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2-4 夜に歌う鳥の名は 4

 


 人気のない書庫。

 片隅の窓辺に影がひとつ。天井まで届く本の壁に囲まれて。

 ひっそりとした室内はしかし確かな清掃が行き届いており、木の書棚と古書の芳醇な香りが絶妙に混じり合って漂っている。さながら、スモークウッドの森のような。古木と乾いた紙の匂い。

 また窓から室内に射す日差しも柔らかで、森の中の空気をそのまま移したようだった。本の劣化を防ぐ為に書棚へは届かないが、湿気から守るべく陽光の腕が細く伸ばされている。


 懐かしいな。

 微笑む窓辺の少年。黒絹の髪が日差しを受けて艶めき、室内の明かりに少しばかり貢献しているようだった。ここは森の中ではないので、褒めるものは何ひとつもないけれど。

 だが喝采など必要ない。静寂で満たされた書庫ではお静かに。

 ぱらり、ぱらりとページを捲る音だけが聞こえる。


「ん。これは……」

 少年、ナハティガルが読書中に見つけたのは珍しい治癒術だった。

 表紙を見れば、古代語で『聖なる蛇の書(アェスクレピス)』とある。

(この系統はあまり磨いてこなかったな)

 どちらかと言うと、攻撃に防御、それから隠密に回避といったほうを常に優先してきたので、馴染みがない。

(生命への干渉は魔力の編み上げがややこしいから、後回しにしていたんだったか)

 だから、癒しに特化した仲間に任せきりだった。生憎、顔も名前も覚えていない。

 我ながら何と冷淡なことかと思う。

 全ては、むかしむかしのこと――などと、開き直るには少し罪悪感があるけれど。


(……思い出せるよう頑張るので許してくれ)

 忘れた仲間だか従僕だかに心の中で合掌しつつ、ナハティガルは本を読み進める。


聖なる蛇の書(アェスクレピス)』は魔法ではなく魔術だった。

 大雑把な違いとしては、詠唱するか術式を構築するか、といったところ。

 たまに光と闇、陰と陽、のような扱いをされることもあるが元を辿れば同じもの。

 無詠唱も可能だが、理の内で作った魔法だと『呪文を捨てる(破棄)』という行為に代償が発生するので注意が必要となる。

 魔法は外界からの借り物、魔術は内界の構築物。紙くずをポイと捨てるのとはわけが違うのだ。

 ぱらりとページをめくる。

「接触する系統ばかりだな。……もしや、この中身全部これか?」

 手をかざすならまだしも、何と口づけに近いものまであるのだから驚く。

(どういった用途でこんな――ああ、洗礼に寄せているのか)

 なるほど、神聖な仕草だと増幅効果があるらしい。全く、よく考えたものだ。

 ――面白い。

 俄然やる気が出たナハティガルは、薄っすら微笑する。

 研鑽し、持てるものは多く持つのが信条だ。たとえこの両手から溢れても、全てを抱え込めるようにしておきたい。


 しかしそんなふうに意気込んでも、限界というものはやって来る。


「……少し休憩するか」

 半分まで読んだところで集中力が切れた。

 軽く伸びをしてナハティガルが懐から取り出したのは、焼き菓子の包み。厨房に立ち寄って、くすねてきた甘味だ。厨房長にきちんと頼めば分けて貰えたかもしれないが、この方が背徳感があって良い。

 飽き飽きしつつある日常の、ちょっとした刺激。スパイス程度だから許されよう。

 食べこぼしに注意しながら本を読む。

 片手で菓子を摘まみ、サクリ。

 上質なバターを使っているようで、甘く香ばしい。客人に供される品だろうか。

 ありつけた小鳥は僥倖だ。


 ああ、この静けさ。窓辺から差す木漏れ日の温かさよ。

 小腹も膨れたナハティガルは、いつしかまどろみ、舟を漕ぎ。

 緩やかな眠りの海へ――こくり。



 ◇



 古い書物ばかりが収められている書庫で、ようやくそれを見つけた。

 内容が黴臭く古めかしい物が多いせいか、若い騎士たちには人気のない資料室。その片隅に、一番年若い者がいたものだからヴァイスリヒトは少し驚き、そして苦笑する。

 何を驚くことがある。

 彼は誰よりも勤勉で、知識に惹かれる探求者。手にするものが古かろうとも関係ない。

 娯楽を求めるように飲み込んでいくこの貪欲さは、ほかの騎士たちにも見習ってもらいたいところ。 

 所詮は夢物語。今の騎士団には望めまい。


(それにしても……静かだな)

 そっと側へ近づいてみれば、相手はどうやら眠っているらしかった。

 他人が――ヴァイスリヒトが傍まで近づいても、目を覚ます気配はない。

 どこか懐かない猫を思わせる『妹』に似た少年――騎士団の小鳥。綺麗な顔をした子供は、すっかり夢の中にいるようで珍しく無防備だった。

 ならば、と。

 控えめに触れてみたのは髪。

 柔らかく艷やかな黒髪は絹の手触り。

 細身の体躯。だが弱々しい外見とは裏腹に、剣の腕前は折り紙つき。これでも騎士団内の上位実力者だったりするのだから、人は見かけによらない。

(そういえば、外見で判断するなと叱られたこともあったか)

 そんな彼は――ナハティガルは、よく賭け事の対象になっている。けれど、その賭けは大抵成立しない。結果が分かっているからだ。

 小鳥(バーディ)と呼ばれても微笑むだけ。けれどそれが虚勢ではないことは、その強い眼差しを見ればわかる。

 竜と遭遇しても生き延びた勇気。他者を助ける正義。七つの美徳を所持しているかのような性格は好ましく、だからこそこうも惹かれるのかもしれない。

 深い闇色の黒瞳。

 美しいその黒曜石も……『妹』と、同じ。


 いつか、こうして。

 あの子にも触れることが出来たら。


「ん……? ――っ、わぁっ!?」

 くすぐったさに、小鳥が目を覚まし――酷く驚いた声を上げた。



 ◇



(なっ何でいるんだ!)

 目を覚ましたナハティガルは、近距離にある氷の美貌を見て跳ね起きた。全く無警戒だった己の迂闊さを恥じながら、反射的に両手を出して突き飛ばす。

 ――はずだった。

 悲しいかな、体格差により飛んだのはナハティガルのほう。

 ヴァイスリヒトに弾かれる形で勢いよく後ろに飛んだ。

「――いっ!」

 重い木の本棚に、ドスリ。

 ナハティガル程度の衝撃では倒れることはなかったけれど、どこかの怠惰者の置き土産が降ってきた。

 天板に置かれていた書物の雪崩が、真下の小鳥へと向かう。


「ナハト!」

 騎士が守るように覆いかぶさった。

 絶対の守り。ヴァイスリヒトの長い髪が落ちかかり、銀の天幕となってナハティガルを包む。

 ドサリ、ゴトリ、と物がぶつかる音が聞こえた。

 幾つかは床に直行し、幾つかはヴァイスリヒトにぶつかって。

 音がすること、二度、三度。――四度目でようやく静けさが戻る。

 ナハティガルは、氷の美貌が微かに歪むのを見た。

 それと――微かな血の匂い。


「……怪我はないな?」

 穏やかな声。見下ろす眼差しは甘やかな黄金。

「……」

 ナハティガルは無言で頷く。自分が声を出すことによって、辛うじて空いている空間が埋まるような気がしたので。少しでも間を空けておきたくて。ささやかな逃げ道として。

 吐息すら許されぬ近距離。

 そもそも自分の不注意でこうなったわけだが、とにかく居心地が悪い。

(目を開けたら筆頭がいるとは思わないだろう!)

 さり気なく視線を、顔を、横へ向けて――ヴァイスリヒトの凝視を避けて、ナハティガルが息を吐いたそこへ。


 ――つっ、と。


 不意に、唇に触れる何かの感触があった。

 視線を戻せばそれはヴァイスリヒトの指先で、更にギクリとする。

「な。なに、を」

「…………粉が、ついていた」

「え」

 まさか。

 まどろみに引きずられたとはいえ、本を汚さないよう口元は拭ったはず。

 拭い残しでもあったのか? いまいち自信がない。ナハティガルが困惑していれば、ヴァイスリヒトが苦笑を浮かべて会話を継ぐ。

「厨房にあった包みの移動先はやはり君のところだったか、ナハト」

「……黙秘します」

「そうか。賢明だ」

 証拠はないものな、とヴァイスリヒトが目を細める。

 微笑みながらナハティガルの唇の輪郭を緩やかになぞり、滑らかに表面を滑り――そして離れていった。

 拭う、というよりは指を押し付けるような触れ方だった。

 肉の柔らかさを確かめるような圧力で唇の造形をゆっくりなぞり、少し触れられた時に開いた隙間すら丁寧になぞり上げて。

 その指先はどこか熱を帯びてはいなかったか。


 いや。

 いやいや。

 いやいやいや。


 ナハティガルは凝然としてヴァイスリヒトを見上げていたが――ああ、金獅子の瞳が満月のようだ――やがて我に返ると、眉根を寄せて口を開いた。

「守ってくださったことに感謝します。ですが――早急にどいて下さい」

 律義な礼。けれど即座に繋げたのは拒絶の言葉。僅かな不快感を声音に混ぜて。

 珍しく感情を隠そうともせずに、身構えた猫となって騎士を睨む。

 ナハティガルの放つ険に、ヴァイスリヒトが眉を下げた。

「私の何が君の不興を買った?」

「…………先に、どいて下さい」

「ナハト」

 ナハティガルは思いきり顔を顰めてそっぽを向く。

 いつの間にか愛称になっている呼び方に、これはマズイと胸の奥で警戒音が鳴る。

 だがこの動揺を悟られてはならない。隙を見せては噛みつかれるかもしれないのだから。


(さすがにこちらの過剰反応――だと思いたい!) 

 相手は清廉な白銀の騎士。気高き精神を持つ男。

 今のは本当に汚れを拭っただけなのだ――ということであって欲しい、切実に。

 いっそのこと、この状態からもう一度突き飛ばしてやろうかとすら考えつつヴァイスリヒトに目を戻したナハティガルは――「あ」と声を出した。


 銀色の髪の間から、緋色が一筋。


「――ヴァイス、怪我を」

 思わず跳ね起きた。

 意外にもあっさり天幕が上げられ、閉鎖空間から解放されたが今はそれどころではない。

 不快感も忘れ、銀の髪に絡んで伝う赤に目を留める。

「これは……こめかみを切ったか」

 呟き、顔を顰めたナハティガルの側でヴァイスリヒトが微苦笑する。

「大した傷ではない。君が気にするほどでは――」

「気に掛ける方向がおかしい! 良いから傷口を見せろ」

 従卒の口調と態度を忘れて、ナハティガルは床の上に座るヴァイスリヒトの側に立つ。

 身長差の解消。この辺りに傷口があるだろうと髪を指先でそろそろと掻き分ければ……小さな裂傷を見つける。


(防御魔法でも掛けておけば無傷で済んだものを、なんでまたこの人は無防備に……!)

 イライラが募る。

 しかし集中すべきはそこではない。

(そう酷くはない、か。…………これなら)

 ナハティガルの脳裏を掠めたのは、転寝する前に仕入れた知識。知りたてほやほやの魔術。

「ナハト、大丈夫だ。簡単に止血して、後は治療室で――」

 他人事のように苦笑して、頭上に目線を向けていたヴァイスリヒトの言葉がそこで止まる。


 ちょん、と。

 小鳥の啄み。


 小さな点はほんのりとした熱を生み、触れた箇所から静かに広がった。痛みもどこかへ消えていく。

 いや、塗り替えられたのか。一瞬、目隠しでもされたような感覚があったが……瞬きを錯覚でもしたのか。


「…………ナハト」

「応急処置です。ですが、完全ではないので速やかに治療室へ行って下さい」

「ナハト、今のは」

「――治療して来い!」

「あ、ああ」

 ビシッと戸口を指して叫んだナハティガルの声に、引きずり起こされるようにして立ち上がるは騎士団最強、筆頭殿。ふらりと前によろめくも、次には姿勢を正してナハティガルを振り返る。

「良ければ君も」

「治療の必要がない人間が占領するのはどうかと思います」

「……そうか。では……行ってくる」

 ふう、と溜め息を吐いたのはどちらだったか。


「いってらっしゃい」

 投げやりな声が、書庫を後にするヴァイスリヒトの背中に届いた。



 ◇  ◇  ◇



(良し。早速新しい魔術を試せた!)

 ひとり残された静寂の書庫内で、少年は両拳を天に突き上げていた。

 さり気なさを装ったので、恐らく怪しまれてはいまい。魔術の痕跡も見事に隠し通せたのだから、単なる祝福の動作だとでも思われただろう。

 髪への接触は思慕の仕草に似ている。従卒ならおかしくもないこと。

 むしろ完璧だった、とナハティガルは自画自賛する。


 ――その評価が本当に正しいのかは誰が知るだろうか。

 知らぬ方が良い、無自覚に犯した失態のことなどは。


(そう考えると、ヴァイスリヒトが私の髪を撫でていたのもそれか?)

 思い返せば、子供を宥めるような仕草でもあったような……気がしないでもない。

(私が過敏だっただけか。……じゃあ、あれは……)

 あの唇への接触は?

 謎が謎を呼ぶ。しかし今は解かないでおこう。

 ナハティガルは乱れた髪を纏め直しつつ、周囲を見回す。

 埃が舞った様子はなし。本当によく清掃されているなあと見知らぬ管理者に感謝しながら、落ちた本を拾い上げていく。

 一冊、二冊、三冊、四冊。

 一つを手に取る毎にナハティガルの顔が強張っていく。

 それらは指三本ほどの厚みがあった。資料、資料、魔術書、剣術書。外装もしっかりした造りで、この雪崩をヴァイスリヒトはその身で受けたのだ。

 そういえば重い音がしていた。


(……見かけに反して重傷なんじゃ――)

 ぞっとしたが、いやいやけれど、流れていたのは緋色が一筋。

 第一、頭部を直撃したのならすぐに立てるはずもない。

 となると、防御魔法は掛けられていたということになる。

 だが、それならなぜ怪我を――。


「……私の方に回したな」

 雪崩落ちた本を棚の空いている箇所へ納めながら、ナハティガルは顔を顰めて唸る。ともすれば舌打ちでもしそうな不機嫌さを滲ませて。

 守ってくれたのはありがたい。

 けれどこの身は騎士の、四騎士の加護と非常に相性が悪いのだ。

 そして彼の騎士はそれを知らない。知らない方が良い。知られたくない。決して。

 雪崩を起こした本棚を見上げる。


「…………結果的に私が怪我をさせたんじゃないか」

 ナハティガルがぶつかっただけではびくともしなかったのに、天板に積み上げられていた蔵書の方はそうではなかったのだ。

 適当に置かれた未必の故意。

 ああ、横着者に災いあれ。

 つい先ほどまでにあった軽やかな気分はすっかり沈んでしまっていた。雪崩の影響でこちらの心も冷えたらしい。

 ふと外を見れば、木漏れ日の世界が広がっている。

 あの光の腕はこちらも温めてくれるだろうか。

 それとも、高潔な騎士に傷を負わせた不届きな小鳥は跳ねつけられるのか。

 ともあれ、読書の時間は一旦終いにしておこう。

 読みかけだった本を、ぱたりと閉じてナハティガルは窓辺に向かう。


(そういえば、そろそろ時間だな)

 午後からの演習に参加するよう、兄騎士たちに言われていたのを思い出した。皆で研鑽しあおう、剣を磨こう、と誰かが奮起したらしい。ナハティガルまで誘ってきたのは珍しいことだった。

 面倒だが……少しだけ期待している自分がいる。

(誘われたのは初めてだ……彼らもようやく騎士道のなんたるかに目覚めたか?)

 そうであれば喜ばしい。検品作業が減る一助となるだろう。

 それに、己を磨き、修練を積む者は嫌いじゃない。


 ナハティガルは窓枠を掴み、足を掛け――るかと思うや飛び越えて、軽やかに外へ、ひらり。



 ◇  ◇  ◇



「うわっ! 兄さんどうしたのそれ!」

 治療室から出たところで鉢合わせたのは、次兄ロゼウス。薬でも取りに来たのか、何かのついでに寄ったのか。

 ともかくそんなロゼウスが見たのは、美しい銀髪を包むように巻かれたその頭の包帯。滅多に見ない、いや見たことのない長兄の負傷を、ロゼウスは蒼褪めた顔で凝視する。

 やがて周囲に視線を向け、長兄に戻し、そっと身を寄せて囁いた。――「やったのは誰」

 低い声。いつも陽気なロゼウスがその時ばかりは暗い目をして。

 当の長兄は口元に苦笑いを浮かべて、剣呑な眼差しで見えない敵を睨むロゼウスに、こう言ってやった。


「ナハト……いや、ナハティガルだ」

「え……はぁっ!?」


「嘘でしょ」と驚いた声を出した次兄の目からはもう暗い光は消えている。

 ああ、それでいい。

 この弟も、あの小鳥を気に入っている一人。あの子に何かあったのかと誤解する前に言っておこう。

「冗談だ」

 するとロゼウスが「なんだよもうー」と情けない顔をして笑う。ヴァイスリヒトの口から軽口が零れたことで、深刻な状況ではないと理解したのだ。

「良かったよ、闇討ちとかそういうんじゃなくて」

「驚かせたか」

「当たり前でしょ。だって兄さんの怪我だよ!?」

「俺たちって職場にも敵が多いもんねぇ」と苦笑するロゼウスの頭をぽんぽんと叩いてヴァイスリヒトが歩き出せば、ロゼウスも付いてくる。


「で。結局のところ、どうしたのそれ」

「書物の雪崩を受けた」

 端的な言葉。ちっとも説明になってはいないが、大方書庫の整理でもしていたら本が崩れてきて……というところだろう。ロゼウスは自身で補完し、完結する。

 長兄が口下手なところは昔から。

 だからロゼウスがお喋りになったんだな、と双子の片割れであるシュヴァルツェに言われたが「それはお前もだろうが」と内心で言い返しておいた。明るい弟がいるから長兄が暗くてもいいのだ。

「どこの書庫?」

「『神代文庫』だ」

「あー……あの難しい本しかないとこかー」

 ロゼウスは地頭は良いが、難解な知識は苦手らしい。(恐らく片割れのシュヴァルツェもそうだろう。彼ら双子はよく似通っている)

「なんか探し物?」

「いや……」探していたのは小鳥。だが黙っておこう。

「古代語の資料を、少し」嘘ではない。半分は真実。

「古代語ー? 古文書でも解読すんの?」

 ヴァイスリヒトは曖昧に微笑んでおく。

「ま、いいや。財宝見つけたら分けてよ」と言って笑うロゼウスと共に、ヴァイスリヒトは廊下を歩く。

 途中、ふと気になったことを弟に訊いた。

「ところで、お前は何故治療室に」

「え? ああ。……この間の『七馬鹿』いたでしょ」

「……ああ」

 忘れるわけもない。小鳥を竜の囮にした愚者共。

「そいつらの同類が、また何かコソコソしてるらしくってさ。シュヴァが言いに来た」

 ロゼウスが嘲笑を浮かべる。

「退団届、また何枚か要るかもね」

「……手配は任せる」

「ふふ。任されました、筆頭殿」

 わざとらしく敬礼の仕草をしておどけるロゼウス。

 頭の後ろで両手を組んで、あーあと天井を見上げる。


「全部潰し回れたらいいのにねぇ」


 独自の権力を持つ四騎士の役職は、とかく欲望の対象だ。その役に付けばかなりの優待が待っている。

 ――王家すら制圧することが出来るほどの。

 王がご乱心ともなれば、国と民の為にその剣は王に突きつけられる。反逆の徒として。

 だからこそ、この地位にいる者は『狂ってはいけない』。

 なのに手を伸ばすのは狂った者ばかり。

 今のところは大したことを仕掛けてこないが、大事になる前に悪芽は摘み取っておきたいところ。

 特に、一番狙いやすい小鳥がいるのだから尚更だ。

「明確な実害がない状態では難しい、と上層部の判断だ。濡れ衣の防止策だが、仕方あるまい」

「ちぇー」


(ナハトは強い。だが……愚者は手段を選ばないからな)

 うんざりするほどにヴァイスリヒトが眉間に皺を刻めば、こめかみの辺りにツキリと微痛が走る。書庫でナハティガルに触れられた箇所だった。

(……あれは魔法、いや魔術だった。だが――)

 なんとも優しい魔術があったもの。

 自覚がないのだろうか?

 知らないのだろうか、こめかみへ落とした口づけの意味を?

 思い、慕い、慰めに啄んでいった小鳥。あれが無自覚だったのだとしたら、なお悪い。

(……後で会ったら、身辺に気を付けるよう言っておこう)

 それと、ああいうことは自分以外にはするなと釘を刺しておかねばなるまい。


 彼の従卒は自分のものだ。

 祝福を与える相手は自分一人だけでいい。


 ヴァイスリヒトは不満そうな弟を宥めつつ、銀の髪をなびかせ颯爽と歩く。


 その姿は氷の薔薇。

 厳格な雰囲気を纏いつつあるそこに、書庫でナハティガルに見せていた甘い姿はない。

 カツカツと硬質な靴音を響かせて、執務室へと戻っていく。


 その横顔に美しくもどこか酷薄な微笑を薄く浮かべて。



貪欲は必ずその身を食らう。

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