1-17 火を避けたら保護に陥る
人の気配も消えた夜の街道。
その端のほうに、小さな影が落ちていた。
へたり込み、動けなくなっているのは黒い外套を羽織った一人の幼女。
(ああ、私は馬鹿だ……)
『目覚めて』から何度、己に馬鹿と言っただろう。
幼女は――ミゼラティは腰に提げた剣帯に角杖を戻し、深々と息を吐く。
枯れ果てていたオアシスを活性化したまでは良かったが、聖獣の角を侮っていた。
伝導率の高い代物で術を行使する際は、用法を理解した上で使用すれば良かった、と後悔するも後の祭り。
疎かにした結果が、このザマ――魔力疲労による不調だった。
この角杖には特殊な加護があり、その一つに増幅効果があったらしい。
つまり、使用量を意識しないで使った場合、角杖は持ち主の希望通りに能力を発現することになる。
術者の「うっかり」を指摘してくれる筈も無い。素晴らしき聖杖は、なけなしの魔力を増幅して大盤振る舞いしてくれた。
結果、緑豊かな楽園が出来上がる。
誰もが望んだ灼熱の避難所。命繋ぐ水の寝床。
聖獣の加護を受けただけあって、何と優秀な魔道具か。……お陰様で、思った以上に魔力を使われた当人は、へとへとになってしまったわけだが。
準備不足からの偽善で、得るどころか失ったものは節約していた自身の魔力。
経験の引き継ぎによる甘えでも出てきているのか、最近こうした失態が多い。今回は疲労しただけで済んではいるが、状況によっては致命になりかねない。
ミゼラティは疲れた体でぼんやり考え、それから反省する。
(……これからは本当に気をつけよう。その内、とんでもないことをやらかしそう――ん?)
仮初とはいえ、一時的に弱体化しているせいか本能が警告音を発しているのに気づく。
(……反省は後だ。一先ず、ここから離れよう。)
それは初めて長兄と遭遇する前にもあった、妙な「ぞわぞわ感」とよく似ていた故に、ミゼラティは急いで行動に移す。
少年を一瞥すれば両手で目を押さえて蹲っていたので、今のうちだとばかりに『幻線管路』を引き、その場から消えることにした。
それは正しい判断だ、と。
その時はそう考えていた。
まさか、想定外のものが待ち受けていたなど思う筈も無く。
◇ ◇ ◇
「……よりにもよって、ここか――……」
着地点は「家」――ではなく、砂漠と森を繋ぐ街道の途中だった。
魔力不足により、『幻線管路』にて引いた『線』はここまでらしい。
別の魔術にすれば良かったか……いやいや、あの瞬間に最速で実行できたのがアレしかなかったのだから、仕方がない。
もっとも、きっちり増えた負担を受けて更にぐったりする羽目になってしまったが。
行きの移動時間やオアシスで会った少年とのやりとり、それから少しの休息をとった後の水脈の活性化などと色々あったせいか、外はすっかり暗くなってしまっている。
これでは、通りすがりの助けを借りるのは難しいかもしれない。砂漠の夜は温度差や夜行生物の闊歩などで危険だが、この街道とて安全ではないのだから。
何故なら西には「無法国」があり、夜は彼の国人たちが活発に動く時間帯である。「無法」という名が入っている時点で、おおよその物騒さが想像できるだろう。
法無き西の国サーペンス。
いや、一応は「その国独自の掟」があるのだったか。
悪の天国、業の安息地。賭博、違法薬物、人身売買。
そんな、なんでもござれなお国柄だが、「魔女」にとっては最良で最適な従属国家だった。
黒も白も関係ない、欲に忠実な灰色の国。
七つの欲を与えるだけで忠実な下僕が幾らでも出来上がってくれた、なんとも素敵な――……。
(うん、まあ……今回の私は「か弱い子供」だから、関係ないんだが)
思わず浮かんだよからぬ感想を振るい落として、ミゼラティは億劫そうに空を見上げる。
月は――半分よりは、まだ丸い。
これなら、月光に当たっている内に魔力が回復するだろう。
(術が使えるようになったら、すぐに森の中へ『移動』しよう……)
落ちてくる光を早く集約する為に、魔力織の外套をきっちり着直し、フードも被り直す。それから道沿いに生えている木の近くに身を寄せて夜の影に紛らわせ、少しばかりの安全も確保しておいた。
地面に座り込み抱えた膝に顔を埋めれば、口から零れたのは疲労の吐息。
(……頭が重いし……気怠い)
知らなかったとはいえ、過剰な増幅効果にて術を行使した故か、体や意識がとにかく重い。
耳が拾う音も何やらぼんやりしており、まるで水の中にいるような鈍さがあった。
早く回復してくれないだろうかと顔を顰めていたその時、遠くの方から砂利を踏む音が聞こえてきた。
続いて人の声。鈍感になっているせいかよく聞き取れないが、音と気配からして男が四人……いや、五人は居るようだ。
意識を集中してみれば、音が明瞭になる。
「いやー、今回は儲けたな。ダークエルフ、しかも男であんなに貰えるとは思わなかったぜ」
「エルフ自体が良い材料になるって話だったからな。男だろうが何だろうが、あいつらには関係ないんだろ」
「学者サマだっけか、あいつら?」
「さあ。外道どうとか名乗ってたが、まあそこはアレだ『いいお得意様サマ』って覚えときゃあいいんだよ」
「違ぇねえ。実際、金払い良かったしな。見ろよ、この袋の中。全部で幾らあるんだよ。おい、戻ったら酒と女だ。娼館に行こうぜ」
「学者だか研究者だか知らねえが、これを機に長いお付き合いをさせてイタダキマショウーってな! 良いねえ、良いねえ!」
「俺たちみたいなのに依頼するくらいだぜ? せいぜい後ろ暗いことをやってもらって常連になって頂こうぜなあおい!」
そこで何が可笑しかったのか、男たちが揃って哄笑した。
どうも、よからぬ行為で懐を膨らませた帰りらしい。
内容の全てが「外道」でしかないやりとりに、ミゼラティは直感する。
ああ、これは関わると非常に面倒で厄介しかないものだ。
しかも話しぶりから察するに、どうも彼らは「仕事」を終えて自国であるサーペンスに戻る途中らしい。
(まずいな。こっちに来る)
もう少し森側へ身を寄せて、隠れておこう。そう考えたミゼラティは息を殺し、静かに、そして非常にゆっくりとした動作で道端から移動しようとして――。
「おい。そこに居るのは誰だ」
――運の悪いことに、あっさりと見つかってしまうのだった。
◇ ◇ ◇
「なんだ、コレ。新種の魔物か?」
「バッカかお前。マント羽織っただけのガキだろ!」
「は? どう見てもゴミか魔物にしか見えねえだろ、こうも薄汚いんじゃあよ!」
仲間に笑われた男が憤り、苛立ちをぶつけた先は原因となった不幸な子供ミゼラティ。
背後上空から、がしりと掴まれて引き起こされる。
「うっ……く」
猫の子が如く首の後ろを掴まれて。
反動で大きな眩暈に襲われたミゼラティは僅かに苦悶の表情を浮かべたが、すぐに小さく頭を振って彼らを確認する。
外道たる内容を語るに相応しい男たちが、そこに居た。
バラバラに伸びた無精髭。
鳥の巣のようなボサボサの髪の毛。
粗雑な造りのベストには幾つかの武骨な刃物が剥き出しに差さっており、あろうことか分厚い刃をした解体用のナイフもあった。――切り分けるのは、獣ばかりではないだろう。
宙ぶらりんになったミゼラティは、それでも臆することなく彼らに話しかける。
「その手を離してくれ。生憎と、今の私は一文無しだ」
「何だあ? 妙な口を利きやがるガキだな」
「君たちの懐は既に温かいんだろう? このような子供などに構わず、通り過ぎたらどうだ」
「ハッハ! そんなの、調べて見なけりゃあ分かんねえだろ」
「……徒労に終わるだけだ、止めておけ。それよりも、先程言っていた遊行を選んだほうが時間も無駄にならずに済むぞ」
ならず者の男たちを相手に、うんざり顔で解放を促す幼女。
外套下の短剣に手を添えながら、溜め息交じりに言葉を続ける。
「嫌な予感がするんだ。災厄に巻き込まれるかもしれないぞ。……だから、ほら、私を離して解散しようか」
「オイオイ、なんだこのガキ。泣くどころか、さっきからずっと冷静で薄気味悪ぃな」
「ああ。……ん? でも、よく見りゃあ綺麗なツラしてんぜ。おい、こいつは袋にでも詰めて売――」
「――何をしている」
北の国にある氷獄よりも冷たい声が、その場を一閃した。
男たちは揃って声のしたほうを振り返り、幼女は鉛のような絶望を受けて溜め息だけを吐く。
◇ ◇ ◇
何の因果か、嫌がらせか。
街道の向こう。立ちはだかるようにしてそこにいたのは銀色の髪をした美貌の青年。
北の国の守護騎士。三十六回の死線相手。魔女に破滅を呼ぶ、かつての宿敵。
「ああ」と零した溜め息は何回目だろう。
ミゼラティは小さな手でフードの両端を掴んで顔を隠すと、男たちと青年騎士の会話を傍観することにした。
先ずは青年が問いかける。
「西国の人間だな。……その子供に何をしている」
冷たい声を放ち近づいてきた青年は王国一優れた騎士であるものの、まだ若いこともあってか精悍さよりも凄まじい美しさが目立つ。
月明かりの下。長身ながらも痩躯の外見と、銀色の長い髪を後ろで一つに束ねているのも相俟って、それは先ず男たちの醜悪な欲を食いつかせてしまう。
男たちの顔から恐怖が消え、次に浮かんだのは俗悪な色。
リーダー格らしい男が一人わざとらしく進み出てくると、青年をじろじろ見た上でにやりと笑いかけた。
「おう、綺麗なツラした兄ちゃんだな。お前はどっちが良い? 奴隷か、それとも娼館か?」
すれば、仲間たちからゲラゲラと追従の笑い声が上がる。
(――相手の力量も解らない愚か者め)
ミゼラティは下卑た声で囃し立てる彼らの横顔を、一つ一つ張り倒してやりたくなった。
しかしながら、彼の騎士殿は嘲笑を受けても無表情に近い顔で男たちを見つめ返し、ただただ静かに言った。
「その子を離せ」
「あぁ? 俺たちを誰だと――」
「知る必要はない。その子を、離せ」
「てめぇ……こっちが大人しくしてりゃあ、図に乗り――」
「――止めておけ。相手が悪い。それは騎士殿だ」堪りかねたミゼラティが口を挟む。
「ハッ! それがどうした、こっちは五人もいる――」
「――レクスミゼルの四騎士で、その筆頭殿だ。……最後通告だ、本当に止めておけ。……まあ、自殺願望があるならこれ以上は止めやしないが」
「ゲッ……四騎士筆頭って、アレか――黒の死神か!?」
「死の騎士だから、四騎士とか呼ばれている奴か。マジか、何でこんなところに居やがる!」
「お、おお……凄い二つ名で有名なんだな」
ミゼラティが表情を引き攣らせて男たちの相手をしていれば――ひやり、と冷気。
今度は五人と幼女で、揃って青年を見た。
視線を集めた彼の「死」騎士筆頭は、冷めた眼差しで口を開く。
「お前たちは人攫いか。……ならば、遠慮は要らないな」
「まっ、ままま待ってくれ! これは間違い、いや誤解なんだ!」
「……誤解、とは?」
「おっ、そっ、それっ、は」
訊ね返された男は、臓腑が凍るような殺気を受けて酷く狼狽する。視線を無意味に彷徨わせた後、何を思ったかミゼラティの首根っこを掴んだまま返した答えは、どうしようもないものだった。
「お、俺たちはこのガキ――いや、この『仔山羊ちゃん』を家まで送ろうとしてたんだ。なあ、そうだよな!?」
「……。……そうなのか?」
男たちには冷たい視線を、ミゼラティには柔らかい眼差しと声を向けた騎士の右手は既に剣の柄にかかっている。
ここに至ってようやく、男たちは生命の危機を感じたようだった。
青年――四騎士筆頭ヴァイスリヒトの冴え冴えとした気をまともにぶつけられているのもあり、ついぞ縋った先は『仔山羊ちゃん』たる幼女。袋に詰めてもうひと稼ぎにしようとしていた獲物に、いい年をした大人の男たちは助けを求めている。
彼らは瞳で訴えていた。――『助けてくれ、仔山羊ちゃん!』
(だから言っただろう……まあ、気づけただけ良しとしようか)
心の中で呟いたミゼラティは、すっかり癖となりつつある溜め息をつく。
見知らぬ他人どころか、どうしようもない悪党共。だが、今まさに選択次第では行われかねない惨劇を前にしては、見過ごすことなど出来やしない。
ああ、目の前でなければ看過も出来たのだが。
第一『生贄の山羊』呼ばわりとはどういうことだと胸倉を掴んでやりたい。
黒い装いをしているというのに、彼らが見出したるは白い山羊。黒い方ならばまだそれらしくて納得も出来るのだが。手足を粉塗れにして狼を撃退する子羊とでもいうのか。そうなると、あながち間違いでも……いやいや、そもそも、生贄――罪を裁かれるのはそちらだろう。
確かに我が身は断罪され続ける魔女ではあるけれど、見知らぬ相手の罪を被るほどお人よしではない。そんなことをしていたらあっという間に領収書が溜まる。罪の清算書、その対価は命。
しかし、現場に立ち会った以上は見捨てておけまい。ミゼラティはウンザリしながらも、彼らに助け舟を出すことにする。
(さて……乗ってやるか)
一度深呼吸をすると、意を決したように口を開いた。
「め、めえー」
◇ ◇ ◇
「……ミゼラティ?」
フードを被っていても、やはり正体を見抜かれていた。
青年が幼女の名前を口にし、端正な美貌に複雑そうな感情を浮かべるのを幼女は見る。
なんとも言えない羞恥。
けれども、口火を切った以上はやり遂げるつもりだった。でなければ、ただの奇行にしかならない。
人命がかかっているのもあり、今は恥を捨てておく。……後で拾っておこう。
「私は……こ、仔山羊だメエー……」
複雑な心情のまま、それでもミゼラティは奇策を続けた。
すれば正面に立つ青年の秀麗な面差しに、僅かな憐憫が浮かぶ。
「……君が――仔山羊?」
顰められた柳眉が示すのは、疑問。
そのまま無言で見つめられてミゼラティはたじろぐが、自身の背後にはいつの間にか首根っこを掴む男を除いた四人の男たちがいて、ひしと縋りついている。
(……なんだこの状況)
奪われるものから一転、護るものへ。
対峙する相手は、守りに駆け付けたであろう騎士。
逆転した立場。
困惑するのは、美麗の騎士と遠い目をした幼女のみ。
(……ああ、もういっそ笑ってくれ騎士殿)
ヴァイスリヒトは剣の柄に手を掛けたままだが、それでもミゼラティには優しい眼差しと気遣いを見せてくる。憐憫の色がどこにも窺えないところがこれまた切ない。いっそ憐れんでくれ、この小さな子山羊を。
しかしヴァイスリヒトは氷の美貌を変えない。猫の子のようにミゼラティを掴んでいる男の手元を見やり、そのまま流れるように男の顔へと視線を留めると氷の声で告げた。
「ともかく、その子の送迎は私が引き継ごう。……さあ、解放するがいい」
三度目の警告には震とした殺気があった。
男は無言で頷き、ミゼラティから手を離す。
「うわっ……と」
急な解放を受けて着地の際によろけたものの、どうにか地に足をつけたミゼラティは顔を上げて――ヒッと息を飲んだ。
ヴァイスリヒトのぞっとする美貌に浮かんでいたのは、これ以上ない程に凍えた殺気。
どうやら、男の手荒な所作が問題だったようだ。
「お前の対応は――目に余る」
キ、と微かな音。
それは鞘から剣が微かに引き抜かれたもので、幼女を盾にする人数を増やしてくれた。
「待て、騎士殿。些細なことだ、抜くな」
ミゼラティは大きく嘆息し、片手を上げて青年を制止した。相手は柳眉を顰めたが、仕方がないなというふうに頷き、剣を納める。
それから男たちに怜悧な視線を向けて、片手を振った。
それが意味するのは――「立ち去れ」という情け。警告でもあったが。
業を背負いし悪党どもは最早、悪態をつかない。
それぞれが素直にコクコクと頷き、それからミゼラティに「助かったぜ、仔山羊ちゃん。この礼はいつか返すぜ」と小声で言うと、後はもう蜘蛛の子を散らす様に西の国へ続く街道の向こうへ消えて行った。
薄ぼんやりとした月の下、その場に残ったのは幼女と青年騎士。
彼の騎士はミゼラティに右手を差し出し、柔らかな微笑を向ける。
「さあ、悪いものはすっかり居なくなった。――私と共に、行こう」
「……う」
ミゼラティはしかしその場から動かず、差し出されている手を見つめる。
掴めない。掴めるわけがない。
相手の誘いにどこまでも抵抗し、早急にこの場から脱出したいミゼラティだったが――。
(……ダメだ。ちっとも魔力が回復してない)
本来は災禍と呼ばれた絶対なる魔女だというのに、今はただその小さな体躯に相応しい脆弱さを曝け出しているばかり。
(本当に最悪なタイミングで現れてくれるな、この騎士殿は)
眉間に皺を寄せ、威嚇する猫のように救済の手を睨み付けていれば、目の前の長身が不意に傾き――ふっと短くなった。
「な、……」
それはヴァイスリヒトが地面に片膝をついたせいであり、また恭しく上体を屈めて視線を合わせた為でもあった。
その様はまるで従順な騎士の如く。
左手を胸に当て、もう片方の手はミゼラティに差し出して、実に綺麗に微笑む。
「私と帰ろう、お嬢さん」
「――……っ」
背筋を駆け上がるそれは、悪寒にも怒りにも似ていた。
血が逆流する、とはこういうことをいうのだろうか。
傅く騎士から目を離さないまま、ミゼラティはそれでも、じりっと後ろへ後退する。
「……ミゼラティ?」
優しい声、穏やかな眼差し。
ああ、ああ、騙されるものか。
自ら破滅の懐へ飛び込むなど、誰がそんな愚かな真似をするものか。
ああ、ああ、けれど、けれども。
(頭が重い――熱い)
こうしている間にも、身体の不調は下降を続けている。それどころか、今は魔力も体力も――知恵さえも、気怠い身体から倦んできた熱によって鈍くなり始めている。
「ミゼラティ、どうした。顔色が悪い――」
「近づく、な」
片手を上げて制止の意思を示すが、ここ最近は食事も粗末であったから――ああ、とにかく全てのツケが襲い掛かっているのだろう。
体が鉛のように重く、まるで水底に沈んでいる感覚がする。
頭の中では、歪んだ鐘の音が鈍く響いている。
それは処刑の祝福か、業火の憐憫か。
「ミゼラティ」
呼ばれる名前が、ぼやけて聞こえる。
熱い。
熱い。
火が。
足元からではなく、肺腑の内から火が。
ぱちぱちと。
遠くに聞こえるアレは木の爆ぜる音か、手を打ち鳴らす喝采か。
熱い。
熱い。
火が――悲が。
足元が歪む。地面が揺れる。
視界が大きく回り、仰いだ空に見えたのは歪ながらも美しい月と――美しい人。
思わずそれに向かって手を伸ばし――掴み返されたのを自覚する前に、幼女の意識はふつりと途切れてしまった。
火中水底月の影




