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『リ・バース』第一部 第21話 Chivalry Spirits④

  ③ イスラフェリオ・イスラフェリー


「ジェムシリカは居るか?」

 カヴァリエリを訪れるや、本陣の入口を守っていた兵士に向かってイスラフェリオは尋ねた。事前に今度の援軍を率いているのは自分だという話は伝わっていたはずだが、番兵は現れた第一皇子に驚いたように背筋を伸ばした。

 次男ルシウスを除き、公皇ブラウバートの息子三人のうち、自分と三男ヘルムダルは身の丈が二メートルにも達する巨漢だ。部下たちは自分たちと相対すると、自然にこちらを見上げるような姿勢になる。

「は、はい。先程お戻りになりました」

「案内してくれ」

 イスラフェリオは言い、兵士に続いて歩き出した。

二個大隊(デュー・バタイヨン)の方々はどちらに?」

「山の麓だ。いきなり押し掛けても迷惑だろう?」

「受け入れ準備は整えられていますが……」

「ジェムシリカは、私が来たという事は知らないのだよ」

 イスラフェリオは、ルシウスからの返信を受け取った取能者(プランドラ)の苦々しげな表情を思い浮かべて苦笑を浮かべた。


          *   *   *


 ルシウスの元に、今年の年明けから「ジェムシリカがデルヴァンクール隊に苦戦している」という報せが幾度も届いていた。当初、報告には莞根士(ラーディッシュ)アルフォンス・デルヴァンクール以外の名前が上がる事は少なく、ルシウスはジェムシリカが彼らを攻めあぐねている理由が余程受け入れ難いものなのだろう、と推測していたが、次第に他の者からの報告も届くに連れてそれが明らかになってきた。

 彼女を手こずらせているのは、騎士見習いだ。ヤング方面で初めて相まみえた時から、彼女は現在まで実に一年もの間、ライガ・アンバース、リクト・レボルンスという二人に拘泥し続けている。真偽は定かではないが、前者はジェムシリカが死霊化者の可能性があると見ているらしい、という報告もあった。

 ジェムシリカの肥大した自尊心については、イスラフェリオも彼女の幼少の頃から把握していた。

 また執念深く、こだわりが強いが、一度興味を失ったものには徹底して冷淡になるようなところもあった。十代(アドレセン)になるかならないかという頃、彼女は庭に鼠が巣を作っているのを発見し、その子供の一匹であった白皮症(アルビノ)の個体を欲しがり、巣から盗み出して飼っていた。しかし一年程経った頃、その鼠が誤って彼女の大切にしていた子供用のブローチを呑み込んでしまった。何とか吐き出させようとし、それが無理だと分かると、彼女は一切の躊躇なく鼠を絞め殺し、腹を裂いてブローチを取り出した。ヘルムダルが「それで良かったのか」と尋ねると、彼女は鼠とブローチのどちらがより大切なのかを考えた結果だ、と答えた。

 イスラフェリオは、ややもするとその時彼女の心には、自分に不愉快な思いをさせた事に対する懲罰の意図もあったのではないかと思っている。

 しかし、今度の戦に於いては、ジェムシリカにそのデルヴァンクール隊の騎士見習いたちに対して〝飽き〟が来るまで待つなどという悠長な解決策を採る訳には行かなかった。

 個人の戦闘力は優れているのだ。だが、今の彼女は大軍を預かる身であり、騎士団に挑むには兵士の頭数が必要となる。彼女の標的が(くだん)の騎士見習いたちだからといって、彼女が単身で──或いはスクリュー・バウカーと二人で──挑みに行く訳には行かない。それでは千人単位で動く帝連軍の主力部隊に対し、太刀打ち出来るはずがない事は明らかだ。

 それは畢竟するに、ジェムシリカの復讐紛いの戦いにヴァイエルストラスを守る戦力が動員され、彼女が目的を果たすまでの間に囮として使い捨てられるという事を意味していた。

 ブラウバートもルシウスも、それは分かっていた。しかし、だからといって「勝手にしろ」と彼女を見放す訳にも行かない。ソレイユが帝連に寝返り、開戦当初の優勢ムードが崩れ、両軍の攻守が交替した現在、カヴァリエリに駐在する彼女の隊は帝連の主力に対する最後の防衛線なのだ。

 イスラフェリオは開戦から今までの間、首都の防衛の為ゲイロッド城での待機を強いられていた。シャリオ方面にはヘルムダルが、ソレイユを経由して帝国本土に直接攻撃を仕掛ける役目はジェムシリカが担っていたので、武官である皇子皇女らが三人全員都を出る必要はない、という事だったが、この事については、イスラフェリオは胸中に若干の複雑な思いを禁じ得ない。

 身体強化術(ストレングス)の上位互換である、自身の纏鎧術(アルマドゥラ)──固有降霊術。転写術(デカルコマニー)覚醒術(サヴァイヴァル)とは異なり、イスラフェリー家相伝の降霊術ではない。先天的に持って生まれたものながらそれが明らかになるのは遅く、それ以外の汎用の降霊術のセンスも皆無に近かった自分は「前科者(エクスコン)ではないか」という疑惑の目を周囲から向けられる事となった。発現後も、弟妹たちにはやや失望の目で見られた。

 家の名を冠する長男として、それは不甲斐なさを感じざるを得ない事だった。無論自分の纏鎧術(アルマドゥラ)とて、強力な術である事には違いない。しかし、それは家族からは認められない能力なのだ──。


          *   *   *


「この愚か者!」

 宿舎のジェムシリカに割り当てられた部屋──ジェムシリカ隊の参謀本部まで来た時、中から彼女の鋭い一喝が聞こえた。

 一瞬遅れ、ビシンッ! という鞭を打ったような──というより、その通りなのだろう──音が響く。その痛々しい響きに、イスラフェリオをここまで案内して来た兵士が反射的にびくりと肩を竦ませた。

 彼女の苛烈さは、このように一回り以上年上の男ですら怯えさせる。

 イスラフェリオは思わず溜め息を()いた。

(あいつ……またやってるな)

 鞭の炸裂する音は、その後も断続的に響き続ける。

「貴様は(あるじ)たるこの私を辱めるつもりか!? そのような軟弱者など、ジフト軍には必要ない! 全員ここに連れて来い、私がこの手で、直々にことごとく首を刎ねてくれる!」

 言葉の端々に、室内に居る兵士のものと思しき悲鳴が混ざった。

「それが嫌だというのなら、私が命令した通りに支度をしろ! 早く出発して、明日中にフォルトゥナ騎士団とまみえるぞ!」

 一際(ひときわ)ジェムシリカの声が(かん)高くなった後、空を切った鞭の音が、炸裂する前に軽い音と共に消えた。どうやら、罰を受けている兵士に振るわれる前に床に垂れ下がったらしい。

「何だ、スクリュー!?」

 苛立たしげなジェムシリカの声を聞き、どうやらスクリューが彼女をとりなしたようだと分かる。

 口を利かないスクリューがジェスチャーか筆記で彼女に自らの意思を伝えているらしく、やや(しば)しの沈黙が漂った。その後、ジェムシリカの「(たわ)け!」という叱責の声が響く。

「何故兵どものやる気のなさが、指揮官たる私の責となるのだ! 私は命令を下している、それを遂行する気がないというのは兵どもの気持ちの問題だ! 私に人間の心をどうこうしろと言うのか? ならば、もっと士気の高く忠実な者を寄越すようルシウス兄に要請しろ!」

 出直した方がいいだろうか、と思ってから、すぐに首を振った。

 これは、相当に煮詰まっている。兵士たちも、ジェムシリカの私怨に付き合い無策なまま玉砕同然の戦いに駆り出される事に()み始めている。今に、部隊は内部崩壊を引き起こすだろう。

 ジェムシリカはいわば恐怖政治で部下たちを(いまし)めているようだが、そのやり方も危うい。もしも不満の溜まった兵士たちが反乱を起こしたりなどすれば、計り知れない損害が出る。ジェムシリカが殺されるか追放されるかして指揮官及び主力が居なくなる、という意味ではない。彼女が一時の激情に任せ、貴重な兵力を大きく損なってしまう可能性が高いのだ。

 強引に事を運ぼうとするだけでは、人を統べる事は出来ない。ジェムシリカは武人としては優秀だが、一軍の長たるにはあまりに未熟すぎる。

 無理もない。もしも帝国騎士団であるならば、彼女はまだ正騎士叙勲から二年も経っていない新米という事になるのだから。

「ジェムシリカ、入るぞ!」

 案内して来た兵士がいいとも悪いとも言わないうちに、イスラフェリオは一方的に宣言して扉を押し開いた。

 中に入ると、すぐに行われていた事を確認する。部屋の中央にある小テーブルが蹴り飛ばされたのか壁際で転倒し、空いた空間に兵士が蹲っている。余程強烈な折檻を受けたのだろう、軍服はあちこちが裂け、そこから除く皮膚や肉もささくれ立ち、綻びて血が滲んでいる。

 ジェムシリカは、爬虫類系の魔物の皮から作ったらしい、巨大な鱗の逆立って並んだ太い鞭を手にしており、傍らのスクリュー・バウカーを睨みつけていた。が、こちらが入室するや否やはっと素早く視線を移した。

「さっき着いたところだ。久しぶりだな、ジェムシリカ」

 言うと、その顔が一瞬紅潮し、すぐに青黒くなった。咳払いを一つし、「これはイスラフェリオ兄」と開口する。

「入室の際はノックくらいして頂かねば、公爵家の男としてマナーがなっていないとの誹りを免れませんよ。私や父上──陛下に、これ以上恥をかかせないで頂きたいものですね」

「まずはお前自身の恥をどうにかしろ、女王蜂(レギナヴェスパ)

 イスラフェリオは言う。彼女が称号(タイトル)を持つのは早い、とは、それが決まった時から思っていた事ではあったが、このように揶揄するような意味合いで口に出したのは初めてだった。

 否、揶揄というのは少し違う。称号(タイトル)を持つようになったのだから、相応の自覚を持て、というニュアンスを込めたつもりだった。

「お言葉ですが、赤峨王(クレイモア)

 意趣返しをするかのように、ジェムシリカは言ってくる。

「その恥を(そそ)ぐ為、私は(くだん)のデルヴァンクール隊に幾度となく再戦を挑み続けているのですよ。人員の補充も、それに相応しい者を派遣して下さるようゲイロッド城に要請を出し続けていました」

「だから──」

「その結果、何故兄上、あなたなのですか? あなたのような、魔術もろくに御しきれない出来損ないを寄越すしかないとは、ヴァイエルストラスの兵力も底を突いてきたと見受けられますね」

 挑発的な彼女の口振りに、イスラフェリオはかっとしかけたがすぐにそれを呑み込んだ。自分は、彼女と喧嘩をする為にやって来たのではない。

「そうだ。このままじゃ、ヴァイエルストラスはすっからかんだ。いや、この際だからはっきり言おう。私が連れて来た二個大隊(デュー・バタイヨン)が、お前の為に派遣出来る最後の人員だと思え」

「最後? ならば一層、ここが橋頭堡という事になるのではありませんか? 私たちが守るこのカヴァリエリ以北に、帝連軍主力、フォルトゥナ騎士団を進行させてはならない。東西のルートで進軍を続けているファタリテ、カルマはざっくばらんに申し上げまして、雑魚です」

「よく(わきま)えてからものを言う事だ」

 イスラフェリオは窘める。

「あのヘルムダルが、紅潔伯(インペリウム)を相手にどれだけ苦戦を強いられているのかお前は聞いていないのか? 彼の部隊には、騎士見習いでありながら派生技(アディショナル)をも修得した高位者(アデプト)が居るという話だぞ。またファタリテの方も、匍匐獅子(カメレオン)は無論、ソレイユに力を示して裏切らせる程の実力を持った騎士見習いが居たそうだ」

「そしてデルヴァンクール隊には、死霊化者が居る」

 またそれか、と、イスラフェリオは後頭部を掻いた。

「お前自身が言った通りだ、このカヴァリエリは今のところ、南から来る連中に対して首都を防衛する為の最後の砦だ。お前は自分から仕掛けてばかりいるから、この地のアドバンテージが理解出来ていない。

 外を見ろ、この街は山に囲まれていて、攻めより守りに向いている。地形を活かした戦術も取り放題だ。もしデルヴァンクールたちがここの攻略を諦めて、迂回してヴァイエルストラスを目指そうとしたら、今度はリーマンやフィボナッチの軍と連携して奴らを挟み撃ちにする事も出来る。お前はわざわざ、そのメリットを捨てて奴らに有利な条件で戦おうとしている。我慢するって事を知らないんだ。それで本当に、戦局全体を見て戦えているって言えるのか?」

「安全圏から容喙するだけであれば、誰にでも出来ます! この一年間、首都でのうのうと暇を貪っていた兄上には分からないでしょうが、現地で戦ってきたのは我々なのですよ?」

「なら、私と替われ。お前にはまだ、軍の主力を任せるのは早すぎたんだ」

 言った時、ジェムシリカは顔を歪ませた。悔しげに歯軋りをし、血管が浮かび上がる程力を込めて鞭を手にした指を握り締める。

 床に伏せる兵士が、戸惑うような目でこちらを見上げてきた。スクリューが、主君に向かって失礼な事を言うな、と咎めるように目を細める。イスラフェリオはちらりとそちらを窺いながら、彼はイスラフェリー家というよりもジェムシリカ個人に忠誠を誓っているのだな、と考える。

 ジェムシリカは(しば)緘黙(かんもく)した後、

「……出来損ないの兄上に、何が出来るというのですか」

 喉の奥から絞り出すような声でそう吐き捨てた。

「兄上などに、私がこの一年間で行ってきたような戦闘を潜り抜けられますか? あのライガ・アンバースやリクト・レボルンス、莞根士(ラーディッシュ)アルフォンス・デルヴァンクールといった()()との戦いを」

 ジェムシリカは、その「強者」という言葉を、認めたくないと言わんばかりの痛々しい声で紡ぎ出した。

「私は、これ程屈辱を味わわされた事は未だかつてありません。私怨──そのような言葉を使うのであれば、いいでしょう、その通り私怨です。しかし、私はおかしいと思っているのです。本来であれば、私が奴らに負けるはずがない。私は、奴らに勝てると思っている」

「勝敗は兵家の常というぞ」

「だからこそです。これ以上私に兵力を割けないというのであれば、構いません。私は、雑兵による邪魔などなければあのような者どもなどに手こずらされる事などないのです。絶対に邪魔の入らないような方法で、奴らを討ち、誤解によって着せられた汚名を返上してご覧に入れましょう」

 彼女はきっと眼差しを上げ、炯々と燃える石炭の如き眼光をイスラフェリオに照射してきた。

「兄上のお力など不要です。兵たちの士気が低いというのならば、彼らを無理に動員する必要もないでしょう。私は私のみの力で、私に屈辱を味わわせた者たちを討ってみせます」

「………」

 イスラフェリオは、もう彼女には何を言っても無駄だ、と思った。

 それでも、言わねばならない事があった。

「お前が優先すべき事は何だ? 一軍を預かる者としての責任を忘却していないというのであれば、言ってみろ」

「ご心配なく」

 ジェムシリカは、顔色を変える事なく答えた。

「奴らを討ち、同時に首都防衛の責務も果たしますよ」

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