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1-8 闇夜に消える無駄足掻き

 


 言葉を交わせば、人は解りあえる。


 ――そんな生温いことを言うつもりはない。


 私は災禍の魔女。戯言めいた甘言など、重ねた四度目の人生にてとっくに知っている。……思い知らされてきたのだ。

 それでも一応、平和的な解決を試みたかった。全ては未来に繋がる自分の「生」の確率を上げる為に。破滅を確立させない為に。

 だからこそ、「子供らしい子供」をどうにか装って、近衛兵殿との対話の場に挑んだのだが……まあ、前評判を聞いた限りでは成功するわけもなかった。


「なんだ、この子供は? おい、誤魔化しているんじゃないだろうな」

「……ああ、確かに皇女様の話通りだが……しかし……」

「――いや。まあ良いだろう。おい、その者の身柄を引き渡せ。後はこちらで処理をする」

 馬耳東風。

 バカの耳に念仏。

 こちらの説明を何度も途中で遮ったうえに、彼らは仲間内だけで何やらヒソヒソと小声で話し合うので対話の成功率が透けて見えたのが悲しいところ。

 やがて、冤罪及び捏造の手筈と手段が纏まったらしかった。

 彼らは一方的に会話を打ち切った挙句、身勝手にも結果まで決めてしまう。


「さあ、お前はこちらに来い!」

 居丈高に言うなり目の前で大人しくしていた「子供」の腕を掴んで強引に連行しようとしたので、ヴァイスリヒトが即座に割って入り、その手を打ち払ったのも仕方のないこと。

 ボロを身に纏った他人を己の背後に引き寄せ、自ら盾となって近衛兵たちの前に悠然と立ちはだかる四騎士が筆頭殿。……何度も言うが、この時点で十六。人間性が出来すぎているのが本当に恐ろしい。

 ともかく、当然ながら近衛兵は激昂する。手柄を横取りされたのだと勘違いして。

 滑稽なことだ。守るべきものも最早見えていない彼らが、今更なにを取り繕うのか。

 そんなものは既に綻び、繕う箇所など残っていないというのに。


「邪魔をするな! とっととそいつを渡せ。お前たちには何の関係もない、貧民街の子供だろうが!」

「そちらが判断することではない――下がると良い」

 自分たちの手柄にのみ妄執する余り、略奪する蛮族よろしく子供に掴みかかろうとする近衛兵長を片手のみで制し、受け流して淡々と答えるヴァイスリヒトに相手はとうとう癇癪を起こす。


「このっ――成り上がりの若造どもめが! 我らに従わなかったことを後悔するがいい!」

「対話」の最後、それなりに高位の貴族でもあるらしい近衛兵団長が、怒りの形相で叫んで何かを地面に叩きつけた。

 見ればそれは漆黒のタリスマンであり、世間では「魔女の力を借りる魔石」として闇市で流通しているもの……らしい。

 らしい、と付けたのは右隣にいたロゼウスがそう説明したからで、私はそれを知らなかった。

 むしろ初耳だったので驚いたほどだ。

(ちょっと待て。魔女の力を借りるって何だ!? 私は知らないぞ! そもそも貸し出す理由が無いんだが!?)

 冤罪だ。これこそ真たる冤罪だ。

 止めてくれ。私の知らないところで、私に妙な罪科を乗せてくるのは本当に止めてくれ!

 頭を抱えたのは、これで何度目だろう。

 やはりこの縁は早々に断ち切るべきだと心に誓いつつ、しかし今はそれどころではないので身構える。


 割れた魔石より出現したのは、角と翼を持った闇の魔物。

 狼に似た獣の体躯、額に山羊めいた角が一本、背には竜を思わせる翼が一対。

「まさか、こんな場所で『知恵無きモノ(イグノランテ)』を呼び出すとはな。奴ら、余程手柄が欲しいとみえる」

 呆れた表情で腰に下げた剣の柄に手を掛けたのは、左隣のシュヴァルツェ。彼もまた全く慌てておらず、魔物とその背後に居る近衛兵団に侮蔑めいた眼差しを向けている。

「後先のことも考えないで、ほーんとバカだよね」

 アズラシェルに至っては完全に馬鹿にした様子で近衛兵たちを見つめており、怯えた様子は欠片も無い。この末弟は年齢的にまだ四騎士ではないが、既に片鱗はあるようだ。


 そして――目の前。

 前に一人進み出て、盾が如くこちらに背を向け敵と対峙するはヴァイスリヒト。

 他の兄弟たちよりもいっそう冷ややかな気配と眼差しを前方に向けて、口を開く。

「お前たちは、己が行動を理解しているのか」

 夜気に、長兄殿の冷えた声が乗る。

 郊外に位置しているとはいえ、ここは国の最高守護者であり大貴族でもある彼ら四兄弟が住まう屋敷。しかしながら郊外故に周りに民家はなく、だからこそ魔物を一体召喚されたとて問題はないのだろう。


 それでも、彼ら近衛兵に常識があるならば。

 せめてもの良識を持ち合わせていたならば。

 ここで素直に引いていればまだ、その崖っぷちの人生はどうにかなっただろう――けれども悲しいかな、噂は真実であることを教えてくれるのだ。


「はっ。勿論だとも。――貴様らがまとめていなくなれば、我が近衛兵団こそが国家の至宝となるのだ!」

 深夜帯とはいえ、彼らの背後には遠くではあるものの普通に町並みが広がっているというのに、それすらも嫉妬で見えなくなっているのか。

 だとすれば、次兄の言う通り「総取っ替え」したほうがいい。

 本当は解体するのが一番だろうが、時として「お飾り」にも大切な役目があるものだ。

 両隣で双子が身構え、末弟が少し後ろに下がる。

 その上で長兄が剣の柄に手を掛けたまま告げるは、最後通牒。


「武器を捨て、投降するなら罪も軽くなるが」

 ――どうする?と。

 最後の言葉は形だけをなぞり、首を少し傾げて見せたのは僅かな慈悲。

 それでも、「崖っぷち」たちには届かなかった。

「ハハハッ! 罪も何も、ここで終わりにしてしまえばいいだけだ!」

 ニヤニヤ笑いを浮かべた近衛兵が魔物に向かって手を突き出し、投げた言葉は最悪手。


「さあ、奴らを喰らい潰せ――跡形も残すな!」

 なんとも愚かなことをしてくれる。

 知らぬ他人ではあるが、小鳥の涙ほどの同情だけはしておこう。……この「慈悲」がいつか助けになることを期待して。少なくとも、業の秤は軽くなる筈だ。

 私は災禍の魔女カッコ仮。

 優しい心も持ち合わせているのだと、アピールしておかなくてはいけない。

 誰に、とは言わないが。一先ずは、誰か――何かに。


 なあ。私はまだ「か弱く平凡な幼女」でしかないだろう?



 ◇  ◇  ◇



(それにしても、あの魔物は初めて見る種だな)

 私の両隣を固定位置とした双子の兄が、それぞれに長兄を補助しながら応戦している。

 魔物と近衛兵たちの攻撃を防ぎ、隙を突いて「人」の方を先に片付けていくので流石だなと感心しながらも、私は兄弟たちではなく魔石によって召喚された「魔女の下僕」にその意識を向けていた。


(……うん、本当に知らないな。そもそも、あれは混ざり物じゃないか)

 長兄の攻撃を受けても怯むことなく鋭い爪を振るう魔物の魔力を解析すれば、三つ四つに分かれた魔力塊が視えて顔を顰める。

 想像した以上に「混ぜもの」が多いが、その割には不自然なくらいに安定していた。

 嫌な感じがするあの獣。もしや「基盤」にしているのは――。


 ――バキン、と魔物の角が砕かれて血が流れる。

 痛覚どころか、きっと知覚すらまともではなくなっているだろう歪みの獣。呪いじみたその魔法――外道錬成術――を使用する輩には、心当たりがあった。

 仮定ではなく既に確定した答えであるのは、魔石と魔物を持ち出したのが近衛兵だからだ。

 貴族、近衛兵、国家……とくれば、該当先など一つしかない。


(裏を探るのは後にしようか。長くなりそうだ)

 今は目の前の「障害物たち」をどうにかしなければ。

 足元すれすれに落とされた攻撃魔法を眺め、それから両隣で補助と防御を担っている次兄たちを見遣るついでに、末弟の安全を肩越しに確認し――最後に、前方で孤軍奮闘ならぬ孤高奮迅する長兄に目を向ける。


 白銀の髪をなびかせて、実に優雅に魔物の攻撃を避ける――どころか、それを受け流して使役者である近衛兵とその仲間たちに淡々とぶつけているのが、これまた見事で怖い。

 その技術の高さは言わずもがな。召喚者を含めた近衛兵たち全てを昏倒させたその後は、息も切らさず魔物へと向き直り、涼しい顔で剣を構え直す。

 踊る銀の獅子。その舞は氷のように冷たく容赦がない。


(私はこのまま傍観者でいてもいいのでは?)

 余りにも見事な手際の良さに感心すると同時に、半ば遠い目をしてヴァイスリヒトの背中を眺めていた時だった。


 オォ――ゥ。


 魔物が低く唸り、大翼を広げて空へ飛び上がった。

 視線にて追いかけた空中の先、漆黒の毛並みを逆立てたと思ったら切れかけたカンテラのように鈍い光を放ち始める。

「何だ?」とその場に居た誰もが動きを止めて見上げるが、対応できたのはただ一人。


(あれは――!)

 外道にて作られた人工生物には、ある特殊な性質がある。

 それは、魔物自身が息絶える際に「月光を吸収して外道の呪いを返す」こと。

 正反対ともいえる属性を全身に取り込むことにより、禍々しいその技は満月時に最大の効果を発揮する代物になる。

 命を使用する「業」である為か、反射も防御も貫通する万能魔法として道連れにするのだ。

 だからこそ、魔女の下僕と呼ばれるのだろう。

 愚劣な手先、卑怯な魔女。


 ――なんと斬新すぎる貶め方か。

 当の魔女はあのように悪辣な獣を従僕にした事実などないというのに、「お飾り」近衛兵団の背後に潜む元凶が濡れ衣や罪科、その他諸々を被せてこちらの破滅を早めてくるのだ。


 ああ、全く以って冗談じゃない!


「――ヴァイス! 肩を借せ!」

 返事も待たず、私は長兄に向かって叫び、走りだす。

 振り向いた彼は驚いた顔をしていたが、それも一瞬。すぐに剣を納めると、軽く腰を落とした姿勢になり、胸の前で両手を重ねて受け皿のようにした。

 さすがは十六にて四騎士筆頭になった男。こちらの意図を視線だけで明確に読み取ってくれるとは。

 その判断力と対応力は凄まじくあり、素晴らしい。……優秀すぎて、本当に憎たらしい。

 されど涙は飲み込み、私は勢いそのまま長兄の懐に飛び込むと、その「受け皿」に右足を乗せる。

 と、同時に彼が弾みをつけて、私を高く打ち上げてくれた。


 向かった先は、空に逃げた卑怯者――「魔女の下僕」であり「主」を知らぬ獣。

 魔力織りの外套を駆使して満月すらも飛び越えた獣の頭上、逆光の中で私は――魔女は、下僕に告げる。


「さあ、いい子だ――大人しく私の糧となってくれ」

 薄く笑った私の声と顔は、魔物が壁になって地上には届かない。

 ああ、それでいい。――これでいい。

 外套下より取り出した短刀を手に、私は魔物の胸に向かって深々と慈悲の一撃を入れるのだった。



 ◇  ◇  ◇



 満月浮かぶ、その夜空。

 魔物を喰らった私の体は、ただいま真っ逆さまに落ちている。

 風を切る音を長く聞きながら、思った以上の高さがあったのだとこの段にて気づく。

 星が輝いている夜空は美しく、近くに見える満月が少し眩しい。

 そんな中で私は、さてこれからどうするかと考える。


 宵闇に紛れて逃げようか?

 生憎と、「迷い家」は特定されていない。それに今しがた「魔女の下僕」を食らったばかりなので魔力が満ちている。……充ち満ちすぎて、眠気がぶり返しているのが厄介ではあるところ。

 思考を巡らせつつ胸の前で外套を抱くようにして掻き集め、何気なく地上を一瞥して――ギョッとする。

 眼下に広がる煉瓦敷きの地面。

 その真下、直線上に白銀の色彩を持った男がひとり。

 彼の長兄殿、最悪の天敵たる四騎士殿が、両手を広げて待っていた。


 ――待ち構えられている!?


(待て、待て待て待て……!)

 このまま何もしなけば、我が身は宿敵たる相手の腕の中に真っ直ぐ落ちる。

 そして、しっかと抱き留められるだろう。

 いや抱きしめられるのか。

 ああ、違う。こんな訂正はどうでもいい。

 焦点はそこではない。そんな事を考えている場合ではない。

 そうこうしている間にも、長兄殿が待つ場所に向かって落ちているのだ。


 考えろ。どうすればさり気なくここを後にし、彼らから離れることが出来るのか。

 考えて、考えて、考えながら、私は逆さまになっても姿変わらぬ満月を見る。

 けれど良案は浮かばず、名案など思い付かず。

 何も行動を起こせぬまま、ただただ真っ逆さまに美貌の青年が広げる腕の中へと落ちるのだ。


 ――「もはや、これまで」?

 ――いやまだだ。

 まだどこかに隙はある、と思いたい。……思わせてほしい。



誰も彼もが瀬戸際まで抗う

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