表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/222

『リ・バース』第一部 第20話 Homme Fatale⑤

  ⑤ ナサニエル・ヤーツ


 十月三十一日、旧正月前夜(ハロウィーン)

 ()しくもそれは、昨年、ソレイユ国防軍が隣国シャリオに越境し、皇帝の義兄でもあった国王スタニスラフを殺害した日だった。

 その日、ソレイユは──そして北方諸国は決定的に帝連への敵対者となった。ナサニエルはその頃から、ずっとフレデリック皇帝に北極同盟に対して騎士団を派遣するようにと訴え続けてきた。元老院を通じ、その声は確かに皇帝の耳には届いているはずだった。

 皇帝の寵愛を受けるクロヴィス・レボルンスが、それを何処までも──実に半年以上もの間──阻み続けていた。しかし最早、その彼も居ない。

「……皆様のお察しの通りです」

 旧ソレイユ領ベズー、大音楽堂。

 会談の席に就くリパップ・テリオット以下ソレイユの要人たちに向かって、ナサニエルは言った。

「クロヴィス・レボルンスは、ジェムシリカによって暗殺されました。新生公国議会の者たちと諸共、和平を阻止しようとしたブラウバート公皇が彼女をカヴァリエリに派遣したのです」

「やはり──」

 こちらの言葉を聞くと、テリオットたちは一様に「分かっていた」というような表情を浮かべた。

「今、それを証明し得る物証はありません。しかし、レボルンスはその頃、ジフトの行動に対して、我々の中で唯一武力によらない方法での解決を望んでいました。帝連の秩序を運営する側の人間としてありのままの私の気持ちを言うのであれば、彼が皇帝陛下に派兵への決断を鈍らせるような事を言い続けていた為、これ程に初動対応が遅れ、戦闘が激化したのだと思っています。ですが今大切な事は、その点ではないのです。

 大局を見る目が(いささ)か足りなかったとはいえ、レボルンスは間違いなく、対外交渉に優れた政治家でした。彼が居なくなった事が、この武力衝突を避け難いものとした感がある事は否めません」

「そして……現在、それと同様の事が起ころうとしている」

 テリオットは息を()くと、こちらを真っ直ぐに見据えてきた。

「今年の五月時点で、我々の衝突は避け難いものであった。故に早期に手を打とうとなさったヤーツ殿や元老院の方々の判断を、私は間違ったものであるとは思いませんし、その責をこの場で問おうとも考えてはいません。しかし現在は、ケースが異なります。これは、ジフトではない一政権としての我々と、あなた方との交渉。これ以上の戦闘を回避する余地は、十分にある」

「ええ」

 ナサニエルは肯き、先を促した。

「しかし、それを良しとしない者たちが、遺憾ながら我々の中から現れました。旧国防軍、選抜歩兵(ヴォルティジュール)部隊です。マクスウェル方面に逗留していた一個中隊(アン・コンパニー)が、今回の会談までに戦闘を停止するよう我々で出した呼び掛けに応じず、退却するジェムシリカ隊に従って旧ランペルール領へ出ました。その後の足取りは把握出来ず、再びここソレイユに戻って来たのかどうかも定かではありません」

「レボルンスと公国議会の時のような事が起これば、回避する余地のあった戦闘を敢えて行わねばならず、不要な人死にが出る」

「ややもすれば日和見と見られるかもしれませんが、我々は現在、判断しかねているところなのです。このままジフトに残留すべきか、あなた方帝連の傘下に戻るべきかという選択肢の狭間で」

 彼の言葉に、ナサニエルは話が”交渉”の段階に入った事を悟る。

 ここからが正念場だ、と胸中で呟いた。

「選抜歩兵部隊の者たちの考えている事も、理解出来ない訳ではないのです。ジェムシリカ隊が後退し、フォルトゥナ、ファタリテ両騎士団が北上を進めた段階で我々が帝連に戻る事が、実質的な降伏だと解釈出来る事を。帝連の肢国政策は、単なる植民地政策とは異なるものでした。しかし、一度北方の独立運動に関与した事実が、以前と全く同じ体制への回帰を許すものなのか?」

 テリオットは言う。それを聞きながら、ナサニエルは彼らのこの会談での狙いを脳裏で整理した。

 彼らは、ジフト公国に取り込まれた自国領を再びソレイユという国家に戻したいと考えている。そしてこちらは、ソレイユがジフトを離反し、帝連傘下の肢国に戻す事が出来れば大きな戦力を獲得出来ると考えている。ヴァイエルストラスから帝国までのルート上に於ける、天然の要害による防衛力。豊かな地力と、物流の充実。これはソレイユを敵ではなく、味方とすべき要因だ。

 その点では、帝国とソレイユは利害を一致させている。だから、彼らが帝連の味方に戻るという結論自体は、向こうが会談の開催を求める親書を送ってきた時点で出ているも同然なのだ。

 問題は、その既に出ている結論を、どのようにして自分たちの理想とする形に導くかという事だ。

 今し方のテリオットの台詞は、自分たちが戻った時、帝連が、彼らが一度ジフト側についた事の責を問い、強硬な占領政策を採れないようにする為の牽制だった。それをするのであれば、自分たちは戻らないぞ、という。このジフト戦役終結後に改めて完全自治権を獲得出来る可能性が消えぬよう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という意思の表れだった。

 無論、それでこちらが、戻らないというならば勝手にしろ、という形で交渉を決裂させるような事もあってはならないのだ。今の段階で帝連軍が本気でソレイユの占領に乗り出せば、それは容易に叶ってしまう。既に最大の要地モルガンはカルマ騎士団に投降し、フォルトゥナ、ファタリテも内陸へと進んでいるのだから。

 刺激せず、媚びもしない。テリオットはぎりぎりの状態で、こちらと駆け引きをしようとしている。故に、未だに旧国防軍の中に抵抗の動きがある事も示唆してみせたのだ。

 あくまで帝連が戦いの続行を望むのであれば、相手は自分たちだけではない、その向こうにはジフトが居るのだぞ、という(ふう)に。

 彼らも、それを望んではいない。だが帝連としては、

「その点につきましては、心配はご無用です」

 そう言うしかない。

「あなた方ソレイユが、再び肢国としての役割を全うされるのであれば」

 言ってから、落ち着け、とナサニエルは自らに言い聞かせた。

 これは、まだ帝連にとってのデメリットではない。強硬な占領政策の洗礼を受ける事はないという言質をこちらから取れた、というソレイユ側のメリットだ。

 トゥルダ公の言葉を思い出す。

 ──ソレイユにとってのメリットは、ジフトによる支配からの離脱。それ以上のものに解釈する必要はない。

 これで、彼らへのインセンティブは与えられた事になる。次に持ち掛けるのは、こちら側の獲得すべきものについてだ。

 と、その時だった。

 鈍い爆発音と同時に、震動がホールの内壁を揺らす。ソレイユの地方議員たちが一斉に立ち上がり、テリオットが「失礼」と断ってから顳顬(こめかみ)に指を当てた。その位置に魔方陣が生じ、彼は何度か相槌を打つように頭を動かし、小さな声で何かをぶつぶつと呟く。誰かと話しているらしい。

 そういう降霊術なのか、と思いながら見ていると、やがて彼は「ヤーツ殿」と呼ばいながらこちらに向き直った。

「案の定、恐れていた事態が発生しました」

「選抜歩兵部隊ですね?」

「はい、ジェムシリカが命令を下したようです。今し方の衝撃は、フェイルノートの爆発によるものだと」

「やはり来ましたか……しかし、心配はご無用です。現在ファタリテ騎士団が動員されているのは、レボルンス議員の前例から、このような事態になる事を想定しての事だったのですから」

 ナサニエルは言い、ここベズーへの移動中にロディ・エルヴァーグと話し合った警備体制について思い出す。

 まず結界術(パーティション)()けたウィーズル副騎士長が、会談の開始前にこの大音楽堂を覆うような形で防御結界を展開している。ジフト軍の兵器(アーマメント)魔導具(リゼルヴァス)については事前に情報を得ていたので、その対策だ。

「皆さん、どうか落ち着いて下さい。今は外に出るよりも、この建物の中の方が安全です。会談を続けましょう、ここで結論を先送りにしてしまえば、それこそジェムシリカの思惑通りになります」

「……そうですね。では、先程議員が仰った件につきまして──」

 刹那、再び爆発音が響く。言いかけていたテリオットは口を噤み、不安そうに天窓を見上げた。

「我らがファタリテの騎士たちをお信じ下さい。この場には匍匐獅子(カメレオン)が、自ら出向かれているのですよ」

 ナサニエルがそう言った時、矢庭(やにわ)に政治家の一人が「テリオット殿」と代議士を呼んだ。

「何やら、様子がおかしいと思われませんか?」

「おかしい? おかしいとは、どういった点がだ?」

 テリオットに尋ねられるや否や、その政治家がナサニエルの方に鋭い視線を向けてきた。その明確な敵意に、ナサニエルは思わずたじろぐ。「何事か?」

「ファタリテ騎士団による警備が、明らかに過剰です。まさかとは思いますが、あなた方は──わざと、ここに選抜歩兵部隊が来るように情報を流していたのではありますまいか?」

「何を仰るのか!?」

 ナサニエルは、演技ではなく声を上げてしまった。

 実際、そのような思惑などなかった。トゥルダ公からは、ソレイユが肢国として戻るのであれば、今後の管理に於いて著しく帝連側に都合の悪い条件を付けさせられたりしない限りは、こちらから殊更(ことさら)にジフトへの協力に対する報復などの強硬策を押しつけるような事はしなくていいと言われている。

 と、そう思った時、ややもすると、という考えが浮かんだ。

 この政治家たちは、自分やファタリテの者たちを糾弾し、否定する証拠がないのをいい事に、自分たちに有利な条件を押しつけるつもりではないのか。

 帝連への復帰をこちらに断られては元も子もないのだから、襲撃を掛けて来た者たちを彼らが動員した、という訳ではないだろう。恐らく、このような事になるリスクは考慮されていたものの、目下の事態がイレギュラーである事に変わりはない。しかし彼らは、咄嗟にそれを好機に転化しようとしたのではないか。

「テリオット殿、我々は我々の土地に於けるこれ以上の流血を回避する為、帝連に和解を申し出ました。しかし、彼らはそれすらも利用し、我々の()を実質的に乗っ取ろうとしている!」

「ネッケル殿……」

「違うと仰るのならば、ヤーツ議員。エルヴァーグ殿に投降の意思を示すよう促されよ。その上で、我々は改めて帝国と交渉を行う。さすれば選抜歩兵部隊も、我々の決定によるメリットを理解し、戻って来るはずだ」

 ──ふざけているのか?

 ナサニエルは、殺意にも近い感情が込み上げるのを感じた。自分たちの命が懸かっている状況を、理解していないのか。

 外で戦っている騎士たちの中には、息子のドーデムも含まれている。軽業師紛いの選抜歩兵を何人相手にしたところで彼が遅れを取るとは思わないが、命の危険が全くない戦いなど有り得ない。

 敵はフェイルノートまでを使用しているのだ。その中で自分たちを守ろうとしている者たちを、この政治家たちは侮辱するのか。

「ヤーツ殿」

 リパップ・テリオットは苦悩するような表情を湛えていたが、やがて非常に言いづらそうに口を開いた。

「ネッケル殿の言っている事は本当なのですか? この際お互いに、腹を割って話し合いましょう。最早これは、政治上の手続きではありません」

 ──それをする気がないのは、あなたの部下の方ではないか。

 そう言いたいのをぐっと堪えながら、良くないタイミングで敵に襲撃されたな、と思った。

 テリオットは、帝連に自分たちが復帰した際、一度ジフト側についた罪を厳しく取り沙汰されないという言質をナサニエルから取る事を目標としていた。トゥルダ公の判断通り、ナサニエルはそれを口にする事は(やぶさ)かではなかったが、ソレイユ側からすればそれは自分たちが帝連を相手に交渉し、思惑を通させたという既成事実が出来た訳だ。

 ナサニエルがこちら側の主張を行う前に、敵が来てしまった。その為に自分の言葉は口に出す前に有耶無耶(うやむや)にされてしまい、こちらが弱腰であるという印象を押しつけられてしまった。

 これ以上弁明するのは、(かえ)って逆効果だろうか。

 頭を回している間に、また思いがけない事が起こった。

 三度みたびの爆発音が轟くと同時に、最初に衝撃の走った壁の一部が弾けるように崩壊したのだ。その隙間から、異様に濃い赤色(ルージュ)の炎がちらりと覗く。

 防御結界はどうしたのだ、と思った時、壁に開いた穴からウィーズル副騎士長が吹き飛ばされて来て、床の上を転がった。ソレイユの政治家たちが「おおっ」と狼狽の声を上げる。

「ウィーズル殿、お怪我は……」

「ご心配には及びません──が、不甲斐ない……耐久性に限界がありました」

 彼は立ち上がり、再び結界を展開し直そうとする。しかし、それよりも早く穴からジフトの軍服を纏った兵士たちが姿を現した。

「貴公ら──」

 テリオットが、両手を広げて彼らに訴え掛ける。

「私はもう、戦う必要はないと言ったのだ。貴公らの隊長にも、行政からの指示があるまでマクスウェルで待機するように伝えた。何故従わないのだ?」

「テリオット伯」

 兵士の一人が、彼に向かって威嚇するように剣先を伸ばした。

「あなたこそ、今更イスラフェリー家を裏切るなど、精神が錯乱したのではありませんか?」

「お逃げ下さい、ヤーツ議員、テリオット伯!」

 ウィーズルは結界術を発動しかけていた手を下ろし、ロディ騎士長が使用するのと同じ曲刀斧(カリンガ)を抜いてナサニエルたちの前に立ち塞がろうとする。しかし、彼も結界を維持するのに相当力を使ったのだろう、息は荒く、先程喰らったダメージからも立ち直っていない。

「逃げろといっても、何処に行けというのだ──」

 ナサニエルが独りごちた刹那、

夜空刃(ヤクウジン)!」

 突然、敵兵たちが背後からの薙ぎによって倒れ伏した。

 ウィーズルもソレイユの者たちも、何が起こったのか分からないような顔で少々佇み、倒れた兵士たちの背後を見る。

「この場をお借りしたい!」

 鳩羽色(ペリステライト)の剣をさっと振って血払いをしながら、マロン=エキュレットが堂内へと大股で入って来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ