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1-28 法なき国の鴉と魔女2

 


 交渉に成功し、小さな包囲網は解かれた。流れる血は一滴も無く。

 その結果にミゼラティは安堵し、そのまま彼らと別れてこの国から脱出するつもりだったのだが、『鴉』と子供たちが難しい顔をして袖を引くので足を止める羽目になる。

 しかしながらここはまだ町の片隅、薄暗き路地。留まるには不向きの場。落ち着いて話が出来る所はないかと『鴉』に訊けば、最適な場所があると言う。

 ――嘘はなかった。

 魔法など使わずとも、それくらいは見抜けるもの。暗い瞳のままではあるが、ミゼラティを見る顔にはいまや陰も淀みもない。

 その言葉を、『鴉』を信じ、薄暗い裏路地から移動することにしたのはそれがため。

 不出来な武器を手にした子供たちはといえば、『鴉』と会話をしている間にすっかり姿を消していた。自分たちが知る抜け道を使って。団体で動くのは目立つからといって。

 知らぬうちに目を付けられた結果、城へ連行されて帰って来なかったものたちがたくさんいるのだと、子供たちから聞かされた。それぞれに。

「僕の妹もまだ帰って来ないんだ」

 立ち去り際、そんなことをミゼラティに呟いた少年は、それでもきゅっと唇を噛んで泣くのを堪え、「だから君も気をつけて」と悲しいまでに『兄』の顔で案じてくれた。

 厳しい目つきで刃物の端くれを手にしていた子供が抱えた事実の一片を、そのようにして知らされて。


 ああ、これでは何もせずに出ていくのは難しい。

 ふと隣の騎士を見やれば、同じことを思ったのか美しく硬質な横顔に悩みの色を浮かべていた。こちらもまた兄であり、兄弟の絆が強いゆえ。

 尤も、反対側に立つ青年のほうは特に迷いも悩みもなく平然とした顔で、ミゼラティと共に子供たちが去るのを見ていたが。


 もやもやしたものを抱えつつ、案内人として残った『鴉』と共に移動することとなったその道中。

 目の前で庇護対象を一瞬でも攫われた過保護者達は、しかしミゼラティとは違って敵意を解いた『鴉』をすぐには信用しなかった。

 特に、ミゼラティの下僕然たる従者であるヒューグウェンリルが顕著で、不敬な『鴉』が彼女の近くに寄ることを全くに許さず、隙を見て呪いを仕掛けようとする始末。

 当の『鴉』はそれを生存本能からの察知にて回避するも、黙々とした攻防はしばらく続いた。

 幼女と騎士が呆れながらも既の所で止めては進み、少ししてまた再開されるやりとりを止めては進みを、何度繰り返したことだろう。


 どうにかこうにか宥めすかしながら、三人で『鴉』に案内されるままに辿り着いたは子供たちの隠れ家。どんよりした空と同じ沈んだ錆色のそれは、小さいながらもれっきとした教会だった。



 ◇  ◇  ◇



 法の秩序が無くなろうとも失われぬ祈りの場所。

 建設された当時は白かっただろう建物の外壁は歳月を経て徐々に新しさを失い、かつての真白は雨風を受けて汚れが染み込んで鉛色に染まってしまっていた。

 悲しいかな、もはやそこは廃墟としか思えない。

 けれども、神聖さは失っていなかった。

 優しい気配が建物全体を淡く包み込んでおり、柔らかな光を放っている。聖母の抱擁が如く、実に眩い加護として。

 寂れようとも、その役目を果たそうとしているのか。肉を削がれ羽根をもがれた弱きものが為の、最後の安息地。

 外見はまやかし、真実は内に。その献身は誰にも知られることはなく。

 だがその有様は――。


「――見事だな」

 建物を視たミゼラティが思わず零したのは、真たる感動。その呟きを耳にした『鴉』が、教会を見上げる幼女に苦笑を向ける。

「そんなお世辞なんか言わずとも罰なんか当らねえさ、チビ。神様はそこまで狭量じゃねえ」

 見すぼらしくとも、教会は神の翼元。幼女は天罰を恐れたがゆえ、無理矢理に褒め言葉を吐いたのだと捉えられたらしかった。

「いや、別に世辞ではないんだが……まあ、良い。ところで、ここの管理者は君か?」

「ハハッ、まさか。こんな有様だが一応、修道女がいる。シスター・フィリア。管理者はそのオンナだよ」

「女性か。まだ若いのか?」

「さてな、年は知らねえ。このボロ教会を管理するついでに、慈善事業の真似事をしてる。警戒心の高いうちのチビ共が懐くくらいには、奇妙で奇特なオンナだな」

「……君の褒め言葉は難解だな、鴉の子」

「うるせえ、チビ」

 素直でない軽口を叩く『鴉』と言葉を投げ合っていたミゼラティだったが――傍らに侍る青年が『鴉』に向ける殺意を宥めつつも――、ふと何かを感じて周囲を見回した。


(教会とは別の……不思議な気配がするな)

 密やかながらも、妙に気にかかる。

 ほんのりとした香気。これはどこから――?

 きょろきょろと辺りを探る幼女の様子を見て、右背後に立つヒューグウェンリルが声を掛ける。

「何かをお探しですか、我が君」

「ん? いや、大したことじゃ……ああ、これかな。正体は」

 教会の入り口近く。木の柵がある箇所にて、ミゼラティは足を止める。見つけた柵もまた資源すら惜しいのか、修理を後回しにされて壊れたままだった。

 その朽ちかけの木板に、ツル科の小さな花がまるで縋るように巻き付いている。微かな香りは、ここから零れていたのだった。

「それは……黄仙花、いや――花の色と香りの強さからして、白香花か」

 いつの間にか、左隣に立っていたヴァイスリヒト――また気配を掴み損ねた!と幼女は歯噛みする――が、長身を屈めて同じものを見つける。

「魔除けの花、破邪の聖水の原料だったな。教会に相応しい」

「……少し前までは、もっとたくさん咲いてたんだぜ」

 横から口を挟んできたのは『鴉』たる少年。壊れた柵に近づき、そっと触れて顔を顰める。

 数を減らして、片手程になった小さな花。悔しさと苦痛が混じった目でそれを見つめたまま、これまでの暗く硬い声ではなく年相応の――それこそ少年の声にて『鴉』は語りはじめた。


「ほんの数年前までは、この教会も賑わっていたんだ。シスターみたいなお人好しが他にもいて、行き場のないオレや他のガキたちの世話をしていた――でも」

 柵に触れる手が震え、ぎゅっと拳を作る。

「――でも、それは突然に終わった。余所から来た愚鈍な男が、国の頂点に立ったからだ。そしてソイツが、何もかもぐちゃぐちゃにしやがった!」

 がりっ、と『鴉』の爪が柵を引っ掻いた。憐れな朽ち木はしかし白い小花たちの為に耐えきり、表皮を幾つか地面に落としたのみ。

 ミゼラティが立ち上がって『鴉』に近づき、木を削った狂爪へ小さな手を重ねる。

「健気に咲いている白香花の拠り所だ。壊してやるな、鴉の子」

「あ? ……っ、ああ。そうだな、悪い」

 諌めを受けて素直に謝罪したのは、自身の境遇でも重ねたか。

 少年が壊さんとした木の柵は、花にとっては寄る辺。それは丁度、子供らの教会と同じく。

 バツの悪そうな顔をして柵から離れた『鴉』は、気まずそうな顔で幼女を見た。

「あー、どこまで口走ってた?」

「何もかもをぐちゃぐちゃにした、というところまでだな。君が良ければ、先を伺いたいが」

 補足し、話を促す幼女の顔に同情の色はない。ただ静かに語り部を見つめ返したのみ。

 それを見た『鴉』は、改めて幼女に――ミゼラティに意識を向ける。

 綺麗な顔をした、尊大な態度の子供。

 最初から不遜にも高慢にも見える態度で接してくるが、暴君のしもべたち(薄汚く狡猾な貴族の端くれ共)とは違って嫌悪は感じない。

 何もかもを見透かすような黒曜の瞳は美しく――事実、最初から「見つかって」いた――常に真っ直ぐに『鴉』に話しかけてくる。

 現状を語るついでに己が身に受けた仕打ちを思い出し、つい激昂してしまったが幼女は柔らかに諌めただけ。憐憫の目を向けることはなく、憐れんで慰めを言うわけでもない。

 形だけの同情など、一番要らぬもの。望むのは両手に溢れる金、明日を生きるパンと水(乳であればもっと良い)、そして安心で温かい寝床だけ。

 だからこそ、この突き放したようにすら見える幼女の態度は『鴉』にとっては最適でいたのだった。


 そのせいもあってか『鴉』たる少年は気持ちが落ち着いた。穏やかに。

 幼女に軽く礼を言うと、途切れた会話の先を繋ぐ。

「じゃあ、話を続けさせてもらうぜ。――余所から来たその男は、とにかく好き勝手に振る舞った。……教会も例外なくその暴虐の対象でな。沢山いたお人好したちは、馬鹿王が脅しつけたせいで去っちまったよ……まあ、それも仕方ねえけどな。誰だって、命は惜しい」

 そこで、黙って傾聴していたヴァイスリヒトが疑問を投げる。

「だが、彼の者は平凡で歯牙ない男だと聞いたことがある。そのような輩が、急に国を乗っ取った挙句に脅威となるなど――」


「――魔女のせいだ」


 ぽつりと『鴉』が言った。

 暗い声ではあったがそれはミゼラティにしっかり響き、今度は彼女が疑念を抱く。

「待て、魔女だと? 馬鹿な、普通の魔女が国の支配に動くなどありえない。その役割を持つのは――……っ」

 例外は、ただ一人。たった一人しかいないのだ。

 世界を破滅へと導く災い。その禍たる女は、『ここ』にしかいない。

 災禍の魔女は唯一無二。その言葉が示す通り、ただ一人であり二人といない。

 困惑するミゼラティに、『鴉』が笑って言い返す。

「ありえない? ハッ! だったら、城に行ってみろ。血の王座にふんぞり返っているヤツラをご鑑賞できるぞ!」

 語った内情を虚言だと思われたと『鴉』は勘違いしてしまったようで、当惑するミゼラティに食って掛かる。詰め寄り、見下ろし、思わず叫ぶのは元凶の名前。


「暗愚王ドゥラクと、災禍の魔女ファラーシャ――それが毒蛇どもの名だ!」

「…………は?」

 幼女は――『災禍の魔女』は瞠目し、間の抜けた声を発して絶句する。


 さいかのまじょ ふぁらーしゃ


 ミゼラティは一言一句を解いて砕き、重ねてきた過去を掘り起こしてみたがどうにも心当たりがない。愚劣な王のほうならば、その変わらぬ末路をしかと覚えているのだが。

 無法国サーペンスに突如君臨し、己の取り巻きを除いた全ての民から財や富や何もかもを取り上げ、思うがままに蹂躙した男ドゥラク。

 しかしその統治は短く、たった一人の存在によってある日突然に終わりを告げるのだ。

 ドゥラクを誅殺したその者は、後に黒死王(ユーサネイジア)と恐れられる十六になったばかりの少年だったという。


 ――少年はかつて『鴉』と呼ばれた漆黒の暗殺者でもあった。



 ◇  ◇  ◇



(落ち着け……落ち着くんだ、ミゼラティ……)

 衝撃の告白をしたあの後で『鴉』は大きく動揺したミゼラティに気づいたようで、すぐさま自身の悪態を謝罪してから彼らを教会の中へと引き入れた。気分を悪くしたのかと思って。

 人のいない礼拝堂。内部はこじんまりとしているものの清潔さを保たれており、正面にあるバラを模った窓からはほんのりと光が差しているのもあってか柔らかな雰囲気があった。

 管理者であるシスターを呼んでくると言って『鴉』が礼拝堂の奥に消えた後、三人は一先ず並べられている長椅子の一つに近づいて腰を下ろした。

 正確には、座ったのはミゼラティだけ。

 後の二人はそれぞれ左右に立ち、周囲に警戒の視線を向けている。哨戒する騎士が如く。いや片方は真たる騎士であるが。


「ここは安全だ。君たちも少し休息すると良い」

 そうミゼラティが促すも、返って来たのは「大丈夫だ」という答え。

「私よりも、君は特に疲れただろうお嬢さん。そこで休んでいるといい」

「優しき我が君。今度こそ守りを万全に致しますので、どうぞ御身を癒されますよう」

 神経質にも思える彼らの頑なさにミゼラティは僅かに眉を顰める一方、無理もないなと納得する。

 ここは無法国サーペンス。そして今は暗君と『災禍の魔女』が支配している真っ最中。これくらいに過剰な警戒が丁度いいのかもしれない。

 現に、ここに来てからの彼らは名前を一切口にしていなかった。それはミゼラティとて同じこと。

(……うん。これは私が少し不用心だったな。自省しよう) 

 そう考えるに至ったミゼラティはそれ以上は何も言わず、彼らの好きにさせておいた。

 警護を任せ、自身の動揺と困惑の解消に努めることにする。


 見知らぬ『災禍の魔女』が、知らぬ女が、その名を騙り一国で悪事を働いているこの事実。

 切っ掛けは実験塔から脱出する際の転移魔法の暴発だったが、まさか転送先に盛大な冤罪を作る存在が居たとは思いもよらず。

 偽物。紛い物。騙る者。

 ともかく一刻も早く誤りを正し、修正しなければならない。その『名前』で、あらゆる悪行、罪科を積み重ねられているのだから。

 しかも、こうしている間にもそれは絶賛積算中。罪科の伝票はどんどん貯まっている。

 宛先は、災禍の魔女サマ。事実無根の請求書。

 支払いも、災禍の魔女サマ。潔白の身だが対価はその命。


 ――冗談じゃない!

 ああ、これは全くの他人事ではなくなった!


 長椅子に座り、幼女は早速に頭を抱える。少しの苛立ち、少しの焦燥。

 いっそ、癇癪でも起こせばすっきりするのだろう。……いや、それだと落ち着くのは気分だけで、根本的な解決には至らない。

 望まぬ試練。酷な人生を繰り返してきた幼女に対してこれは少し厳しすぎやしないだろうか。

 ああ、あのバラ窓に向かって訴えたい。膝の上に手を置いて、身の上の困難を嘆いていた時だった。

 ふわり、と何かが背中に触れた。

 思わず顔を上げたミゼラティは、その温かいものが傍らに片膝をついて背を撫でるかつての長兄――ヴァイスリヒトの手であることに気づかされる。

「……安心しろ、お嬢さん。何があろうとも、私が君を守る」

 懊悩して押し黙った姿を、魔女の話を聞いたことによる恐怖で震えているのだと勘違いされたらしい。

 ミゼラティは思わず笑いたくなった。労りに対する感謝――ではなく、痛苦にて。


(最終的に私を殺すのは貴方でしょう、ヴァイスリヒト)


 遥か遠い昔、何も知らなかった頃の妹の声で。

 しかし心の中で零したのみ。音にすることは決してなく。

 それをどうにか奥へ押し込め……すっかり飲み込んでしまってから、ミゼラティは常に変わらぬ美貌の男を見返し、冷静に答える。

「これは恐怖ではないさ、騎士殿。気にしないでくれ。――だが、君の気遣いには感謝を」

 一応の礼は返しておいてから、ミゼラティは長考するのを止めにした。

 碌に解答を導けず、混迷の渦に囚われてしまっていては意味がない。


「……君は、この国について何か知っていることはないか?」

 答え求めた先は、すぐ側にいる長兄――ではなく下僕感強い従者のほう。瞬間、ヴァイスリヒトの顔に陰惨なものが過ぎったが、ミゼラティはそちらを見なかったので気づかない。

 ただヒューグウェンリルのみがそれを見たものの、敢えて何も告げず――むしろ己の主に併せるべく気づかなかった振りをして、問いに答えた。

「暗愚ドゥラクについてはそこの輩が存じているでしょうから、私は愚劣なる女について語りましょう」

「……ファラーシャ、という魔女を知っているのか?」とミゼラティが言えば、青年は酷薄な冷笑でもって応えた。

「ええ。……ですが訂正をお許し下さい、我が君。彼の女は魔女などではありませんし、その名も偽りでございます」

 僅かに目を瞠ったミゼラティに青年は敬愛の微笑を向け、冷ややかな声にて女の名を模る。


「正しき名はファランユ。宝石の海を夢見るも欠片すら成せずに落ちた、愚かで下らぬかつての同僚でございます」



知らぬ災禍の魔女

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