『リ・バース』第一部 第21話 Chivalry Spirits②
② リクト・レボルンス
戦場に、アルフォンスの魔笛ヤーラルホーンの音色が谺する。方舟座の旋律、彼の代表曲ともいえるその楽譜を聴くだけで、騎士たちは勇気百倍した。
全ステータスの倍増に、剣への感応、魔素と霊力双方の出力向上。その支援技としては既存の魔術の中で最高の性能を誇る効果を受け、リクトたちは果敢に敵兵たちへと突進して行く。
戦場は見通しのいい原野だった。ソレイユとの国境を越えた辺りから、最北の首都ヴァイエルストラスへ向かう中間地点に位置するカヴァリエリまで、ランペルール地方の南はずっとこのような風景が続く。帝暦紀元前には遊牧民族が移動生活を送っていたという。
「居たな、ライガ・アンバース!」
「覚えていてくれて光栄だよ、女王蜂!」
双剣を引っ提げて向かって来るジェムシリカを、ライガはアルフォンスからの支援効果による白金色の光果を纏いながら迎撃しようとしていた。アルターエゴの漆黒の刀身も、ややその黒みを希釈されて灰黒色に見える。
彼はその剣で火属性の横薙ぎを繰り出した。ジェムシリカの振り下ろした二刀を受け止め、更に押し返す。ジェムシリカは身を引きざま、転写術を発動してライガと同じ剣技を返したが、彼はそれも想定済みらしく、出力を向上された水属性術で相殺を図った。
「滔々と侵し来れるもの、厳き波濤の頂に坐すもの……彼が咎を御手に委ねん!」
それは、以前彼がジェムシリカから受けた術だった。
「パニッシュメント!」
「意趣返しとは、貴様も性格が悪い……!」
ジェムシリカは歯を食い縛り、剣技がキャンセルされないぎりぎりの減速と軌道変更で刀身を交差させ、ライガの放った特大の水球を受け止める。爆発音と共に、水蒸気が辺りに立ち込めた。
* * *
帝暦八七年五月中旬、ジフト公国ベッセル。
昨年末から帝連軍はモルガンを拠点に、ジフトの国家機能の中枢を担う都市の多くが集中するランペルール地方──前身となる北極同盟を興したのは旧ランペルールなのだから当然ではある──への進出を目指していた。
ソレイユが帝連に復帰した事により、一切の足止めなく帝国本土に迫っていたジェムシリカ隊はヤングからの撤退後、再び同様の快進撃を行う事は困難になった。しかし、帝連軍が以前からのプランであった公国南部の国境沿いへの防衛線の構築を開始するや、即座に反撃は開始された。
ヴァイエルストラスに近づいた事により、援軍の到着は彼女らがヤングに居る時よりも早かった。攻撃を仕掛け、退けられては首都に追加の戦力の派遣を要請し、再び攻めて来る。彼女はこれを繰り返し、ベッセル以北に帝連軍が進出するのを防ぎ続けていた。
それは実に、半年に及ぶ長期戦となった。リクトたちは初めて、戦地で年を越すという経験をする事になったが、その時訓練生たちの心の中にあったのは「自分たちは次の一年を乗り切れるだろうか」という不安だった。
それは言い換えれば、皆が今年一年では戦は終わらないだろう、という事を予感していたという事でもあった。それ程に、ジェムシリカは執拗だった。
彼女の狙いは、アルフォンスの討伐ではないようだ、という事が段々と感じられ始めていた。再び自ら前線に現れるようになってから、彼女が専ら標的にするのはリクトやライガだった。最初こそ「偶然ではないか」とも思われたものの、次第にそれは、自分たちを近くで見ているアルフォンスやイザークらにも感じられるようになってきたようだ。
ジェムシリカが残忍で、高慢な性格を有している事は、これまでの事から明らかだった。その彼女は、初戦でライガを追い詰め、彼が死霊化術の片鱗を見せたタイミングでリクトの反撃を受けた。
彼女は今年でようやく二十歳になったので、リクトたちとそう年齢が離れている訳ではない。騎士団に居たとすれば、昨年でようやく訓練課程を修了し、正騎士の叙勲を受けたくらいだ。そして、個人のセンスがものを言う魔剣士の世界で、数年の年齢差など平均レベルで見れば大した実力の差にはならない。
それでも尚、ジェムシリカは「たかが見習い風情」に黒星を付けられたという事を屈辱に感じ、それを雪ぐ事に力を費やしているのだ。仮にも一国の軍隊の指揮を任された者としては如何なものなのか、疑問はさておくとして、それが現在のリクトたち主力部隊──デルヴァンクール隊にとって脅威である事は確かだった。
いずれ、それは限界を迎える。
帝連とジフトの戦力差を鑑みれば、それは火を見るよりも明らかだった。ヴァイエルストラスの兵力が尽きれば、ジェムシリカは追加部隊を援軍に加え、こちらに再戦を挑む事は出来なくなる。
こちらがモルガンから補給を受けつつ、決して野放図に走らず堅実な防衛策を採り続ければ、その未来はいつか訪れるものだ。しかし、それまでにあと何ヶ月──下手をすれば何年掛かるか知れたものではなかった。
ジェムシリカを、討たねばならない。アルフォンスもライガもリクトも、その一心で数日おきに剣を振るい続けた。
無論、彼女に目をつけられているリクトやライガが圧倒的に彼女より強いという訳ではない。そもそも、実戦に於ける”強さ”の優劣を一概に論じる事の方がナンセンスというものだ。向こうが攻めである以上、こちらが勝利するという事は、その一戦を生き延びる事そのものを指す。
何ヶ月、何年掛かるか分からない戦いの中で、自分たちがジェムシリカによって命を奪われる可能性は常にすぐそこにあるのだ──。




