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1-44 カルテットナイト

 


 不思議な妖魔は去り、静けさが戻った頃にはすっかり夜更け。

 さて長かった宴もたけなわ、ここらでお開きにしよう!


 ――なんて、解散出来れば最高だったのだけれど。


 面倒は片付いた。すっかり片付けてもらえた、というべきか。謝礼など気にせずあっさり立ち去った妖魔を思い、ミゼラティは心の中で感謝する。

 気紛れで色々とやらかしてはくれたが、窮地を救ってくれたのは事実。いつか何かしらの礼を返せたらとは考えるも、彼の妖魔は恐らく望まないだろうし、現時点で喜びそうなものが思いつかない。人の形をした悪趣味な音響機器をもう一揃い頂戴――などと言われた日には、八倒すること請け合いだ。

(妖魔の好むものといえば……美しいもの、だったか? うーん……家に戻ったら錬金でどうにかできる、か?)

 日がたっぷりと落ちた真夜中、刻一刻と朝が近づいているが周囲はまだまだ暗い。

 ミゼラティの予定としては、エルフ一家とさなぎの子が待っている”中”所帯となった我が家に戻り――恐らく従僕たる錬金術師もついてくるだろうが、構わない――ベッドに横になって「そう悪くない一日だった」と眠りにつく……筈だったのだ。


 だが、失念していた。

 自分はそのような希望が通るわけもない『災禍の魔女』なのだということを。


(……いつ終わるんだろうなあ)

 遠い目をして、流れていく景色を見つめている幼女があるは、運命の敵ヴァイスリヒトの腕の中。

 抱き上げられているその格好は、つい先程まで緋の妖魔にされていたもの。”持ち主”が変わっただけ。

 人形ではないのだから解放して欲しいと言ったが、暗い夜道は足元が危険だからという理由で却下され、抱き上げられたまま移動している。

 幼女とはいえ、六歳の子供に対して過保護すぎるのではなかろうか。茨の道、毒の沼地などならばともかく、今歩いているのは平凡かつ平坦な街道だ。

 しかもそんな状態からヴァイスリヒトと交わしているのは、楽しい談笑などではなく。

「では君は、あの妖魔と友になったというのか? 欺かれているという自覚も無しに?」

「……お互い、騙されても騙してもいない。言っただろう、私は大きく助けられたのだと」

「それこそ、君の信用を得るための偽装だとは思わないか?」

「――思わない、と何度言わせるんだ」

 同じ質問を繰り返される、尋問ならぬ尋問。

 むしろ、相手に同意するまでは延々と続いて終わらない気すらしてきた。

 ミゼラティはほぼ同じ問答にすっかりウンザリしてしまい、ヴァイスリヒトから視線を逸らして周囲の夜陰を見つめている。兄から説教を受けている小さな妹がそっぽを向いている、という構図に見えなくもないが、当人に自覚はない。

 ふと、視界の端でヒューグウェンリルの姿を見つけた。騎士の手の中にある主の奪還にやきもきしているものの、今は静かに影に添い着いてきている。相手はミゼラティの視線に気づくと、懐からそっと黒杖を覗かせて微笑んだ。


 ――お望みとあらば、その騎士を即刻排除致しますが?


 物騒一直線の提案にミゼラティは苦笑し、緩く首を振る。

 面倒ではあるけれど、所詮はつまらない突っかかりだ。石を、十字架を、罵声を浴びせられながら火に焼かれるあの終焉に比べれば、こんなものは些事に等しい。

 それに、四騎士と敵対するにはこちらは未熟。ここは愚痴を聞き流し、宥めすかし、別れてそれきりにすれば関係は薄れ縁は切れる――と考えるのは甘いだろうか?

 なにせミゼラティは拠点へ戻る際にこの筆頭殿を巻き添えにした上、西国の王とその魔女を鎮圧及び排除したことにも大きく巻き込んでしまっている。(一部の流れは全くの不可抗力なのだが、弁解は届かないだろう。)

 そもそも、あの嫌な空気に包まれていた実験棟で遭遇し、姿を掴まれた時点で手遅れだった気がしないでもない。が、掘り下げるのは止めておこう。藪蛇以上の何かが出てきそうだ。


(しかし……この体勢はいつぶりだろう)

 一度、今のように抱き上げられたことがある。

 処刑される前日の夜だったか。誰もいない屋敷の廊下を、二人きりで歩いた。とはいっても、ミゼラティのほうは既に四肢を拘束されていたので、ヴァイスリヒトに横抱きにされた状態だったが。

 窓から差し込む月明かりが廊下に影を落としている中を、無言で歩いていた。

 当に会話どころか情すら無い間柄だ。しかもミゼラティは既に「妹」の役から外れ『災禍の魔女』となっていたので、向こうも家族ではなく敵として見ていただろう。

 薄闇の中、ヴァイスリヒトを見上げるも視線は交わらず。

 世界の敵に掛ける温かい言葉などあるものか。それはミゼラティも理解していたから、移動の間は外を見ていた。お互いに沈黙を守って。

 しかし、その冷たい沈黙が幾らか続いた後で、ぽつり、と。 

 ヴァイスリヒトが何かを言った――何かを言われた。

 多分、これまでに犯した罪状の読み上げ、これから処される方法だろうと思うが……この後に火刑にて焼かれているので、いまいち記憶は朧げだ。

(不思議な顔をしていたな)

 それでも、覚えているのはその時のヴァイスリヒトの表情。悲嘆、憤怒、とかくそうした何かの感情があったように見えた。

 悲しみは家名を汚したせいか。怒りは魔女に対するものか。

 今となっては聞くことができないので、謎なまま――結局、哀れな妹は火にくべられた。そして兄弟揃ってご観覧されていたのだったか。ああ、全くもって良い趣味をしている。


(それにしても……やはり今回は少し妙だ。初めから距離感がおかしい)

 遭遇、接触。とかく数奇な遭遇率に加え、どの兄弟もどうしたことか最初から優しい。

 これは何の罠だ、とミゼラティは唸りたくなる。

 北国での皇女誘拐未遂事件を皮切りに、破滅元の元凶たちに次から次へと出会ってしまっている現在。特に、いつも追い詰めてくる最大の宿敵(この長兄殿)によく見つかっている気がするのは、考えすぎだろうか? よもや魔女への特攻効果ではないと思いたいが、けれど……?

 ヴァイスリヒトはまだ説教――という名の忠告を説いており、静かな口調で彼の妖魔に対する感情を誘導するように悪い方へ上書きしようとしてくる始末。

 良くいえば心配性、悪しざまにいえば偏執的、だ。

(やりあった時に、歯が立たなかったのが悔しいとか?)

 相手は上級妖魔。異界のもの。正に位階が違う存在である為に人が勝てるはずもなく、恥じる必要もないというのにヴァイスリヒトは評価を下げることに拘る。

(勝ち負けに拘る性分ではなかったはずだけどなあ……まだ若いから、血気盛ん的な?)

 うむむ、と眉間に皺を寄せているミゼラティの側では、ヴァイスリヒトが喋り続けている。

「大体だな、ミゼラティ。君はどうにも無防備すぎるところがある。『知恵無きモノ(イグノランテ)』を倒したのは確かに凄いが、それでも一定の警戒心は持つべきだ」

(そうなると君も該当するぞ、長兄殿)

 くどくどと説教するヴァイスリヒトを横目に、ミゼラティは苦笑を噛み殺す。


 いっそ、笑ってやったほうがいいのだろうか?

 魔女に対する特効持ちに、そのような反応が堪えるとは思わないが。

 そもそも、弱点があるかどうかすら怪しい万能たる四騎士筆頭なのだ。小手先のからかいなど笑って流されそうだ。年の差的に。年の功……は、さすがに見積もりすぎになるか。

(十六でこうも説教臭いと、更に年を取ったらどうなるんだ)

 若作りならぬ爺作り――。


「……っふ」

 思わず小さく噴き出してしまった。

 頭上で零れていた説教が、ぴたりと止まる。


 ……それどころか、そのまま沈黙が流れた。



 ◇



「私の話に何か君を愉しませるものがあったのか?」

 静かで穏やかな声。そろりと目を上げて見たヴァイスリヒトの顔には、形ばかりの笑みが浮かんでいる。冷酷、というよりは意識散漫な子供を注意する教師、のような。ミゼラティは頭上の視線から逃れるように、顔を外側へ向ける。

「いや、その、思い出し笑い、的な?」

「そうか。私との会話中に、何を思っていた? そこの『凶鳥』のことか? それともやはりあの妖魔のことが忘れられないのか?」

「そこでなぜ、ヒューグと『アズマ』が出てくるんだ」

 ミゼラティは妖魔の名を口にするが、それが伝わることはない。上級妖魔には本人が自ら認めたものにしか名を表す許可を与えない、という理がある。

 つまり、この場合だとヴァイスリヒトの耳には『アズマ』ではなく『妖魔』としか聞こえていないのだ。これが、気にせず名を明かした理由。

 ミゼラティは話題に出された為か、側までやってきた『凶鳥』ことヒューグウェンリルを一瞥する。

 にっこり微笑む錬金術師の目は問いかけていた――「そろそろ、その目障りな騎士を”掃滅”しませんか?」と。一層物騒になった問いかけを、ミゼラティは首を振って断っておいてから、溜め息を吐いてヴァイスリヒトに言う。

「私が何を考え、誰のことを思おうが君には関係ないだろう、騎士殿。いい加減に過干渉してくるのは止せ」

「……君は、妖魔の洗脳から掬いあげたばかりだ。が、まだ妖魔のことを想起するなら浄化の治療をしなければならない。だから、訊ねたのだ。――誰のことを考えていたのか、と」

 そしてまた始まる、妖魔に対する思考誘導。精神がどうだの魂がどうだのと、どんどん面倒なほうへ行っている。

 ああ、本当に面倒くさいな!

 続く頭上からの愚痴めいた説教を右から左に聞き流し、ミゼラティが幼女らしからぬ渋顔で対策を考えていれば――「聞いているのか、お嬢さん」と、これまた煩い。

「ああ、聞いているよ騎士殿」――ところどころは聞き流しながらな、という台詞は飲み込んでミゼラティはしれっと答える。


「…………そう、か。では、このままで構わないのだな」

 はて。聞き流した部分については不明ではあるものの、自分は何かに応じてしまったようだ。

 まあ、恐らくは妖魔との付き合い方を考えろなどとでも言っていたのだろう。ミゼラティは前後の会話を思い返し、流れを想定して頷いた。

「ああ。そのままだ」

 自分の妖魔へ対する姿勢は変わらない。付き合い方も変わらず、そのままで――。


「――ならば、このまま屋敷へ向かおう」

「え?」

「どうした?」

「え、いや、屋敷……というのは、レクスミゼルのか?」

「ああ。別邸だと遠いので、今日は一先ず本邸の方へ向かう。君は既にひと月ほど過ごしていたから、特に緊張はしないだろう?」

「…………妖魔の話はどこへ?」

「うん? それはとっくに済んだだろう。この話は一先ず保留にしよう、と私が言ったことに君は同意したのを記憶しているが」

「そう、か……ん? では、何故その流れで君たちの屋敷に」

「それも話しただろう……聞いていた筈では?」

 だから同意したのだろう? と目で問われたミゼラティは視線を流して、思わず近くにいるヒューグウェンリルを見た。

 尋ねたのは真実。少しぼんやりしていた間に、自分は誤魔化されたのではないか? という視線の問いかけを受けた下僕(仮)は、しかし眉を下げた。ヒューグウェンリルの瞳は答えていた。――真実です、貴方は提案を受けて同意を返しました。


「…………ああ」

 適当に話を聞き流し、適当に辻褄を合わせたら、とんでもないことになっていた。

 いつの間にか、夜道を歩くヴァイスリヒトの足取りが軽くなっている気がする。

 ヒューグウェンリルはミゼラティの意志を尊重しているので、屋敷へ向かう騎士の邪魔をしたくても出来ず、複雑な顔をしていた。

 しかしながら、馬鹿正直に運ばれなくてもいいのだ。

 今からでも発言を撤回し、下ろしてもらい、ヒューグウェンリルを連れて我が家へ帰還する方向に切り替えれば――。


「――アズが、君に会いたがっていた。きっと、とても喜ぶだろう」

「……うぐ」

 姉さま、と子犬のように懐く小さな弟が脳裏に浮かび――そこで無駄に情を沸かせてしまったのが悪手となった。撤回発言が喉元で止まってしまう。

(いや別にあの子が泣こうが喚こうが、私には関係ない。ないん、だが……この場合でも、やはり業は溜まるのか? …………溜まりそうだよなあ)

 運命はおしなべて『災禍の魔女』に酷い追い打ちをかける――とはいえ、今回はミゼラティ自身が自縛しただけなのでどうしようもない。

 ミゼラティは、うまく撤回する流れに持っていけないだろうかと考える。

 自然に、さり気なく、この道から逃れる方法はないかと考えて――。



「――着いたぞ、ミゼラティ」

 考える時間が長すぎたのか、それとも思いの外ヴァイスリヒトの足が速かったのか。

 ハッと顔を上げたミゼラティの目に映ったのは、かつて何度も見てきたレクスミゼルの屋敷。冷えた我が家。冷えきった絆の兄弟たち。氷の家。

 ああ、着いてしまった。血の色などどこにも見えない透明な絆の兄弟たちの、あの冷え冷えとした目で迎えられ「――姉さま!」


 真夜中、玄関の大扉が開け放たれる。

 勢いよく飛びだしてきたのは、先程ヴァイスリヒトとの会話にて挙がった名前の人物。末弟アズラシェル、と――残りの兄弟。

「お帰りなさい、姉さま!」

「あ、帰ってきた。お帰りー、兄さん。子猫ちゃんも。はは、元気にしてた?」

「お帰り、兄貴。お嬢ちゃんも、お帰り。元気だったか?」

「……」

 想定外の歓迎を受けてミゼラティは戸惑い、視線を彷徨わせ探したは彼の下僕(仮)。

 ヒューグウェンリルは、少し離れた先にある樹木の陰に、ぽつんといた。眉を少し下げた顔でミゼラティを見つめており、控えめに取り出した杖を手に尋ねていた――「そこへ踏み込んで御身を奪還したほうが宜しいですか?」

 ミゼラティはわらわらと近づいてくる兄弟たちを見やり、抱えている長兄を見やり、最後にヒューグウェンリルへ視線を戻して――多大なる面倒と被害が予想できた為、小さく首を横に振った。代わりに、手をちょいちょいと動かして伝えた。


 ――すまないが、留守番を頼む。

 ――畏まりました。

 深々と頭を下げて影の奥に消えたヒューグウェンリルを見送り、ミゼラティはもうすぐそこまで来ている兄弟三人へ視線を戻す。


(子供はもう寝る時間だろう。何で全員起きているんだ)

 自分のことを棚に上げて、そんなことを心の中でぽつっと呟くミゼラティだった。



異なる路されど辿るは同路

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