『リ・バース』第一部 第21話 Chivalry Spirits⑥
⑤ リクト・レボルンス
はっと目が覚め、がばりと身を起こした。
周囲を見回し、ほっと息を吐く。隣のベッドでは、ライガがこちらに背を向け、規則正しい腹式呼吸の音を立てていた。
* * *
悪夢を見た。夢の中でリクトは、レボルンス邸の食堂で椅子に座り、父クロヴィスと向き合っていた。その中でも、父は昨年五月に死んでいるという事を覚えていたので、それが夢である事にはすぐに気付いた。
明晰夢は大抵、夢だと気付いた時点で覚めようと思えば覚める。だが、先程リクトにはそれが出来なかった。
父から、自らが回避しようとした戦で最前線に立ち、剣を振るっている事を責められた。リクトはそれが、夢の中で自分の無意識が父の口を借り、言わせている事だと分かった。
「違う! 騎士団の秩序に服う者として、命令に逆らう訳には行かないのだ!」
反論したリクトに、夢の中の父は静かに返してきた。
「お前はそうして、陛下のせいにするのか?」
「何を──」
「自ら手に掛けた命の責任を、他者に転嫁するというのか?」
「騎士としての戦いは、単なる殺人とは別物だ。世の平和と秩序の守り人、調和者たる魔剣士として、私は剣を振るってきました!」
「では何故、その行為に誇りを持たない? あたかも自らの行いが不当な事であったかのような言い振りで、命令に従わねばならない身空を嘆くような台詞を口にするのだ?」
「騎士である事には、誇りを持っている! しかしそれでも、不当な行為ではないと理解していたとしても、人を殺めればその重みを感じる。感じない訳には行かないのです、それもまた──」
「騎士としての責任、か?」
父は、こちらを身勝手だと糾弾するような口調だった。
「では何故、それを背負う事に悲劇を見出そうとする? 割り切ろうとしない? 或いは……悲劇の最中に居る自分を愉しんでいるのか?」
「割り切ろうとしているからこそ、私は戦い続けているのです!」
リクトは叩きつけるように叫んだ。
「それでも……理屈のみで、消せるものではないのです! 構わないではありませんか、重圧に押し潰されず、戦えているのですから。私の心は、私自身にしか分からないものだ」
「ならば──ライガ・アンバースの戦いも、そうではないのか?」
何故ライガの名を出すのだ、と思ってから、これは自分の無意識なのだという事を思い出す。父の顔が、段々自分自身に見えてくるようだった。
「彼も、彼自身の正義の下に動いているのではないか?」
「しかしそれは、騎士道ではない」
「騎士道とは異なるものである事を、彼自身はよく理解している。……いや、少し違うな。リクト、お前の信じるものを彼は正当なる騎士道と呼び、自らがそれとは相反する価値観を有している事を理解している」
「違う。騎士道は先人たちが培い、騎士たる者が須らく服うべき道義だ。私の私的なものではない」
「お前は誰かの道義を借りねば、自らを動かす事が出来ないというのか?」
父の舌鋒は、容赦なくリクトの胸奥を刺した。
「そうでないというのなら、リクト──お前は他を認めず、自らの信ずるものに騎士道という言葉を使い、それを正当化しているに過ぎないという事になるぞ。だが、それもまた違うのだろう。お前は次第に、自身の信ずる騎士道というものが綺麗事や言い訳の類ではないかと思い始めているな?」
吐き続けていた否定の言葉が、喉に閊えて出なくなった。
それは、反戦を謳い続ける父が元老院で孤立し、自分との親子関係も悪化してきた頃──開戦の間際に自覚した事だった。父を糾弾し、ジフトとの戦を望む人々からの悪意に基づく言葉が、自宅の塀に書き殴られているのを目にした時の事だ。彼らの憎しみの元に戦の火蓋が切って落とされた時、自分たち騎士はその憎しみを背負い、代弁者として敵対するジフトの人間に剣を振るうのか。
そして、ジェムシリカによって父が命を奪われた時、自分が感じたのは紛れもない憎しみだった。
憎しみによって剣を振るう事を、正当化する為に自らが持ち出している言い訳こそが、「騎士道」なのではないか。だからこそ、言い訳をせず自らのやり方を貫くライガに、自分は苛立ちを覚えているのではないか。
それでは、最早身勝手な嫉妬以外の何物でもないではないか。
「先人たちが培い、騎士たる者が須らく服うべき道義……その通りだ。ならば、それを私物化するような己の考え方を恥じよ! それでは、ジフト・ビギンズの大義を歪め数多の犠牲者を生み出したイスラフェリー家と、お前は何ら変わらない! 騎士たる資格は、最早ないものと思え!」
父の声が雷の如く轟いた時、リクトは自らの信じていたものにはっきりと亀裂の入る音を聞いた。それが砕けてしまった時、自分のアイデンティティは崩壊すると思った。
自分が自分でなくなるような、凄まじい恐怖を覚えた。
それが、既に騎士であるという事が自身の強迫観念になっていたのだという事に否が応でも気付かせずにはいなかった。
(ライガ……僕は、僕はどうすれば……!)
そう思った時、目が覚めていた。
* * *
心臓の拍動が、全力疾走をした後のように速まっていた。喉が、食道の奥の方まで乾燥している。胃液が逆流したのか、口の中に酸味を感じる。恐怖と閉塞感の味のように思った。
隣のライガをちらりと見る。この間、戦いを終えた彼がアルフォンスに零していた台詞が思い出された。
──俺は自分なりにやりようがあるとは思っているけれど、それは騎士団には向いていないようなものらしいですから。
──本当にフォルトゥナの騎士の在り方として相応しいのは、俺よりもリクトの方ですよ。
現在は九月二十日、もう四ヶ月も前の事だ。
ベッセルでの駐屯が始まってから、既に十ヶ月近くが経過している事になる。その時間は、長かったようにも、短かったようにも感じられた。目の前の戦いに躍起になり、またそれ以上に何週間もの間、ジェムシリカが再戦を挑んで来るのを待って神経を尖らせていた為、ライガと二人でゆっくり話をする事すらも大分少なくなってしまっていた。
ライガがその台詞を口にした時もそうだった。彼がどのような気持ちでそれをアルフォンスに吐露したのか、リクトは未だに確信が持てないでいる。
彼に面と向かって否定された訳ではないからこそ、リクトは現在の自らの揺らぎが生じているのだと思った。開戦前から薄々気付きながら、気付かない振りをしていた自らの内面に関する変化にとって、約一年前のライガとの衝突は、それに随伴する出来事の一つに過ぎなかった。
この煮え切らなさは、騎士らしくない。自然にそう考えてから、また自分はその像も曖昧なままに「騎士」という言葉を理想と同義で使用している事に気付き、やるせなくなった。
(……眠ろう)
リクトは考えるのをやめ、再びマットレスに身を横たえた。
自分の考えている事が何であろうと、義務としての戦いは続く。先週末からまた一週間、ジェムシリカの攻めて来ない期間が空いていたが、明日こそは来るかもしれない。いつ来るか分からないからには、常に万全のコンディションで備えておかねばならなかった。
神経を常に張り詰めているせいで、疲労はあった。だが、一度覚醒するともう目が冴えてしまい、再び眠気が襲って来る気配はなかなか感じられない。
溜め息を吐き、起き上がってベッドから降りた。
風に当たって来よう、と思い、リクトは外に彷徨い出た。




