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『リ・バース』第一部 第1話 Happy Unbirthday⑩

  ⑧ ライガ・アンバース


 過熱した地面に俯せに倒れながら、ライガは使役出来る怨霊(ルブナン)が既にこの場に残っていない事を察知していた。

(仕方ない……あんたたちはよくやってくれたよ、もう休め)

 思ってから、死霊化(ネクロマイズ)された魂たちにとっては笑えない冗談か、と考える。

 視界の奥の方で、バング邸が倒壊するのが見えた。その中に居る、この肉体の持ち主の両親の事を考え、胸奥が微かに痛む。

 魔物グーロは、尚も止まろうとはしなかった。形勢が有利になるや否や、途端にこちらに対する攻撃が大胆さを増す。

「直接あいつを死霊化(ネクロマイズ)……しか、ないかな」

 起き上がりざまに呟き、すぐに自分で首を振った。

 自らを過信してはならない。正直なところ、まだ自分の置かれている状況が分かっていない。何故──というより()()()()()()()()──一度死んだのか、自らに全盛期の力がどの程度残っているのかも不明だ。

 確実なのは、魔杖オムグロンデュは今手元にないという事。

(魔物が多く出た分、魔素(エアル)の供給は申し分ない……基本の文法(グラメール)で攻めるか、生き残った村人を死霊化(ネクロマイズ)──は論外として)

「ライガ・アンバース!」

 近くで、フォルトゥナ騎士団の装いをした降霊術者(ネクロマンサー)の一人が叫んだ。

招喚魔術(インヴィテーション)は使えないのか!? ()霊とか魔物じゃなくて、あんたの得意な──」

(そうだ、その手があるじゃないか)

 思ってから、またすぐに逡巡が脳裏を掠める。

 今、自分にその魔術は使えるのだろうか。

(俺はどうやら、今まで死んでいたらしい……招喚系の契約は基本的に、術者が死ぬと解除されるからなあ。けど、俺の場合は同意に基づいたものじゃなくて、一方的な使役だし……いや、でもそれ以前に俺が死んだ時点で、死霊化していた魂は全部術が解けて解放されたのかな)

「グロウッ!」

「ジャッジメント!」

 火属性魔術最高技の特大の火球が、再び前脚の叩きつけを繰り出してきたグーロの胸の辺りで弾ける。魔物が仰反(のけぞ)り、そこにまた偽騎士たちの放電(ディスチャージ)地震(アースクエイク)──彼らの文法(グラメール)のうち、攻撃の中では最大威力──が追い討ちを掛け、ライガが考える為の隙を幾分か作ってくれる。

 否、本当は左顧右眄している場合ではないのだ。

(駄目でも、『何も起こらなかった』で済む話じゃないか。ペナルティがある訳じゃなし、駄目元でもやれるだけやってみないと、だよな)

 ライガは、連撃による行動遅延から立ち直ろうとしている魔物を見、覚悟を決めて左手を前に突き出した。

 ──もし駄目だったら、自力で文法(グラメール)で戦うだけだ。

「グルルルルルルルウッ!!」

「世の陰に在りし隕命の眷属よ……」

 文法(グラメール)の招喚魔術でない、特殊な詠唱を開始する。

「我が招きに応じて──」

 術式が完成しようとしたまさにその瞬間、それは起こった。

 こちらの詠唱に嫌な予感を感じたのか、妨害するように三度(みたび)の突進を掛けて来ようとしていたグーロが、突然上空を見上げた。

 ライガは思わず詠唱を中断し、釣られて夜空を見上げる。それは二人の偽騎士たちも、生き残って尚阿鼻叫喚を続けていた村人たちもまた同様だった。気付けば辺り一帯に、奇妙な静寂の帳が降りていた。

 予兆だ、と、思うか思わないかのうちに──。

「………!?」

 ライガは目を見開いた。響き渡った、角笛(ホルン)のような低い音を聞いて。

 それは聞き覚えのある音色だった。いや、それどころか、かつては戦場で幾度となく耳にしていた。

「おじさん──デルヴァンクール騎士長」

 独り言だったが、わざわざ訂正してしまう。

 音源を探して視線を彷徨わせるうち、それはすぐに発見された。

 正確には、夜空ではなかった。月を背景に、村の入口、特産の運命石(クリスタル)を切り出して制作されたモニュメントが頂に据えられた、小高い築山の頂上に、馬にうち跨った人影が立っている。

 白銀の鎧を纏った、金髪(ブロンド)の騎士だった。翻るマントだけは、やはりフォルトゥナ騎士団に属する者である事を示す赤色。騎馬もまた夜闇に混ざり合う事を断固として否定するかのような白色で、高貴ながらその眼差しは炯々として闘志を漲らせた獣のそれだ。

 騎士は、手にした管楽器(ユーフォニアム)を唇に当てていた。

 ライガはそこで初めて、荒れ狂っていた魔物が、先程自分の腕状霊魂(ブラキオプネウマ)に押さえつけられた時の如く地面に押しつけられているのに気付いた。

 音による、霊力(オーラ)を込めた圧力。

 間違いなかった。魔笛ヤーラルホーン。帝国最強の魔剣士と謳われたフォルトゥナ騎士団の長──莞根士(ラーディッシュ)アルフォンス・デルヴァンクールの戦楽器(インストルメント)。しかし、それを手にしている人物が違った。

「バロラント」

 その人物の周囲を空中滑走術(ウィンドモーター)と思しき魔術で飛行している二人の若者の片方が、そのような呼び方で彼を呼んだ。「あの二人です。俺とニースを襲って、身ぐるみを剝がしたのは」

「……そうか」

 白銀の騎士は、唄口から唇を離して応じる。その目が微かに泳ぎ、ライガの方に向いた。

 ライガは、最初からその人物の顔をまじまじと見つめていた。

「リクト……なのか?」

「ライガ──」

 彼の目が、はっとしたように大きくなる。それもそうだろう、彼がこの姿を見間違える事はない。覚醒してから今までの事を考えて、何故彼がこの村を訪れたのかは何となく予想がつくが、

変身(ディスガイズ)中の姿を見られたのは、ちょっとマズかったかな……)

 ちらりとそのような考えを()ぎらせた。

 しかし、リクトが驚きを露わにしたのは、ごく短い時間だった。

「エロイス、ニース、お前たちはあの二人を確保しろ。大丈夫、お前たちがやられたのは不意を突かれたからだ。見たところ、奴らが『(アラクラン)』だとしても双頭(バイセプト)はまだ居ないようだし──」

「まだ?」

 若者のもう片方──恐らくこちらがニースという名なのだろう──が不安そうに一部を復唱したが、リクトは口が滑ったというように「ともかく」と言った。「お前たちの腕なら大丈夫だ」

「……その言葉、信じますよ、バロラント!」

 エロイスというらしい若者は、迷いを見せなかった。魔術で空中を駆け、降下して来ると、偽騎士の片方に狙いを定めて右足を振り抜いた。

廻鳶脚(カイエンキャク)裂空(レックウ)!」

「何をする!? ロックシュート!」

 反撃に放たれた岩塊を、エロイスは靴底で回転する風の渦をカッターの如く振るいながら回し蹴りを繰り出し、すっと撫でるように両断した。

「それはこっちの台詞だ! 悪党め、俺たちの剣を何処にやった!?」

「森の中で捨てたよ、そんなもの!」

「ざけんな、返しやがれ!」

 シュッ、シュッ、と、エロイスの体技兼斬撃が偽騎士を襲う。

 ニースと呼ばれた方も、偽騎士のもう片方に向かって詩文(ヴァース)を詠唱した。

「逆巻け生命の奔流……ストリーム!」

「ライトニング!」

「待て待て、ちょっと待てよ!」

 ライガは(しば)し呆気に取られていたが、我に返り、慌てて口を挟んだ。

「今優先すべきなのは、そこで大暴れしている山犬だか山猫だかの魔物をどうにかする事じゃないのか?」

「ライガ」

 答えたのは、リクトだった。「それは、僕たちでやろう」

 ライガはやはり面食らう。「えっ?」

「ヤーラルホーンの音色が魂を集めてくれる。君の使う分もちゃんと」

「あ、ああ──」

連携攻撃(リンクアップ)だ」

 リクトは言うと、再び管楽器(ユーフォニアム)を吹き鳴らしつつ馬から跳躍した。

 彼は、愛剣トゥールビヨンを抜かなかった。先端(ベル)から紡ぎ出された音色が、金色(こんじき)の粉塵を散らす五線譜の光果(エフェクト)となって渦巻き、魔物へと肉薄する。それは魔物の巨躯を取り巻き、拘束するように螺旋を描いて躍った。

 動きを止められたグーロは、怒り狂って五線譜を叩き潰そうと前脚を上げる。しかし、それが五線譜に触れた瞬間、淡虹(オパール)色の火花が散り、魔物は熱いものに触れたかのように身を引いた。

 ライガは、今しかないと思いながら降霊術(ネクロマンシー)の構築を始める。リクトがヤーラルホーンから解き放った霊魂は、確かにこちらが魔術を編む為に必要な霊力(オーラ)の役割を果たしてくれた。

「苦き死よ、(きた)れ」

 死霊化術(ネクロマイズ)の詠唱を行いながら、リクトは変わったな、という事を考えていた。

 自分の帝連軍所属時代、どちらかといえば彼を牽引するのは自分の役目だった。というのは、彼が引っ込み思案で優柔不断だった、という訳ではなく、冷静沈着で慎重な彼に対し、あまり深い事を考えず積極的に行動を起こしていくのが自分、という具合だったという事だ。

 しかし今彼は、はっきりと自分を促して──思いがけなくかつての姿で現れた自分に対し、あれこれと考えを巡らせる事は後回しにして──動いた。

 それに、彼が使った戦楽器(インストルメント)──。

(おじさんが、こいつに託したのかな……やっぱり、そうだよな)

「グアアアルルルルルウウウッ!!」

 最後の足掻きとばかりに、巨獣が咆哮した。その双眸は憎悪を湛え、ライガとリクトを睨みつけていたが、最早それに意味はなかった。

 ライガは、死霊化術(ネクロマイズ)を完成させた。

「無に還れ」

 ──ビョオオオオオオッ……!

 不可視の霊魂たちが、死霊化されて赤黒く染まり、嘆きの叫びを上げる髑髏(されこうべ)のような姿となった。それらは躍りながらリクトの出現させた五線譜の渦に混ざり、黒煙の尾を引きながら回転する。

 そして──急激に圧縮され、限界を迎えたように破裂した。

 途方もないエネルギーが、虚空に迸る。グーロはその中で魂消(たまぎ)るような咆哮──悲鳴を上げ、数秒間悶えた後その巨躯をどさりと横に倒した。

 嘆きの不協和音と、荘厳ながら甘やかな音色が同時に消失した。赤黒い怨霊(ルブナン)の輝きも、金色(こんじき)の五線譜のエフェクトも消え、淡い月光のみを灯りとした夜の闇が辺りに戻って来る。

 残されたのは、魔物の亡骸のみだった。

「バロラント!」

 まさにそのタイミングで、リクトに同行して来た若者二人が声を上げた。

「捕まえましたよ、こいつら! 堪忍しろ、この墓暴き(トゥームレイダー)め!」

 エロイスが、偽騎士の片割れ──地属性魔術を使う方──の関節を背後から()め上げ、噛みつくように言う。拘束された偽騎士は苦悶の声と共に、慌てたように手刀を切った。

「待て、待ってくれ! 確かに俺たちはジフトだ、『(アラクラン)』だよ。だが──」

「問答無用! 馬鹿野郎ども、この有様を見てみろ! 一体何をどうしたら、村一つがこんな事になるんだよ!」

「ジフトだったのか……そうじゃないかとは思ったけど」

 ライガはやや気抜けして呟く。

 蘇って早々にこの騒ぎだ。しかし、内心では悠長に疲れている余裕などない事は分かっていた。

 ジフト軍残党──彼らは公皇ブラウバートが討たれ、皇太子イスラフェリオが逃亡してから半ば空中分解の状態となり、帝連軍や各地の自衛軍によって狐の如く一方的に狩り立てられるのみだった。

 だが彼らは今、明らかに行動を起こし始めている。隕命君主(ロアデモート)である自分すら復活させたのだから、ただ事ではないはずだ。

「一体──」

 何なのか説明してくれ、とライガは言おうとした。自身の復活も含め、疑問はちぎっては投げ、ちぎっては投げしたい程ある。何気に今居る者たちの中で最も目下の状況に混乱しているのは、ライガだった。

 が、それを口にする前に、

「ライガ……なんだよな?」

 リクトが、若者たちの事など目に入っていないかのような様子でこちらの名を呼んできた。

 ライガは改めて彼の方を見る。その顔は、状況を整理する余裕が出来てやっと感情の変動に自身を従わせる事が叶った、という(ふう)に見えた。喜び、戸惑い、恐れ、それに──罪悪感、だろうか。複雑な表情を湛えたまま、何を言えばいいのか分からないというように微かに唇を震わせている。

「あー、えっと……まあ」

 ライガもやや戸惑ってから、ぎこちなく右手を上げた。

「……やあ、久しぶり」

「あ、ああ……」

 リクトが同じく手を上げて応じる。二人は(しば)し、そのまま無言で視線を交わし合っていた。

 嵐が去った後のように静まり返る村に、僅かに煙のような臭いの混ざった風が吹き抜け、国境の方に過ぎ去って行った。

 ご精読ありがとうございます。『リ・バース』第一話「Happy Unbirthday」はこれにておしまいです。最初に人物紹介のような事を書いておきながら、一回目に紹介した(つまり特に重要な)キャラのうちまだ半分も登場していないので次回に乞うご期待です。次回は冒頭からヒロインのシアリーズが登場します。

 最初にお断りしておきますが、私の作品に登場する技は基本的に使い回しです。これは手抜きではなく、似たような技が毎度出てくるのでわざわざ名前を変えるよりはテイルズ的な作品間での設定の共有という事にしようと考えての事です。そもそも、私の技名の付け方のお手本はテイルズシリーズ以外にありません。とはいえ、バトルに重きを置いた作品の一つ一つが没個性的になってはいけないので、『ブレイヴイマジン』のブレイヴの技や『フランチャイズ・フラン』のイクスタロットやネプルスウルトラの魔法、『闇の涯』の臨空術といったその作品にしか登場しない技もあります。『リ・バース』の場合は、それが降霊術です。

 それから、お気付きかもしれませんが作中のソレスティア帝国の世界観はフランスがモデルです。私は異世界ものは国籍を暈す為に敢えて様々な外国語を取り入れたり、何語とでも解釈出来そうな人名を付けたりしますが、今回はやや偏りが生じました。とはいえ作中世界の殆どは帝国連邦の傘下に入り、全体で合衆国のようになっているので、あくまで「世界観は不明だが征服王朝の国風が中心にある」という風に解釈して頂ければ。

 もう一つ、作中でネイピアの訛りとして表現されている言葉は仙台弁(東北弁)です(私の周辺ではこれ程訛っている人は見かけませんが)。無論細かな地域によっても差があるので必ずしも正確なものとは言い難いのですが、私自身は架空の世界をモデルにした創作物で田舎訛りが表現される際にしばしば使われる、雰囲気だけ再現したような地域不明の田舎言葉(一人称が「おら」で語尾が「んだ」と「べ」だけ、的な)が苦手なので一応凝ってみました。

 それにしても、「後書き」を書く度に思う事ですが、藍原センシはいつの間にこのような七面倒臭い創作者になったのだと……まあ、自分なりにこだわりを持った創作者というものは大抵七面倒臭いものですが、この先もどうか宜しくお願いします。

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