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『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel⑧


          *   *   *


 森の中で、若者たちの姿はすぐに見つかった。

 彼らは、人とも人型魔物(デミヒューマン)ともつかない敵と交戦している。エロイス、ニースとジフトの二人は別段共闘している訳ではないようだったが、敵は彼ら四人を一度に相手取り、いずれをも薙ぎ倒していた。

「アンチ・クリスト!」

 七頭竜(エレンスゲ)にも似た液状の影が、倒れ込む彼らに襲い掛かる。これもまた、ライガの見た事のない降霊術だった。

 考える(いとま)もなく、「シュラ!」と傍らの彼を呼ばう。「クペアンドゥだ!」

「ビョウッ!」シュラは命令を出した頃には既に動いており、若者たちの頭上を跳躍で越えつつ爪を振るった。瘴気(ミアズマ)を帯びた斬撃術は巨大な影を両断し、その内側に居る人物を露わにする。

 その者もまた、影の如き姿だった。闇色のローブに、魔杖オムグロンデュの先端を思わせる髑髏の仮面。

 シュラが追い討ちを掛ける中、ライガはあくまで軽さを装って言った。

「何とか間に合ったな」

 しかしそれは、(はた)から見ればお世辞にも上手く行っているとはいえないものだっただろう。息は荒く乱れ、額からは止め()なく汗が迸っている。

(酷使して悪いな、ガラル)

「ライガ殿!」

 ニースが、ぱっと顔を輝かせる。ライガは「早く下がれ!」と皆に叫んだ。

「何が起こっているのかは分からないが、敵だな?」

隕命君主(ロアデモート)、そいつが俺たちの魔導具(リゼルヴァス)を……!」

 フーが叫び、黒ずくめの怪人はそれを示すかの如く手に持ったものをシュラへと向けている。

「──だと思ったぜ」

 手を上げ、指先で敵に狙いを定めつつ死霊化術(ネクロマイズ)を使用する。ライガが式句を唱え始めると同時に、相手もまたシュラに魔導具の円盤を突き付けて光線を放ちつつ、こちらに向かって同様の攻撃を行おうとしていた。

「苦き死よ、(きた)れ……」

「サドンデス!」

「おいちょっと、パクるなよ!」

 二筋の光線が、空中でぶつかり合おうとする。刹那、円盤が回転し、赤黒い粉塵のようなものをパッと撒き散らした。シュラが警戒感を露わにして跳び退(すさ)り、拡散したその粉塵は光線の接点に当たると──掻き消した。

「………!?」

 そうとしか言いようのない現象だった。空中で連続性を持ってそこにあった死霊化術の光が、粉塵に触れた箇所から虫食いのようになり、徐々に細くなって闇の中へと溶け込んだのだ。

 ジフト戦役の頃、死霊化術はそれまで禁術(フォビドゥン)として研究されてこなかったという事もあり、魔術による相殺は不可能だった。

(ジフトの残党の研究は、ここまで進んだって事か?)

「おい!」

 ライガは、まだ腰を抜かしているフーとアノニムに叫んだ。

「あんたたち一体、イスラフェリオから何を預かった!?」

「し、知らない!」フーが激しく(かぶり)を振る。「我々はただ、それが強力な破壊作用を持つという事だけを……あんたも見ただろう、最大出力のそれが天を貫くような光の柱を出して、大きな建物一つを灰燼に帰しめたのを!」

「そんなオプションがあった事自体初めて知った!」

 アノニムも追随する。つくづくアマチュアだ、と思いながら、ライガは自らのすべき事を考える。

 彼らに掩護を任せるのは危険だ。足手まといになるだけならまだしも、意図せず死霊化術の巻き添えにしてしまうかもしれない。そうなると、やはり自分とシュラだけで敵を制圧するしかないが──。

「サドンデス!」

 再び、敵の死霊化術が迫る。同時に彼──声質から恐らく男だろうと思うが、仮面の内側でくぐもっているので確信は持てない──は、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返しながら瘴気を放つシュラにも魔導具で攻撃した。

 シュラはまたも跳び退(すさ)るが、僅かに遅かった。

 生ける屍(リビングデッド)としての乾燥した肉が、粉砕された枯葉の如く彼の太腿から散った。ライガは体勢の崩れた彼に防御魔術を発動しようとするが、自身に向かって来る死霊化術の光を見切るので精一杯だ。否、それすら覚束ない、と思う──か、思わないかのうちに、動いたのはシュラの方だった。

 魔導具から放たれた光線が消えるや否や、彼は後傾していた体を渾身の力で弾き戻し、前方に()()()()()

 生きている者にとっては致死性の魔術が、その胸に直撃する。が、これ自体に破壊力はない。既に怨霊(ルブナン)であるシュラには、それは痛くも痒くもない攻撃だった。

「メルシー、シュラ」

 言い、ライガはすかさず体を横方向に捌く。一瞬前に突き出し、今まさに引こうとしていた敵の腕──円盤を構えた──の下へと、姿勢を屈めて入り込み、肘打ちで関節部を折りに掛かる。

 黒服が、苦悶の声と共に円盤を取り落とした。

 (いち)早くそれに反応したのはエロイスだった。彼は黒服の手から飛び、転がったそれに飛びつくと、自らの体で覆い被さるように押さえ込む。

 その間にライガは、

「幻惑せよ……フラッシュ!」

 振り上げた手を相手の仮面の顔に近づけ、光属性術を放った。

 攻撃技ではあるが、直撃させなければ目晦ましの効果もある文法(グラメール)だ。生理的な反射として目を守ろうとし、行動に遅延(ディレイ)の発生した黒服に、ライガはもう一方の手を伸ばした。

 遅延(ディレイ)転倒(タンブル)も、戦闘時に於いてはれっきとした状態異常だ。

 ライガは左手で黒服のフードを払うと、仮面をむんずと掴んでその顔から引き剝がした。その下から現れた中年男性の顔を見、「(アラクラン)」の二人があっと叫ぶ。

「知っている奴か?」

「いや……誰だよ、その人!?」

 フーの素っ頓狂な声に、思わずずっこけそうになる。

「知らないのか」

「そりゃ、我々も数多居る軍属の者たちを全て把握している訳ではない。しかし、新生ジフト軍の中でも死霊化術(ネクロマイズ)を使える者は数えられる程しか居ない、当然名前も誰もが知っている! あんたが禁秘を解いてから十年も経たぬうちに、そう死霊化者(ネクロマイザー)が何人も現れるものか! ましてや、これ程のスキルを持った降霊術者がそうなっているなどと──」

「分かった、もういい!」

 まくし立てるフーを遮り、ライガは両腕を敵の肩に下ろした。

 途端に、敵は満面に瞋恚(しんい)を湛え、ずぶずぶと地面に沈み込もうとする。驚いて見下ろすと、彼は自らの影の中に姿を消そうとしている。

「ブラキオプネウマ!」

 そうはさせじと、腕状霊魂を呼び出して両腕ごと敵の胴を掴ませた。

 結束され、宙に吊し上げられた男は、ぎりぎりと歯軋りの音を立てながら憎々しげにこちらを睨んできた。

「ライガ・アンバース……っ!」

「悪いけど、あんたは危険すぎる」

 ライガは言い、その体に手を翳した。

「俺に何があったのかは、そいつらに教えて貰うよ。……サドンデス」

 ──一瞬の死なら、痛みを伴った死よりも多少はいいだろう。

 そう思い、死霊化術を発動する。生ける屍(リビングデッド)化はせず、魂をそのまま怨霊(ルブナン)に変じさせ消滅させる。それを見届けてから腕状霊魂を解除すると、物言わぬ(むくろ)となった男はどさりと地面に落下した。

 若者たちは、(しば)し呆然とその光景を見ていた。

「魂の総数を減らすなんて……今の場合なら、普通の術で良かったのに」

 殊勝な事を言うアノニムに、思わず苦笑が零れた。

「万が一非忘却者(アレセイア)に転生されたら厄介だろ?」

「ライガーっ!」

「待ちなさい!」「待ちやがれ!」

 村の方から、リクトと双頭(バイセプト)二人の声が近づいて来た。振り返ると、まさに彼らが森の中へと入って来ている。

「ライガ、エロイスとニースは……?」

「大丈夫だ。よく分からない奴が居たけど、倒しておいたから」

 息絶えた男を顎でしゃくると、リクトは複雑そうな顔になった。「ライガ、やっぱり死霊化術を……」

聖光士(バロラント)!」

 エロイスが、立ち上がって例の円盤を彼に見せた。

「これが、バング邸を崩壊させた魔導具(リゼルヴァス)です。この男が回収しようとしていたんですが、中から死霊化術を無効化する物質が」

「何だって?」

「懲罰が必要だな、ガキども」

 キルヒムが、嗜虐的な表情を湛えながらフーとアノニムに言った。

「ライガに催眠術(ヒプノティック)を掛ける前に逃げられる、上司を置いて勝手に逃げ出す。挙句に魔導具を奪われる、か?」

「あっ、貴様」アノニムはそこで、エロイスを指差して叫んだ。「何を勝手に持って行こうとしている!」

「黙れ、この人殺しめ!」エロイスが怒鳴り返す。

絶霊喰鬼(ガストロノーム)!」フーが、慌てたように上司に叫んだ。「全体我々は、何をお預かりしたのでしょうか? その魔導具は、イブン様がイスラフェリオ殿下からご貸与されたと仰り、我々に託されたものです!」

「詳細は知らん。その死霊化者(ネクロマイザー)についてもな」

 イブンがキルヒムの代わりに、地面に仰向けに伸びている男を見下ろしながら言った。「貴様らが知ろうとする必要もない」

「そんな──」

「それよりも、務めを果たせ」

 まだやる気か、とライガがげんなりした時、キルヒムが彼女に言った。

「イブン、もう事態の収拾はムズいぜ。ここまで騒ぎが大きくなったんだ、じきに周りから帝連軍も来る。チャンスはまだあるんだ、ここはずらかった方がいい」

「ライガ・アンバースを放置するのか?」

「どうせこいつも、大っぴらに城の連中に見られる訳にも行かねえんだ。少なくとも先の独立戦争の時みてえな戦い方は出来ねえ」

「それもそうだが……」

 浮遊霊姫(ソルシェラン)は、舌打ちを弾けさせつつライガを睨んでくる。

「これ程の大掛かりな事をして、実質的な収穫はなしか」

「けど、殿下へのせめてものお土産なら持って帰れそうだぜ」

 キルヒムは獰猛な目つきで言い、舌なめずりをしつつ人差し指を伸ばした。その先には、消耗して地面に両膝を突いているシュラの姿があった。

「チャンスだ、今なら死天使を捕らえられるぞ!」

「させるか、そんな事!」

 自分が動こうとした時、矢庭(やにわ)にシュラが身を起こした。最後の力を振り絞るかの如く吠え、地面を蹴って跳躍する。彼はそのまま木々の枝を伝い、森の奥へと逃げて行ってしまった。

「しまった……!」「キルヒム!」

 キルヒム、イブンもシュラを追って駆け出す。彼らは、最早ライガに一瞥もくれようとしなかった。実際に、最強の怨霊(ルブナン)が未だに従っていたのでは、今回捕獲に失敗したライガを今後捕らえようとするのも困難だろう。

 双頭(バイセプト)が姿を消すと、フーもアノニムも意気消沈したように肩を落とした。魔導具を折り畳み式の収納箱に入れているリクトに代わって、ライガは腰に手を当てつつジフトの若者たちに尋ねた。

「どうする? 続きをやるか?」

 ニースは既に飛行術(フライト)で黒服の亡骸を浮遊させ、運び去る準備をしていた。これが使えるのならば、リクトと共に村に入って来る時も空中滑走術でなくても良かっただろうに、と思ったが、飛行術といってもただ浮かせるのと鳥の如く飛ぶのでは難易度が全く異なる。

 フーが開口しかけたが、それより早くアノニムがこちらの問いに答えた。

「あまりに色々な事が起こりすぎた。努力と無謀を履き違えるつもりはない、この借りは必ず返させて貰う」

「借り? あんたたちを助けた事か?」

「屈辱を味わわされた事に決まっているだろう、嫌味な奴だな!」

 アノニムは、「行くぞ」とフーを促す。「勝手に帰る訳にも行かん、イブン様たちの加勢に行こう」

「アノニム……」

 フーは顔を歪め、「覚えていろ!」と言いつつライガたちを指差した。そのあまりに定番の台詞に、ライガは笑ってしまいそうになる。

「絶対に死天使シュラを捕らえてやるからな!」

「さっきあんたら、逃げ出しただろ?」

 負け惜しみを言う彼に、やや(からか)い気味に言った。

「あいつ、結構強いんだぜ。何せ、イスラフェリオ殿下の甥っ子なんだからな」

「ライガ」

 リクトが窘めるように割り込み、彼らを促す。

「去るならさっさとしろ。我々としても、早く状況の整理に取り掛かりたい」

聖光士(バロラント)」エロイスが、フーたちを見ながら息巻いた。「逃がすおつもりですか、奴らを?」

 許せない、と彼は絞り出した。

「奴らはネイピアの村を壊滅させて、多くの人々を死に追いやったんですよ」

「分かっている」

 リクトは、あくまでも冷静だった。

「だから君たち、早く姿を消してくれ。私もエロイスのように、このまま自分を押さえていられる自信がない」

 言葉は険しいものの、ライガにはそれが懇願口調であるように感じられた。恐らくそれは本心ではあっただろうが、心の何処かでは、再び自分と会えた事で彼らを憎みきれない気持ちが残っているのかもしれない。

 フー、アノニムはそれ以上何も言う事はなかった。

 身に着けていたエロイス、ニースの騎士服と鎧を外し、上司たちの去って行った方向へと逃げるように駆け出す。

 ライガは少し考え、彼らの後ろ姿に向かって変身術を発動し、記憶にあるジフトの軍服に装いを変えてやった。

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