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『リ・バース』第一部 第22話 Kur Nu Gi A③

  ③ リクト・レボルンス


 十月も、半ばを過ぎていた。

 ジェムシリカが前回大軍を率いて攻めて来てから、彼女らが現れない期間はそろそろ過去最長を更新する。しかし、先月下旬の夜襲の事もあり、騎士たちが神経を尖らせている事に変わりはない。

 来るか来るかと思いながら、いつまで経っても決定的な瞬間が訪れないという状況は、皆の緊張だけを何処までも際限なく膨れ上がらせ続けていた。騎士たちの中からは「ジェムシリカたちの駐屯しているカヴァリエリにこちらから攻撃を仕掛けるべきだ」という声も上がったが、防衛戦になれば天然の砦であるカヴァリエリに居る敵の方が有利だという事は目に見えている為、アルフォンスは了承しなかった。

 無論、それはいつまでもという訳ではない。ヴァイエルストラスを陥落させ、公皇ブラウバートに降伏を促す為にはカヴァリエリは避けて通れない道であり、ジェムシリカがこのまま出て来ないとすればこちらが攻めに回るしかない。しかしその為にはこちらにも、攻勢に出られるだけの戦力をリカバリーする必要があった。

 アルフォンスたちが出発する事になったら、自分はここで彼らとはお別れだな、と思った。戦う(すべ)を失った自分は、部隊がこれより先に進むにはお荷物でしかないのだから。

 しかし、ライガはそう考えなかった。

「……駄目だ、出来ねえ! 取能者(プランドラ)はどうやって、他者から感応を乖離させているんだ? 感応に乖離が有り得るものなら、そもそもどうして俺たちの感応は乖離しないんだ?」

 彼はずっと、この調子でリクトの感応を復活させる為に降霊術の開発に邁進しているのだった。

「感応は肉体にじゃない、魂にあるんだ……そうじゃなきゃ、非忘却者(アレセイア)の魔術の継承に説明がつかない。だったら──まず第一に、俺たちにある感応っていうものは一体何なんだろう?」

「ライガ──」

 リクトは、日に日に憔悴を募らせていく友人に胸が詰まるようだった。

 騎士としての道を閉ざされた事は、確かに(つら)い。しかし、その事で友人に負担を掛けていると思うと、それは余計に辛かった。

「ライガ、もういいよ」

 最早、何度そう声を掛けたか分からない。

「僕は負けたんだ。実力不足は、畢竟自己責任なんだから……命があっただけでも儲けものだ。これ以上は……君の体がどうにかなってしまう」

「何を言うんだ、リクト」

 その度にライガは、こちらが困惑する程の強い調子で反論してきた。

「これしきの事で、お前の全てだったものを諦めてどうする? 俺なら大丈夫だ、お前も気を強く持てよ。そんな泣き言、世界の平和と秩序の為に戦うって息巻いていた奴が言う台詞じゃねえ」

「だけど……!」

「お前だって、まだ騎士で居続けたいんだろ? なら、俺に任せておけ。気なんか遣う事はないんだから」

 リクトは、そう言われると何も言えなかった。

 殊更(ことさら)に口になど出されなくても、彼がこちらの事を想ってくれている事は痛い程理解出来た。しかし、リクトにとってそれが重荷になっている事を、彼は顧みようとはしなかった。

 ライガの研究へののめり込み方は日に日にエスカレートし、睡眠不足も相俟ってその様子はどんどん鬼気迫るものになっていった。リクトは「もうやめてくれ」と言い続けたが、それに対する彼からの返答も、次第にその語勢が強くなり、こちらを責めるようなものになった。

「泣き言は聞き飽きたって言っているだろ。お前は黙って、俺が術を完成させるのを待っていればいいんだよ」

 最後には決まって、「お前は騎士なんだろう?」と言われた。

 次第にそれが、リクトには苛立ちを覚えさせるものへと変化した。

(君のせいで、僕は騎士道が何なのか分からなくなりかけていたんだ……君はその事に、全然気が付かなかったじゃないか)

 あの夜もそうだった。自分は、夢にまで見る程に彼との擦れ違いに思い悩んでいたのだ。彼によって迷いが生じていた、自身の在り方の事で。

 そう思った時、リクトははっとした。

 ややもすると──自分は今、騎士として戦えなくなった事に、安堵しているという事はないだろうか。

 騎士で「在らねばならない」という、肩書き以上のものとして自らに()し掛かっていた重圧。背中に彫られた刺青(いれずみ)の如き桎梏。あたかも、将来像を描くという点で定められた道を歩く事を強制されるのに、その道を敷くのも自分自身だと言われ選択の責任を背負わされる青少年の教育のような。

 騎士で「在る」事は、自分にとって絶対だった。しかし、その在り方が分からなくなっていたからこそ、その「在る」事にすら縛られないライガに、やや反発を覚えていた。それは、或いは羨望に近い感情だったのではないか?

 騎士で在れなくなった事は、在り方を考える大前提をすら、自分の中から喪失させた。今、自分の中に、その事で「もう思い悩まなくていいのだ」という気持ちが僅かにでもないと、自信を持って言い切れるのか──。

「リクト、お前の騎士道っていうのは、そんな簡単に諦めちまえるようなものだったのかよ? そんな(ふう)にずっと言ってられると、お前が本当に目指していた事すら疑いそうになるぜ」

 ライガに言われた時、リクトの中で何かがふつりと切れた。

「ほっとけばいいだろう、もう僕の事なんか!」

 リクトは、彼に向かって叩きつけるようにそう叫んでしまった。

「今の僕の気持ちなんか、君に分かる訳がないだろう! 知ったような口を利かないでくれ、押しつけられるのは迷惑だ」

「ああ?」

 ライガは、それに対して増々ヒートアップした。

「俺はお前の為に、これまで何とかしようとしてきたんだぞ」

「そんな事、いつ僕が君に頼んだ? そういうのが、押しつけだっていうんだ。恩着せがましい事を言うくらいなら、最初からやらなければ良かったんだよ! 君はいつも、そうやって一方的に──」

 言いかけて、途中で言葉を切った。

 自分は、何という事を言っているのだろう。彼は、他でもない自分の為に、これ程に日夜心を砕いてくれていたというのに。

 そう思う一方で、やはりそれを「余計な事」だと思う自分は否定出来なかった。自分の本当の事が見えていない彼に、何とか出来るなどと思い上がられたくない。

「……俺はお前の事、もっと根性がある奴だと思っていたよ」

 ライガは挑発的に言ってから、こちらが何も返さないでいると、乱暴に息を()いて立ち上がった。机上に開いていたガルドラボーク──自作の魔術ノート──をばたりと閉じる。

「そんなにやめたいなら、勝手にすりゃいいさ。馬鹿らしくなった、俺はもう研究はやめる」

 彼は言い捨て、苛立ちをぶつけるかのように大股で部屋を出て行った。

 乱暴にバタン! と閉められた扉を睨み、リクトは拳を握り締める。だが、これで彼がもう自らの体を虐使するような形で常軌を逸した研究に打ち込む事はなくなったのだろうか、と考えている自分も、やはり心の何処かには居た。

 ──勝手にすればいい。こちらから頼んだ事ではないのだから。

 突き放すようにそう思ってから、彼に突き放されたのは自分の方か、と考え、リクトは俯いた。

 これで本当に、微かな希望すらなくなったのだと思った。と、同時に、それで自分がまだ希望を捨ててはいなかったのだ、という事に気付かされた。それなのに、自分は彼に諦めるような言葉を吐いていたのか。

 ──違う。自分がそのように言っていたのは、その僅かな希望の為にライガが摩滅する事を望まなかった為だ。

(それを理解してくれだなんて……恩着せがましいのは、僕も同じか)

 いずれにせよ、その”希望”とは、彼に頼り切る事でしか得られなかったものだった。自分は、やはり身勝手だ。

 自己嫌悪で、胸郭の内側が腐り落ちそうだった。

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