『リ・バース』第一部 第2話 Death Angel④
「リクト、多いのと強いの、どっちがいい?」
「現在の適性的に、僕はイブンの方を請け負うのが賢明だろう。今の君が頼れるものは、個人のスペックだけだ。その点僕のヤーラルホーンは、複数に対して範囲攻撃が出来る」
リクトの理路整然とした応答に、思わず苦笑が漏れる。
「どっちがいいって聞いたのに、優等生の模範解答だな……」
「いいから! キルヒムが来るぞ」
彼の言葉を裏づけるように、
「ロアリングビースト!」
肉薄して来たキルヒムが、獅子の顔のような形状の黒い炎を放った。恐らく、グーロが会得していたものだろう。対するライガも、似たような黒魔術を使用する事が出来た。
「新月の荒野、血肉に飢えし王獣は穢土の中、本能の傀儡となりて恐るるを食い裂く……ディーパーファング!」
こちらも、同じく獅子型の炎を放つ。但しこちらのはキルヒムのとは異なり、青い炎だった。
二頭の獅子が、空中で喰らい合う。その決着を見届ける事はせず、キルヒムは肥大した魔物の左腕を振り上げ、反動をつけるべく押した地面に蜘蛛の巣状のひび割れを生ぜしめながら飛び掛かって来た。
「ライガああっ!」
「ブラキオプネウマ! ……畜生、やっと魂が湧き直したと思ったら」
跳躍した彼を、再び顕現させた腕状霊魂で地面に叩き落とす。このまま押さえつけて動きを封じ、死霊化術の発動に成功すれば勝負は決する──そう考えたライガだったが、そう甘くはなかった。
「一撃必殺ってのはなあ、欠点も多いんだよ──」
キルヒムはすんでのところで左腕を振り上げ、霊魂から形成された手と押し合うような姿勢になった。
「俺も使うから分かるけどよ、まず基本的に一対一だろ? ライガ、てめえが規格外だったのは、それを一対多でやっちまう事だった。それも、魔杖オムグロンデュのお陰でな」
「苦き死よ──」
「それが、今はねえ。確かにてめえは魔術全般についてはオールマイティだ、例の杖も含めてとんでもねえ魔導具を一杯作ってきた事も認める。けどよ、死霊化術の一点を採っちゃてめえ、今じゃ俺とそうスペックに差はねえよ」
言いざま、原形の右手で闇の球体を生成する。
「漆黒へと染まれ……アンブラ!」
「幻惑せよ……フラッシュ!」
咄嗟に反属性となる光の魔術を発動しながら、まんまと死霊化術を中断させられた事に気付いて舌打ちを弾けさせる。
同時に腕状霊魂の操作も疎かになり、キルヒムに押し退けられてしまった。
「喩えて言やあ今のてめえは、ランプを奪われて全能者面出来なくなったパンピーってとこかな? ……おっと、怒んなよ。てめえが俺らの仲間になってくれるっていうなら、帰らずの地で失くした杖を探すのも手伝ってやる。殿下も、全盛期のてめえをお望みだからな」
「苦き死よ──」
「無窮の暗黒、境界なき混沌の遺産よ……カオスレガシー!」
絶霊喰鬼は文法で、またもライガの術を妨害する。
「苦き──」
「ダークエッジ!」
「ええい、クペアンドゥ!」
我流で編み出した降霊術の斬撃を飛ばしながら、このままでは埒が明かない、と思った。
ちらりとリクトの方を見ると、彼もイブン・ソニアの吐魂術に手こずっているようだった。先の魔物たちによる襲撃で、村には死体が山程出来ている。器をどれだけ破壊しても、イブンの依り代には際限がなかった。
エロイス、ニースに至っては、離れすぎていてこちらから詳しい様子を窺う事は難しい。
(俺ももっと駒があれば……)
そう思った時、先程のグーロとの戦闘中、フーに言われた言葉が蘇った。
──招喚魔術は使えないのか!?
「つってもなあ……」
今度は、声に出して独りごちた。周囲を見回し、各々が分散しながら戦っている事を確認する。死霊化術を使う者たちが居る以上、人数を増やす事で混戦状態を招くのは避けたかった。
「まあ、今の俺にどれくらいやれるのかは分からないが──」
「おいおいどうした、ライガあっ!」
三歩程の距離まで肉薄して来たキルヒムが、巨獣の腕を振り被りつつ右手で剣を抜いた。刀身の色は毒々しい紫黄で、剣技が発動されると共に肥大した。剣士自身の感応を反映する剣にも、どうやら嚥魂術の効果が宿るらしい。
「夜空刃!」
ライガは、今度は防御や相殺を図らなかった。現れた時の騎士見習いたちが使用していたのと同じ空中滑走術を使用し、一歩で大きく後方に逃れる。それは無論、時間稼ぎの為だった。
「世の陰に在りし隕命の眷属よ、我が招きに応じて死地に集え!」
文法でない、特殊な招喚魔術の詠唱。
使用はしたものの、実際にはそこまで期待はしていなかった。
(一人でも来てくれたら御の字だな)
そう思った矢先、距離の開いた自分とキルヒムの間に魔方陣が展開した。赤黒いその外縁は、まさにライガの今唱えた詩文によって構成されている。自分で発生させた事象ながら、ライガは「嘘だろ?」と声を出してしまった。
(招喚魔術による繋がりは、基本的には術者の死と同時に解かれる……)
キルヒムも、また驚愕の表情を浮かべていた。両手用大剣程の大きさになった剣を薙ぎ払った姿勢のまま、ぴたりと動きを止めて状況の推移を見ている。
陣の中から、滲み出すように一体の影が現れ出でた。
当然ながら生ける屍──しかし、保存状態が極めて良好。小柄で、皮膚こそ灰色に変じ、出来物が生じてはいるものの、病的に肉が落ちていたり、肉に腐食が見られるような事もない。纏っているのは色褪せた病人用のガウンで、こちらは綻びて裾が伸びきり、半ば引き摺られるような形になっていた。
そしてその容貌は、子供のものだった。目は爛々と輝き、半ば抜け落ちてぎざぎざに尖った歯は歯茎まで剝き出されているが、紛れもなくそれは十歳になるかならないか程度の──ガラルより少し上程度の──少年の顔だ。
「ヴヴウウウウウウ……ッ」
「おい、マジかよ──」
キルヒムが、怯えたように数歩後退った。
ライガも、自ら招喚したにも拘わらずあんぐりと口を開けてしまった。それは、思いも寄らない人物だったのだ。
「ライガ、そいつは……」
リクトも、他の者たちも皆その生ける屍を見つめていた。リクトは息を呑み、彼以外の者たちは畏怖を──否、恐怖を満面に湛え、鼻と口を手で覆った。
「消滅したはずじゃ……なかったのか?」
フー・ダ・ニットが、くぐもった声を漏らす。
それはかつて自分の全盛期、隕命君主に統轄される魔群──死者の軍団の中で最強と呼ばれた怨霊だった。死に至る瘴気を散布すると言われ、帝連中の人々を恐怖に陥れた、史上最悪の生ける屍──。
「死天使……シュラ・イスラフェリー」
リクトが名を呼ぶと、
「ビュウウウウヴォアアアアアッ!!」
かつての腹心であった死天使シュラは、村中に響き渡る程の声量で咆哮した。
このネイピアの村での戦いの後、リクトから聞いたのは、自分が帝連軍によって決行された帰らずの地制圧戦で死んだ事、その後シュラも抹殺され、その身も魂も朽ち果てて消えたという事だった。