「影野ホールディングス、急成長中。次なる舞台は球技大会」
どうも、作者です。
いつもなら端っこで存在を消して終わるはずの授業で、影野がまさかの評価アップ。
さらにボール拾いという人生最大級の大イベント(※本人比)まで発生し、脳内株式市場は大暴騰。
しかし黒板には「球技大会まであと一週間」の文字が……。
影野ホールディングス、果たして来週も上場維持できるのか!?
ピロン――。この頃は目覚ましよりデイリーミッションの着信音で先に目が覚める。学校に行く前に「腕立て三十回」「腹筋五十回」「ランニング二キロ」。
報酬はたったの〇・五ポイント。報酬はしょぼい。
「……はいはい、やりますよっと」
もうすでに慣れたこのミッションを、朝飯より先に片づけてしまうのが最近の習慣だ。
無理やりベッドから這い出して半泣きで腕立てをすると戸がガラッと開いて妹が顔をのぞかせて言った。
「兄ちゃん、ご飯できてるよ。……げ、何やってんの。気持ち悪っ」
朝からパンツ一丁でトレーニングしているのがばれた。
「……こっちは命懸けなんだよ(※妹には伝わらない)」
「そんなのどうでもいいから、早くしてよね」
バタン、とドアが閉まる。俺は小さく息をついた。
(……まぁいい。どうせ説明しても理解されないし)
そういわれても無視してランニングに出かける。
「はあ……はあ……今日も素晴らしい朝じゃないか」
誇らしい気持ちになってアスファルトをおもっきし蹴る。
「もう少し加速してみるか」
左手の腕時計を見ると時刻は7時前だ。すれ違うのは、いつも犬の散歩をしているおばちゃんばかり。もうこれは見慣れたキャストになった。
「最近あんた、えらい元気やねー」
「あ、はい……右の睾丸なくなったおかげですね」と冗談のつもりで言っただけなのにおばちゃんは目を丸くして「……えっ?」と仰天してしまった。
(……しまった、また余計なこと言った。これ、後で近所の噂にならないよな?
「あの星野家の息子さん、玉が片方なくなったらしい」とか……絶対井戸端会議のネタにされるやつじゃん)
脳内で、そんな地獄みたいな妄想を無限に広げてしまう。気づけば自分で恥ずかしくなって、また脚を加速させていた。
そう……これが彼の日課――ルーティンティンだ。
最近早起きなのに顔のくまがなくなっている気がする。これはいい兆候なのでは?
まあ間違いなく健康男子に近づいているんだろうけどね。
今日の体育はバスケ。
いつもなら開始一分で吐き気がして、あとはコートの端で立ち尽くすだけ。僕がボールに触れることなく、ゲームは淡々と僕を無視して進行していた。
――でも今日は彼は違った。
ドリブルで切り込む佐藤に合わせて必死に走り、戻りのディフェンスでも最後まで脚が止まらない。
「おっ、影野ナイスカット!俺についてこれるとは」
たまたまパスコースに立っていただけなのに、佐藤がハイタッチを求めてくる。
佐藤やっぱり君は褒め上手だよ。ほんとに。
「今日、お前の動きかなりきれてたよ」
「最近なんか元気あるよな」
小宮や周りの男子もそういって褒めてくれた。
日々のトレーニングの成果が、少しずつ目に見える形で出てきている。――第三者が、それをちゃんと教えてくれたのだ。
その体育の後の休み時間に僕にとっての事件が起きた。
「あっ、ごめん!」
声を上げたのは、クラスの隅にいる俺でも名前くらいは知っている女子――長谷川。
明るい茶色の髪を後ろでひとつに結んでいて、汗で少し乱れた前髪を指先で直す仕草が妙に自然だった。体育の授業で使っていたボールを、誤ってこちらに弾かせてしまったらしい。
「拾ってくれる?」
彼女が両手を口の横に添えて呼びかけてきた。
反射的に動いてしまった僕は、少し離れたところを転がるボールを追いかけた。
(しまった。僕が……、僕がが一番に反応してしまった……!)
ボールを拾い上げて振り返ると、長谷川と目が合う。
ほんの一秒。けど、その一秒が異常に長く感じられた。
彼女の瞳は黒目がちで、そしてまるでガラス玉みたいに光を反射していた。
「ありがと!」
すると続けて、長谷川が少し照れたように口を開いた。
「えっと……最近、体育頑張ってる?」
「えっ? な、なんで……」
すると長谷川は軽く笑って首をかしげる。
「なんでって?最近影野君なんか変わったよ。実行委員とかしちゃうし。小宮君とかと仲いいじゃん。まるで正反対なのにね」
「じ、実行委員は……勝手にやらされただけだし」
「でもさ、最近女子の中でも株上がってるよ。『面白い枠』って感じで」
「え、ええっと……そ、それは……」
脳内で鐘が鳴る。「カーン!」というあの取引開始の合図。
俺の名前が電光掲示板に表示され、謎のアナウンサーが絶叫する。
――影野株、本日ストップ高! 前日比+200%!
出来高急増!売り注文ゼロ!完全に買い一色!
「おいおい、俺、ついに上場企業? 東証プライム? いや、影野ホールディングス誕生だろこれ……」
背後では脳内解説者が補足する。
「注目の材料は――“女子から会話を振られる”という前代未聞のサプライズ要因!市場はポジティブに反応!」
……うん。妄想市場、完全にバブル相場。
でも実際はただのボール拾いイベントなんだよな。
そしてボールを渡すときに、指先がほんの少しだけ触れた。こんなのだったら投げて渡すんだった。
別に特別な意味があるわけじゃない。ボールを受け渡せば、当然触れることもある。
案の定、近くにいたクラスメイトがひそひそと笑ってこちらを見てくる。
「影野がボール拾ったぞ」「あいつも隅に置けないな」――そんな声が、頭の中でぐるぐる回る。
俺はそそくさその場から離れた。
「…………」
ただボールを拾っただけ。
それだけなのに、俺の中では大事件だ。
そして――
教室の黒板には大きく「球技大会まであと一週間」の文字。
脳内アナウンサーが再び叫ぶ。
「注目の大型イベント、いよいよ開幕迫る! 影野株の真価が試されるのは――来週だ!」
……いやいやいや。
頼むから上場廃止だけは勘弁してくれ。
次回――
いよいよ「球技大会編」がはじまります!
陰キャ最大の修羅場、そしてチーム戦。
果たして影野はコートの上で輝けるのか、それとも上場廃止なのか!?
お楽しみに!