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1-2 迷いの森にて迷う

 


 先ずは拠点の確保だと森の中を散々歩き回った結果、得たものは――とっとと自分で作った方が早い、だった。


 迷宮の森なのだから建物があるのか不明だし、そもそも現存していたところで廃墟となっているだろう。

 くたくたではあったが、そこは災禍の魔女たる存在の恩恵か――これのせいで幾度も散々な目に遭っているのだが――、この身は齢六にして既に魔法を使うことが出来る。蓄積されてきた能力が引き継がれているのだろう。


 だからこそ、始まりにしてはじまりの人生一回目。

 うっかり禁忌魔法を使用してしまい、早々に「魔女」の称号を得てしまったわけだが……まさかそれが、代々続く呪いの印になるとはあの時は思いもしなかった。

 未熟な子供が起こした無垢な過ちなのだから、少しくらいは見逃してくれてもいいだろうに――とついつい愚痴を零してしまいたくなるものの、それでもその「無垢」が引き起こした災禍はその名が示す通りの災禍であったので、どうにもならなかったわけで。


「無邪気な子供の……というには酷すぎたものな、あれは」

 ちょいちょいと手を動かして魔法を行使しながら思い返すのは、はじまりのはじまり。

 大きな屋敷の隠された地下室。

 たまたまそれを見つけたのがまず初めで、秘密の書庫にあった分厚い本を手にしたのが次へ続く始まり。

 魔女の恩恵にて複雑な文字を解読し、構成を理解し、そして――子供の知的好奇心に火が点いた結果、見せびらかしたくなった末に招いたのが災禍だった。


「……大地に飛蝗を召喚しての大凶作は、なあ」

 まずいことに、収穫祭で賑わい始めていた時だった。人々が激怒し、またその大量の飛蝗に恐れ慄き、そして……冷たい地下牢に監禁され、そこで人生を終えたのが一回目。

 反省し、来世は正しく生きようと思ったが――既に「災禍」の種は芽吹いていたらしい。

 火葬にされるはずだった遺骸は暗黒なんたら救世どうたらだかの怪しげな教団によって持ち去られ、止めに邪心復活の贄として扱われる有様。この辺りのことは、まだ魂が消滅していなかったので視ることが出来た事象であり、その時になってようやく「災禍」に触れた者の末路を思い知ったのだった。

 この時は、私の義兄弟である人たちが先頭に立って沈静化し、根絶してくれたのでまだ幾らかは救われたほうだ。世界は滅亡へと向かわなかったので。


 けれども――きっとここで、酷く恨まれたのだろうと思う。

 続く二度目、三度目、以降の人生において私は彼らと友好的な関係にはなれなかったのだから。

 美しい兄弟たちはその冷徹な雰囲気を崩すことは無く、兄弟間の絆なども私だけには他人事でしかない代物だったので、彼らとの思い出はそう多くはない。元より、片手程しかないのだが。


「……よし、こんなものかな」

 切ない人生録の回想も、魔法が形を成したことで一旦終了する。

 屋根のある、小さな一軒家。いつかの寝床でもあった地下牢よりは広く、拾われた先の屋敷よりは幾らも狭いものの、それでもここが自分の生活拠点となる。

 黒檀のような質感の壁、申し訳程度の庭。出入り口となる玄関は暗い血の色にも似た材質の扉で作られており、かなり魔術要素の強い建物になってしまった。

 しかしながら、ここは迷宮の森。裏稼業の人間ですら、あまり近づこうとしない。

 疚しいものを破棄するのに最適な場所だというのに忌避しているのだから、余程の「こと」が――それとも「もの」が?――あるのだろう。こちらにとっては来客の心配をする必要がないので、大変に助かる特性だ。

 それにしても、人どころか野生の獣さえ見かけないのは森が持つ鬱屈さの為だろうか。

 いつの過去でも脅威の存在は無かったと思う。

 ただ、子供の躾の為のお伽話めいた噂くらいは、ちらほらあったが……。


 ――きゅう。

 情けない音がしたので、思考を止める。

 追及も探索も後にしよう。今は、それよりも先に満たさなければならないものがある。それは……。


「……お腹が空いた」

 災禍の魔女といえども、身体も中身も人と同等。何かあるだろうかと視線を走らせると、灰色がちではあるものの目に優しい緑、緑、緑。野菜サラダ……には、なりそうもない。

 どうやら可食可能なものはなさそうので、現地調達は不可ということになる。

 では、どうするか?

 答えは簡単。


「森を出て、人がいる場所へ行くか」

 迷宮の森といったが、実のところ地理は把握済みだったりする。

 何故なら、災禍の魔女として世界の敵になる度に非常にお世話になったのがここであり、最後の住居だったのだから。

 地形に合わせて、様々な罠や魔物などを設置したのを覚えている。

 こちらも、殺されたくないので必死だったのだ。……まあ、それも抵抗空しく身内によっていつも終わりの結末を迎えたわけだが。


 これからのことについて思考を纏めながら、静かな森の中を歩く。

 いつかは確実に来る審判の日。身を護る為に必要なものを取り揃え、何が来ても返り討ちに出来るように自己研磨し、何が起きても対処できるように知識を積み重ねていこう。


 それと――……これは可能かどうか分からないが、世界の敵にならないようにしようと考えている。

 災禍の魔女たる役割だが、そうならなければいいのでは?と、ふと思ったのだ。

 誰も、最初から世界を恨みたくはない。

 全ての災厄となる存在を誇りたいわけでもない。

 だから、当世では、せめて平凡に生きてみよう――そんなことを考えている内に、視界の先が開けた。

 森と外界の境界線はあっけなく、前に足を踏み出せばずっと向こうに町らしきものが目に入る。外はすっかり日が暮れていて黄昏が終わりかけていたが、それでも魔除けの印と色彩とが目立つ尖塔を覗かせた城には覚えがあった。



 ◇  ◇  ◇



「……ご兄弟たちは流石に帰宅しているだろうな」

 聖王国グラントリティオ。

 あの国に四人の兄弟がいる。――いつか私の敵になるものとして。

 最適解は「近づかないこと」なのだが、しかしいかんせん、空腹が思考の邪魔をする。

 ぐるぐる巡る過去。惨劇。しかしそれよりも何よりも、ぐるぐる回る食欲によって足は町へ続く道をサクサクと辿っている。

 囚人めいた粗末な服のままではマズいので、魔力で簡易的な外套を綾織って旅行者に変装してみたが、大丈夫だろうか……と、ここまで考えたところでそれ以上の問題点に気づいてしまい足が止まった。


 ポケットには、何もない。

 それどころか始まりからして着の身着のままなので、それは当たり前のことだった。……当たり前なのに、忘れていた。

 無銭では飲食が出来ない。

 物乞い、窃盗、エトセトラ。

 恥も外聞もかなぐり捨てた上での金策ならば幾つか思いつくが、さてそれを行えば後々の行動に色々と問題が起こるのではないかと思うと、どうにも気が重くなる。

 不必要な罪科は避けるべきだ。ここは、地べたに目を凝らして――貨幣の一枚でも落ちていれば、どうにかなる――運に縋ってみるか、とその場にしゃがみかけた時だった。


 ――微かに悲鳴が聞こえた。


 すぐに口を塞がれたのだろうそれは大声になる前にかき消えてしまったが、小銭を探すために魔力で自己を補強したところであった為に丁度聞こえてしまった。

 悲鳴の主は女性で、しかも他人。

 義務はない。けれども、もしかするとこれは縋ってみた「運」が引き寄せたものかもしれない――だとすれば、無銭飲食は回避できる!――そう考えた瞬間、悲鳴がしたほうに向かって駆けだした。


 目的は、見知らぬ女性の救助――ではなく、空腹を満たすための手段である。

 何故なら私は災禍の魔女。聖者でも聖女でもない。

 ましてや、まだまだ弱い子供であり非力な存在なのだ。

 正義よりも三大欲求を望むのは仕方のないことだと思わないだろうか、と自己弁護をしておいて暗がり続く道を走る。



 さて。金銭を得たら、どの店に入って、何を食べようか。



迷うのは、当世での生き様

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