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陰キャだけど、不良から女子を助けたら“ありがとう”って言われて心が救われた件

ついに始まった“ミッション”――。

謎のアプリに従い、影野吾郎は放課後の街を彷徨い歩く。

不良に絡まれる少女、逃げ出したくなるような現実。

でも、勇気はいつだって小さな一歩から始まる。

陰キャな俺にできることなんて、ほんの些細な“逃げ”だったとしても……。



不良に絡まれた女子なんて、そんな都合よく見つかるわけないだろう。

心の中で思わずつぶやく。

教室での僕の定位置。一番後ろの窓際の席。授業中も、誰とも目が合わない、空気のように過ごせる場所。

――でも、今日はなんだか違う。そわそわして、じっとしていられない。

放課後、街を歩いてみるか。そう、意味もなくそう思った。

自ら進んで不良を探すなんてこと、今までの僕なら絶対にしない。むしろ「そんな奴、漫画の中だけでしょ」とバカにしていた側だ。

でも今の僕は、あの謎のアプリからの通知にただ従っている。やらないと……何かを“また”失うから。「次は左側?それとも竿ごと?……まぁ、使う機会なんてないけどね」

冗談めかして笑ってみるけど、喉の奥は乾いていた。自分でも、この自虐的なギャグが笑えないことに気づいている。

——学校が終わり、僕は“街中を巡る大冒険”に出発した。

この街、意外と“治安が悪い”ってことで有名だ。駅前こそ整備されているけれど、少し路地に入ればガラの悪い若者たちのたまり場が点在している。

そして、もう一つの特徴が、かつて賑わっていたという商店街。今はすっかりシャッター通りになって、寂れた空気が漂っている。

その通りには、派手なスプレーアートというより、ただの落書きがあちこちに残っている。「WELCOME TO OUR HOOD」なんて、中二病みたいな文字が目につく。

歩きながら足を止める。

ここ、昔は母とよく来ていた場所だ。

コロッケ屋のにおい。ガラガラと開くシャッターの音。

手をつないで歩いた、あの頃の景色……

——でも、全部もうないんだな。

代わりに今ここにあるのは、錆びた看板と落書きだらけのシャッター、そして焦げ臭いようなペンキの匂い。

——街中大冒険は、わずか十五分で幕を閉じることになった。

理由は単純。

静まり返った通りに、風が吹く。空き缶が転がる音にまぎれて、耳が拾った不自然な気配。

それは、か細く震えるような声だった。

「……や、やめてください……」

直後、怒鳴り声が響く。

「あ? てめぇ、誰に口きいてんだよ」

振り返ると、見たことがあるような、でも現実にいてほしくなかった光景があった。

不良三人に囲まれている女子。制服からして、たぶん高校生だ。赤みがかった髪が、夕日に照らされて揺れていた。その色だけで、俺とは住む世界が違うように思えた。

——現実にも、こんな場面はあるんだ。

でも、出くわしたくなんてなかった。

足が、ふと止まる。

「……どうする、俺」

ふーっと息を吐き、視線を上げる。覚悟を、ほんの少しだけ固めた。

「ミッション完了しようか。」

普通なら、ここで見て見ぬふりをする。

いや、普通どころか、僕のこれまでなら絶対にそうだった。

誰かが困っていても、関わらずに通り過ぎる。ただの通行人。背景モブ。

だけど——今の僕は、アプリに“選ばれてしまった”。

ミッションを達成できなかった代償は、体で理解している。

次はどこを失う? 右か、左か。それとも……全部か。

笑い事じゃない。もう笑えない。

背中がぞわりと粟立つ。何かに見られているような気がして、喉がカラカラになる。

逃げたい。でも、逃げたくない。

ここで背を向けたら、きっと僕は一生、何も変われない。

一歩でも前に出ないと、“ずっとこのまま”だ。

その時、あの時のアプリの通知音が頭の奥で思い出された。

【ミッション】:不良に絡まれている女子を守れ。

……そうか。別に戦う必要なんてないんだ。

そう思った瞬間、軽く息を吐いて、意識を切り替えた。

「……あの、道を、お尋ねしたいのですが……」

情けないほどかすれた声が、なんとか口から絞り出された。

三人の不良たちが一斉にこちらに目を向ける。

目線が交錯し、鋭い圧力がこちらに向かってきた。

息を飲みそうになる自分を抑えて、隙を見逃さなかった。

——逃げる。そうだ、いつだって逃げることだけは得意だった。

怒鳴られたり追い詰められたりしても、言葉でごまかし、逃げ道を作ってやり過ごしてきた。

だから、今回も……ごまかしてやればいい。

そして僕はその一言を口にした。

「逃げよう」

その手を取って、細い路地に飛び込んだ。

背後から、叫び声が響く。

「おい、待てこら!」

その声に反応せず、ただ彼女の手を強く握りしめる。

暗い路地に足を踏み入れると、ひんやりとした風が背中を押す。

「しっかりついてきてください!」

彼女は頷き、足を速める。その速さに驚きながら、僕は前を向いた。

足音が重なる。彼女と僕の足音が、リズムよく響く。

不良たちの怒鳴り声が、遠くから聞こえてくる。

「顔はしっかり覚えた、次あったときは許さねえ」

その声には、確かな憎しみが込められていた。

僕たちは細い路地の物陰に身を潜めた。

心臓が激しく鼓動しているのが、自分でもわかる。

耳を澄ませると、後ろの足音はだんだんと遠ざかり、やがて完全に消えた。

その瞬間、ようやく息を吐き出した。

「……や、やり過ごせたか」

思わずつぶやいた言葉が、手に伝わる彼女の温もりを感じさせる。

「……ありがとうございます」

震えた声に、胸の中で何かがくすぐられるような感覚があった。

ほんの少しだけ、彼女の目を見つめる。

彼女も息を整えながら、目を伏せ、僕の目線を避けるようにしている。その仕草が、なんだか照れくさい。

しばらく静まり返った路地に、足音だけが響いて

それが今は心地よい。

「ミッションコンプリート、だな」

ふと口に出したその言葉に、少しだけはにかんでみせた。

そのぎこちない笑顔に、彼女も小さく笑ったような気がした。

彼女が少しだけ頭を下げ、深くお礼を言う。

「……本当に、助けていただきありがとうございます」

声は震えていたけど、その中に確かな“感謝”の温度があった。

その瞬間、何かが胸の奥にふわっと灯るのを感じた。

おそらくこれが、「誰かに必要とされた」ってやつなんだろう。

「名前、聞いてもいいですか?」

彼女が顔を上げる。少しだけ勇気を出すような顔だった。

「名乗るほどのもんじゃないけど……影野吾郎です」

「……影野君、ですね。私は……横山美咲です。下の名前で呼んでくれたら嬉しいな」

小さく微笑みながら、そう名乗った。

名前ってすごく不思議で、たったそれだけなのに、知らなかった彼女のことが、少しだけ近く感じる。赤みを帯びた髪に光が差して、やけに印象的だった。不良に絡まれていた姿より、今の方がずっと強く記憶に残る。

「横山さん……じゃなくて、美咲さん、か」

下の名前で呼ぶなんて、いつ以来だろう。たぶん、小学生の飼育当番以来だ。

「本当に、助けてくれてありがとうございました」

もう一度、頭を下げる美咲さん。

そのまま、僕は何も言えずにその場を後にした。その背中に「また会えるかな……」と美咲は呟いた。


商店街を後にした男は、もう一人いた。

人通りのない路地裏で、彼はじっと一部始終を見ていた。

制服姿の陰気な青年が不良たちに立ち向かい、そして少女を連れて走り去ったあの光景を。

その男は、ただならぬ雰囲気を纏っていた。

姿勢に隙がなく、目は鋭く、街の闇に溶け込みながらも、確かな存在感を放っている。

「……結構、勇気あるじゃん。こりゃあ、総長――あんたの気に入りそうなの、いたぜ。」

そうぽつりと呟いたあと、男はスマホを取り出し、誰かに短く連絡を取った。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

第2話では、「陰キャが初めて誰かを助ける」という小さな変化を描きました。

本気で殴ることも、正面から立ち向かうこともできない。でも“逃げる”という手段で守ろうとする吾郎の姿を、少しでも共感してもらえたら嬉しいです。

ラストに登場した謎の男……

物語はここから、さらに加速していきます。次回もよろしくお願いします!



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