『リ・バース』第一部 第20話 Homme Fatale②
② リクト・レボルンス
アルフォンスがイザーク隊やファタリテ騎士団の部隊を伴ってヤングに戻って来たのは、出発から二週間後の事だった。
イザーク教官らは到着した際、多くの仲間を喪っていた。生き残った者たちも少なからず傷を負い、困憊の極みに達していた。だが、それでもリクトやライガは、まず教官が無事であった事に安堵した。
「先生、よくぞご無事で……」
「何とかではあるがな。貴様たちも、よくここまで頑張った」
珍しく、イザーク教官はこちらを労うような言葉を掛けてきた。リクトはやや面映ゆさを感じながら、「イェーガー副騎士長の指揮があったからこそです」と謙虚に応えた。
「私としては、不甲斐ない……よもや、兄上らによって敗走させられた敵部隊に攻められ、一ヶ月もの間に渡って足止めを強いられるとは」
「ジェムシリカ隊の現在の様子は?」
ヴォルノが尋ねると、アルフォンスは「まだカントールだ」と答えた。
ここ一週間──アルフォンスが出発して一週間後の大規模戦闘の後──、再びジフト軍が攻めて来る事はなかった。恐らくは、その頃丁度アルフォンスがイザークらに合流し、ジェムシリカは二分割していた戦力の全てをそちらに回さざるを得なかったのだろう。
「ジェムシリカが、再び直接出撃した。しかし私たちは、彼女の捕縛は目標にせずイザークらの脱出を最優先に動いた。敵部隊を辛うじてカントールに退却させ、街に封じ込めると、その隙に移動を行ったのだ」
「再び、ここに彼らは攻めて来るでしょうか?」
「恐らくは、当分の間それはないだろう。ジェムシリカ隊は全滅こそしていないとはいえ、損耗はかなり激しい。ヴァイエルストラスから派遣された戦列歩兵連隊との合流を待つはずだ。こちらの戦力も集結した事だしな」
「ところで」
ファタリテのティラコ・ボルヒエナが、周囲を見回しながら口を開いた。
「ヤング方面軍のペルティエ隊長は何処にいらっしゃるのですか?」
「ペルティエ卿は……」
ヴォルノが、言いづらそうな態度を取った。リクトやライガ、他の騎士見習いたちも互いに顔を見合わせ、口を噤む。
「彼は、一週間前の戦闘の日を境に行方不明となっているのです」
意を決したように言ったヴォルノの言葉に、アルフォンスたちは皆息を呑んだ。ファタリテの副騎士長ウィーズルが「何と」と呟く。
「HMEでの連絡もつかなくなっている為、敵前逃亡ではないかとヤング方面軍の間では噂になっています。荷物もそのままになっていましたし……現在はやむを得ない処置として、彼らには私の指揮下に入って貰っています」
「街の住民たちはどうした?」アルフォンスが尋ねる。
「暫定的に、まだこの野営地に留めています。先日の戦いで、ペルティエ卿が無人の街を敵に対する罠に使用したのです。建物や道路に被害が出ており、復旧作業が終わるまで彼らを帰す訳には行きませんので。それに、帝連軍への不満もかなり蓄積しています。これ以上戦わせる事は賢明ではないと判断しました」
「妥当だな。それに、部隊が健在であればジェムシリカも住民たちに対して報復行動に出たかもしれない」
「恥ずかしながら、我々のみで彼らを守り切る事には限界があります。デルヴァンクール殿らと合流するまで、街への帰還は見送って貰いました」
「……分かった。これから、追って指示を伝えよう」
アルフォンスは肯くと、「ともかく」と言って皆を見回した。
「皆、ここまでよく耐えてくれた。明日以降の行動については追って連絡する、イザークたちも疲れている事だから、今日はこのまま各々ゆっくり過ごしてくれ。イェーガーには今後の事について相談したいから、後で私のテントまで来て欲しい」
* * *
「随分快適そうな所で過ごしていたんだなあ、君たちは」
野営地でそれぞれの寝場所を割り振られると、ドーデム・ヤーツがリクトたちの所に歩いて来て言った。やはり同じ天幕になったらしく、いつものようにゼムンとエッガが彼の後ろに付き従っている。
「……そういえば、ファタリテが到着したらお前たちも来るんだったな」
ライガはげんなりした声を出した。
「ペルティエが居なくなって、やっと落ち着けると思ったのに」
「ライガ」リクトは窘める。「不謹慎だよ」
「僕たちなんて、この間まで寝袋だったぞ。なあ、君たち?」
ドーデムに同意を求められ、ゼムンとエッガがそうだそうだというように肯く。ライガは「楽しそうじゃねえか」と言った。
「そう思うなら、君も一回試してみる事だね」
「ライガ、行こう」
リクトは、ライガがまた何かを言い返す前に彼の袖を引いた。
「休もう。明日から、またどんな強行軍になるか分からないんだから」
「リクト・レボルンス」
ドーデムが、矛先をこちらに向けてきた。
「君はどうなんだい? ちゃんと戦えたのかい? デルヴァンクール隊に居るんだから、莞根士やイェーガー殿に手柄は全部持って行かれてしまうんじゃないの? まあでも、彼らに守って貰えるんだからいいよね」
「さあね」
適当に遇い、ライガを引っ張る。彼は自分が馬鹿にされるよりも、友人への侮辱に対して本気で憤る。面倒な事になる前に立ち去りたかった。
「ああ、そうか。そういえば手柄なんて、君にはどうでもいいんだもんね。君の将来の地位は、約束されている訳だからさ」
ドーデムはしつこい。
「でもそんな事じゃ、レボルンス議員が浮かばれないね」
「おい」
そこまで至った時、ライガが案の定反応した。
「言っていい事と悪い事があるぜ」
「相手はジェムシリカだぞ。君のお父上を殺した奴だ、憎くないのか?」
「いい加減に──」
「そういうのは、もうやったよ」
ライガが足を踏み出しかけた時、リクトは素早くそれを制して言った。内心ではリクトもかっとしたが、それを表出させる事はなかった。
「最初の戦いで、ジェムシリカに同じような事を言われた。それで冷静でいられなくなって、ライガに怒られたんだ。……憎しみで戦っちゃ駄目だ、なんて殊勝な事を言う資格は、僕にはないよ。けれど、それで周りが見えなくなって敵の思う壺なんて事になったら、騎士として失格だから」
「………」
ドーデムは意表を突かれたように言葉を失い、目を白黒させた。
ライガも驚いた顔でこちらを見上げてくる。
「リクト……」
「気にしないでいいよ、ライガ。僕なら、大丈夫だから」
リクトは言い、さっさと歩き出す。ライガはこちらとドーデムたちとの間でやや視線を彷徨わせ、彼らを鋭く一睨みしてから何も言わずに小走りでこちらに追い着いて来た。
「……手柄なんか、欲しくもねえよ。お前もそうだろ、リクト?」
「ああ。でも、彼らは違うんだろうな」
リクトは言ってから、心の中で「そうだ」と呟いた。
ファタリテの、筆頭騎士団としての正統性。ヤーツ家の、エルヴァーグの血を引く者としての正統性。ドーデムも、そういった柵の中で雁字搦めになっているに違いない。
思えばドーデムは、この戦が始まる前に対人戦を実戦の中で行った事がない。しかし彼は既に、こちらに合流するまでの間にジェムシリカ隊と交戦し、人間を斬っているはずだ。きっとそれは、リクトがそう感じたように決して気持ちのいいものではなかっただろう。
そのような感覚など、知らなくて良かったのに、と思った。
* * *
翌日、アルフォンスは今後の方針に関する事をロディ・エルヴァーグ騎士長と話し合い、その内容を皆に伝えた。
「ペルティエ卿は失踪してしまったが、こちらの戦力は整った。ジェムシリカ隊は現在、カントールにて援軍の到着を待っている状態だ。我々はそれが到着する前に、総力を挙げてカントールを攻め、ジェムシリカを捕獲する」
「このヤングはどうするのですか?」
誰かが尋ねる。ロディがそれに答えた。
「現地の部隊を残して行く。街の復旧作業と、住民の帰還が急務だ」
「民兵たちは……」
「これ以上、彼らを戦闘に動員する事はない。それはデルヴァンクール騎士長が、既に現地の者たちに言い渡した。以降戦闘に彼らを駆り出す事があれば、関係者全員を軍事裁判に掛けると」
皆が、驚きの声を上げた。アルフォンスは「その通りだ!」と力強く言う。
「民間人の武装は、街に攻め寄せるジフト軍から彼ら自身の生活を守る為の措置だった。こちらから敵に仕掛ける以上、ここから先は彼らを動員する必要がない。これ以上彼らに戦いを強いる事は、不要な反発を招くだけだ」
リクトは、アルフォンスならそう判断するだろう、と思っていたので、自然に肯いていた。
(危ないところだったな……ペルティエ卿がもし居なくなっていなければ、本当に暴動が起こっていたかもしれない)
そう考えてから、自らの思考にはっとした。
自分は、ペルティエが居なくなった事を良かったと考えているのだろうか。それは無論、彼が街の住民たちに対して行ってきた事を──そしてそれが次第にエスカレートしていた事を思えば、それがある閾値を超える前に押し留められた事は幸いだったと言えるだろう。しかし、指揮官が忽然と姿を消し、帝連軍の兵士たちが不安に苛まれたのも事実なのだ。
ペルティエは、本当に逃亡したのだろうか。あの、名誉の為であれば形振り構わないような男が。一週間前の大規模戦闘は、こちらの勝利で幕を下ろしたのだ。何故そのタイミングで姿を消さねばならないのだろう?
(しかし、彼の失踪でヤングの人々は救われたとも言える)
実に、狙い澄ましたかのようだった。その直後、アルフォンスはイザークらと合流し、ジェムシリカはそちらに戦力を回さざるを得なくなったのだ。アルフォンスたちが僅かにでも遅ければ、自分たちはヤング方面軍の混乱の中、ジフト軍から再襲撃を受ける事になっていたかもしれない。
街の人々は、自分たちがジフト軍による攻撃に晒される可能性がかつてない程に低下したタイミングで、ペルティエから”解放”されたのだ──。
「我々の兵力も、少なからず損耗している。部隊の再編制、この地に残して行く軍への連絡、行わねばならない事は無数にあるが、まだジェムシリカ隊への援軍については、それを追っているカルマ騎士団から制圧完了の連絡は入っていない。それらがどの程度こちらに近づいているのかが把握出来ていない以上、いつまでもこの地への滞在を長引かせる訳には行かない。今日中に諸々を全て済ませ、明日の朝には出発出来るようにする。
皆、恐らく十分な休息を取れているとは言い難いだろう。だが、どうかもう暫らく我慢して欲しい。ここさえ乗り切れば、多少なりとも我が軍側には精神的にも余裕が生じるはずだ」
アルフォンスは、例によって皆に対して敬意の込もった態度で礼をする。その真摯さに、フォルトゥナの騎士たちは無論、ファタリテの者たちも声を揃えて「御意、モンシュー!」と応えた。
そこで一旦解散となったが、話を終えるとアルフォンスは二週間前と同じようにリクトとライガの方に歩み寄って来、
「この後少し大丈夫か?」
と尋ねてきた。
「はい、デルヴァンクール騎士長」
「ありがとう。……君たちに頼んでいた、ヤングの街の調査の件なのだが──イェーガーからの話を聴く限り、改めて話して貰うような事ではないかもしれないね」
「いえ、我々にお任せ下さったご命令なのですから、きちんと我々の口からも説明させて頂きますよ」
リクトが言うと、ライガは「ペルティエの奴」と右拳を左の掌に打ちつけた。
「あの野郎、とんでもない悪党だ」
「その事についても、詳しく聞かせて欲しい」
アルフォンスは言った。
「居なくなった彼を、このまま放っておく訳にも行かないからね。街に身を隠しているなどの可能性も否定出来ない、何としても今日中に行方を掴まねば」




