『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel⑨
* * *
「やっぱり納得出来ません、俺」
フォルトゥナ騎士団の装いを再び身に着けたエロイスは、苛立ちを込めてさっと素振りをし、剣を鞘に納めた。「蠍」に取り上げられた彼とニースの剣は森の適当な薮の中に放り捨てられてあり、少し歩くとすぐに見つかった。
リクトは、あくまで冷静に「何がだ?」と尋ねる。
「あの墓暴きたちを見逃した事です!」
エロイスは、微かに火の手も見え始めている村の方を睨んで答えた。
「ネイピアの村があんな事になったのに! この子も、この子の両親も……」
視線がライガに移る。しかし彼が見ているのは、変身術でライガの幻を被っているガラル少年そのもののようだった。
「彼らだけを討っても仕方がないだろう?」
リクトは言い含めるように言った。
「境界転生が使われたなら、ジフトは六年前からこの計画を温めていた事になる。それが今発動された。何の為かは、あのフー・ダ・ニットが言っていただろう、ジフトの再興の為だ。実際に先日、イスラフェリオがソレイユに越境してファタリテ騎士団が城から派兵された事は周知のはずだ」
「えっ?」
ジオス・ヘリオヴァースの情勢について六年分の記憶がないライガには、知る由もない事だった。思わず口を挟みかけたが、
「奴らを泳がせて、敵の動向を探るんだ」
リクトは、まずは自分よりもエロイスへの説明を優先した。
「この黒服の男の事もある。もし彼が帝連でもジフトでもない第三勢力に属する者だとしたら情報を集めねばならないし、ジフト軍内部の我々に知らない部隊の者だったとすれば……あの『蠍』の若者たちは、今回の件に於いて捨て駒にされていたという事になる」
「あのー、ちょっといいかな……?」
ライガは、遠慮がちに挙手して言った。
リクト、エロイス、ニースの視線が、一斉にこちらに集まる。
「俺、これからどうなるんだ?」
「………」
騎士見習いの二人は、助けを求めるかのように同時にリクトを見る。彼はこちらを向いたまま、黙って視線を下げた。
五大騎士団の筆頭、フォルトゥナの長となった彼が立場上下さねばならない判断については、ライガも理解していた。自分は既に死んだものであり、この状況は本来あってはならないものだ。
史上最悪の死霊化者が復活し、ジフトがその身柄を狙っている。これだけでも十分に緊急事態なのに、その上自分は死天使シュラをも呼び覚ましたのだ。リクトが採るべき選択肢は、一つしかない。
「さっきも言った通り、俺はお前がどんな選択をしても恨まない。っていうより、俺の方から境界に返す事を勧めたい。俺、自分が最後に何やらかしたのか分からないからさ、また同じ事をするかもしれないだろ? それに俺が生きていたら、あいつらは俺を狙ってまた今夜みたいな事を繰り返すかもしれない」
「……彼らは」
リクトが、絞り出すように言った。
「君がまた死んだと分かったら、また境界転生を使うかもしれない。そしたら、また何処かの妊婦が子供を層状孤児にされて、果てにバング夫妻のような悲劇を強いられる事になる。それが可能だから彼らも、僕の手に君を委ねたまま撤収する事に躊躇いを覚えなかったのだろう」
「それは──」
ライガは目を見開き、すぐに「いや」と否定する。
「それなら、『審判の七日間』が過ぎてから俺の死を公表するのは?」
「その可能性なら彼らも考えるはずだ。『蠍』は巧妙に各地の人々の営みに溶け込んでいる。エロイスたちが村への道中で襲撃された事から、ユークリッドにも一定数居ると考えて良さそうだ。風聞にでも僕が件の層状孤児を殺したなどという話が流れれば、ジフトはすぐに動く」
「じゃあ、俺自身の危険性については?」
「僕が保証する。……確かに君は死霊化者で、さっきもその力を使った。けど、それはエロイスたちを助ける為だった」
リクトの言葉に、エロイス、ニースは更に気まずそうな顔になる。
「それにさ……君は、君を知る全ての人から望まれて死んだ訳じゃない。君の訃報を聞いてから、ずっと喪に服し続けている人が居る。君が僕に言ったような立場上、それを公の場で顔に出す事も出来ずに」
「……リィズの事か?」
ライガが声を低めると、リクトは重々しく首肯した。
それを見、ライガは得も言われぬ悲しみを感じた。
思えば、リクトが現在まだ軍人を続けている事から容易に考えられる事だった。彼は結局、自分の死後身を引いたのだ。また彼女も、現実を割り切ってリクトを受け容れる事が出来なかった──。
(俺はやっぱり、二人の邪魔をしていたのか──死んだ後になってまで)
「彼女は……帝国の女王として、僕やイェーガー副騎士長──君もデルヴァンクール殿の頃から知っているだろう──と秘密を共有している。ネイピアの層状孤児が、君の魂を宿しているのではないかという推測をね。
……ライガ。君の気持ちは分かっている。けれど、今はそれを別問題と捉えて欲しい。僕は騎士として、女王としての彼女に義務を果たす。けど、彼女は少し──そこに私情を差し挟んでも、許されると思う」
「リクト──」
言葉が続けられなくなるライガの肩に、彼はそっと手を置いてきた。
「俺、まだ色々混乱しているんだけど……」
それだけを何とか紡ぎ出せた自分に、彼は優しく微笑み掛ける。それは今夜覚醒してから、彼が初めて自分に見せた笑みだった。
「一緒に帰ろう、城に」
リクトは、微笑んだままそう言った。
ライガはその言葉を聞き、寂しさと嬉しさが入り混じった気持ちを感じる。
──帰る、か。
自分にもその言葉が使われるのなら、リクトは少なくともまだ全てを過去には出来ていないのだろうな、と思った。
ライガも静かに哂い、
「メルシー、リクト」
万感の思いを込め、それだけを言うのがやっとだった。