為の研究をやめてくれるように言ったのだったか。
──彼が過労で倒れてしまう事を、望まなかったからだ。
「申し訳ありません、デルヴァンクール騎士長」
リクトは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしました」
「何、いいんだ」アルフォンスは微笑した。「部隊内の空気に気を配るのも、指揮官としての私の役目だからね。それに、今リクトの置かれている状況に、私が出来る事といったらこれくらいだから」
言ってから、彼は思い出したように付け加えた。
「それに、ライガが作業のしすぎで体を壊すんじゃないかという心配についても、これで何とかなりそうだ。そういった意味では、君たちの喧嘩も全く役に立たなかった訳ではない」
真面目なのか、戯けているのか判断に困るような台詞だった。
リクトは、生き方の異なる自分とライガが共に歩める道について、もう一度胸中で思いを馳せた。




