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1-14 魔石を抱きて淵に入った覚えなし

 


 さて。なんやかんやで割り込みがあったものの、空腹は満たされたので本来の予定に移ろう。

 店を出たミゼラティは、気配を辿られぬよう人混みに紛れながら、出店で賑わっている通りを歩いていた。

 本来の目的は、手持ちの魔石を売って金銭に変え、食糧を買って帰るだけだったのだ。

 それが何の因果か、途中で四騎士の一人に確保され、高級洋菓子店に連行されたと思ったら着いた先にはもう一人の四騎士がいて――しかし黄金のアップルパイを食せたことで不幸は相殺され――最後は極楽鳥めいた装いの令嬢と会話して、外に出たらもう黄昏だったので笑うしかない。

 通りの端の壁に寄りかかったミゼラティは、胸の前で両腕を組んで考える。

 さてこれから急いで魔石を売却し、食料品の買い物をしないといけないわけだが――。


(……面倒だなあ)

 アップルパイを食べたことにより食欲が満たされ、食糧に対する執着が消えてしまった為だろう。

 なんだか歩き回るのが億劫になっていた。

 むしろ、今日はもう帰ってしまって、あの粗末なベッドで眠りたいとすら思っている。なにせ不必要な男女の修羅場に巻き込まれ、緊急ではないのに変装で魔力を消費する羽目になったので、そこそこの疲労感があるせいだ。


 けれども、手ぶらで戻るのも癪だった。

 気分も足取りも重いが、最初の予定通りに行動するか――そう考え直したミゼラティは溜め息を吐き、変装にて少し丈の短くなった外套を羽織り直す。

 空は黄昏が進み、夜に向けて青が混じり始めていた。

「……本格的に暗くなる前に、とっとと済ませるか」

 見すぼらしく見っとも無い幼女であっても、夜の町を一人で歩くのは安全上宜しくない。

 ここサンズポルトの町は西の無法国に比べると幾らも治安が良いほうだが、それでも夜の時間となると話は別となる。

 何故なら夜は、悪鬼夜業さながらに理を外れたものが活動する時間。

 無一文であったとて対象外になりはしない。売ろうと思えば売れるのだ。


 かつての人生、喝采の火刑後に行われた祭りにおいて「魔女の残骸」ですらも、その対象だった。

 小瓶に詰めて魔除けだの薬だのと喧伝して売っていた者たちがいたのを、ミゼラティは覚えている。消える前に見た灰色の記憶。

 一括、分割、なんでもござれ。隅から隅までを分解して、彼らは金に換えてみせた。その手際は錬金術師がごとく、悪辣ながらも見事に成功させて更なる熱狂を生んでいた。

 そんな人のしたたかさと残酷さと愚かさ全てが、あの場所にはあった。

 ――そんなものしかなかった。贋物の金と喝采の他には何も。


 当世では「売り物」にならぬよう是非とも気をつけよう……灰混じりの回顧と切ない教訓を胸に、通りを歩いて目的地に向かう。

「確かこの先の路地に道具屋が」――あった筈だ、と足早に角を曲がったミゼラティがそうして見つけたものは、目当ての建物ではなく金茶の色彩。


「良かった、子猫ちゃん。まだこの町にいたんだな!」

 オッドアイの双子騎士が片割れ、ロゼウス。

 ミゼラティが心の中で悲鳴じみた声を上げたのは言うまでもない。



 ◇  ◇  ◇



 店を見つけたどころか、天敵に見つかってしまうとは。

 いやいや、それよりも何故彼がここに。先程まで一緒にいたが、それでも別れてから結構な時間が過ぎている。


 ――後をつけられた?

 いいや、流石に一度目の遭遇で反省したので気配察知は怠らなかったし、自分の気配もきちんと消していた。

 ――先回りされた?

 いいや、こちらの目的はひと欠片も明かさなかった。故に、辿られることも推測することも出来ない筈だ。

 ならば、何故ここに彼が居る?

 ミゼラティは脱兎の行動をしようとした自身を制し、敢えて足を止めて彼に問う。


「どうして、ここに?」

 眉根を寄せた表情から、警戒が伝わったのだろう。

 相手は苦笑めいた笑みを浮かべると、軽く両手を上げて降参のポーズをとった。

「待った待った。別に後をつけたんじゃないよ。ここに来るまで、あちこち歩いていたからね」

 その過程でやっと君を見つけたんだよ、とロゼウスは説明を続ける。

「洋菓子店に入る前のこと、覚えてる? 奴らに目を付けられたかもしれないから、一人で行動させるのは危ないと思ってさ。止める間も無くさっさと出て行っちゃったから探していたんだよ、子猫ちゃん」

 そういえば、よからぬ気配をした何かに後をつけられている感じがしたから、それで「デート」なる行動をとる羽目になったのだったか。

 ミゼラティはそのことを思い出すも、にこにこと笑っているロゼウスを見つめて嘆息をつきそうになった。


 どうも闇雲に探した結果、ロゼウスは「あたり」を引いたらしい。

 そして、ミゼラティは「はずれ」を引いた――残念でした、という声すら聞こえた気がして嘆きたくなる。

 そもそも、彼女にとっては得体の知れない何かよりも、彼ら四騎士のほうがもっとずっと「危ない」。この人生を破滅に追い込んでくれる存在である為に、可能な限り接触を避けたい存在である。

 しかしながら、相手にそのような説明はするまい。何が起因となるか――奇縁となるか、分からないのだから。

 もっとも、こうまで遭遇確率が高いと本当に手遅れなのかもしれないわけだが、最後まで希望は持っておく。取り零さぬよう、しっかりと。


 それはともかく今は目の前だ。

 ミゼラティは眼差し鋭く、相手を見上げる。

「ご心配痛み入る。けれども、私の用事はもう直ぐに済むので護衛などは――」

「――こんな裏路地に、何の用?」

「えっ」

 台詞に被せるように質問し返されて、ミゼラティは一瞬ばかり目を丸くする。けれども、すぐにまた表情を引き締めると――気を抜いてはならない――ロゼウスに、渋々ながらも答えた。

「路銀が必要なので、そこの道具屋で――」

 売却を、と続けようとした言葉は失われる。


 そこには廃屋しかなかった。

 割れた窓。木の板が打ち付けられたドア。

 看板すら無いそれは、つい最近閉めたというわけではなく、人が居なくなってから随分と経っていることが建物の外観から窺えた。

「店、が……ない?」

「ああ、そこならもう随分前からそんな感じだよ」

 半ば呆然とするミゼラティの隣にロゼウスが立ち、補足するように話しかけた。

 それを聞いたミゼラティは、思わず驚きの声を零す。

「そんな――どうして……!」

「うーん。昔は腕の良い鑑定士がいたらしいけど、まあ、引き継ぐ相手がいなかったんだろうねえ」

 そう言いながら廃屋に近づいてドアに触れるロゼウスの背中を、幼女は遠い目で見る。


「……ずっとここにあったのに……何故だ? これも相違点か……?」

 小さな声で呻き呟くそれは、生憎と前方にいるロゼウスには聞こえない。両手でこめかみを押えて唸るように考え込む幼女に、ロゼウスが振り返って声を掛ける。

「そういえば、君は何を売ろうとしてたんだい、子猫ちゃん」

 地面に落としていた視線を持ち上げて、ミゼラティは溜め息と共に言った。

「魔石だ」そう言いながら、腰に下げていた袋を相手に揺らして見せる。

「へえ、魔石? ……見ても良いかな?」

 興味を引いたのか、戻ってきたロゼウスが彼女の正面に立って手を差し出す。

 この兄弟は選択肢を並べるが、実質一択前提で接してくる。

 血筋か。血筋なのか。

 ミゼラティはもうすっかり疲れてしまって、大人しく少年の手の平に袋を乗せた。

「……どうぞ」

「ありがとー。……うん。小さいけれど、色は綺麗だし、不純物もそこまでじゃ――……」

 にこにこしながら眺めていたその顔は不意に笑みが引き、声も途切れる。

 ロゼウスはいつしか真剣な顔で――緊迫した表情で?――それら小さな石をありとあらゆる角度から眺め、一つを摘まんで太陽を見るように持ち上げると、ハッとしたように動きを止めた。

 その様子を怪訝そうに眺めていたミゼラティは、あまりにも不審な相手の行動にとうとう口を挟む。

「日はすっかり沈んでしまったから、中を透かし見ることは出来ないぞ騎士殿」

 すれば相手が振り返り、石を元の袋へとしまいこみ――かと思ったら、物凄い形相で足早に近づいてきてミゼラティの両肩を掴んで叫んだ。


「これを売ってくれ、ミゼラティ!」

「え、あ……な、何」

「頼む! 高値で買う。好きな金額を言ってくれて良いから!」

「好きな金額、といわれても」

 勢いに飲まれて、ミゼラティは戸惑う。

 ただの魔石に対する、このロゼウスの変わりよう。

 碌な道具も材料もなく、また特別な方法で作った代物ではないので、そこまで興奮する理由がミゼラティには分からない。

 しかし、高値どころか言い値で買い上げてくださると言うのなら、存分に吹っ掛けよう。

 ――とは思ったものの、どこからが「高値」なのかサッパリだった。

 仕方がないので、ミゼラティは必要分だけを請求する。


「…………黄金のアップルパイ、七個分」

 思いついた比較対象はどうしようもない代物だったが、ロゼウスは真面目な顔で頷き「ありがとう。じゃあ、コレ代金」と言って、幼女の小さな手に大きな袋を握らせた。

 貨幣の擦れる音が少しもしなかったのは、袋の中の密度が高いせいだ。

 掌には、ずっしりとした重い感触。

 少し紐解いて覗けば、重音に相応しい中身が見えたのでギョッとする。

「……騎士殿。金額を間違えていないだろうか」

 ミゼラティが引き攣り顔で問えば、相手はやはり真剣な表情そのままに――それでもようやく少し笑って、首を振る。

「いいや、間違いではないさ。この石に相応しい金額だよ。……俺、こう見えて鑑定士の技持ちなんだよね」

 それは初耳。……いやいや、そうではなくて。

「し、しかしだな、騎士殿。小石程度の大きさでしかないんだぞ? なのに、」

「――なのに、純度がほぼ完全な黄金率で、魔力の伝導率がかなり高いんだ。……あ、もしかして不足の指摘だった? ごめん、じゃあ追加で――」

「――足りているから止めてくれ!」

 どれだけの持ち合わせがあるんだ、この大貴族め!

 心の中で悪態をつきつつ、ミゼラティは尚も袋(中身入り)を取り出そうとする少年騎士の行動を強く制止した。

『収納』レベルがどの程度なのかは知らないが、この分だと平均以上だろうことの予想はつく。


 そのまま空間を切り獲ってやろうか。

 そんなことを考えるだけにしておいて、溜め息を零すことによってモヤモヤする気持ちを消化した。自ら破滅の天秤を傾ける程、愚かではない。

 ミゼラティは袋を懐へ仕舞い込み、今なお真剣な目をして魔石を眺めているロゼウスに声を掛けた。

「……そろそろ帰ってもいいだろうか、騎士殿?」

「ん? ――ああ! 悪い、結局遅くなっちゃったな!」

 黄昏はすっかり西の空へ帰り、夜色へ。

 ロゼウスもまた石を丁寧に包んでポケットへ納めると、ミゼラティを見つめて片手を差し出す。

「家まで送るよ、子猫ちゃん」

 名前呼びは先程の一回きりか、次兄殿――返したい言葉は多々あれど、今日の分の愛想はもう閉店、店じまいだ。その手は取らず、ミゼラティは踵を返す。

「一人で帰るから、結構だ」

「駄目だよ、子猫ちゃん! 危ないから!」

 ロゼウスが今度はきっちりと後を追いかけてきて隣に並ぶ。


「いや、必要ないと言っているだろう。危ない道は通らないし、真っ直ぐ帰る」

「そういうことじゃない。君みたいな子が一人で歩いている時点で危ないんだよ」

「大丈夫だと言っているだろう。着いて来ないでくれ」

「だーめ! ほら、家はどこ?」

「……」

 なりふり構わず走って逃げてしまいたいが、既に体力も気力も底辺にあって少しばかり難しい。

 それでも、さすがに同行されるのはマズイ。

 なにせ拠点は迷宮の森。そして今はただの六歳の幼女。居場所を知られて多人数に強襲でもされれば、そこで人生が終わりかねないのだ。

 騎士は魔女を倒しました、めでたしめでたし。――などという寝物語は、絶対的に避けたいところ。

 さて、どうしようかと考えながらロゼウスを引き連れて歩いていれば、ふと前方に一人の青年が立っているのを見つけた。

 さり気なく空に視線を投げる。少し欠けてはいるが、まだ月は丸い。

(――よし、これでいこう)

 ミゼラティは足を止めて、ロゼウスに告げる。


「すまないが、迎えに来た者がいる。なので、護衛はここまででいい」

「え。護衛って――」

「あれだ」

 言うなりミゼラティは駆け出し、こちらに背を向けて立っている青年に手を振りながら近づく。

「すまない、待ったか!」と、まるで前からの知り合いであるかのように声を掛ければ、青年がわざわざ振り向いてくれたのでミゼラティはその行動に感謝しつつ、相手の視線を引き付けるように更に手を振って――。

(『色欲の瞳(ルシュリア)』)

 捉えた瞳に断りなく、無詠唱で描き込んだは一つの魔術。

 何か言いかけた青年の腕を幼女はガシリと掴み、少し身を寄せてロゼウスの方を振り返る。

「ここまでの護衛に感謝する! それではな、騎士殿!」

「え、あ……うん。じゃあ、……またね? 子猫ちゃん」

 ロゼウスは訝しげな様子で青年の方を見つめてその場に立っていたが、ミゼラティがにっこり微笑んで手を振ったので、それで引くことにしたようだ。名残惜しげな雰囲気で手を振り返しながら、それでも何度か肩越しに振り返って何かを確認するような様子を見せていたが、やがて何もないと分かったのかようやく離れて行った。その姿がすっかり消えてから、ミゼラティは安堵の息を吐く。


 助かったー、と胸を撫で下ろしていれば、頭上で「あの」と声が聞こえた。

 顔を上げれば、そこには少し困惑したような顔をした青年がいたので「ああ」とミゼラティは両手を叩く。

「すまないが、少しばかりご同道願えないだろうか。この町を出るまでで構わない。謝礼も払おう」

「え。……ああ。はい。承りました」

 青年は戸惑った表情をしていたものの、ミゼラティの申し出に素直に頷き、彼女と共に歩き出した。



 ◇  ◇  ◇



 歩きながら、彼女は隣の青年に謝罪する。

 必要に駆られた状態だったとはいえ、見知らぬ君に魅了の術を掛けたことは済まなく思う。

 大罪魔法の一つ、その欠片を少しばかり拝借した術ではあるが、時間経過で消える上、副作用も後遺症もないので安心してほしい。いや本当に。

 ――しかしそれらは口には出さず心中のみに留めておいて、青年と二人黙々と歩いていればやがて町の出入り口が見えてきた。

 念の為、四方八方の周囲にまんべんなく索敵魔術を敷いて見たが、特に人影は無い。

 確実に四騎士の気配も無く。

 ――今度こそ、良し!

 心の中で拳を握り、幼女は掴んでいた手を離して青年を見上げる。


「すまない、本当に助かった。少ないが、これを――」

 ずしりと重い袋の中から幾つかの貨幣を取り出し、掴んだ小さな手を差し出せば相手が緩く首を振る。

「いいえ、礼には及びません。どうぞ、それはお収め下さいますよう」

「いや、しかしだな。私は君に魅りょ――」

「――私はお役に立てたのでしょう? であるならば、それだけで充分です。もう夜も深い……お気をつけて、お帰り下さいませ」

「あ、ああ……ありがと、う?」

 思った以上に青年が従順な態度を示してきたので、今度はミゼラティが戸惑う番になった。

 魅了が効きすぎてしまったのだろうか?

 満月よりは少し欠けていたから、そこまで強くは……いやしかし、今は幼女。技術不足で何かしらの間違いだか計算違いだかがあったのかもしれない。


 ミゼラティは、改めて青年を見つめる。

 夜の中、ぼんやり滲む灰青の長髪。よく見ると、毛先が少しばかり青い。

 そしてこれまた美形ときた。

 瞳は、雨の日に見る景色の一部をそのまま映したかのような霧青色(フォグブルー)。物憂げな目元を縁取る睫毛が髪と同じ灰青(アッシュブルー)で、それが影を落として見えるのもあって彼の端正さを引き立たせている。肩に掛かる仄かに青い灰髪を揺らし、青年は微笑む。

「貴方の御力になれたこと、嬉しく思います。……良い夢を見られますよう」

「ど、どうも。……さようなら」

 困惑と戸惑いを抱えながらミゼラティは軽く頭を下げ、青年に見送られてその場所を、町を、後にする。

 少し歩いた先でちょっと振り返ってみれば青年はまだそこに居て、ゆるゆると片手を振ってきたのでミゼラティは更に困惑し、ぺこりと頭を下げたものの早足で帰路についた。


 そのようにして街道の向こうへと消えた幼女を見届けたは、佇み続けていた灰髪の青年。

 誰もいない夜の中、目を細めて静かな声で独白を零す。


「どうぞまた私をお使い下さいますよう、心よりお待ち申し上げております――我が愛しき運命(シェルデスティン)


 それだけを言葉にした後、彼もまた門の影に溶けるようにしてひっそりと姿を消した。

 その口元に、あるかなきかの不思議な微笑を刻んで。



これは躓かせる石だ

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