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『リ・バース』第一部 第20話 Homme Fatale③


          *   *   *


「……(ばち)が当たったんだ」

 崖の下を見下ろしながら、ライガが呟いた。

 夕方まで掛かって、結局何の成果も得る事の出来なかった街の捜索は、そこで最初から無意味だった事が明らかになった。

 街から野営地に戻る間の崖上の道、初戦でライガとジェムシリカが戦っていた辺りまで来た時、その際の戦闘で崩れた辺りから眼下の平原を何気なく見下ろしたライガがあっと声を上げ、何事かと思って同じく見下ろしたリクトの目に入ったのは、一振りの抜き身の剣だった。

 それは、崖の下に群生している食人草の草叢(くさむら)の端に落ちていた。それがペルティエのものである事を、リクトはすぐに悟った。彼の身に何が起こったのかは、一目瞭然だった。

「夜な夜な逃げ出そうとして、ここで足を滑らせて落ちたんだ。で、あの人食い植物(マン・イーター)に食われたって訳さ」

「で、でも」

 リクトは、自分の言っている事に無理があると思いながらも、言わずにはいられなかった。

「まだ、剣が落ちているだけだ。魔物が出るとか、思いがけないハプニングがあって落としたのかもしれない。何かの理由で回収を諦めて、何処かに──それこそ街の何処かに身を隠している可能性も、ない訳じゃない」

「リクト、お前それ、本気で言っているのか?」

 ライガは、憮然とした調子で言った。

「街には、俺たちの前にもイェーガーさんたちが入っているんだ。その時も、今回もペルティエの姿は目撃されなかった。……つまり、そういう事なんだよ」

「………」

 リクトは唇を噛み、本当にそうなのだろうか、と考える。


 天幕で、改めてリクトとライガから調査結果を聴いたアルフォンスは「そうか」とやるせなそうに呟いた。「イェーガーも言っていたが、やはり人選にミスがあったと言わざるを得ないだろう」

「結局、その人がどうなったのかは分かりませんでした」

 リクトとライガは、街の調査中に遭遇した、夫が戦死したという女性の事についてアルフォンスに語った。

 二人が話す間、彼は(つら)そうな表情を浮かべ続けていた。

「ペルティエの奴を探す必要なんて、本当にあるんですか?」

 ライガは最初から、冷めきった声色でそう言った。「あいつは、器じゃなかったんですよ。今更連れ戻したところで」

「だからといって、放置を続ける訳には行かないだろう?」

 アルフォンスは噛んで含めるように彼を諭した。

「指揮官には、部下の命を預かる責任がある。たとえ彼がどのような人格の人間であるとしても──いや、だからこそ、何処までも責任を放棄させたままにしておく事は出来ないんだ」

「……あいつは」

 ライガは怒ったように押し黙っていたが、やがて問いを放った。

「死刑になりますか?」

「ちょっと、ライガ」リクトは、慌てて容喙した。「そんな事を騎士長に聞いてどうするんだよ?」

「敵前逃亡者は死刑。初歩的な軍律だろう?」

「確かに、そうならざるを得ないだろうね」

 アルフォンスは、困らせるような事を言うライガを咎めたりはせず、あくまで真面目に答えた。

「けれど、裁判はきちんと手順を踏んで行わねばならない。状況が状況だ、執行猶予が付くかもしれないし、本国に送還するように陛下が仰るかもしれない。何事も、短絡的に考えてはいけないよ」

 ライガは返事をせず、不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 リクトはその彼の様子に、俄かには名状し難い気分を覚えた。胸騒ぎにも近い、以前にもこのような事があった、という思いだった。


 街を捜索している時から、ライガは全くやる気を見せなかった。ペルティエが軍事裁判で死刑判決を下されると分かっているのなら、一週間前の彼の憤り方からして草の根を分けてでも逃亡者を探し出し、法廷に送ってやる、というような気概を見せそうなものに思われたが、まるで積極的ではなかった。

 あたかも、幾ら時間を掛けたところでそれが徒労に終わると、最初から分かっていたかのように。

「……なら、この下を調べよう」

 リクトは(しば)し崖の下に転がっているペルティエの剣を見、ライガに言った。

「もっと決定的に、遺品と分かるものが落ちているかもしれない」

「そんな事、する必要もねえよ。第一、食人草の茂みだぞ? どうやって俺たちが調べるっていうんだよ?」

眼状霊魂(マティプネウマ)を使えばいい。君なら出来るだろう?」

「だから!」

 ライガは、痺れを切らしたように声を荒げた。

「死んだって言ったら死んだんだよ、ペルティエは! もう時間がないんだろう、剣が見つかった時点で結論って事にして、先に進めばいいじゃないか」

「……ライガ、君さ」

 リクトはそこで、むきになる彼に違和感を覚えた。

「何か、知っているの?」

「……別に」彼は目を逸らす。「何でもねえよ」

「それじゃあどうして、そこまで言い切れるんだ?」

 言った時、リクトは自らの言葉にはっとした。唐突に、ある思いつきが胸中で頭を(もた)げる。しかしそれは、決して突拍子もないものとは言い切れないものだった。むしろ、以前似たような事があったからこそ、考えれば考える程に真実味を帯びてくるものだった。

「君……ペルティエ卿に何をした?」

 低く問い掛ける。ライガの顔に、一瞬はっと動揺したような色が走ったのを見た瞬間、リクトは確信した。

「君がやったのか、ライガ?」

「……だったら何だ?」彼は、低い声音で言う。「おじさんが戻って来たら、許されない事くらいあいつも分かっていたはずだ。どうせ逃げたさ。で、逃げたら死刑ってのは決まりきった事なんだろう?」

「越権行為だ!」

 リクトは、堪えきれなくなって叫んだ。

「君に、彼を裁く権利なんかなかった! 君は街の人々を助けようとして──もしくは街の人々の恨みを晴らそうとして、正義感のつもりでやった事かもしれない。だけど、個人が個人の正義感で動いたら秩序が目茶苦茶になる。その為にルールがあるんだという事が、何故分からない?」

「ペルティエは、そのルールを司る側の人間だった!」

 ライガは叫び返してきた。

「ルールの方が、明らかに間違っているものだったらどうする? それは違うって、あの街の連中はどう言えば良かったんだよ?」

「代弁者にでもなったつもりだったのか……!」

 リクトは、言葉を矢にして彼に撃ち込むような行為だと分かっていながらも、言わずにはいられなかった。

「違うな、ライガ。君は、自分が許せなかったからやったんだ。その結果、ただでさえ莞根士(ラーディッシュ)の不在でイレギュラーが発生している指揮系統が、どういう事になるのかも考えないで。自己満足だよ」

「何だと──」

「確実に裁けると分かっているなら、何で彼が戻って来るまで待たなかった? 一時的にかっとなってやったんじゃないのか?」

 ライガは押し黙る。しかし、やがて

「いつもいつも、何なんだよお前は……」

 声を震わせてそう絞り出した。

「ご立派な事だよ、ルール、ルールってさ。お前、あの街の連中を見て、何とも思わなかったのか? ……いや、思っても、結果的にいえばおじさんが帰って来るまでの一週間、あいつらが明日死ぬかもしれないって考えながら、ルールの方を優先しちまえたのか?」

 冷たいよ、と彼は言った。

「それが、お前の大事にする騎士道ってやつなら、俺はそんな(ふう)に人を冷たくしちまうようなものに縛られるのはごめんだ。それに従うのもお前が自分で決めたルールなら、俺に押しつけないでくれ」

 ──ライガは、縛られる事を何よりも嫌う人間だった。

 今更ながらその事に思い至ったリクトだったが、そもそも自分たちの騎士としての戦いに関する価値観は違っていた。

 騎士として矜持の(もと)に剣を振るう事を、単なる殺人とは別のものとして捉えている自分。戦闘を(あまね)く殺人行為と捉え、だからこそその重みを背負う必要があるのだと考えている彼。

 彼からすればこの”断罪”は、これまで散々行ってきたように敵を倒す事と変わらなかったのだろう。だがリクトにとっては、戦場でない場所で行われた彼の行為は犯罪としての殺人に他ならなかった。

 だからこそ、これ程気持ち悪く感じるのだ。友人が”罪”を犯して平気でいると思う事が。それこそ、彼以上に自分の方が感情的になっているという事を突きつけるものであるのかもしれない。

 一方で、ライガの行為によって、もう街の人々がペルティエに苦しめられる事はないのだと安堵する自分も、確かに心の何処かには存在するのだ。

(それでも僕は、僕の騎士道が間違ったものだとは思わない)

 リクトは胸中で呟きながら、この先も自分とライガは、互いの価値観を巡って対立する事があるだろう、と思った。

 彼が行きすぎた時に止めるのが、自分の役目だと思っていた。しかし、そうではなかったのかもしれない──。

「……戻ろう、ライガ」

 リクトは息を吐き出し、(きびす)を返す。

「報告しよう、ペルティエ卿は()()()したって」

「おじさんに言わないのかよ? 俺がやったんだって」

「ペルティエ卿の為に、君が罪を(こうむ)る事になるのは気持ちのいい事じゃない。これは、他のどんな犯罪者に対しても同じ事だからね」

 リクトがそれとなく釘を刺すと、ライガは怒ったように俯いた。

 自分の信じる騎士道がどうこうと言うよりも、こちらの方が彼に対しては有効であるように思った。

 今回の仲直りには、時間が掛かりそうな気がした。

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