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1-6 次々に構われて、面倒(厄介)

 


「少年。アリスティアレス様の救出と、それに関する情報提供に感謝する」

 皇女誘拐の対応が済んだ長兄殿に声をかけられた時、迂闊にも私はソファでウトウトと微睡んでいた。

 まだ子供の身ゆえに夜更かしが辛く、また身の危険がない環境下であることも原因の一つであった。……なので、空腹の解消により気がゆるゆるに緩んでいたのでも、静かな雰囲気に油断したわけでもない。私は災禍の魔女なのだから。


 それにしても、長兄殿の側はこんなにも気が休まる場所だっただろうか?

 これまでの過去三十六回、それら運命の中では全くに覚えがない。

 何をしても彼らの気を引くことはできず、ようやく相手にされたのはこの身が滅ぼされるに至る瀬戸際、刹那、今際の際。

 求めても求めても、得られたものといえばこの身の破滅と存在の消失。

 それ故に、隙を見せるなど決して許されないことなのだが――まあ今は子供であるから、警戒心が低下しているのだろう。お互いに。お互い様なのだ、きっと。

 それはそうと、用件が済んだのだからこれでようやく解放されるだろう。

 さあて、森の拠点(新築)に帰って存分に眠るとするか――そう思いながら軽く目を擦り、退出を申し出ようと顔を上げた子供にしかし、長兄殿はこんなことを言うのだった。


「君に客室を用意した。もう遅い時間だ、今夜は泊まっていくがいい」


 ……選択肢が一択で、これまた有無を言わさない物言いなのはどうにかならないだろうか。

 随分と遅い時間まで「いたいけな子供」を拘束したのを、申し訳ないとでも思ったか。

 敵対していない相手に対しては、長兄殿は人並みに優しい。大した接点は無かったが、それでも彼の知らなかった一面を目の当たりにして、何だか得したような気分になった。

 それはともかく、今日はもうこのまま帰らせてもらいたい。

 経験上か、それとも第六感的なものか、前世の縁が繋がるのはマズイ感じがする。

 というわけで、自身の死と破滅の回避を優先すべく、私は怪しまれぬよう最低限の子供らしさを保って答えた。


「お気遣い痛み入ります。ですが、私は家に帰らせて頂きますので――」

「待つ者が居るのか」

「――え?」

「君を待つ誰かは居るのか、と訊いた。……不躾で済まないが、君の体躯、身なりを見た限りではご両親がいるようには見えない」

「……、本当に不躾ですね。これで居たらどうするんですか」

「居るのか」

「う、いや……」

 畳みかける断定の声と見透かすような眼差しとを向けられて、思わず怯む。相手の美貌も相乗してか、つい目を逸らしてしまったのはそこに敵意が無いせいか。

 嘘を吐いて誤魔化そうにも、彼の態度は紳士すぎた。真摯な誠実さがあった。

 それでも一応、抵抗を試みる。

「……、……いないことも、ないです」

 すると長兄殿は涼しい顔で頷き、立ち上がる。


「そうか。――では、家まで送ろう」

「――それは困る!」

 ぎょっとして、反射的に叫んでしまった。

 しまった!と思ったが、後の祭り。結果が見えていた悪あがきは、見事に失敗してくれた。

 顔を歪めて後悔している子供を見下ろして、長兄殿は何事も無かったかのように会話の続きを攫う。

「夜は深く、子供の外出には向いていない。――部屋まで案内しよう」

 言外の優しい圧力と、さあ来なさいと眼差しだけで促されては断り辛い。

 それに、ここは彼ら四騎士の本拠地。地層にも結界が敷かれていて彼らに有利な場所となっているので、猜疑心を抱かせて追及と対処に回られると、こちらはだいぶ困る羽目になる。

 部下も使い魔も何も持たない「ただの子供」である私には、少々不利な環境だ。

 私はまだ六歳。終わりを迎えるには早すぎるじゃないか。

 そうした考えの中から導いたのは「これ以上の抵抗は止めておいた方が無難だ」という答え。


 仕方ない。ここは一旦、「子供らしく」従おう。

 渋々ながらも頷いて立ち上がれば、「それでいい」とばかりに頭を一つ撫でられたので、本当に彼は敵対関係でないとこうも優しいのだなと、私は改めて自分の存在価値を嘆くのだった。



 ◇  ◇  ◇



 内心で何度も溜息を吐きながら、上質な絨毯が敷かれた廊下をとぼとぼと歩く。

 気分はすっかり売却予定の子牛。

 隣にはかつての敵でもある見目麗しい長兄殿がいて、すっかり黙りこくってしまった子供が気掛かりらしく、先程からさり気なくもチラチラと様子を窺ってきているのだが敢えて気づかない振りをする。

 これまでがずっと無関心、そして最後は敵対してこの人生は終末を迎えてばかりだったので、対応が分からないのだ。

 隙も見せない――のは先程やらかしたのでこれから注意するとして、不用意な言動でボロを出しかねない為、こちらも無関心を決め込むことにしたわけだ。

 これで間違いは犯さない。……と、思いたい。

 売られていく子牛が如く、黙々と進む廊下。

 黙々と続いたその雰囲気も、終わりが来る時が来た。


「少年、君が泊まるのはあの部屋――」

 不意に言葉を途切れさせて、長兄殿が足を止める。「どうしたんだろう?」と同じように立ち止まって顔を上げてみれば、その原因が見えて――見つけてしまって、絶句する羽目になった。


「うっわー、めっずらしー。子供連れの兄さんだ」

「確かに。しかも、まだ泣かれていないぞ。珍しい光景だな」

 嫌でも見覚えのある二人の美少年が、口々にからかいの言葉を投げつつ近づいてきた。

 自分との年の差から計算すると、今の彼らは十二歳。

 オッドアイの双子で、二刀流の剣士。耳元まで掛かる茶色の髪で、片方は右房を、もう片方は左房を長く伸ばしている。

 彼らもまた、四騎士に名を連ねる人物である。

「児童誘拐だったら俺、兄さんに引いちゃうんだけど?」

「兄貴がそんなことするわけないだろう。……そうだろう?」

 屈託なく笑いながら歩いて来た彼らは目の前で立ち止まり、談笑を始める。

 双子の軽口に長兄殿が僅かに眉を顰めて窘めているのだが、今の私にはそれを聞き取る余裕があまりない。

 確たる我が身の破滅へ誘う四騎士のうちの三人に自然と囲まれて、笑えるだろうか?

 容赦のない運命の流れがあんまりすぎて泣けてくる。

 脳裏に浮かぶは「孤立無援」もしくは「袋の鼠」の文字。はじまりのはじまりにて抱いた淡い希望は、このようにして無残にも砕かれるのかと落胆――するわけがないだろう!


 狼狽えている場合ではない。

 くよくよしている間にも、時間は実に滑らかにサラサラと流れているのだ。

 先程に遠慮なく口にしたケーキ同様、こんな落胆など食ってしまえば良い。――こんなものは早々に飲み込んでしまって、とっとと思考を切り替えろ。生きている限りは考えろ。

 私は伏せっぱなしになっていた視線を顔ごと上げ、顎を引いて彼らを見る。この先にて剣を交える、運命の敵対者たちを。


 しかしながら、ああ――この兄弟は誰も彼もが非常に整った顔立ちでいて、しかもそれぞれがまた違った美しさがある為に、引き締めたばかりの気を緩ませてくれるのでどうにもいけない。

 いちいち見惚れてしまう私も私で、実に愚かで情けないのだが、魅了されるまではいかないので見逃してもらいたいところ。

 それに、魔女の私にも相似した能力があるのだし。

 もっとも、七原罪の力ゆえ面倒になること請け合いの為、積極的に使うことは無い。

 騎士殿たちの魅了は等しく健全だが、魔女の魅了は不平等に不健全なのだ。分類的には同じものではあるのだが。


 目の保養と自己嫌悪と反省はともかくとして、さて、この試練めいた難関をどう切り抜けよう?

 ここは一つ「あどけない子供」であることを盛大に活用して、どうにかなるか試してみるか。

 よもや、何の罪も犯していない子供に対して剣を抜くことはあるまい。多分。恐らく。


 ……私は災禍の魔女!

 信じれば信じる程、念じれば念じる程に、この言霊が威力を発揮すると信じようか!



悉く、数珠繋ぎにやってくる。

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