『リ・バース』第一部 第22話 Kur Nu Gi A①
① イスラフェリオ・イスラフェリー
「随分と機嫌がいいようだな、ジェムシリカ」
花道を歩くかのような足取りで廊下を進む妹の後を追いながら、イスラフェリオは声を掛けた。彼女の後ろには当然のようにスクリュー・バウカーがぴったりと着いて歩き、時折こちらを邪魔そうに振り返る。
「騎士見習い一人を再起不能に出来たのが、そんなに嬉しかったのか?」
「ただの騎士見習いではありませんよ、兄上」
ジェムシリカは、ばさりとマントの裾を翻しながら答えた。
「武王たるソレスティア皇帝、その次期候補者です。自ら帝国騎士たる事に矜持を覚え、私に黒星をすらつけました。その矜持を粉砕してやったのです、死んでこそいませんが、恐らく今頃は死よりも惨めな有様となっていましょう」
「私はてっきり、お前が殺すものだと思っていた」
「最初はそのつもりでしたが、結果的にはもっと面白い事になりましたね」
忍び笑いを漏らすジェムシリカを見ながら、イスラフェリオはその顔も知らないリクト・レボルンスという若者に少々同情を覚えた。
五日前、ジェムシリカはイスラフェリオにここカヴァリエリの指揮権を一時的に移譲し、自身はスクリューのみを伴ってフォルトゥナ騎士団の駐在するベッセルへと攻撃を仕掛けた。
夜襲が目的との事だった。実際に開戦から間もなく、ヘルムダル隊は夜襲によりフェート騎士団の長アレイティーズ・イェスネットの息子たちを殲滅している。しかし彼女の行動は、あまりに一軍の指揮官であるという自覚に欠けるものだと言わざるを得なかった。自ら無勢で敵地に乗り込み、しかもその標的は敵将である莞根士ではなく私怨を抱いている騎士見習い二人だという。
玉砕同然の戦いを繰り返すジェムシリカにイスラフェリオが説教──という程大層なものでもなかったが──をし、兵力をいたずらに蕩尽するなと言った時、彼女はそれに反論し、「自分の力のみで自分に屈辱を味わわせた者たちを討ってみせる」と言った。イスラフェリオはその場ではそれ以上を口にする事はなかったが、実際に彼女が行動を起こすとなった段階で具体的な夜襲の方法を知った時、業を煮やして思わず手を挙げるところだった。
「それ以上馬鹿な真似をするようだったら、父上に報告してお前をヴァイエルストラスに連れ戻してやるぞ!」
脅すように言ったイスラフェリオに、彼女は
「いちいち兄貴面をされると腹が立ちます。文句を言うのは、結果を見てからにして頂きたい」
そう一蹴し、さっさと出発してしまった。
夜間である上、ベッセルのフォルトゥナ騎士団を除き、カヴァリエリに他の帝連軍が接近していない事は確認済みだったので、イスラフェリオは密かにジェムシリカとスクリューを尾行した。
案の定彼女は莞根士らに駆けつけられ、撤退して来たが、その時の彼女の表情はそれなりに満足そうだった。尾けて来た事については詰られたが、首尾はどうだったのかと尋ねると、標的としていた二人を殺害する事は叶わなかったものの、その片割れであるリクト・レボルンスを再起不能にする事は出来たという事を彼女は上機嫌に語った。
決して褒められた行為ではないが、全くの無意味だった訳ではないのか、とイスラフェリオは考えた。リクト・レボルンスが、ジェムシリカを一度は討ち取る一歩手前まで行った実力者であるという事は事実なのだ。直接会った訳ではないとはいえ、虚栄心が強く、自分の負けを認めたがらない彼女が「恥をかかされた」とはっきりと口に出しているのだから、嘘とは思えなかった。
しかも、相手はまだ騎士見習いなのだ。成長し、更なる経験を積めば、莞根士を上回る能力を持った魔剣士となる可能性も大いにある。その芽を早い段階で摘み取れたというのは、成果といえない事もない。
「だが、もう一人──ライガ・アンバースとか言ったか? そちらの方はどうするんだ? 今回の件で、相手も警戒したはずだ。二度目の夜襲が成功する可能性は、更に低くなるぞ」
「承知しています。しかし、勝算がない訳ではない」
ジェムシリカは忍び笑いを漏らした後、不意に不愉快な事を思い出したらしく顔を歪め、両の二の腕に爪を突き立てた。
「ライガめ、薄汚い魔物を私に張り付かせて……! よもや魔物招喚術まで使用可能だったとは想定外でした。オールマイティか、あいつは」
「城の使役獣とかいうやつだな。そうか……この戦にも動員されていたのか」
「あのような若造に使用可能な術だとは知らなかったから計算に入れていなかったのであって、無論そうと知った上で戦えば、たかが魔物に私が敗れるはずはない! 何体でも殺してやりますよ」
イスラフェリオは何も言わなかったが、難しいだろうな、とは考えた。
招喚魔術も技である事には違いないので、転写術の対象とはなるだろう。だが、使役する対象が居なければ発動しても意味がない。当然ながら、元から魔物招喚士などではないジェムシリカに契約している魔物など居なかった。
対抗策があるとすれば、と考えかけ、イスラフェリオははっと我に返った。自分は何故、彼女の私怨に付き合おうとしているのだろう?
その時、背後から兵士が一人駆けて来た。
「殿下!」
イスラフェリオ、ジェムシリカは同時に振り返る。名指しで呼んでこなかったところを見ると、どちらにとっても聴かねばならない事柄らしい。
「どうした?」
いよいよ帝連軍が向こう側から動き始めたか、と思い、身構える。だが、兵士が継げたのはその事ではなかった。
「ルシウス殿下からの書簡にございます」
兵士は、恭しく巻き物を差し出してきた。
「係の者曰く、両殿下及び上層部以外には内容について公表せぬようにとの事でしたので、自分はこれにて失礼致します」
イスラフェリオはそれを受け取り、目を通す。ジェムシリカが背伸びをし、「私にも見せて下さい」と言ってくるが、その時イスラフェリオは既にその内容を読み進めており、思わず体を強張らせていた。
「何が書かれていたのですか?」
「ジェムシリカ……落ち着いて聴けよ。帰らずの地の怨霊どもが、森番の結界を破ったらしい」
「起こり得ない事ではありませんね」
「今回は度が過ぎている。タルタリア平原まで生ける屍が出て来たそうだ」
イスラフェリオが言うと、そこでジェムシリカは初めて眉をぴくりと動かした。さすがに彼女も事態の深刻さに気付いたか、と思ったが、直後に彼女が浮かべた表情は何処か面白がっているかのような笑みだった。
「それで、どうされたのです?」
「勿論、森番の魔術師たちが討伐を行った。今では結界も張り直されているらしいが、また同じ事が起こる危険性は十分に高い。……ってジェムシリカ、お前、何を笑っている?」
「いえ、このタイミングで帰らずの地に異変とは──少々、プログラムの悪戯が働いているとしか思えませんね」
「あのなあ、ジェムシリカ」
イスラフェリオは頭を掻き、含めるように言う。
「死霊化術に関する事は、一切がプログラムを逸脱した現象だ。お前もそんな事くらいは、分かっているだろう?」
「言葉の綾ですよ。全く、兄上にはユーモアが理解出来ないのですね」
ジェムシリカはこれ見よがしに溜め息を吐くと、「いいですか」と指を立てた。
「帰らずの地が完全に開かれれば、今回と同じ程度の魔術師の出動ではどうしようもありませんよ。怨霊を鎮めようというのであれば、やはりこちらにもその制御に特化した死霊化者が居ませんと」
「おい──」
「そして私は、その者に心当たりがあります」
彼女の言わんとする事は、すぐに察せられた。
「お前はまさか──」
言いかけ、イスラフェリオは言葉を切った。頭を振ってその考えを追い払い、ルシウスからの書簡の続きに目を走らせる。
「場合によっては、兵力をそちらに割く事になる……心の片隅にその事を留めておいて欲しい、か。……とにかく、そういう事だから、ジェムシリカ」
そう言い、彼女を窘めた。
「まだ、おかしな考えを起こすなよ。俺たちは、俺たちに与えられた使命を果たすだけでいい」
第二十二話「Kur Nu Gi A」の投稿を開始します。PS2のゲームは「ヌギャー」などと揶揄されていますが、序盤から隕命君主となったライガの本拠地として散々登場してきたこの地名はシュメール語で「戻る事のない土地」「不帰の国」を意味するメソポタミア神話の冥界です。本作では「帰らずの地」と書いてこのルビを振っていますが、「聖光士」と書いて「バロラント」と読ませたり「赤峨王」と書いて「クレイモア」と読ませたりなどしている本作では珍しく素直な当て字です。
『Fate/Grand Order』の為にすっかり有名になりましたが、古代メソポタミアの冥界の女王はエレシュキガルです(名前がそのまま「冥界の女王」の意味だそうです)。本作の現代編で、この名を名乗る「影」の首魁からウカノフが「ネルガル(冥王)」と呼ばれていますが、猛毒の降霊術を操る彼はどちらかというとエレシュキガルの宰相であり病魔であるナムタルに通じます。ナムタルの名前も「運命」を意味するもので、『リ・バース』のテーマの一つに通じるものがありますが、「リムゲイ・ウカノフ」というネーミングの由来が何なのかというと……語感でお察し下さい。正直、ガウス編で彼が黒幕感を出してきた辺りから、何でそんな適当なネーミングにしたのか未だに後悔しています。偉人AAの類です。とはいえ、本作の人名には結構冗談みたいな由来のものがしばしばあるので、彼だけが特別という訳ではありません。
サブタイの通り、今回はジフト戦役に於いて極めて重要な出来事が起こります。冒頭から既にそれが示唆されていますが、その前に前回スクリューによって騎士生命を断たれてしまったリクトがどうなったのかについて語られます。詳しくは明日以降にご期待下さいませ。




