『リ・バース』第一部 第3話 Temperance①
○武器(剣)
・アルターエゴ…ライガの剣。片手直剣。刀身は漆黒。
・トゥールビヨン…リクトの剣。同。刀身は象牙色。
・ドミナシオン…イスラフェリオの剣。両手剣。刀身は錆色。
・ヴィルベルヴィント…ドーデムの剣。曲刀。刀身は流金色。
・マレディクティオ…オルフェの剣。炎状剣。刀身は銅緑色。
・プリムヴェール…ノレムの剣。片手直剣。刀身は花崗岩色。
・キヴィタス…アルフォンスの剣。片手直剣。刀身は紅玉髄。
・デネブ・アルゲディ…ネクアタッドの剣。幅広剣。刀身は白珪色。
・アスカロン…キューカンバーの剣。直刀。刀身は山吹色。
・ヴィクトワール…フレデリック二世の剣。片手直剣。刀身は純白。
○武器(特殊武器)
・オムグロンデュ…隕命君主となったライガの魔導具。杖。
・ヤーラルホーン…リクトの戦楽器。管楽器。元はアルフォンスの所有物だった。
※他にも登場するもの、名称未設定のものもあります。
ジオス・ヘリオヴァース、メガラニカ大陸は、その三分の二を支配し尚も拡大を続ける巨大な集権連合「帝国連邦」に属する肢国群と、遊動民を始めとするその他の少数民族の居住地から成る。
帝国連邦に於いて、肢国群を統べる「主国」──ゲネラッテ朝ソレスティア帝国もまた、元はリングバック海に面した一都市国家に過ぎなかった。現在帝国首都ユークリッドのある地には、帝暦紀元前の世界で最も栄華を極めた旧王朝バルドバロアが存在していたが、帝国建国の祖テオドールは先進的な降霊術を以てこれを滅ぼし、帝連の礎を築いた。
現在バルドバロアを治めていたビャルマ族は、戦乱で多くの者が死に、生き残った者たちもゲネラッテ朝三世代のうちに大半がソレスティア人と婚姻を結び、帝連の民として同化された。ごく一部の純血は帝連の拡大に従って辺境へ辺境へと移動し、今では北の果てに独自のコミュニティを形成している。
帝暦七〇年、ジュスティス国が肢国となり、帝連傘下の自治領が百を数えた事で帝国は「第二間征期」と呼ばれる時期に入った。領土拡大を休止し、連邦内の政府運営に参画する事となった国家・地域群の新制度確立、戦災復興に力を注ぐ期間という意味である。
初代皇帝テオドール、第二代皇帝フレデリック一世に続く第三代皇帝フレデリック二世の統治下で始まった政策方針だった。
勇猛果敢、率先躬行型のフレデリック二世──歴史的に見た場合、矩を越えれば暴君となっていた危うさもあった──が行った政策としては、かなり慎重で堅実な方に含まれるものだ。彼は帝連内で反乱分子が現れれば各騎士団と共に自らその制圧に赴き、正室である皇妃テレサ・スモレンスカも自らシャリオ王国に出向いて求婚を行ったと噂になっている。
皇妃テレサは、フレデリック二世の最も愛した女性だった。彼女との間には婚姻から二年のうちに二人立て続けに娘が生まれ、テレサがその後病の治療の為に子を産めない体にならなければ、更に兄弟姉妹が増えていただろう。姉のシアリーズはフレデリック二世が特に愛した皇女であり、第二間征期の開始は彼女が成人するまで戦火を帝国から遠ざけ、家族が共に過ごす時間を確立する為だったのではないかという推測も出た。
そのような安息の時代が十五年目を迎えた帝暦八五年。帝国の勃興に貢献した剣士兼降霊術者、魔剣士と呼ばれる戦士たちにより構成される近衛騎士団が、侵略国家に於ける最高戦力から各地に出現する魔物を狩る為の要へと変じた頃、後に同時代の英雄となる二人──ライガ・アンバースとリクト・レボルンスは騎士見習いとして帝連軍に入隊したのだった。
① リクト・レボルンス
リクトは、ライガと共に走っていた。
帝城ペンタゴナ・パラス、白羊宮から天秤宮へと続く回廊に、既に他の新規入団者の姿はない。彼らは既に天秤宮の儀式場へ移動しており、使用人たちが数人、彼らの通り去った回廊を掃き清めている。
「ここまで来りゃ大丈夫、式が始まるまで間に合うぜ」
先に歩調を緩めたのはライガだった。リクトは彼に合わせて速度を落としつつ、やや湿度の高い視線を彼に向ける。
「式典開始と同時に会場に入ったんじゃ、遅刻だよ?」
「それも込みで大丈夫だ」
「それにしてもぎりぎりすぎるよ。デルヴァンクール殿が準備で早出だって事は君にも分かっていたんだから──」
「そうだな、今朝はメルチェおばさんに頼んでおくんだった」
「そうじゃない、そろそろ自分で起きられるように努力するんだ」
いつもの事ながら、リクトはこの友人と常識的な会話をしようとすると疲れる、と思う。
二人が走っていたのは、ライガが寝坊した為だった。学問所時代から彼の生活態度はあまり真面目とは言えず、遅刻の常習犯ではあったが、よりにもよって近衛騎士団入団式の今日にまでそれが行われるとは、さすがに洒落にならない。
彼は未だに、育ての父であるアルフォンス・デルヴァンクール騎士長に毎朝起こして貰っているという。彼がまだ幼い時分には、五大騎士団を束ねる「莞根士」が困った子供の世話に手を焼いている姿は客観的に見て微笑ましくすら感じられるようなものだったが、今ではもうライガもリクトも十五歳で、見習いとはいえ騎士団──帝国連邦軍の一員になろうとしているのだ。
「僕が準備を手伝わなかったら、本当に遅刻だったんだから……」
式には当然ながら二人で行こう、と約束していたのだが、待ち合わせの時刻になっても彼が約束の広場に現れない為、リクトは逸早く事態を察してデルヴァンクール邸に向かった。ややおっとりしたところのあるアルフォンスの夫人──つまりライガの育ての母──メルセデスは開式の時刻を把握していなかった為、ライガが起きてこない事にもそこまで危機感を抱いていなかったらしい。
リクトはライガを叩き起こし、身支度を整えさせた。そして、出来る限り最速で共に屋敷を出たのだった。
「正式剣を持って外を歩くのが、こんなに大変だとは思わなかった」
ライガは、やや不貞腐れたように言う。
騎士団への入団希望者の少年たちは殆どがそれまでに剣を握り、稽古をした事のある者たちだったが、剣を帯びて街中を歩く事は許可されていなかった。正式剣でない稽古用の剣を握れるのは各々の家の敷地内か、学問所での剣術の授業でのみだ。後者の場合は刃のない子供用の練習剣が貸し出されるので、私物の剣という点でいえば前者のみとなる。
リクトは、自然にライガの腰に吊られた剣に目をやる。アルフォンスが特注して造らせたものなのだろう、鞘に収められている為柄しか見えないが、鍔元に血石の埋め込まれた漆黒のそれは、一目で素晴らしい出来栄えのものであると分かった。
「それ、もう名前はつけたの?」
「アルターエゴだ」
ライガは、当然だと言わんばかりに胸を張る。
「練習剣と同じじゃないか」
「いやあ、やっぱり俺の剣に他の名前は思い浮かばねえよ。おじさんも、やっぱり俺らしくていい名前だって」
彼は練習剣──正式剣を授けられるまでにたっぷりと感応を込めて振られたそれはただ廃棄されるのではなく、溶かされて合金とされ、素材の一つとして正式剣に引き継がれるのが一般的だ──にも名を与えており、それがアルターエゴだった。
由来は、彼がアルフォンスから剣を与えられた時、それは剣士にとって魂そのものであり、第二の自分であるとすらいえる、と言われた事らしい。幼い彼は、それを剣の名前と勘違いしたらしく、数年後に同期生の誰かが指摘してからも頑なにそう呼び続けていた。
昔から剣には人一倍にこだわりのあるライガだったが、この名前についてはこだわりの結果なのか、適当なのか分からない。
彼も、リクトの象牙色の剣に目を向けてきた。
「お前のは?」
「僕ももう名付けたよ。トゥールビヨンだ」
「『渦』か。……ああ、それもなかなかいい名前だ。けど、何だか水か風属性っぽいな。リクトの魔術適性は光だったはずだけど」
「剣と魔術は関係ないだろう?」
「お前も高位者を目指してみたらどうだ? 俺に出来たんだから、多分お前も行けると思うぞ」
そんな事を話しているうちに、天秤宮に入った。五大近衛宮に囲まれた五角形の城の中央に位置するここは、玉座の間や儀式場、学問所や共同訓練場といった主要施設が集まっており、白羊宮以上に自分たちが訪れた場所だった。
本日より過去編(Reverse)です。「前書き」で大量に武器を紹介しましたが、本格的に登場するのは殆どがまだまだ先になりそうです。というのも、過去編の最初の方では、現代編で帝連の主要人物となる者たちが大体騎士見習いで、片手直剣しか使わないからです。そして、今までの作品に登場した武器よりも随分と色の描写が細かいな、と思われるかもしれませんが、これは本文で述べられている通り『リ・バース』に於ける剣は使い手の分身であり、一人一人の個性(=センス)を強く反映する事から設定してみました。
それにしてもマニアックな色のレパートリーですが、個性が反映される以上似たような色でも微妙な違いが生じるだろうという事でこうなりました。鉱物系が多いのは、今年の初め頃に読んでいた宮沢賢治作品の影響かと思われます。彼の詩の中で特に顕著ですが、字面だけ見ながら「このような色なのではないか」と想像しながら読むのは面白かったです。読者の皆さんも是非お試し下さい。