『リ・バース』第一部 第21話 Chivalry Spirits③
* * *
「ライガ!」
「来るな、リクトっ!」
水蒸気の中から、ライガの一喝が飛んだ。リクトが立ち竦んだ瞬間、横からジフト兵の一人が槍を突き出してきた。素早く後方に跳躍回避し、分光光線で反撃し上体を吹き飛ばす。
ひとまず轍鮒の急は去った、と思うか思わないかのうちに、今度は背後から取能者スクリュー・バウカーが現れた。視界の隅に、その左手が纏う薄赤い霊力の光がちらつく。
触れられたら終わる。リクトは脊髄反射の速度で振り向くと、
「虹依殿・月宮!」
即座に剣技を繰り出した。スクリューの徒手とぶつかり合った刀身は、剣戟めいたカシンッ! という音を響かせ、凄まじい閃光と衝撃波を放つ。取能者は咄嗟に顔を背けて跳び退り、リクトも彼の手を刀身で押すようにしながら反動を使ってノックバックし、距離を取った。
──直前に出していたのが魔術で幸いだった。もし剣技に冷却時間が発生していたら、恐らく今の奇襲を防ぐ事は出来なかっただろう。
顳顬から汗が伝うのを感じていると、ライガとジェムシリカを覆い尽くしていた水蒸気が霧散した。
スクリューに剣先を向けたまま、ちらりと横目でライガを窺う。ステータスが向上されているとはいえ、体力が増えた訳ではない。さすがに無茶の反動が祟っているのか、彼の息は荒かった。
ジェムシリカは、爆風を間近で受け、大量の水蒸気──水滴を浴びた為、髪から軍服の肩の辺りまでをしとどに濡らしていた。しかし、防御が上手く働いたのか、出力の上がった最高技が間近で炸裂したにしては被ったダメージはそれ程でもないようだった。
転写術が模倣する技の威力は、その感応を発する相手の力量にも依存するようだった。現在のライガは、アルフォンスの演奏により攻撃力が上がっている。ジェムシリカはそれと同等の威力で緋炎斬を返したので、両者の力の差はそれ程かけ離れているとは言えなかった。
「どうした、ライガ・アンバース?」
ジェムシリカも消耗したのだろう、喘ぐような激しい呼吸音の合間から、辛うじて嘲るような調子を維持した声を紡ぎ出す。
「何故、あの禁術を使わない?」
アルフォンスらが近くで聞いているのに、と思い、リクトは無意識に心臓の鼓動が速くなる。が、ライガは
「何の事だか分からねえな」
空とぼけた。正しい反応だ、と思う。
「持てる力を出し惜しみするのは、本気の相手にとって失礼だぞ」
「んな事言って、どうせ俺が凄い事したら転写術で返そうって算段だろ?」
ライガは鼻で笑い、取り合わない。
「本気の相手? あんた、自分が馬鹿にしているたかが騎士見習いに、本気になっているって認めるのかよ?」
「……黙れ!」
ジェムシリカは満腔の怒りを湛え、彼に向かって特大の水球を飛ばす。こちらもまた誅罰のようだ。彼女自身が修得している技ではあるものの、ライガの繰り出した威力を再現するべく敢えて転写術で再現したようだ。
戦術的には、最適な判断だったのだろう。ジェムシリカは先程、反属性となる火属性技でライガの同じ攻撃を防ぎきった。ライガも同出力で相殺を図れば成功するという事であり、通常威力のジェムシリカ自身の攻撃であれば、更に容易く防がれてしまうと踏んだのだ。
が、ライガはそれに対し、同じ技でで防ぐ事はしなかった。それでは、ジェムシリカがまたそれを再現し、同じパターンの繰り返しとなる。
彼は飛行術で空中に退避し、解除して落下が開始されると同時に空中滑走術に切り替えた。そのまま太陽を背にして跳躍し、錐揉み式に回転しながらジェムシリカの首筋を狙う。
「廻鳶脚・裂空!」
「聖なる光よ、我を守り給え! プリヴェントファクター!」
彼女の展開した障壁因子に、踵に斬撃の渦を纏ったライガの回し蹴りがぶつかって鋭い音が鳴った。
ライガはすかさずアルターエゴを振るい、出力の上がった斬撃でその障壁を粉砕すると、ジェムシリカの頭上から垂直斬りを浴びせようとする。彼女はチッと舌を鳴らし、防御魔術の展開の為に傍らの地面に突き刺していた左手の剣を抜き、最初と同じく二刀を以てそれに対抗した。
暫し、攻防が続く事となった。
鬼気迫るような、僅かにでも均衡が崩れればその瞬間どちらかが死ぬ、というような剣戟の応酬だった。
リクトは視線を奪われかけたが、すぐに自らの相手へと向き直る。スクリュー・バウカーは、主君の助太刀に入りたいのは山々というような態度だったが、その為にはまず眼前の相手の可及的速やかな排除をという思考が働いたのだろう、リクトが向き直った時には、もう動いていた。
──ジェムシリカとスクリュー、より危険な相手はどちらかと問われれば、それは自分の戦っている後者の方に違いない。
リクトは、ライガの方を見て不安に駆られた自分を傲慢だったと反省した。いざとなったら自分が彼を助けねば、などと無意識のうちに考えていたのだろう。彼が、わざわざ自分に助けられる必要などない程の実力を有している事は分かっているというのに。
一撃必殺のスクリューの手を避け、反撃を繰り出しながら、最近の自分は少しおかしいのではないか、と考えていた。
ライガを自分が助けるのだと考える事が、増えたような気がする。それは、ヤングでのジェムシリカ隊との初戦でライガが追い詰められ、死霊化術を使用しようとしていた時もそうだったし、ヤングで彼が住民を苦しめるペルティエを彼が粛清してからは特に著しくなったように感じられた。
今までは、自分とライガは異なる考え方で、互いに足りないものを補い合いながら共に戦うのだと考えていたはずだった。助けると考えるのは、自分の方が彼よりも先を行っているからという理由が裏にあるという事だ。
自分は、ライガを認めたくなくなってきているのだろうか?
リクトはその考えを、否定しきれない事が怖かった。
禁術の使用に、個人の正義感による私刑。ライガの行為は、リクトの信じる騎士道の精神とは相容れないものだった。
リクトはいつしか、自分にとっての「正しい」やり方であれば、ライガは自分には敵わないと思うようになっていた。ライガが先を行っているように見える事は、「正しい」やり方ではないので考えるべきではない、という。
自分の信じる騎士道とは、では具体的には何を指しているのだろう。
そう考える事は、決してそれに対して疑いを抱き始めたからではない。ライガは何故、リクトにとっての正義の中では誰かを救う事が出来ないと思うようになったのかという事を知りたかった。
(……やっぱり、僕は驕っているのだろうか)
スクリューと一進一退の攻防を繰り広げながら、リクトは脳裏でそう呟いた。自らに問い直す意図もあった。
(今のライガの戦いは、騎士としてのものなのに)
彼は今、禁術を使ってはいないし、ジェムシリカと剣を交え、命のやり取りをしているのも双方の合意があって行われている事だ。自分たちの目下行っている戦いから何ら逸脱したものではない。
余計な事は考えるな、と自らに言い聞かせ、リクトは目の前のスクリューに集中する事にした。
* * *
結局今回の戦いも、ジェムシリカの討伐または捕獲に至るまでは行かなかった。兵力の半数が戦死もしくは戦闘不能に陥ったタイミングで彼女は部隊を撤退させ、アルフォンスもこれに追撃の必要はないと言った。
「ファタリテが別行動になってから、こちらの戦力も大分減ってしまった。これ程怪我人を抱えた状態で彼らを追ったとしても、ここから離れすぎた所で援軍を呼ばれたりしたらひとたまりもない」
「……やっぱり、そうなるだろうと思った」
ライガは、徒労感に飽和した溜め息を吐いた。
「ファタリテやカルマは、もうヴァイエルストラスの攻略に向かって行動を始めたっていうのに」
「比べても仕方がないだろう? それに、彼らの相手はヘルムダルだ」
「戦果が出ている感じがしないんですよ」
「だが、何気に我々は現在ジフト領内で戦っている騎士団の各部隊の中で、最も多くの敵を打ち倒している」
アルフォンスは言うと、気分を晴らすように「よくやってくれたよ」とライガに労いの言葉を掛けた。それからこちらを向き、忘れずに「リクトもね」と言って微笑み掛けてくる。
やはり、戦闘中に最も活躍していたのは、敵の指揮官とその副官を相手に善戦を続けたライガ、リクトのようだった。
「しかし、我々も君たちに依存しっぱなしだというきらいは否めないな」
アルフォンスは、不意に表情を引き締めて続けた。
「常々言っているように、私は戦場で正騎士と見習いを区別する事はしない。君たちが見習いだから、敵の主力との戦闘を依存しているという事が問題になるのではないよ。単に特定の『個人』にそういった戦いが偏るのであれば、それは騎士長たる私が本来負うべき役目だろう」
「でも、ジェムシリカは何故か俺たちの事を目の敵にして向かって来るんだから仕方ないでしょう?」
「君たちが、それ程の実力を持った者たちだって事だよ。私やイェーガーが、少々不甲斐なくなるくらいだ」
アルフォンスの言葉は決して卑屈なものではなく、こちらを励ますような響きに満ちていた。しかしライガは、却って浮かない顔になった。
「……俺は、ジェムシリカがそこまで優秀な指揮官で、人を見る目があるとは思えない。リクトはともかくとして」
彼の言葉に、アルフォンスは「おや」という顔になった。
「そうなのか?」
「ジェムシリカは私怨で動いているだけです。俺にとってはいい迷惑ですよ。俺は自分なりにやりようがあるとは思っているけれど、それは騎士団には向いていないようなものらしいですから」
リクトは、彼のその言葉にはっとした。
自分たちの価値観の差異が明らかになり、衝突してから半年が過ぎ、彼にも考えている事は色々とあるようだった。
「ライガも、今の騎士団の在り方には思うところがあるみたいな事を言っていたじゃないか。それは、ライガにも自分なりに『こう在るべきだ』という理想があるって事ではないのかい?」
「ええ。だけど俺のはそもそも、騎士団に求めるような事じゃないのかもしれないから……あんまり詳しくは、騎士長の前では言いにくい事なので言いませんが。それよりも、本当にフォルトゥナの騎士の在り方として相応しいのは、俺よりもリクトの方ですよ」
ライガは言い、リクトの方を見てくる。
リクトは反射的に、その視線から逃れるように背を向けていた。
──自分がライガのやり方を受容するのなら、それは騎士道とは異なるものとして受け止めなければならないのだ。その事を自分以上に理解していたのは、彼の方だった。
少なくとも彼は、リクトの騎士道を否定したりはしない。それでは解決出来ない事柄が、確かにあるのだと思っていたとしても。
リクトは何も言わず、立ち去ろうと歩き出した。
ライガはいつものように追って来る事はしなかったが、その視線がいつまでも自分の背に残り続けるような気がした。




