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『リ・バース』第一部 第1話 Happy Unbirthday①

○用語

・ジオス・ヘリオヴァース…世界の名前。

・帝国連邦…世界を支配する統一国家。

・ソレスティア帝国…帝国連邦の「主国」。

・ジフト公国…非承認国家。帝連に独立戦争を仕掛け、敗北した。


魔術(グリモワール)…魔法。

文法(グラメール)…通常魔術。詩文(ヴァース)の詠唱により発動する。

降霊術(ネクロマンシー)…魂を用いる魔術。

死霊化術(ネクロマイズ)…魂を怨霊化する降霊術。


霊魂(アニマ)…生きとし生けるものに宿る。

霊力(オーラ)…降霊術の媒体としての霊魂の呼称。

聖霊(エスプリ)…剝き出しのまま世界に存在し、生まれ変わる事をしない魂。

怨霊(ルブナン)…死霊化術によって殺された魂がなるもの。

魔素(エアル)…文法の媒体となる物質。大気中に存在する。

魔物(グリモア)…魔術を使用する人外の生物。魔素を生み出す源。


境界(リンボ)…魂が生まれ変わる際、七日間存在する世界。降霊術の媒体にはここにある魂が用いられる。

審判の七日間(セプタ・クライシス)…その七日間。

煉獄(インフェルノ)…生前に罪業(クリム)を負いすぎた魂が浄化される世界。

境界転生(インヴォーク)…境界に在る魂を呼び寄せ、胎児に宿す禁術。

約定(プログラム)…世の理。

 闇の中を、大勢の人影が走っていた。

 霧(けぶ)る夜の森は鬱蒼とした樹冠を(いただ)いて、月の光線を地面に到達する前に遮っている。冷たい風が吹き抜ける度、背の高い薮が獣でも走り抜けて行ったかの如くざわざわと騒いだ。

 風速は彼らが森に入ってから俄かに強まっていた。気流が行き過ぎる度、皆の耳元で口笛のような音が鳴り狂う。

 それは、まさに鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)といった響きだった。

 誰もがこの樹海に、行き場を失った魂が苦痛に悶えながら彷徨っている事を肌で感じている。

 この世の誰もが宿し、またこの世と重なり合いながら存在する”境界(リンボ)”にも無数に存在する霊魂(アニマ)。人間や鳥獣、草木の本体であり、降霊術者(ネクロマンサー)たちにとっては力の依り代でもあるそれが、世の(ことわり)を──約定(プログラム)を逸脱しただけで、これ程に理解不能な、恐ろしい存在となるのか──。

 誰もが、そう思っているに違いなかった。

魔素(エアル)の流れが乱れ始めている」

 先頭を駆けるバシネットを被った男が、知覚術を使用しながら呟いた。すぐ後ろを駆ける、白銀色の鎧を纏った金髪(ブロンド)の若者に、ちらりと顔を振り向ける。

 若者の顔は蒼白だった。だが、それはこの森の空気の為ではない。

「リクト。貴公にとっては望まぬ運びだったやもしれんが、ここまで来たからには覚悟を決めて貰うぞ」

「ご心配には及びません、騎士長」

 若者は小さく、しかしはっきりとした声色で応えた。

「私は自ら志願して、彼を討つと誓ったのです」

「そうか」

 ならばもう何も言うまい、というように、先頭の男は視線を前方に戻した。

 不意に──。

 行く手の霧の中から、唸るような声が響き出した。

 一つ、二つと、人影が浮かび始める。男たちは足を止め、各々(おのおの)の武器に手を掛けつつそれらを睨視する。

 最初にはっきりと見えたのは、眼光だった。

 生きている人間には、まず有り得ない程の爛々とした輝き。それに照らし出されるように見え始めた顔からは肉が落ち、欠けて尖った歯が牙の如く剝き出され、綻んだ包帯が何重にも巻かれていた。

 肉体がこのような状態になって尚、生まれ変わりを許されない魂。しかも、それは術として使い果たされれば消滅し、もうこの世に戻って来る事はない。

生ける屍(リビングデッド)……!」

 誰かが声を上げた。「怨霊(ルブナン)が、こんなに──」

「近いぞ、気を付けろ!」

 先頭の男が警告の声を発した時。

 闇の中から、赤黒い霊力(オーラ)を立ち昇らせた人影が現れ始めた。群がる生ける屍(リビングデッド)が、その人物の為に場所を空けるかの如く左右に分かれ、中には理性を取り戻したかの如く跪く個体も居る。

 その姿を見、誰もが息を呑んだ。

 漆黒の法衣を纏い、剣の代わりに人骨から作られた杖を握った青年。その双眸は血走り、青白い頰には死刑囚を表す二重の「X」の焼き印が刻まれている。それは禍々しくも、痛々しいものだった。

死霊化者(ネクロマイザー)……隕命君主(ロアデモート)、ライガ・アンバース!」

 それこそが、この稀代の降霊術者の名だった。

 天才的な魔術(グリモワール)の使い手であり、人類を滅ぼす禁術──死霊化術(ネクロマイズ)を使用する、今の世にとって最大の脅威。

「ライガ……」

 白銀の鎧の若者は、変わり果てた彼の名を呼ぶ。しかし隕命君主は、自らを滅ぼしにやって来た者たちの中に彼の姿を認めても、顔色一つ変えはしなかった。或いはその目に、もう彼の姿など映っていないのかもしれない──。

 生ける屍(リビングデッド)たちが、唸り声を上げながら討伐隊を睨む。

 討伐隊の魔剣士たちは、退()くまいとするように両の足を震わせながら上体を微かに前傾させる。

 膠着状態が、しばし継続した。

 しかし、やがて騎士長が管楽器(ユーフォニアム)を抜き、

掛かれ(テュエ)ーっ!!」

 声高に号令を発した。それで、衝突の火蓋は切って落とされる。

 自分たちを鼓舞するかのように雄叫(おたけ)びを上げ、魔剣士たちが生ける屍(リビングデッド)の群れに飛び掛かった。それぞれの剣が抜き放たれ、刀身が剣技の輝きを帯びる。

 死霊化者(ネクロマイザー)は自らに襲い掛かる彼らを冷たく見ていたが、やがて低い声で手駒たちに命じた。

「──やれ」

 生ける屍(リビングデッド)たちは待っていましたとばかりに声を高め、骨張った両腕を伸ばし、迫り来る討伐隊に対して迎撃の構えを取った。


          *   *   *


 帝暦九三年夏、帝国連邦軍五大騎士団(オーダー)の総力を挙げた大規模討伐作戦の結果は成功に終わり、隕命君主(ロアデモート)ライガ・アンバースは討たれた。

 彼に(とど)めを刺したのは、フォルトゥナ騎士団のリクト・レボルンス。正騎士の叙勲から一年目の若き魔剣士だった。

 帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)での戦闘から三年前に終結した、ジフト公国独立戦争。当初の想定を遥かに超えるジフトの反乱軍に対し、帝国連邦によるその鎮圧にライガが──彼の修めた死霊化術(ネクロマイズ)が絶大な力を以て貢献したのは確かな事実だ。しかしその力は、魂の数が有限の世界に於いて、人類を破滅に導く禁術だった。

 英雄でありながら人々に恐れられ、帝連と決別した彼の強大な力は、次第に世界に災厄をもたらすようになった。やがて帝連軍は、ジフト戦役と同等の戦力を投入してライガの討伐に乗り出し、彼は滅びた。

 しかし、人々の心には一抹の不安が残り続けた。

 彼の凄まじい力が、境界(リンボ)へ──そして「審判の七日間(セプタ・クライシス)」の末、生前の罪業(クリム)の報いを受けて煉獄(インフェルノ)へと向かうはずの魂を、この世に引き戻すのではないか、と。

 実際に、名立たる降霊術者(ネクロマンサー)たちが帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)で調査を行った。しかし、彼の死と共に術を解かれ、消滅した怨霊(ルブナン)を含め、境界からこの世に彷徨い込んだと思われる魂は発見されなかったという。

 それでも尚人々の不安が去らなかったのは、ライガの魂が正常に境界へと向かったのであれば「審判の七日間」を終えた後──五大騎士団と彼との決戦から八日目に起こった出来事が原因だった。

 公国首都ヴァイエルストラスの陥落の後、三年間に渡り隠遁していた、ジフト公皇(こうおう)ブラウバート・イスラフェリーの長男、第一皇子イスラフェリオ・イスラフェリーの再来である。

「私はここに、自らを公皇として新生ジフト公国の建国を宣言する!」

 カヴァリエリの地で突如総督府を占拠し、イスラフェリオが出した宣言はたちまち風聞となり、一日で帝国全土に、三日で帝連に属する全ての国々へと伝播するに至った。

 その宣言の中に、死霊化術(ネクロマイズ)に関する文言があった。

 曰く、新生ジフトはそれまで禁術として研究を禁止されてきた死霊化術を新たな学問分野として体系化し、実用化を前提とした研究に着手する。これはジフトが帝連と対等に交渉を行う為の措置であり、互いに次の外交手段を武力によらないものとする為、先の戦の勝者である帝連が勢いづき言論を排する事のないようにする為の抑止力である。(ただ)し、これを受けて尚帝連が武力にものを言わせ、自分たちに攻撃を仕掛けるようであれば、それは抑止力としての性格を改めざるを得なくなる──。

 それは、ある意味では宣戦布告に等しかった。

 戦力の大半を失い、三年間ひたすら雌伏に徹していたイスラフェリオがこのタイミングで再び表舞台に現れた事、その新たな戦力が死霊化術である事の、早い段階での発表。

 誰もが、実際には既に彼らの研究が進んでいるのではないかと疑った。

 同時にそれが、ライガ討伐から七日間のうちに、境界から魂を呼び覚ます禁術が使用されたという事を意味するものではないのか、と……


          *   *   *


「苦しい……苦しいよ、あなた……!」

「堪えるのだ。これに耐えさえすれば、我らが悲願は成就するのだから」

 深更、暗室には静脈血の如き赤黒い光が揺蕩(たゆた)っている。

 ベッドの上で体を半ば浮かせ、苦しげに呟き続ける女に意識はなかった。ただ彼女が夢の中で、凄まじい恐怖の体験をしている事に間違いはない。

 彼女には万全を期し、睡眠(ソムニア)の魔術が掛けられていた。全てが完了するまで目を覚ます事はなく、翌朝目を覚ませば全ては忘れ去られているか、覚えていたとしても一晩の悪夢で完結させられるだろう。

 ゆったりとしたネグリジェの布地が、迸る圧力に激しく踊っていた。

 それに包まれた女の下腹は、微かに膨らんでいる。そこに、新たな命の萌芽を宿しながら。

 何処(いずこ)からか集い来た黒い霊力(オーラ)が、その腹に向かって凝集し、吸い込まれていく。男はその傍らで、淡々と禁術の詠唱を続ける。

「在りし日の魂魄よ……未誕の胚芽へと(きた)れ! 我が計らいに応じ、(つな)がれし同胞(はらから)を征服し、貪婪なる(かつ)えと共に再び人の世に生まれ落ちよ!」

「あ……ああっ……!」

「もうすぐだ、もうじきに済む」

 男もまた、苦痛を堪えるかのように眉根を寄せていた。

 ベッドと女の背との間に僅かに生じた隙間から、零れ出る魔方陣の発光が一際(ひときわ)その強さを増した。

「この(はら)に宿れ……偉大なる隕命君主(ロアデモート)、ライガ・アンバースよ!!」

 血を吐くような男の叫びと共に、虚空から女の腹に向かって収斂していた霊力(オーラ)の流れが速度を上げた。

 女の反り返りが背骨を折らんばかりになり──やがて、力が抜けたようにマットレスの上に落下し、伸びる。その弾みに、霊力(オーラ)が完全にその胎内へと吸収された。魔方陣が幾度か点滅し、ゆっくりとその光を消した。

 部屋には、壁の照明石(ランタン)の淡い輝きだけが残った。

 数瞬の後、

「……ぐはっ!」

 男の口元で、血液の雫と共に呼気が暴発した。

 彼は荒い息を()き、ベッドの端から投げ出されるように垂れた女の手に縋りつくようにしながら座り込む。

境界転生(インヴォーク)……プログラムに対する最大の冒瀆の術……」

 掠れた独白が、その口から零れ出した。

「まさかこれ程までに、凄まじいものだとは……」

 視線を上げ、穏やかになった呼吸に合わせて微かに動く女の腹を見る。禁術の行使前と比べて特に変わったようには見えないが、男は確信していた。

 そこに宿る霊魂(アニマ)が、確かに二つになった事を。

「ライガ・アンバース……あなたは、既に伝説の宿業を背負ってしまった。故にあなたは、あなたの振り撒いた呪いを自らも背負い、生き続けねばならないのだ……世界が終わるその時まで」

 男は語り掛け、微かに口角を上げる。その口の()から、また一筋の血が顎を伝って床に滴った。

 夜は深々(しんしん)と更けていく。

 自らの胎内で鬼子が育まれている事を知らず、女は眠り続ける。

 恐らくこの先も、知る事はないだろう──。

 本日より新連載『リ・バース』を開始します。今回は『闇の涯』や『フランチャイズ・フラン』のような私たちの世界との行き来がない純・異世界ファンタジーの上、設定が煩雑で人物も多いので、「前書き」に主立った用語や登場人物の紹介を書こうと思います。とはいえ、本文を読んでいるうちに何となく分かってくるような事なので別に読み飛ばしても大丈夫です。

 今後の混乱を避けるべく一応断っておきますと、本作は主人公ライガの復活後である現代編(Rebirth)と、彼やリクトの騎士見習い時代を描いた過去編(Reverse)が繰り返される形で物語が進行します。序盤は意味不明な用語や出来事、人物の登場により雑然とした印象を受けられるかもしれませんが、それらは過去編で詳細が語られたりする為どうかご安心下さい。前連載の『夢遥か』では世界観の都合上取り入れられなかったお馴染みの魔法(本作では「魔術」ですが)も続々と登場するので、以前からの読者の方々にもお楽しみ頂けるはずです。

 ……と自信満々に書いていますが、実はここ一ヶ月くらいずっと新人賞応募用の小説に掛かりきりになっており、こちらは二話分を書いただけで放置してしまっていた為自分で考えたはずの設定や構成を思い出すのにかなり苦労しています。プロットとそれまで書いていた部分を見返しながら何とか執筆を再開していきますが、投稿箇所が執筆箇所に追い着いてしまう可能性が恐らく過去にない程高まっています。普段私は、常にその日の投稿箇所より一ヶ月以上先の部分を書くようにしており、noteでの連載を行っていた頃から何も投稿しなかった日が一日もない事を密かに誇りにしていたのですが、今回ばかりは危ういと思っています。可能な限り逃げ切るつもりですが、もし間に合わず休載するような事があっても読者の皆さんにはどうか寛大な心でご容赦頂ければありがたいです。

 それでは、引き続きお楽しみ下さい。

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