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1-4 月光下の魔女と子猫と白銀と

 


 嫌な予感はしていたが、まさかこう来るとは思わなかった。


 幼女に手を繋がれて、案内されるがまま夜道を歩いて辿り着いたのは大きな屋敷。

 ……どころか、城だった。

 呆けた顔でそれを見上げたのは言うまでもない。

 いや、正しく言葉を失った。思わず門の近くに植わっている月桂樹の陰に彼女ごと引き込んで身を隠してしまったが、これは仕方がないだろう。


「ふふ、大きなお家でしょう? でも、それだけなのよ」

 ころころと笑って、幼女は無邪気に言った。王城をお家呼ばわりとは恐れ入る。

 しかし、年齢を考えるとそんな考えでもおかしくない……のか?

「ねえ、お兄様。わたしのお部屋はこっちよ」

 子猫のように身を摺り寄せて、幼女が手を引っ張る。

 だが、私の足はその場に止まっている。


 ――行ける筈がない。ここの城主が私に罪状を突き付け、罪科を告げ、そして城前の広場において火刑に処してくれたのだから。

 さりとて、恨みも憎しみも引き摺っていない。それらを抱えたまま生きるのは同じ道を辿るだけだと識っているから。

 復讐するのも絶望するのも、疲れるものなのだ。

 何度も繰り返せば飽きが来るということを、既に知っている。

 だから私は、憎悪を抱いていない。それらは過去に散々やり尽したので。徹底的に。表現するのも想像するのも厭き厭きする程度には、我ながら見事にやり通したので。詳細を語る気は無いが。

 なので今は、ここに足を踏み入れるつもりはない。

 引き摺ってはいないが、空腹のせいもあるのか胃の辺りがむかむかする。

 警告、もしくは拒絶反応だろうか?


「お兄様?」

 一向に動こうとしないこちらに焦れたのだろう、幼女が身を寄せて下から顔を覗き込む。

 金色の髪、潤んだ大きな猫の目。

 視線が絡む。

「ねえ、中へ入りましょう?」

 無邪気に微笑む子供。

 だが、その眼差し。瞳の奥に宿るは王族特有の支配者の光。

 外見はあどけない幼女だが、彼女はやはりこの城に住まう一族なのだ。


「ねえ、おにいさま」

 甘い声でねだる、お姫様。

 無意識の支配力を持って誘う、何とも可愛らしい――ああ、所詮は「子猫」。何に対して「支配」を仕掛けているのか分かっていない。

 私は災禍の魔女。そんなものは「糧」でしかない。


「私は行かないよ、お嬢さん」

 小さな手をそっと解いて言葉を返してやれば、子猫は大きな目を更に大きくして驚いたような顔をする。

「どうして?」

 言う通りにならないことが?

 それとも支配が効かないことが?

 今度はこちらがにっこり笑う。

「気分ではないからだ。だから、君とはここでお別れだ」

「いや」

 幼女が眉を寄せて、外套の端を掴む。

「君の気分は関係ない。ほら、手を離して戻るんだ」

「い、や」

 きゅうっと外套を強く掴み、いやいやと首を振る様は本当に可愛らしいが、こちらとてそれに従う気も引く気もない。

 相手は王族だが、それがどうした。こちらは災禍の魔女だ。

 再びその小さな手を軽く握って、そっと離――そうとするも、思いのほか強い力でいたので魔力を行使して解いた。幼女が驚いて自身の手をじっと見つめていたが、それには構わず話を繋ぐ。

「君の『お家』では、みんなが心配しているだろう。こんなところで駄々を捏ねていないで、早く戻ってやりなさい」

「……わかりました」

 頑なに拒否の姿勢を貫けば、ようやく諦めたらしい。

 俯いた彼女から、スンと鼻をすするような音が聞こえてきたが根負けはすまい。素直に頷いた彼女の背をそれでもそっと優しく押してやれば、スンスン言いながらも門に向かって歩き始めた。

 やがて門の前で幼女が立ち止まり、振り返る。


「またいつか、お兄様に逢えますか?」

 鈴の声。猫の瞳。それらはただ純粋で、どこにも王家の支配力はなかった。

 なので、こちらも応える。魔女ではなく、一人の子供として。

「縁があれば」

「約束はして下さらないの?」

「――しない。先のことを無暗に確定させるのは、好きじゃないんだ」

「そう、なのですか……分かりました。では、また――縁があれば」

 意外にも幼女は潔く引いた。この魔女には自分の「ワガママ」が通じないことを理解したのだろう。――理解したからこそ、素直になったのだ。

 残念そうにこちらを見つめている姿は、何ともいじらしくて可愛らしい。

 小さな手を振ってから門の向こうへ消えた幼女をそうして見送ったところで、ひと段落。


「……しまった、性別」

 相手が行使してきた王家の能力のお蔭で、すっかり失念していた。

 しかし再会は運命に委ねたので、「また縁があった」時にでも訂正しておこう。

 理不尽な用件は、これで終了したのだ。とっととこの場所から離れよう。

 気のせいかもしれないが、妙にぞわぞわして仕方がない。ポケットの中にある貨幣に触れ、どこで何を食べるかなと歩き出そうとした――その時だった。



「――止まれ、少年」



 背後から届いた夜気よりも冷えた声は実に響きの良い低音であり、そして誰であるかをすぐに教えてくれる音でもあった。

 相手を見ずとも分かる気配、その威圧感。……ああ、解らないわけがないだろう我が宿敵を!

 妙な緊張で、顔が、体が強張る。

 ゆっくりと振り返れば、見えたのは想定していた白銀の長い髪。

 後ろに纏めたそれは美しく、まるで一つの絹を束ねたよう。

 獅子を思わせる金色の瞳は、冷徹な美しさを持つその顔と同様に冷たく、こちらを真っ直ぐに見据えている。

 いついかなる時でも最前にいて、幾度もこの身に封魔の呪印を刻み付けてくれた四騎士の一人。

 美しき四人兄弟、その長兄。


「……あ、――」

 口にしかけた名は、どうにかそのまま唾と共に飲み込んだ。

 迂闊に近寄らないようにしよう。同じ運命を、再度なぞってしまうかもしれないから。

 せめて関わらないようにしよう。変わらぬ結末を、また辿ってしまうかもしれないから。

 ――嫌な予感がしたのは、このせいか。

 歯噛みするも、もう遅い。

 かといって、逃げようとする素振りを見せるのもマズイ。

 相手は万能たる才を持つ長兄殿。今こちらは非力であどけない子供だが、国賊――いや世界の敵と分かれば、彼は容赦なくその力を、剣を揮うだろう。


 ……いつも、常に、そうだった。


 彼は正しい。真っ先にそうしないと、被害が広がるばかりだから。

 彼は躊躇わない。真っ直ぐにそれをしないと、命が次々と消えていくのだから。

 しかし、私はまだ何もしていない。

 だから何事も無く乗り切れるだろう。傾きかけていた天秤の重りは先程片付けたので、平行になっている筈だから。


「なに、か……御用でしょうか」

 どうにか己を奮い立たせて発した言葉に、妙なところはなかっただろうか。

 白銀の光を引き連れて、長身の影がゆっくりと近づいてくる。

 恐怖からではない緊張で、今もこわばりが解けないままではあるが、それでも、こんな時でも。

 暗い夜の中で月光下に立つ長兄殿は、その光景も相まってやはりどうにも美しく。

 非常に危険だろう状態であるというのに、私は万感の思いを抱いてつい深く見惚れてしまうのだった。



見つけた縁と運命が交差する

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