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『リ・バース』第一部 第21話 Chivalry Spirits⑧

  ⑥ ライガ・アンバース


 火と水、ぶつかり合った双方の必殺技が生ぜしめた爆発の圧力は、それをこちらから叩きつけられる形となったジェムシリカの方に強く作用した。彼女は正面からの圧を受け、背中から真っ直ぐに麦畑の中へと吹き飛ばされる。

 ライガも仰反(のけぞ)りそうになったが、両足に力を込めてぐっと踏み留まり、過熱した空気の壁を引き裂くようにして前進する。

 背の高い麦によって足場は悪かったものの、その丈は大体自分の胸の辺りまでしかない。ジェムシリカも、立ち上がると頭が見えた。

 あまり、畑の中では戦いたくなかった。この麦は、ベッセルの住民たちにとって収穫を間近に控えた貴重な食糧なのだ。それを駄目にしてしまう事は、どうにか回避したいと思った。

 だが、ジェムシリカの方は容赦がなかった。

「ハイドロブレード!」

 穂を切り落とすような斬撃技を、平気で繰り出してくる。ライガがアルターエゴで受け止めると、彼女は屈み込んだのか見えなくなった。

「こっちだ、ライガ・アンバース。追って来い!」

 声だけが聞こえ、丈のほぼ均一な麦の穂がそよぎ始める。反転して斬り掛かられる危険性を鑑み、ライガは畑の中を追う事を断念した。

 彼女の方を向いたまま後退(ずさ)りで畦道に引き返し、畑を迂回するように移動を開始する。月光を浴び、風に靡いて小波(さざなみ)の如く琥珀色(エレクトロン)に煌めく麦畑の中を、ジェムシリカの移動の跡のみが盗人のように黒々と浮かんでいる。ライガはそれを追い、反対側の畦道に出るタイミングで回り込もうとした。

 走りながら、HMEを取り出した。送信先をアルフォンスに設定し、簡潔に音声を吹き込んでいく。

「ライガ、目下リクトと共にジェムシリカの夜襲に対応中。敵は彼女及び取能者(プランドラ)、至急応援求む」

 ジェムシリカは、意に反してこちらが畑の中を追って来ない事に苛立ちを覚えたのか、こちらが応援を呼ぼうとしている事に気付いて阻止しようとしたのか、すぐに直角に曲がって進路を変えた。そのまま、迂路を並走するこちらの方へと一直線に向かって来る。

 そこそこ距離があった。剣による近接戦を仕掛けようとするのでは、その距離を詰める間にこちらがメールを送信してしまう。故に、彼女が次に行う攻撃は魔術だろうとライガは読んだ。そしてそれは、

弓弦(ゆづる)()ぜしは揺蕩の泡沫(うたかた)……マリンアロー!」

 水属性文法(グラメール)の中で最速のこの技だろう、と。

 ライガは、即座に降霊術で対処を行った。

「クペアンドゥ!」

 斬撃術──しかし、目的は術自体を切り裂く事ではない。空間断裂の(やいば)は目の前の空中に裂け目を作り、ジェムシリカの水泡の矢(マリンアロー)を呑み込んだ。

 その一瞬で、ライガは端末の送信ボタンを押した。ジェムシリカは表情を歪ませたが、すぐに口角を上げる。……それが見えたという事は、既に彼女が麦の間を抜けて眼前に現れていたという事だ。

「ありがとう、ライガ・アンバース。……デカルコマニー!」

 彼女は、直前に目視した斬撃術を再現し、至近距離からこちらに向かって放ってきた。HMEの操作だけに意識を振り向けていたライガは、それに対する反応が僅かに遅れた。

 ぎりぎりまで上体を仰反(のけぞ)らせ、現在立っている畦道の反対側の畑へと倒れ込むように回避する。が、同時に上向いた視界に、星々の光影(アントリッツ)を上塗りするかの如く夥しい鮮血が混入し、一瞬の後顎に激痛が走った。

 麦の中に転がり込みながら、ライガは咄嗟に腕全体を伸ばし、受け身を取った。それから左手を上げ、恐る恐る顎に触れる。肉が欠け、触れた指の関節に骨が直接当たるのが分かった。みるみるうちに、顔から血の気が引いて行くのが自覚される。避けきれなかった。

 だが、これだけで済んだのはむしろ幸運だった。あと僅かに回避が遅れるか、体の反らし方が足りなければ、切り裂かれていたのは顎ではなく、喉になっていたかもしれないのだ。

「アーベーエール、ア……セーアーデー、ア……ベーエール、ア……」

 傷口に触れたまま、呪歌(ガルドル)を歌うように癒合術(ルリエ・ブレスール)の詠唱を行う。空間接続による、傷口を即座に閉じる為のオリジナル降霊術。

 詩文(ヴァース)に意味があるのではない。同時に通常の回復魔術や霊薬(ポーション)の効果と同じく、自然回復力の向上による治癒効果も付与している為、究極の治癒術なのだ。霊力オーラ──魂を酷使する為、それなりに対価を支払わねばならない。

 ひとまず傷口が閉じると、ライガは身を屈めたまま、位置を気取られぬようなるべく麦を揺らさない事を意識しながら、匍匐前進でひんやりとした壌土(ローム)の上を移動し始めた。まだ畦道に居るジェムシリカから距離を取る事を意識しつつ、小声で招喚魔術(インヴィテーション)を詠唱する。

「集え、魔界よりの眷属たち──サンク、シス」

 使役獣(ブリード)であるアパデマク二体を招喚した時、ジェムシリカがこちらの麦畑に踏み込んで来るざくざくという足音が響いた。

「何処に行った、ライガ? 逃げずに私と戦え!」

「お前たち、そのまま静かに、俺みたいに這って着いて来い。……いいか、よく聴くんだぞ。サンクとシスはお互いに反対方向に進んで、俺から離れつつ並走しろ。音を立てずに潜伏して……」

 小声で、一言ずつ噛んで含めるように指示を伝えていく。

 アパデマクたちは「理解した」というように微かに肯くと、各々(おのおの)動き出した。低姿勢を維持したまま、獲物に忍び寄る時の如く抜き足差し足で姿を消す。

 後方で、スパッという音と共にまた麦の穂が舞った。

「出て来いと言っているのだ、この臆病者が!」

「マティプネウマ」

 手当たり次第に斬撃術を飛ばし、接近して来るジェムシリカに対して、ライガは眼状霊魂を招聘してその位置を探ろうとした。麦の根元を、眼球が飛び出したかの如く視点が移動する。

 ジェムシリカに見咎められぬよう、ライガは一度それらを彼女の背後まで移動させてから浮上させ、俯瞰的に眺める位置に配置した。霊魂に視点を託す降霊術の為、麦畑の中にあるライガの体自体はこの間盲目となっている。視覚以外の感覚はそのままながら、見えている景色だけが違うという状態で体を動かすのには非常に違和感がある。喩えるのであれば、眼下の自分の体が思考だけで制御出来る人形(パペット)となり、その上で感覚だけがフィードバックされているかのような。

 そのような状態なので、普段は無意識的に行える「体を前に進ませる」という動作にすらも、思考が必要となる。

(落ち着け、俺……手足を前に出す事だけを考えるんだ)

 ジェムシリカの位置からでは見えないだろうが、斜め上から俯瞰するような位置にあるライガの視点は、彼女と、その十メートル程先で蹲っている自分との距離をはっきりと捉えていた。

 もう一、二回斬撃術を飛ばされれば、無防備な背中──もしくは(うなじ)──を致命的なレベルで斬り割られる。

 しかしそれと同時に、彼女がもう数歩こちらに接近すれば、そこはライガの潜ませたサンク、シスの制空圏内だった。

 これ以上躊躇っている余裕はない。ライガは腹を決めると、眼状霊魂をジェムシリカの目の前に飛び出させた。視界が彼女の驚愕の表情で埋め尽くされる。彼女は反射的に転写術(デカルコマニー)を繰り出し、それを撃退しようとしたようだったが、既に術の効果は上書きされていた。

 ジェムシリカが使用した固有降霊術は、斬撃術ではなく、今し方目に映った眼状霊魂の形で発動された。ライガと同じく視点の乖離を起こした彼女は瞬間的に混乱したらしく、足元を乱して蹈鞴(たたら)を踏んだ。

 すかさずライガは自身の眼状霊魂を解除し、立ち上がって叫んだ。

「今だ、サンク、シス!」

「グルルルルルウウウウウッ!!」

 さっと土を蹴り、アパデマク二体が躍り上がった。左右からジェムシリカの両肩に掴み掛かり、爪を突き立て、或いは頭部に齧りつこうとする。彼女は悲鳴を上げ、降霊術を解除しつつ双剣を振り回した。

「この(けだもの)どもが!」

 ──胴の守りががら空きだ。今なら仕留められる。

 ライガは、踏み倒してしまう麦とその栽培者に内心で謝りながら彼女へと突進を掛けた。無防備な心臓を狙い、突き技を繰り出す。

咲煉破(ショウレンハ)!」

「どけ、家畜の分際で!」

 ジェムシリカが叫び、指先を動かして双剣を逆手に持ち替えた。ザクッ、という湿った音を立て、その刀身が二体の脇腹に突き刺さる。サンクとシスは(かん)高い咆哮と共に口から血を噴き出した。

 ライガは咄嗟に剣技を解除し、招喚魔術を解いていた。魔方陣が現れ、アパデマクたちはそれに吸い込まれるように姿を消す。

 このまま放っておけば、ジェムシリカは彼女らを殺してしまっていた。ライガは間に合った事に息を()き、「ありがとな」と呟いた。「よくやってくれたよ。……あとはゆっくり休め」

「ライガ・アンバース!」

 ジェムシリカが、瞋恚(しんい)を宿した眼差しを注いできた。

「よくも私に、あのような汚らわしいものを張り付かせたな!」

「サンクたちを、そんな(ふう)に言うな! 焔縫剣(エンホウケン)!」

「許さん……雫紋通鐵(ダモントウテツ)!」

 ライガ、ジェムシリカは互いに剣を振り被り、再びぶつかり合おうとした。現在より負傷が著しいのはジェムシリカの方だ。先程のこちらへのお返しとばかりに突き技を放ってくるが、心なしか先程よりも動きが鈍かった。

 両腕を、アパデマクの爪に切り裂かれているのだ。力が入り切っていない。今なら剣一本でも、彼女の二刀を片手(ワンハンド)で受け止められる。

 その間に左手で、急所に斬撃術を放つのだ──と脳裏でシミュレーションを行った時だった。

「ライガ!」

 畦道を、宿舎の方から駆けて来る大勢の人の姿が目に入った。

 同じものを見たのだろう、ジェムシリカは舌打ちし、発動していた剣技を中断(キャンセル)して跳び退()いた。

「……どうやら、この辺りが引き際のようだな」

 独りごち、彼女は身を翻す。ライガはあっと叫び、追おうとした。

「待て、ジェムシリカ!」

「スクリュー! もういい、この場は撤退するぞ!」

 彼女は叫び、最初に居た道の方へと駆ける。

「何処に居るのだ、スクリュー! リクト・レボルンスはもういい、莞根士(ラーディッシュ)らが現れたぞ! 私の所に来い! 聞こえているのか!?」

 と、その刹那、最初の畦道の反対側の畑──ライガとジェムシリカが交戦していたのとは逆方向の畑で、爆発めいた薄赤い霊力(オーラ)の光が立ち昇った。その光は、ライガの胸の底を酷く騒がせた。

「リクトーっ!」

 叫びながら、ジェムシリカを追って畦道を横断する。

 踏み(しだ)かれた麦の穂の中に、リクトとスクリュー・バウカーの姿はすぐに見つかった。仰向けに倒れたリクトの上に、取能者(プランドラ)が跨るように()し掛かって顔を鷲掴みにしている。鼻と口は、その巨大な(てのひら)の形となった霊力の塊に塞がれ、呼吸を完全に断たれていた。

 それを見た瞬間、ライガは頭が真っ白になった。

「スク──」

「クペアンドゥ!!」

 満腔の怒りを込め、斬撃術を放つ。ジェムシリカの声を聞いた時点で取能者(プランドラ)は自らに迫る危険を察知したらしく、腕状霊魂を装着したかの如き左腕の霊力の塊を切り離して跳躍した。リクトの頭上を通過したライガの術は、霧を払うかのようにその霊力を散らし、大気の中へと消滅させた。

 スクリューは右脚の膝を曲げ、爪先を軸にしてスピンし、左脚を伸ばして踵でブレーキを掛ける形で静止した。反撃を繰り出す事はせず、ジェムシリカの前で彼女を庇うように腕を構える。

「馬鹿者」

 彼女は双剣を納め、取能者(プランドラ)の肩に手を置いた。

「撤退すると言っているのだ。行くぞ」

「………」

 取能者(プランドラ)はこちらを鋭く一瞥し、黙ったまま姿勢を直立に戻す。そのまま、主君に従って身を翻した。

 両者の姿が麦畑の中に消えると同時に、応援に駆けつけてくれた騎士たちがライガの所に到達した。先頭はやはりアルフォンスで、そのすぐ後ろにヴォルノとイザーク教官が続いている。他にも、毎回の戦闘で前衛に居る事の多い主立った騎士が数人来てくれていた。

 ライガは、ジェムシリカたちを追うべきか、刹那の間逡巡した。だが、それは現在の自分の中では優先度の低い事だった。

「ライガ、大丈夫か?」

 アルフォンスが、抜きかけていたヤーラルホーンを再び背中に戻しながら声を掛けてきた。「怪我はなかったか?」

「俺は大丈夫……ありがとう、おじさん」

「遅くなってすまなかった。だが、こうもいきなり奇襲を仕掛けられて、すぐに対処に当たれたのは幸運だったな。ライガ、君はひょっとして、これに気付いたから外に出た訳じゃ──ないよな」

 アルフォンスの言葉に、ライガは首を振った。

「違うんだ。あいつらが襲って来たのは、ほんとに偶然で……リクトが、何かいきなり出て行っちまって。思い詰めるような事があったのかもしれない。でも、気付いてやれなかった俺も馬鹿だった」

 言うや否や、倒れたリクトの方へと向かう。

 その頭のすぐ横に跪くと、ぐったりと目を閉じた顔を覗き込みながら声を掛け始める。

「リクト、リクト! しっかりしろ!」

 先程、スクリューに頭を押さえつけられていた光景が脳裏を()ぎり、不吉な予感がわくわくと込み上げてくるようだった。一見した限りでは目立った外傷はないようだが、先程は完全に呼吸を断たれてしまっていた。

 それに、直前に立ち昇った途轍もない敵の霊力──。

「リクト……!」

 アルフォンスたちも、そこで倒れているリクトに気付き、呼び掛けるライガの周囲に集まって来た。アルフォンスは、状況に応じた回復方法を採るべくヤーラルホーンを抜く。

 随分と長い間、ライガはそうして呼び掛けていたように思う。リクトはやはり軽い気絶(スタン)だったらしく──「やはり」というのは、そう信じたかったという事だ──、その瞼がひくひくと痙攣し、やがてゆっくりと開いた。

「目が開いた! おい、リクト、こっちだ! 俺が見えるか?」

「ラ……ライガ……?」

 唇が、微かに意味を持った言葉を紡ぎ出す。

 ライガは彼の背の下に手を差し入れ、上体を支えるようにして抱き起こした。

「そうだ、俺はライガだ。……良かった、大丈夫なんだな?」

「あ、ああ……何とか。すまない、ライガ」

 リクトは言うと、うっと呻いて額に(てのひら)を当てた。頭が痛むらしい。

「無理をするな。取能者(プランドラ)に何をされたのか、ゆっくり話してくれ。まずはお前が受けた傷の事から──」

 ライガが言っている途中で、彼の目がはっと見開かれた。こちらの顔を見、それから突然辺りを忙しなくきょりきょろと見回す。その目が近くの土に刺さった愛剣トゥールビヨンを捉えると、その柄をむんずと掴んだ。

 そして、

「……っ!」

 無言の気合いと共にそれを振るい、ライガの肩に向かって振り翳した。

「うわっ、何をするんだ!?  ……って、あれ?」

 アルフォンスたちも唐突なリクトの行動にぎょっとしたようだったが、次の瞬間ライガの肩に振り下ろされた剣は──トンッ、という軽い音を立て、肉はおろか皮膚にも通る事なく止まった。

 ライガは一瞬、何をされたのか分からなかった。

 そしてその意味を理解した途端に、体がわなわなと震え出した。

「リクト、お前まさか……!」

「ああ……そうみたいだ」

 答えた彼の顔は、今にも泣き出しそうだった。

「僕……やられたんだ。あいつに、感応を奪われてしまった」

「………!!」

 ライガは、自分の肩に触れているトゥールビヨンの刀身を見、リクトの顔に視線を移した。信じられなかった。受け入れたくない、という思いが胸郭の内側を満たしていた。

「僕はもう──戦えなくなってしまったんだ……!」

 それが彼にとって何を意味するのか──起こった事以上にどのような意味を持つのか、考えるまでもなかった。

 世界の平和と秩序の為、剣を振って戦う存在。それが騎士であり、そう在るべき事こそが、彼の信じる騎士道というものだった。

 リクトは、戦えなくなった。それは、騎士としての彼の道が、完全に閉ざされてしまったという事を意味していた──。

「そんなの──」

 言おうとした言葉が、途中で出なくなった。肩に載せられていたトゥールビヨンが滑り、土の上に落下する。その際、太腿を掠めた切っ先がショースの布地を微かに切り裂き、皮膚に傷をつけた。

 血が微かに滲んだが、痛みは(ほとん)ど感じられなかった。

 リクトの手を離れた途端に、それは斬れるようになった。剣が、使い手(ユーザー)としての彼を完全に拒絶していた。

 ──何故、自分でなかったのだろう。

 真っ先にライガの脳裏に浮かんだのは、そのような考えだった。

(俺だったら良かったんだ。俺は、リクトくらい立派な料簡で騎士団に居る訳じゃないんだから……リクトは俺なんかより、ずっと騎士に相応しい人間なのに。何で俺じゃなくて、リクトなんだ!)

 思うと同時に、怒りが込み上げた。

 取能者(プランドラ)に対して、ジェムシリカに対して、運命の不条理さに対して──そして、自分自身に対してもそうだった。そのような事を思うくらいならば、何故彼を助けてやれなかったのだろう、という性質の怒りだった。

 無意識のうちに、奥歯が軋んだ。すると、リクトが「ライガ」と呼びつつこちらの右手を取った。

「いいんだ……これはきっと、僕にとっての罰だ」

「罰? お前が罰を受けなきゃいけない事なんて、何がある!?」

 叫ぶように言うと、彼はふっと寂しそうに微笑む。

「騎士道を歪めた」

「何を言っているんだ──」

「騎士であるって言葉で、ずっと自分を正当化してきた。本当は君に──君が僕と違う事なんて当たり前なのに、僕と同じやり方で、一緒に戦って欲しかったんだ。僕は本当は……卑怯な臆病者だ」

 リクトの言葉に、ライガは込み上げた言葉をぐっと呑み込んだ。

 代わりに彼に取られた手を、ぎゅっと握り返す。

「……馬鹿野郎っ!」

 自分は、この友人の為に何が出来るのだろう、と思った。或いはもう、自分はその機会を逃してしまったのだろうか。彼が本当に求めていた事にすら、気付けなかったのだから──。

 ライガはリクトと手を取り合ったまま、そこに佇み続ける。

 ()けゆく夜空の星月が、頭上から凛然と澄んだ淡水色(コバルトブルー)の光を自分たちに降り注ぎ続けていた。

 第二十一話「Chivalry Spirits」はこれにておしまいです。今回は少々リクトを苛めすぎましたが、私が今まで触れてきた創作物の中でも、一見模範的で正統派ヒーローのように見える人物の抱えた歪みや矛盾が次第に暴かれる展開は珍しいものではありません。

 リクトの場合は「騎士道」でしたが、『Fate/stay night』の士郎だと「正義」、『コードギアス 反逆のルルーシュ』のスザクだと「正しいやり方」だったりします。皆、最初はそういった言葉を信念として自らの内に持っていますが、本当は具体的にそれが何なのかは分からなかったりします。私はこの手の人物は見ているうちに段々苦手になっていくものですが、作中でそういった点が突きつけられると彼らは自らについて悩み、最終的に自分なりの答えを見つけ出して成長します。彼らの信念(=命題)に対して、別の人物が一見危うい理論に見える価値観(=反命題)をぶつけると、両者は共により高次の道(=合成命題)を見つける事が出来ます。主人公とラスボスが舌戦を繰り広げ、最終的にラスボスが主人公の在り方を少しは受け入れて消滅するという王道展開もこの流れを汲んでいるものと思われます。

 反命題をぶつけてくれる人物が居なかった結果見るも陰惨な事になったケースが、拙作『破天のディベルバイス』のとある人物です。リクトも、性格設定や成績優秀な点、周囲の人物との関係(親友が居るなど)が彼に通じるものがありますが、行きすぎると彼になっていた可能性があります。彼の場合、親友から一度突き放されてしまったので……

 ところで、先程から彼彼とぼかして言っているのは、これから『ディベルバイス』を読んで下さるかもしれない方々に作者本人がネタバレをする訳には行かないからなのです。

 細かな部分の注釈は、今回もあまりありません。強いて言えば、以前からヤーラルホーンで演奏可能な楽譜(スコア)として登場していた「アルゴー・メロイア」が「方舟座の旋律」という表記に対するルビになっていた事でしょうか。

「方舟座」という星座はありません。「アルゴ座」は「トレミーの四十八星座」の一つで、ギリシア神話のアルゴ船をモチーフにしたものですが、大きすぎたので現在では三つ(りゅうこつ座、とも座、ほ座)に解体されています。私は当て字のルビを多用しますが、片仮名に片仮名のルビが振られていると気持ち悪く思うので便宜上存在しない別名をでっち上げました。

 正確には、作中に登場する「水瓶座」「蟹座」なども「みずがめ座」「かに座」と平仮名表記するものですが、私は平仮名が多い語に片仮名ルビが振られているのも気持ち悪いのであえて漢字表記にしています。ルビには結構こだわりがあり、二文字の単語には九文字以上振らない、とか、振る文字の数より少ない字数のルビは実在するもの(沖縄の名字や「香具師(やし)」など)と英字以外には使わない、とか制約を課しています。Word文書で二文字の単語に九文字以上振ると不自然にそこだけ浮いて見えるのです。勿論、個人の感想なので他人が使う分には何も言いません。

 長くなったのでそろそろ予告を。次回は、ライガとリクトの友情が光る話になります。私としては友情ものの方が恋愛ものよりもぐっと来ます。恐らく、私がBLに触れると和む理由もこの辺りにあるようですが、ライガとリクトはBLにはなりませんのでその点はあらかじめご了承下さい──という事を蛇足として付け加え、鍵盤を畳む事と致します。

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