『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel⑥
⑤ ライガ・アンバース
旧ジフト公皇ブラウバートの第三世、シュラ・イスラフェリーは、こちらの命令を待つかのようにちらりと首を振り向けたままその場に立っている。同時にその両腕はキルヒム・アサップへと真っ直ぐに伸ばされ、いつでも彼をその毒爪に掛けられるよう油断なく構えられていた。
ライガが動揺したのは、ほんの転瞬だった。
「戦えるか、シュラ?」
それは、まだ自分との主従契約が途絶してはいないか、という問いだった。彼は当然だと言うように、黒濁した歯息を漏らす。
「……よし」
ライガはリクトを振り返り、「手を止めるな!」と叫んだ。「俺とシュラの事なら大丈夫だ。こいつは……お前を傷つけたり、しないから」
言いながら、自分の最期の瞬間までシュラは一緒に居たのだろうか、と考えた。だとすれば、自分に記憶のない晩年の行いに於いて、自分がシュラにリクトを傷つけさせた可能性も否めない。
やや無責任な台詞である事を自覚しながら言ったライガだったが、リクトは特に表情を歪めたりはせず「分かった」と答えた。
「君のセンスを信じる」
「……面白れえじゃねえか」
あからさまに怯えを露わにしていたキルヒムだったが、声を震わせながらも肥大化した魔物の左腕に闇属性エネルギーを纏わせた。
「最強の怨霊とやら、ちょっと味見してみたくなったぜ」
「召し上がれ。……シュラ」
死霊化術──使役用──を発動しながら短く言うと、
「ビョオオオッ!!」
死天使は爪から瘴気を放ちつつ飛び出した。
が、その瞬間、
「殿下!」
リクトの相手取っている生ける屍たち──イブンの魂を宿す分身たち──が、彼に目もくれず動いてシュラの背後を突こうとした。
その際一体の生ける屍が発したのは、半ば朽ち果てた喉で無理矢理言葉を出そうとしているかのような掠れた声だった。
「お可哀想だが、死に還って頂く!」
「そっちかよ!」
毒吐き、ライガは素早く振り返った。シュラへの命令を継続したまま、襲い掛かって来た死体の群れに向かって自ら十八番の斬撃術を放つ。
分裂したイブンの魂を宿す骸たちは、再利用不能な程に引き裂かれ、やがて当然の如く塵と化した。中には先程の魔物の襲来で命を落とした村人のまだ新しい死体もあり、それを蹂躙する事には後ろめたさも感じられた。
「気分のいいものじゃないけど……リクト」
「任せろ!」
リクトはヤーラルホーンを吹き、シュラに襲い掛かろうとした生ける屍たちの残りを五線譜で──グーロに対して行ったように──拘束した。
シュラはその間に、キルヒムに対して最初の攻撃を繰り出していた。爪から、黒く凝集したシェル状の霧を放ちつつ、霊力を一回り大きな爪の形にして敵の巨腕に斬り掛かる。
それは、文法の闇属性斬撃系統技、悪魔の掻破に似ていた。が、これもライガの開発した斬撃の降霊術を教え込んだものだ。その上で、彼には攻撃全てに病気の状態異常を付加する特性がある。
かつて戦に勝利した帝連軍が、幼子に対して行った蛮行の結果だった。
彼を怨霊と化した時、ライガはこのような能力など望んではいなかったが──。
「力比べだぜ! ストマプネウマ!」
絶霊喰鬼は、巨大な半透明の口状霊魂を顕し、襲い掛かったシュラの腕を食いちぎろうとした。しかし、現れた霊魂は彼の手の纏う瘴気を取り込むや否や、腐敗するかの如く黒ずみ、ぼろぼろと崩壊した。
通常の病気ではない。魂そのものを蝕み、死霊化して消滅させるという新たな状態異常──”死に至る病”。
キルヒムは再び怯えを走らせ、腕の形状を本来の自分のものに戻した。
「直接触れたらアウトか? なら──」
彼はノックバックでシュラから距離を取ると、今し方の口状霊魂を幾つも生成して周囲に浮かべた。
「この辺りの霊力も回復してきたな。よお、皇子様? 攻撃中の部位じゃなけりゃ、こっちもあんたを食えんだろ?」
「シュラ、守りを──」
「数撃ちゃ当たるってなあ!!」
ライガの声を掻き消すように叫び、キルヒムが霊魂たちを射出した。
彼も口調こそ愉しんでいるようではあるが、実際にはその顔は微塵も笑ってはいなかった。シュラも獰猛な表情を湛えつつ、即座に対応策を編み出して反撃してくる相手に不安感を抱いているようだ。
まさに、鬼気迫るという形容が相応しい戦いだった。
一方ライガはというと、シュラを操りながら迫り来るイブンの生ける屍に対応するのが精一杯で、シュラに直接的に加勢する事は難しかった。
「リソースにも限界がある……!」
「ライガ!」
リクトが、戦楽器による霊力の錬成に限界を感じたのか──限定範囲内で高位の降霊術者が五人も術を使い続けていれば、リソースが幾らあっても足りない──、遂に愛剣を抜きながら叫んだ。
「そろそろ死体も尽きる。浮遊霊姫が直接来るぞ」
「ああ、だろうな」ライガは肯いた。
イブン・ソニアが、自身よりも明らかに身体的な能力面で劣る村人たちの遺体を利用して吐魂術を使ったのは、彼らが群体であった為だ。自分は彼女とキルヒムを指して「多いのと強いの」と表白したが、見る限り現在の前者は質よりも量で勝負する方針を採っている。
ライガは、屋根の上で抜け殻となっているイブン本人の体を見上げた。
「俺のアルターエゴは……ないよな?」
「ごめん、ライガ。君の剣は、今磨羯宮に保管されているんだ」
「まあ、そりゃそうか。仕方ないな」
言いながら、リクトの構える剣トゥールビヨンの象牙色の刀身に目を走らせる。それと同時に、周囲の死体たちが糸の切れた操り人形の如く倒れ込んだ。
「俺が掩護する。主演はお前が担ってくれ」
「分かった」
間髪を入れずにリクトは肯き、剣の切っ先をイブンに向ける。
何の前触れもなく──或いはリクトのその動作が合図であったかのように──、微動だにしなかった彼女が細剣を突き出し、屋上から飛び降りてこちらに急降下して来た。
赤紫色の刀身が、剣技の輝きを帯びて空中に筋を引いた。




