『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel⑦
「閃光破!」
「璧龍爪!」
イブンの攻撃は、やはり刺突系統だった。光属性の、細剣カテゴリで最も基本的な技。対するリクトは、退魔剣の上位互換である袈裟懸けの三連撃。
その一撃目で、イブンの突きの軌道が逸れた。二撃目、三撃目が反撃となるかと思われたが、彼女は自らの攻撃がリクトに当たらないと分かるや否や、すぐさま剣技を中断して新たな構えを形成した。
「烈天流星迅!」
片や、リクトは今し方の璧龍爪の三撃目の直前──腕を振り上げた姿勢で、胴ががら空きになっていた。騎士団の鎧を纏ってはいるものの、至近距離から一点集中で衝撃を与えられれば、合金ですら貫通しないとは限らない。
使用可能な魂が再流入するまで、斬撃術を使うのは難しい。ライガはもう一度イブンの剣を弾くべく、今度は文法の風の刃を飛ばす。
「風切る翼よ……フェザースラッシュ!」
「さすがは、オールマイティ」
イブンはあくまで冷静に言い、自らの剣技が強制キャンセルされるのを見た。
「ただの高位者とは一線を画している。しかし──」
「本分が疎かだぜ、ライガさんよおっ!」
キルヒムが、イブンに被せるように叫んだ。
思わず振り返った時、目に入ったのは、シュラの爪の攻撃を避けてその肩口や脇腹に喰らいついた口状霊魂たちだった。シュラは怒声を上げ、襲い来るそれらを押さえ込み、瘴気で滅ぼそうとするが、その瞬間キルヒム本人が剣を振り被って彼に追い討ちを掛けた。「呂号影裂斬!」
「シュラっ!」
ライガは叫び、彼に下がるように命じようとした。
しかし、その瞬間彼の胴にキルヒムの剣技が命中した。
生ける屍であるシュラに、痛覚はない。だが、肉体が破壊されれば怨霊は消滅してしまう。
「すまないな、殿下──」
「下がれ、シュラ!」
ライガが叫び、キルヒムが彼の心臓に剣先を突き込もうとした時──。
シュラは、死力を振り絞るように体を捻じり、距離を詰めたキルヒムの頭部を鷲掴みにしようとした。その手には、既に瘴気が纏わっている。
「ヤっべ……!」
「ビョオオオオオオオッ!!」
キルヒムが身を引きかけた一瞬、シュラは瘴気を纏った手で自らに噛みつく口状霊魂たちを引き剝がし、死霊化させた。五体が自由になった瞬間、すぐに次の動きに移行する。屈み込み、右足を突き出しつつその場でくるりと一回転する。キルヒムは咄嗟に障壁因子で防御しかけたが、シュラの蹴りは発動中のそれごと彼を後方に吹き飛ばした。
「キルヒムっ!」
イブンが、リクトを押し退けるようにして再びシュラに狙いを戻す。
ライガはその突きの軌道上に立っていた。
──無論、こちらを自分たちの味方につける目的で動いている彼らが、自分に致命傷など与えるはずがないのだが。
「ビャアッ!」
主従関係のあるシュラにとっては、そのような事は関係なかった。
君主を危険に晒す攻撃に逸早く反応し──最早キルヒムには目もくれない──、回し蹴りを繰り出した足を接近したイブンの方に向ける。
それは蹴りというより、横方向への踏圧に近い動きだった。空中に瘴気混じりの衝撃波が円形に残り、イブンの細剣が手から弾き飛ばされる。しかし、その衝撃は絶妙にライガを逸れていた。
「この屍っ! ラジエーション──」
尚も果敢に魔術を使おうとしたイブンだが、それは不発に終わった。
主に向かって攻撃を繰り出した者は、既にシュラにとって排除すべき対象となっていた。
死天使は彼女に向かって空間断裂の刃を──怨霊は自らの霊力を術として錬成する為、環境リソースが枯渇していても降霊術を使える──放った。イブンはすぐに繰り出しかけていた照射線を解除し、防御魔術を使用したが、瘴気混じりの斬撃はそれごと彼女を跳ね飛ばした。キルヒムの時と同じ事が起こった訳だ。
「ナイスだ、シュラ」
ライガは彼を労う事を忘れない。死霊化術の制約上主従関係は生じていても、まだ自分の中で彼は面倒を見るべき弟分だった。
「ライガ、怪我はないか?」
リクトが、納刀しつつ駆け寄って来る。彼が再びヤーラルホーンを抜くと、シュラが素早くそれに手を翳し、霊力を分け与えた。彼は「ありがとう」と言い、先端を倒れ込む双頭に向けた。
「大丈夫だ。お前も……特に問題はなさそうだな」
ライガは答え、イブンとキルヒムを見る。彼らは生ける屍による攻撃を生身に喰らい、辛うじて障壁因子が瘴気を防いではいたものの、土の上に仰向けになったまま全身をぴくぴくと痙攣させていた。魔物の頭部を素手で捥ぎ取るなどの事からも分かる通り、生ける屍はその肉体に、常に軽い身体強化術の効果を帯びている。
「分かってはいたが……てめえら、化け物か?」
キルヒムが、頭を持ち上げながら悔しげに呟いた。
ライガは「化け物だよ」と返す。「全く……これがジフト戦役終結後の新しい世界か? 勘弁してくれ、俺が何の為に──」
言葉の最中で、頰の烙印が疼いた。今の姿は変身術で作られたものであり、本当の傷ではなかったが、ガラルの姿で蘇った時彼の頰にもこれが刻印された事は知っていた。
(まあ、地獄の門を開いてしまったのは俺だから、言えた事じゃないか……)
「ライガ……」
リクトが、心配そうに覗き込んできた。ライガはその視線から韜晦するように、頰を押さえたまま斜め下を向く。「……後で話そう。今は──」
その言葉の途中で、突然遠くから爆発音が上がった。
ぎょっとし、そちらを向くと、どうやら村の外の森から響いた音のようだった。音源と思われる辺りから、土煙と光の柱が立ち昇っている。
それは自分が覚醒した際、バング邸から上がった光と同質のものだった。
「今度は何だ……?」
ライガが呟いた時、リクトがあっと叫んだ。
「エロイスとニースが居ない! ジフトの若者たちも……」
「えっ?」
ライガはそこで、初めてその事に気付いた。
考えるよりも早く、魔素知覚術を発動していた。取り分け広範な探索範囲を誇る自分のそれは、一瞬にして森の中に居る彼らの動きを察知する。同時に、明らかに彼らとは異質な動きをする何者かの存在も──。
(あいつらが危ない……!)
思った時には、既に足が走り出していた。
「シュラ、着いて来い!」
「あっ、ライガ──」
「逃げる気か!」
後方で、イブンの再起した気配があった。リクトが素早く対応に移り、管楽器の音色と共に光が生じる。
(すまないリクト、任せる!)
胸中で彼に詫びながら、ライガは両足に空中滑走術を施した。