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『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel⑤

  ④ エロイス・ネイサン


「聞いてねえ……聞いてねえぞ、あんな奴まで出てくるなんて!」

「おい、何故逃げる!」

 森の中を駆けるエロイス、ニースの背に、「(アラクラン)」のフー・ダ・ニットが声を投げ掛けて来る。そう言う彼やアノニム・アノニマスも、必死の形相で双頭(バイセプト)やライガたちの居る場所から離れようとしていた。

 ニースは、騎士長を置いて来てしまった事に後ろめたさを感じるように幾度も村の方を振り返っていた。「聖光士(バロラント)……」

「千載一遇のチャンスだぞ! 死天使を捕らえようとは思わないのか!」

「そういうあんただって、逃げてるじゃねーか!」

 叫び返しながら、冗談じゃない、と脳裏で呟き続ける。

 隕命君主(ロアデモート)がリクトにとって、どのような存在なのかはエロイスも知っている。彼が本質的に邪悪なのではなく、先程も村を守る為に魔物と戦っていたのだという事も分かっていた。

 それでも尚、彼の行使する人外の能力のあれこれに、理性では消しきれない恐れが生じるのは否めなかった。ライガは当然、シュラが見境なく人々をその瘴気で殺める事がないよう手綱を握っているだろう。しかし、万が一の事が起こり、その猛毒が飛び散るような事があったら──。

「俺とアノニムは、お前たちを追っているだけだ!」

「逃げるだろ、普通! 隕命君主(ロアデモート)聖光士(バロラント)双頭(バイセプト)が二人とも、その上で死天使(アズライール)まで現れた。高レベルすぎて着いて行けねえよ、こんな戦い!」

「見習い騎士だって事を忘れそうになるね」

 ニースが、自分の台詞を受けて言う。

「だけど、確かにライガ殿はネイピアの為に戦って下さった。それに、聖光士(バロラント)だって自ら──」

 その言葉の途中で、エロイスはふと行く手に異質なものを認め、足を縺れさせるようにして減速した。後ろを駆けて来たフー、アノニムが背中に衝突しそうになり、フーは苛立ったように「何だ!」と声を上げる。

 ニースはふつりと言葉を切り、エロイスの見たものを見ようと心持ち身を屈め、前方に目を凝らした。「あれは……?」

「見えたか?」

「あっ!」

 後ろの「(アラクラン)」の二人も気付いたらしかった。

 行く手に、夜の森の暗闇に浮かび上がる黒い人影があった。というのは、その黒が深すぎ、夜闇の濃度を上回っている為だ。あたかも、そこだけ人の形に風景が切り抜かれているかのように。

 顔は見えなかった。だが、エロイスはその何者かが、自分が気付く頃には既にじっとこちらを見ていた事を直感的に察していた。

認識阻害(イリュージョン)……いや、結界術(パーティション)か?」

 アノニムが、目が痛むというように眉間を揉んだ。

 敵か。もしそうならば、挟み撃ちだ。村にはまだ双頭(バイセプト)と、危険極まりない死天使が居る。黙って様子を見ていると、その黒い影──頭から足首までを黒いローブで覆っている事が段々と分かってきた──はゆっくりとこちらに歩みを進めて来た。その手の辺りで、何かがきらりと煌めく。

 真っ先にあっと叫んだのは、フーだった。

「それ、俺たちの預かった魔導具(リゼルヴァス)じゃないか!」

「馬鹿を言うな、あれは今バング邸の瓦礫の下に──」

 言いかけたアノニムが、はたと口を噤む。数秒間の沈黙を経、彼は「いつの間に……」と独りごちた。

「何だ、お前たち、何か知っているのか?」

「あの人も『(アラクラン)』なのだろうか?」

 エロイス、ニースが言うか言わないかのうちに、

「………!」

 その黒服の人物が、手にした何かをこちらに向けた。今度はエロイスたちにも、それが円盤(よう)の盾のようなものである事が分かる。その中心から照射線(ラジエーション)──光属性魔術の如き光線が射出され、その光によってエロイスは、相手の人物が顔に髑髏(どくろ)を模したような仮面を着けている事を見て取った。

「避けろ!」

 誰かが叫んだ。その時には、エロイスもニースも横に跳んでいる。

 アノニムが(いち)早く反撃に移り、

「ライトニング!」

 電撃での相殺を図ったが、それは出力で魔導具からの攻撃に及ばなかった。二種類の魔術は空中で衝突したものの、アノニムの稲妻(ライトニング)は一瞬のうちに光線に呑み込まれる。

 文法(グラメール)を発動したアノニムは、回避行動が間に合わなかった。

「アノニム! ……ダイナミックヒート! プリヴェントファクター!」

 フーが魔素(エアル)の出力を向上し、障壁因子プリヴェントファクターを展開する。今彼の使った二つの魔術はそれぞれ火属性、光属性だったが、水属性に適性のあるニースが風属性の空中滑走術を使用出来たように、攻撃以外の文法グラメールは複数の属性に適性を有する高位者(アデプト)でなくとも修得しやすい。

 (かろ)うじてフーの防御は、アノニムへと襲い掛かった光線を防ぎきった。すかさず彼は、黒い人影に向かって呼び掛ける。

「おい、あなたはジフトか!? 我々はイスラフェリオ殿下のご命令により、隕命君主の覚醒を行うべく派遣された者だ!」

「………」

 相手はちらりと彼を見たが、何も口に出さなかった。

 手に握られた円盤が、彼へと向けられる。

「何とか言え! そうだ、この者たちは帝連軍だ、やるなら彼らを──」

「おい、何言ってやがる!?」

 エロイスは言いざま、黒服に飛び掛かっていた。相手の注意がフーに向いている間に、早口で詩文(ヴァース)を詠唱する。

「蒼天より(きた)れ……ソーラーライト!」

 空属性の最下級技。しかし、今はとにかく敵に命中させる事を優先したい。脳裏に浮かんでいたのは、一時間程前にこの森から見た、村から夜空に向かって立ち昇る巨大な光の柱の事だった。

 正直に言って、無辜の人々を虐殺した「(アラクラン)」たちがどうなっても構いはしなかった。しかしその結果、謎を膨らみに膨らませたまま自分たちが命を落とす事は不条理以外の何物でもないと思った。

 が、放たれたエネルギーの球体は黒服の怪人に命中しなかった。

 軌道も射程も、狂いはなかった。敵は、魔導具の使用中であれば不可能なはずの回避を成功させたのだ。

 体を沈み込ませ、自身の影の中へ溶け込むという方法で。

 怪人の居た場所には、黒い水溜まりのような痕跡だけが残った。

「何処に行った!?」

「助かった……のか?」フーが、呑気とも取れるコメントをする。

 一瞬の後、空気の弛緩を許さないというように、黒い水溜まりが滑った。四人から距離を取ると、その中から再び黒服の上体が現れる。

 またもや魔導具から光線が放たれ、エロイスたちの足元で拡散した。

 衝撃で、四人は同時に四方へと飛ばされた。

「結界術でもないな……」ニースが、受け身を取りつつ苦しげな声を上げる。「領域を区切っているんじゃない。影の中に、新たに異空間を生成している」

「そんな降霊術、聞いた事がないぞ!」

「なあ」

 喚き立てるフー・ダ・ニットに、エロイスは鋭く問うた。

「あいつ本当に、お前たちの身内かよ? 確かに魔導具を回収してはいる、けど、お前たちを殺す気満々じゃんか。そもそも何で、お前たちが使ったものをお前たち自身に回収させようとしない?」

「それは……」

 フーは言葉を濁し、顔を青褪めさせる。

 黒ずくめの人物は依然何も言わず、また影の中から浮かび上がった。と同時に、その足元に(わだかま)る影から無数の黒い触手が生じ、先端を獣の(あぎと)の如く変化させながらこちらに肉薄する。

「プリヴェント──」

 示し合わせる事もなく、エロイスたちは四人同時に唱えようとした。

 が、次の瞬間、伸びた影の獣の一頭が生じかけた光の壁に喰らいつき、いとも容易(たやす)く粉砕した。誰の詠唱が魔術を発動させたのか、見極める余裕もない。

魔術破壊(スペルブレイク)……!?」

 ニースが叫び、咄嗟に両腕を交差させて頭を庇う。

 彼を狙った攻撃が僅かに狙いを逸れ、彼の肩の肉を荒々しく食いちぎった。

「うわあーっ!」

「ニース!」

 エロイスは、素早く横に転がりざま吹雪(ブリザード)を放つ。こちらは肉薄して来た黒獣を凍てつかせたが、影はすぐに溶解し、黒服の足元へと戻って行った。

「影を操る降霊術者(ネクロマンサー)か……しかし」

 アノニムが呟いた時、

「シャンブル・ド・オンブル──」

 黒ずくめが仮面の下で、初めて呟くように声を発した。

 それに合わせ、黒獣が渦を巻きながら一本に縒り合わさり、その人物の周囲を回りながら巨大な蛇の如き姿に変じる。それは樹冠に達する程伸び上がると、再び分裂して七本の”首”を形成した。

 それが、雪崩(なだ)れるようにこちらに傾倒した。

「──アンチ・クリスト!」

「………!!」

 防御不能。それが、咄嗟にエロイスの下せた判断だった。

 ──手も足も出ない。やはり、自分たちはライガ以後に起こった強さのインフレーションの中で、非力でありすぎたのだ。

 そんな諦めに近い感情が、胸中で頭を(もた)げた時だった。

 突如、倒れ込むエロイスたちの頭上を、何かが風を切る音と共に通過した。

「シュラ、クペアンドゥだ!」

 後方から飛んで来た命令の声に合わせて、

「ビョウッ!」

 乱入者が腕を振るう。その先端から透明な斬撃が飛び、エロイスたちに襲い掛かろうとしていた黒獣の束──偽りの救世主(アンチ・クリスト)が両断される。

 尚も止まらず、斬撃の降霊術を飛ばしたばかりの爪に紫がかった瘴気(ミアズマ)を纏わせて追い討ちを掛ける乱入者から、黒服の人物はまたもや影に身を潜めつつ後退し、魔導具(リゼルヴァス)の射程ぎりぎりからそれを構え直した。

「死天使……?」

「何とか間に合ったな」

 エロイスたちが後方を振り返ると、そこではライガが荒い息を()き、額の汗を拭いながら立っていた。

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