『リ・バース』第一部 第20話 Homme Fatale⑧
⑦ ライガ・アンバース
「ベズーからの通達です!」
十一月五日、正午。
カントールに駆け込んで来た伝令兵は、宿舎の食堂で昼食を摂っていたライガたちの所へ現れるや否や、手にした書簡を高々と掲げた。馬から降りた後も余程走ったのだろう、息は荒く、表情は硬い。今にも崩れそうな顔を、騎士たちの前で懸命に保とうとしているかのようだ。
その下の感情がどのような性質のものなのか、ライガには咄嗟に判断がつかなかった。興奮を堪えているかのようにも、絶望で全てを諦めてしまったかのようにも受け取れる。
アルフォンスが席を立ち、ゆっくりと兵士に歩み寄った。両手を差し出し、恭しく書簡を受け取って開く。
イザークやヴォルノも、ライガもリクトも、皆が息を詰めて彼を見守った。アルフォンスは文面に目を通しているうちに徐々に両手を震わせ始め、皆の中で「大丈夫だろうか」という気持ちが膨れ上がる。
が、やがて振り返った彼の顔には歓喜が湛えられていた。
「喜べ、諸君」
彼のこちらに向けた文面に、皆が立ち上がって身を乗り出す。
「ソレイユが投降を表明し、肢国として帝連に復帰する事となった! ジフト軍による帝国本土への侵攻ルートを断つ事に成功したのだ!」
一瞬間が空き、やがて騎士たちはわっと声を上げた。銘々に近くに居る者とハイタッチをしたり、ガッツポーズをしたりして喜びを表明する。ライガも刹那、拳を握りながらリクトの方を向こうとしたが、そこで、待てよ、と心の中で自分に向かって言った。
喜ばしい報せである事は確かだが、先月からこの事は予想がついていた。ソレイユが自分たちから帝国本国に親書を出したのは、ジフトからの離反と肢国としての復帰を彼らが望んでいたからに他ならない。
その上で重要になるのが、その復帰に伴う帝国、ソレイユ双方の間で取り決められた”条件”だった。
ソレイユが、復帰後増長するような事があってはならない。また、一度帝連を裏切ったという事を弱みと見て帝国が付け込み、民から搾取を行い奴隷同然に彼らを扱うような事も論外だった。あのヤング方面でのペルティエのような行いが、合法的に全土でなされる事になったのでは何の意味もない。人々は再び、帝連への不満を募らせる事となるだろう。
その事は、先日リクトやヴォルノも口に出していた。リクトの方を見ると、彼もそれを思い出したように挙手をしながら発言した。
「今後のソレイユの統治については?」
「暫定的にではあるが、国防隊の運用の円滑化を考慮し、引き続きリパップ・テリオット伯爵ら旧王国政府に行って貰う。国家元首としての国王が居ないので、復帰後の国号は『ソレイユ王国』とはなるが実際には一時的に完全な共和制という事になるだろう。無論、全てが終わった後に彼らの裁判は実施されるし、本国からアドバイザーという形でお目付け役が派遣される事となるが、少なくともソレイユに対して完全な占領政策が採られたりする事はないそうだ」
アルフォンスの答えに、ライガとリクトは共にほっと息を吐き出す。同時に、交渉役として元老院から派遣されたのはナサニエル・ヤーツだとドーデムが言っていた事を思い出し、彼がよくそこまで穏便なソレイユへの処遇を決定したな、と少々意外に思った。
政治に詳しい訳ではないが、開戦前、ジフトとの戦を行うべしという主張を最も強く行ったのがヤーツである事は周知の事実だ。彼のキャンペーンにより、反戦派であるリクトの父クロヴィスは孤立を強いられる事となったのだ。
その事を思い出したライガは、リクトの方を見た。
これで、ナサニエル・ヤーツは大きな手柄を立てた事になる。彼の元老院での地位は、増々確固たるものとなるだろう。
政敵であったクロヴィスが居なくなった為、中立派の元老長トゥルダ公を除き、議会は半ばヤーツがワンマン状態だ。その事を踏まえて、リクトはどう思っているのだろう、と思った。
リクトはこちらの視線に気付いたらしく、「別に」と言った。ライガの言わんとする事は、端から察しがついていたようだった。
「今大切なのは、人々には各々思うところがあるかもしれないが、再び同じ目的を最優先に出来るようになった事だ。それは、誰の手で成し遂げられた事であろうといい事じゃないか」
「あ、ああ……そうだな」
ライガは肯き、微笑んで見せる。
自分がヤングでペルティエを粛清してから二ヶ月、リクトとの関係は未だにややぎこちない。お互いの価値観を巡っての衝突だったのだから、どちらからか謝るという事も難しかった。
今までの喧嘩のように、時間が経つうちにいつの間にか再び一緒に行動し、普通に話している、という状態にはなった。ここカントールへの移動中や哨戒中、魔物に襲われる事も何度かあったが、そういった時も以前と同じように連携攻撃で討伐を行ってきた。
アルフォンスが日頃から言うように、やはり自分たちはお互いに足りないものを補い合う関係なのだろう。ライガも、自分の考え方とは異なるし、時にはその融通の利かなさに腹が立つ事もあるが、リクトの騎士道を重んじる姿勢に対しては敬意を抱いている。
「それに僕は、ヤーツ議員の事を恨んでいる訳じゃない」
リクトは、近くに居るライガにだけ聞こえるくらいの声量でそう言った。「彼も愚かじゃないって事は、分かっているさ」
「これで我が軍は、シャリオとの連携により旧ランペルールとの国境沿いに防衛線を築くという以前からのプランを採用出来るようになった」
アルフォンスは話を続ける。
「当然ながらそれには、ソレイユ、シャリオ両国との協議が必要となる。ソレイユ復帰の手続き──非常時である為、簡略化された形にはなるだろう──が済み次第、陛下から私に命令が下るはずだ。
今後は恐らく、モルガンを拠点とした旧ランペルール領──ランペルール地方の攻略が主となるだろう。現在はカルマ騎士団がモルガンを統轄しているが、我々の北上後、こちらとバトンタッチとなるだろう。これと同様の通達が、目下紅潔伯の元にも届けられているそうだ」
「攻略……か」
ライガは口の中で、その言葉を反芻した。
そうなのだ──ここからの自分たちの戦いは、「防衛」ではない。そもそもこの戦の本質は、非承認国家であるジフトに対する「再征服」なのだ。
「我々騎士は、調和者たる魔剣士だ。決して破壊の為に戦うのではない、陛下も望まれなかった形で終焉してしまった第二間征期に、成し遂げられなかった事を完遂するのだ。……人々を、イスラフェリーの者たちから守る為に戦うのだ。その事を、心に刻んで欲しい」
アルフォンスは言うと、皆を見回した。
「ここまで私と共に戦ってくれて、本当にありがとう」
第二十話「Homme Fatale」はこれにておしまいです。無事ソレイユが帝連に復帰しましたが、今回のエピソードを挿入した事により、第二部に於いて当初から予定していた事柄に上手く接続する事が出来ました。まだ詳細は述べませんが、マロンもドーデムも身内に対してコンプレックスを抱えた人物です。ファタリテは血縁者が多い為、必然的に身近な者同士で比較される機会が増えるのです。
ファタリテ的な価値観とはかなり右翼的なもので、故にともすれば過激思想に繋がったりするのですが、その根本にあるのは「血縁を重視する」という傾向でもあるので、正の面としては家族的な絆が非常に強いという事があります。現代編でナサニエルがドーデムに何かと機会を与えようとしたり、という部分もそうですが、今回のエピソードではドーデムの視点で描写されるパートの最後が「彼(ナサニエル)は、ドーデムがここに居る事には気付いていないようだった」という一文で終わっていたりなど、彼には「父親にまだ認められていない」というある種の強迫観念にも近い気持ちを過去編から現代編にかけてずっと引き摺っている節があります。
また、今回のエピソードの内容にはもう一つ、非常に後味の悪い場面があります。ライガたち騎士団がペルティエら現地の帝連軍に苦しめられていた街の住民を解放した後、その住民たちが復讐にペルティエ隊の生き残りを皆殺しにする箇所です。ジフト戦役が未曾有の人死にを出し、その元凶となったのがイスラフェリー家である事は間違いないのですが、これは戦時中に於ける帝連軍の行動が必ずしも良い結果に繋がった訳ではない、という事の表れです。この後特に描写はされませんが、現実的に考えて、恐らくこのような事を行ったヤングの人々は諸々の事が済んだ後、必ず軍が被害状況を確認する中で事実が明らかになり、決して軽くない裁定を下される事でしょう。理不尽かもしれませんがそういうものです。
勿論、誰がいちばん悪いのかというとペルティエなのですが、ライガが良かれと思ってやった事がこのような結果に繋がった事も否めません。『リ・バース』の人物たちは、善玉として描かれる者たちでも必ず何処かしらに問題を抱えています。
そして、それは模範的な優等生であるリクトも同じです。次回はそういった部分が暴かれるエピソードになりますので、どうぞ宜しくお願いします。




