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『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel⑩


          *   *   *


 数日後、ライガは六年ぶりにユークリッドの凱旋門(グランダルシュ)を潜った。

 戦後は疲弊の著しかった都も、大分活気を取り戻しているように感じられた。かつてはよく見かけた、貧民街(スラム)から物乞いにやって来る浮浪者などの姿も、ざっと見た限りでは確認出来ない。

 従者の如く騎士見習いの二人を率い、見覚えのない美しい少年──ガラルは大人しい顔で居ると、思いの(ほか)子供にしては整った顔立ちをしていた──を共に鞍に乗せて都入りしたリクトを見掛けると、街の人々は歓声と共に手を振った。アルフォンスの頃と同じく、フォルトゥナ騎士団の長は花形の英雄であるらしい。

聖光士(バロラント)!」「リクト・レボルンス!」「騎士長閣下!」

「うわあ……凄い人気だなあ」

 村を出てから変身術を解除したライガは、座位でもやや高い場所にあるリクトの顔を見上げながら呟いた。

「おじさん──デルヴァンクール騎士長の……いや、フレデリック二世陛下のご帰還みたいだ」

「そりゃ、帝国で最も重んじられるものは勇気だからな」

 エロイスが、こちらの呟きを受けて応じる。道中、リクトは彼とニースに、ライガの事は先輩として扱うように、と言っていたが、やはり子供の姿になるとエロイスはどうしてもそういった意識が欠落してしまうらしい。とはいえ、現在層状孤児(ストラトオルファン)としてガラルの身に宿った魂が覚醒状態に在る事、それがライガのものである事は伏せられているので、別段誰も咎めたりはしない。

「騎士長は聖光士(バロラント)となる事で、それを示した」

「エロイス」

 ニースが何故か強張った調子で言い、彼もそれではっとしたように口を噤んだ。

 ライガは、二人が何を気にしているのか分からない。

 リクトはにこやかに群衆へと手を振り返したりはするものの、城に着くまでの間は始終無言だった。

 帝城を形成する五大近衛(このえ)宮はペンタゴナ・パラスの名の通り五角形に、皇帝の住まう中央の天秤宮(ライブラ)を囲むように配置されており、その頭頂に当たるフォルトゥナ騎士団の管轄宮「白羊宮(エアリーズ)」に到着すると、門柱の横で見覚えのある騎士服姿の男が控えていた。

「お帰りになりましたか、聖光士(バロラント)

 アルフォンスがフォルトゥナ騎士団を率いていた頃、副騎士長を務めていたヴォルノ・イェーガーだった。彼は、自分より年下のかつては部下だったリクトに、慇懃に頭を下げた。

「出迎えご苦労、イェーガー副騎士長」

 リクトの方でも、彼をあくまで部下として扱っていた。ライガが彼の手を借りてグラーネから降りると、ヴォルノはこちらに視線を向けてきた。

「そちらが、(くだん)の……?」

「ああ、ライガだ」

 リクトは言ってから、不意に声量を抑え、口調を変えた。

「そんな顔をしないで下さい、イェーガーさん。あなたは僕が、この秘密を共有すべきだと考えた七人の中の一人です。ライガの人となりについては、デルヴァンクール騎士長と同じく分かっていたはず」

 ライガは、少々複雑な気持ちでヴォルノを見る。

「しかしその騎士長が亡くなられた原因も、また彼にある──その考えが捨てられないという気持ちも、僕は重々承知しています。しかし今は、速やかに対応せねばならない事が山積みです。詳細は、既にHMEでお伝えしました。どうか、務めを優先して下さい」

「──御意(ウイ)

 ヴォルノは、あくまで部下としてリクトに応えた。リクトは一つ肯き、再び口調を騎士長としてのものに戻す。「行くぞ、イェーガー」

 彼は、自らグラーネの手綱を引いて歩き出す。彼とヴォルノに前後を挟まれたライガがすぐ後に続き、例の魔導具(リゼルヴァス)を携えたエロイス、黒服の男の亡骸を浮遊させたニースが更にその後を進んだ。

 ──帝連と決別してから、既にここは自分の帰るべき家ではなくなっていた。

 それでも「戻って来たのだ」という気持ちが否応なく感じられてしまう自分に、ライガは、まだ彼ら──生前出会い、対立したまま終わってしまった者たち──との和解は俎上に載せられてすらいないのだ、と言い聞かせる。

 この帰還の間、幾度となく繰り返した事だった。

 ライガは襟元から、運命石(クリスタル)のペンダントをもう一度覗き込む。

 服の中の薄暗がりで、それはやはりガラルが記憶の最後に見ていたように、澄むとも濁るともつかない灰色のまま輝いていた。


          *   *   *


聖光士(バロラント)リクト・レボルンス、只今ネイピアの村より帰還致しました」

 真紅のカーペットの上に跪き、リクトが言った。

 天秤宮(ライブラ)、玉座の間。

 ヴォルノ、エロイス、ニースと別れると、ライガはリクトに連れられて()()の所へ向かった。

 フレデリック二世が薨御し、彼女が帝位に就いたという事は既にリクトから聞いていた。まだ相当若く、頑健だった皇帝が何故この世を去らねばならなかったのか、ライガは疑問が拭えなかった。勇猛果敢な武将であり、自らも前線に立って戦う事もあったので、ややもするとジフトの残党と戦って陣没されたのか、とも思ったが、それも違うらしい。

「ヴァイエルストラスの一件を、君は覚えていないか?」

 先帝の最期の事についても自分から記憶が欠落していると分かると、リクトはそう尋ねてきた。

「ブラウバートを討った時の事か?」

「違う。ロディ騎士長が、イスラフェリオの打倒を宣言した時──そう、会合を主導したのはファタリテ騎士団だったんだ。デルヴァンクール殿はその時、謹慎を余儀なくされていたから。けれど、代わりに場を取り仕切ったロディ騎士長の目的は別にあって……いや、やめておこう」

「やめておくなよ。それは……やっぱり、俺に関する事だったのか?」

「ああ──」

 リクトは、それ以上黙っておくのも難しいと判断したのか、憂いの色を帯びた声で答えた。

「ロディ殿は、君の討伐を最初に主張した人だ」

「おいおい、嫌われていると思っていたら──」

 冗談めかして苦笑したライガだったが、すぐにその笑みは凍りついた。

 その──恐らく直前の記憶は、消えてはいなかった。

 自分が引き起こしたその悲劇を、忘却する事など出来ない。また、自分の為に起こった無数の悲劇の一つとして、薄めてしまう事も。

 脳裏に浮かんだ彼──ファタリテ騎士団の長ロディ・エルヴァーグの息子は、笑っていた。

「……そりゃ、そうなるよな」

 沈んだ声で呟いたライガに、リクトはゆっくりと首を振った。

「その事について、今僕がとやかく言うつもりはない。ロディ殿も、あの後君に酷い事をしたのは事実だから」

「何だか分からないけど、それは当然だ。私怨も許される」

「それは──いや、本当にやめよう。死者を誹るような事を言うのは」

「彼、亡くなったのか?」

「ああ……」

「デルヴァンクール騎士長に続いて、彼もか……」

「それだけじゃない。フェート騎士団のイェスネット──アレイティーズ殿も、カルマ騎士団のキューカンバー殿も。君の死後、立て続けにだ。根も葉もない噂だが、君自身も怨霊(ルブナン)になっていて、自らを討った五大騎士団を祟り殺そうとしているのではないか、なんて話も出た」

「いやいや、それはないだろう。プログラム的にも、境界転生(インヴォーク)が発動された事実から考えても」

「勿論、僕もいい気分じゃなかったよ。エミルス殿は現実主義者だから、笑い飛ばして取り合わなかったけれど。実際、彼は今でもデスタンで現役だ。君の居ない六年の間に、唯一世代交代していない騎士長だね」

「もしかして、フレデリック陛下もそれで?」

 自分が祟り殺したなどと噂になっているのか、と思い、ライガはぞっとしたが、リクトは(かぶり)を振った。

「さっきの、ヴァイエルストラスの件があった時だよ」

 その先を言わない彼に、ライガはすぐに察しがついた。

「……俺がやったんだな?」

「………」

 リクトは変わらず無言だったが、それは肯定の意を示すには十分すぎた。

 ライガは眉間を指で押さえながら、「そうか……」と呟いた。

「俺が、リィズの父上を……」

「確かにそれで、彼女は帝位に就いた。けれどライガ、これだけは言っておく。彼女は君の訃報を聞いた時、泣いたよ。立場上、その涙を見せられる相手は僕だけだったけれどね」

 そう言ったリクトの意図が、何処にあったのかは不明だ。

 その彼女に、どのような顔をして会えばいいのかライガは分からなかった。

 リクトは敢えてそれについてあれこれ言う事はなく、ただ確定事項となっている予定を手続き的に遂行するように自分と共に彼女の前に出た。あたかも、自らもライガも、それ以上あれこれと結論の出ない考えを巡らす余裕を持たないように図ったかのようだった。

 先帝時代の記憶の通り、玉座の傍らには皇妃──いや、既に先帝妃か──テレサが座している。歳の程は先帝と同じだったが、ライガには六年間のうちにめっきりお年を召されたように思われた。

 これも事前にリクトから聞いた事だが、現在実質的に帝国の政治を動かしているのはテレサ先帝妃らしい。本来の予定ではリクトが帝王学を学び、玉座を継ぐ事になっていたので、急転直下で即位の決まった女王が政権を執れないのはやむを得ない事であったようだ。

 その為だろうか、常に玉座の傍に控えている宰相のジブリ公が、今は先帝妃に近い場所に立っているように見える。ライガは彼の内面については殊更(ことさら)に考える事はなかったが、(いささ)か機械的な印象を受けるのは否めない。

 そして、玉座には彼女が座していた。

「ご苦労様でした、リクト」

 帝国第一皇女、シアリーズ・ド・ゲネラッテは静かな口調で言った。「(おもて)を上げなさい」

 リクトが「はっ」と応えながら顔を上げる。ライガも彼に倣い、上体を起こして彼女の顔を見た。

 黒いドレスを纏ったシアリーズの表情は、ライガのよく知る少女時代の彼女のものではなくなっていた。かつての天真爛漫な笑顔はそこにはなく、ある種の冷たさを湛えてこちらを見下ろしている。

 しかしライガは、その双眸が僅かにも逸れる事なく自分の目を見ている事を感じていた。当然今の自分の目はガラルのものであり、そこにかつての自分とは何の関連性もない。それでもシアリーズの瞳は、ガラルの肉体の内に宿るライガの魂を覗き込んでいるかのように揺るぎなかった。

 真っ直ぐに見つめるライガにしか分からない程微かに、彼女の瞳は震えていた。

 信じられない、というかのように。

 或いは、外見が六歳の少年のものになっていたとしても、ここに居るのが自分だという確信を持って疑わないように。

「シアリーズ」

 テレサ先帝妃は、娘を促すように名前を呼ぶ。シアリーズは、リクトの方をちらりと見、微かに肯き合うと、こちらに向き直って再度開口した。

「ライガ……本当に、ライガなのですね?」

「リィズ──」

 ライガは、かつてと同じように──自分とリクトと、三人で時間を共有していた頃のように、彼女を呼んだ。

 先帝妃もジブリ公も、それを咎める事はなかった。

「久しぶり、リィズ」

 リクトにそうしたのと同じように、ライガは久闊を叙す。

 戸惑い、懐かしさ、罪悪感──これはリクトに対してでもあった──、全てを処理する為に必要な最初の挨拶だった。

 シアリーズはそれに対して、

「お帰りなさい……ライガ」

 史上最悪の死霊化者(ネクロマイザー)隕命君主(ロアデモート)が戻って来た事になど微塵も拘泥しないような、旧友との再会に際して当然のように発せられるべき言葉を以て応じた。

 お読み下さりありがとうございます。第二話「Death Angel」はこれを以て終了となります。明日からの第三話、第四話は過去編となり、ジフト戦役以前のライガとリクトの出来事が語られます。現時点で名前しか登場していないアルフォンスやドーデム、オルフェといった人物も本格的に出てきますのでお楽しみに。アルフォンスは冒頭でちらりとだけ登場しましたが……

 主要登場人物たちのファミリーネームが「Unbirth(未誕)」「Reborns(再誕)」「Generate(生成)」である辺りから兆候はありましたが、本作に登場する人名は自分でも凝っているのか適当なのか分からない部分が多々。役柄とは全く関係ない事物から語感で命名したケースや、逆綴りを使用した例もあります。本文中では殆ど英字での綴りが登場する事はありませんが、お暇があれば色々と推測して頂くのも面白いかと。

 それでは、次回もどうか宜しくお願いします。

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