『リ・バース』第一部 第1話 Happy Unbirthday②
○登場人物
・ライガ・アンバース…稀代の死霊化者。
・リクト・レボルンス…帝国連邦軍フォルトゥナ騎士団の長。
・シアリーズ・ド・ゲネラッテ…帝国女王。
・イスラフェリオ・イスラフェリー…ジフト公国第一皇子。
・イブン・ソニア…新生ジフト軍密偵「蠍」。
・キルヒム・アサップ…同。
・フー・ダ・ニット…イブンの部下。
・アノニム・アノニマス…同。
・エロイス・ネイサン…フォルトゥナ騎士団騎士見習い。
・ニース・バーディガル…同。
・シュラ・イスラフェリー…史上最悪の怨霊。
① PHASE〈1〉
帝国連邦主国、ゲネラッテ朝ソレスティア帝国。
隣国フォルスとの国境に位置する辺境の村、ネイピア。
その村に至る峠道を、馬を駆った二人の若者が進んでいた。彼らは二人とも銀色に輝く合金の鎧を纏い、その上に赤色の天鵞絨のマントを翻している。その色は、帝連軍フォルトゥナ騎士団に属する魔剣士である証だった。
葉間から漏れる日光が、舗装されていない森の道に点々と斑模様を作り出していた。柔らかな春の若草は既に生長を始め、仄かに甘い香りが漂っている。
小鳥の囀りや木々の葉擦れの音すら静寂の一部に捉えられる程、山林には穏やかな情緒が漂っていた。あたかも、彼らがこれから向かうネイピアの村で起こっている事が、嘘ではないかと思われる程に。
「なあ──」
若者の片割れが、相棒に声を掛けた。
「どうも馬が疲れてきたらしい。丁度いい草も生えているようだし、ここらでちょっと休んで行かないか?」
少し先を行くもう片方が、馬上からちらりと振り返る。
「もう村はすぐそこだよ。ここで止まらなくても良くないか?」
「何、夕方までだからそう急ぐ案件でもないだろ」
「聖光士は、怪我人が出ているという連絡も受けたんだ。処置は早いうちに施しておくに越した事はないよ」
「怪我とはいっても、軽い打撲程度だったそうじゃないか。それに『加害者』の子供は元から何と言うか──悪ガキだったとか」
「よくある話じゃ片づけられないよ。聖光士は、その子供が層状孤児の可能性があると仰った」
「層状孤児か……」
それは、一つの肉体の中に二つの霊魂を宿して生まれてきた子供の事だった。
この世に生きる人間や動植物、魔物に宿る魂。剝き出しのまま存在し、生まれ変わる事をせず、降霊術にも使用出来ない”聖霊”。または境界に存在し、未来世への生まれ変わりを待っているもの。過去世の罪業により、煉獄で浄化の炎に焼かれているもの。魂の総数があらかじめ定められたジオス・ヘリオヴァースの運行を司るプログラムは、完璧ではない。
時には、過去世の記憶や刻印された魔術を消去しないままに魂を未来世へと転生させ、非忘却者を生み出してしまう事がある。または、一つの命の器に一つだけ宿すべき魂を、二つ授けてしまう事もある。
「村では専らの噂らしいな。件の子供が、そうかもしれないって。けど、聖光士がそれを鵜呑みにするとは……」
「まだ推測の域は出ていないようだよ。けれど、僅かにでも層状孤児かもしれないという事なら、調査をしないで済ませる事は出来ないんだ」
「あの方は層状孤児の噂については敏感だからな……というのもやっぱり、例のあの人の事があるからなんだろうか」
若い魔剣士の一人は、そのような遠回しな言葉を使った。
それは対象の人物を恐れてというより、彼が自らの上官である男を強く慕っている為という事が大きい。
世界を救った英雄、帝国の誉れである聖光士がこの六年間、皆の前では顔に出さないながら独りで身を引き裂かれるような苦しみを味わってきた事は、まだ騎士見習いの二人にも容易に想像がついた。
相棒の声音に混ざったものに気付いてか、片割れの魔剣士は幾度か咳払いをして声の調子を変えた。
「まあ、それに今回は例の子供が生まれた時期が時期だからね……聖光士も今日までに調査を尽くした末、その疑いが濃厚だという結論に達した。まあ、あくまで大前提は子供が層状孤児である事だけど」
「といっても、彼は俺たちに一言も決定的な事は言わなかったな」
「変にプレッシャーを掛けると思われたんだろう」
「けどそれなら、何でそれだけ重大な任を俺たちに? もし何かあっても、正騎士じゃない俺たちはまだ──」
「あの方も僕たちの実力を高く評価して下さっているんだよ」
言ってから、彼はすぐに
「……いや、嘘だな」
自らそう打ち消した。
「仮にあの人が蘇ったとして、僕たちなら彼を色眼鏡で見る事がないだろうと判断されたのかも。かつての彼と実際に関わってきたドーデム殿や、オルフェ殿よりも。まあ彼らは同期とはいえ、所属がフォルトゥナじゃないから軽々しく頼み事をする訳にも行かないんだろうけど」
「で、結局俺たちはどうすればいいんだ? 調べた結果、本当に件の子供がそうだという事が判明したら?」
──何故そこまでを、聖光士は仰らなかったのだろう?
若者の言葉には、そのようなニュアンスが込められていた。相棒が首を振り、表情を引き締める。
「僕たちだけで何とかしようとしちゃ駄目だ。まずは魔導具で──HMEで聖光士に報告して、それから彼の判断を仰ごう」
「……まあ、それがベストか」
「お、そろそろ見えてきたよ」
行く手に、レンガ造りの建物のシルエットが見え始めていた。
最後の一息とばかりに、若者たちは馬に鞭を当てる。
と、その時だった。
突如、二人の眼前の地面に魔方陣が出現した。
彼らがおや、と思う間もなく、その陣から特大の岩石が突き出す。目の前に隆起したそれに面食らい、彼らは慌てて馬を停止させようと手綱を引いたが、減速は間に合わなかった。
二頭の馬の鼻面が、岩に激突した。馬たちは激しく嘶き、目を回したのか後ろ脚でいきなり立ち上がる。堪らず、若い魔剣士たちは転がり落ちた。
「うわあっ!?」「何なんだ!?」
馬たちはよろよろとその場で足踏みをし、ややふらついた後、矢庭に方向転換して森の中へと駆け込んでしまった。
「おい、ちょっと──」
若者の片方が言いかけた時、岩が無数の粒子と化し、大気に溶けるように跡形もなく消えた。
考えるまでもなく判断がつく。地属性魔術上位技、地震だ。
「攻撃された? 誰が、何処から……」
若者の片割れが発した言葉は、最後まで続かなかった。
矢庭に現れる、新たな二つの影。
「砕き伏せ……ストーンスナップ!」
「痺れよ……スタティック!」
二つの詩文の詠唱が、彼らの口から紡ぎ出された。
文法。霊魂を──霊力を使用しない、降霊術でない通常魔術。その詠唱は式句も媒体となる魔素も最小で済む最下級技だったが、咄嗟に防御の姿勢を取れない若者たちにとっては脅威に違いなかった。
若者たちの体が、草の上で弾んだ。もうもうと立ち込める土煙。襲撃者の姿はそれに隠れ、彼らからは輪郭しか見て取る事は出来なかった。
「誰だ! 何で俺たちを──」
「ナム・バインド」
すかさず、二人を次の魔術が襲う。
状態異常──麻痺化の技だった。途端に彼らは、身体の自由を奪われた。痺れが喉にも生じたらしく、声も上がらなくなる。
彼らの視界に、襲撃して来た者たちの靴が入って来た。
「……殺さなくていいのか?」
「待て。案の定フォルトゥナ騎士団だ、事が済むまで波風を立てるのはマズい」
「いつまで持つんだっけか、その効果?」
「俺の出力だと、自然治癒で日暮れまで持てばいい方だな」
「それなら……」
「ああ」
若き魔剣士たちの上から、荒縄を携えた腕がゆっくりと近づいた。
他に人気のない峠には、依然麗らかな春の日差しが降り注いでいる──。