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1-12 前に虎、後ろに狼

 


 六歳と十二歳という組み合わせはさておき、恋人のように肩を並べて向かった先は大通りに構えた洋菓子店。雲のような白地のレンガを基調とし、海のように青い色を所々のアクセントにしたその建物は港町に妙に合っていた。

 外観の洒落た感じもさることながら、既に数人が並んで列をなしており、有名店であることを教えてくれている。見たところ、女性のみと恋人同士とが半々――いや、前者のほうが圧倒的に多いのか。それだけの評判と価値が、この店にあるのだろう。


(なんか……なんだかオシャレだ!)

 いつの世界線でもこのような娯楽を体験したことが無かったミゼラティは、つい浮足立ってしまう。

 とはいえ、警戒心だけはしっかりと保持していたので歓声は心の中でのみに留めつつ、店頭に置かれた立て看板へと近づいた。

 タルト、ケーキ、ミルフィーユ。

 キッシュ、プディング、パンケーキ。

 馴染みのある菓子名が並び連ねる中、視線を滑らせていけばやがて見つかる至上の品。


(あ。焼きリンゴもあるのか。珍し――……アップルパイだ!)

 しかも後者のそれには注釈があり「希少ゴールデンアップル使用の為、数量限定!」と書かれていたものだから、ミゼラティは更に舞い上がってしまう。

 黄金のリンゴ。至宝のこがね。

 濃厚な甘みと芳醇な香りを持つ、リンゴの中のリンゴ。絶対王者。それで作られたアップルパイとは、ああ、いかような酔夢を見せてくれるのか。

 もっと早くにこの店を知るべきだった! と後悔しつつ、目をキラキラと輝かせながら立て看板の前からじっと動かないでいれば、すぐ側でクスクスと笑う声がして我に返る。

 そうだ、そうだった。

 自分はいま「デート」なるものをしていて、一人ではないのだった。

 現実に返ったミゼラティが隣を見れば、目尻を下げたロゼウスが笑いの残る声で問う。

「気になる? それ」

「え、あ……」

「あはは、金のリンゴ自体が珍しいもんねえ。――じゃあ、中に入ろっか」

「いや、あのっ――」

 限定品とあるから完売しているかもしれないし、そもそも店の前に何人もの待ち人がいる。

 だから、店に入るならば、あちら――雑談の合間に人が増えて伸びに伸びた待機列――ではないのかとミゼラティが引き止めようとするも、生憎と幼女対少年騎士。純粋な腕力では敵うわけもなく、それどころか逆に手を繋がれ、引っ張られるようにして歩く羽目になった。


(……お)

 予約もなしに行列の横を颯爽と通り過ぎるその間際、列に並ぶ人間の数人が一斉にミゼラティを睨み付けてきたのでつい足を止める。視線の主は女性たちで、とびきりの美少年を連れたボロ外套姿の幼女に対する嫉妬と、列を素通りする「厚かましさ」に対する憎悪の感情がその眼差しに宿っていた。


(それを向けるべき対象は、私なんかを連れてきた美少年だと……おっと)

「ごめんね、特別予約で」

 内心で苦笑していれば、ロゼウスがさり気なくその視線上に回り込んで盾となり、ミゼラティを庇った。

「お先に失礼するよ、お嬢さん方」

 そう言って、自らの美貌を最大限に使用した微笑を返し、全ての敵意を見事に霧散させたのだからお見事というほかない。

(十二でこれだものなあ。才能か、技量か……両方か)

 あと数年経てば、様々な浮名を流す立派な色男になる少年。出来れば今くらいの「好少年」で留まっていて欲しいが、叶わないのは知っているので諦めよう。色欲を向けてもぺろりと平らげた好色の騎士。この笑顔の裏に、その懐に、常に冷たい刃があるのをミゼラティは知っている。


「大丈夫? 子猫ちゃん」

 破滅の未来に向けての予習と復習と算段に思考を寄せていたミゼラティは、すぐ近くで声が聞こえたので視線を上げる。すると意外と近い距離にロゼウスの顔があり、心配そうな面持ちで彼女を見つめていた。

「え、……と?」

 大丈夫とは何のことだと首を傾げていれば、ロゼウスが眉を下げて言う。

「嫌な気配は散らせたから、もう心配ないよ。……怖かったでしょ?」

 自身の考えに半ば没頭していた様子を、恐怖で立ち竦んでしまったのだと勘違いされたようだ。

 ハッ、と一笑に付しかけて――急いで表情を引き締めた。

 笑ってはいけない。ロゼウスは純粋に気遣ってくれたのだから。

 けれども、やはりどうしようもなく笑いそうになる。


 睨まれたから何だというのか。

 これまでの人生三十六回において、憎悪や嘲笑などは幾らも、幾らでもぶつけられてきた。

 しかしそれで傷つけられるのは精神であり、肉体はというと投石代わりの十字架や火にくべる焚き木によって灰にされるという徹底ぶり。

 止めに、そうして出来た魔女の灰は、なんと人魚の肉同様に万能薬として売りに出されるのだ。

 勿論、ただの冗句。曖昧な噂。

 そんな効力などある筈もない。

 けれども、効力を信じたい人々は確かにいて、体が崩れていく炎の中で聞こえたのは喝采だった。


 ――とっとと死んで、役に立て!

 ――早く死んで、薬になれ!

 ――親が、子供が、友人が待っているんだ。お前の死を!

 ――だからとっとと燃えろ、燃え尽ききって灰になれ!


 歌のように、高らかに広場に響き渡った合唱。

 声高に叫んだ観衆の中にはきっと、不治の病の友人、知人、家族などがいたのだろう。だからこそ、こんな残酷な歓声をぶつけて急かしてくるのだろう。

 それ故に笑って望むのだろう、たった一人の女の死を。

 それが石よりも、十字架よりも、何よりも。

 この心をずたずたに切り裂いてくれたのだから、……素晴らしい思い出だ。今でも時々、よく思い出せるくらいには。

 以上の経験から、悪意だけの視線など何でもない。

 順番を待って並んでいる彼女たちが求めているのはこの洋菓子店の品であり、魔女の遺灰ではないのだ。


 ――早く死ねと罵倒して、笑いながら石や十字架を投げて来ないのだから、可愛いものじゃないか。

 喉元まで出掛かったそんな軽口は流石に悪趣味が過ぎる為に飲み込んでおいて、ミゼラティは相手にぎこちない笑みを返すだけに留める。


「あ、ありがとう……ござい、ます」

「うん。行こう」

 ロゼウスは微笑み、小さな幼女の肩を抱いて歩き出す。紳士的なエスコート。流石は未来の色男。その微笑と立ち振る舞いはどこかヴァイスリヒトに似ていて、やはり血の繋がった兄弟なのだなあと、ミゼラティはしみじみする。

 ただ一つ願うのは、あの肝を締め上げるような氷のつるぎめいた視線は似ないで欲しいところ。突きつけられる刃は一本で間に合っているので。……四肢の数と同じく四人ともが似たら磔の際の杭には困らないだろうなあ、とつい物騒な未来を想像してしまい、看板に描かれていたアップルパイの絵を思い出し、急いで塗り潰しておいた。



 ◇  ◇  ◇



 そんなこんなで、死線(あながち間違いでもない)を掻い潜り、足を踏み入れた洋菓子店。中へ入るなり近づいてきた店員にロゼウスが二言三言なにやら話し、相手が得心顔で頷くのが見えた。

「こちらです、どうぞ」と二段ほどの段差を上って進んだ先にあったのは、上等な特別席。

 他のものと比べてそこだけ広く空間がとられており、ゆったりと座って寛げる仕様になっていた。

 ミゼラティは絶句する。

 その豪華さに――ではなく、既に一人が座って待っていたからだ。

 隣に立つロゼウスが片手を上げて、その待ち人に声をかける。


「お待たせ、シュヴァ」

「おう。席はここで良かったか?」

「問題ないない。あ、子猫ちゃんはここ。真ん中」

「え、あ、ちょっ」

 サクサクと会話が進み、サクサクとした流れで座らされたのは双子の間、真ん中の席。

 右手に美少年、左手に美少年。

 普通ならば、待機列にいた女性たちのように「きゃあ」と歓声零して頬の一つでも赤らめるべきところなのだろう。――彼らが破滅させてくる天敵でなければ。

 何故ここに、双子の片割れであるシュヴァルツェがいるのかと問いたい。

 すんなり案内された特別席。

 ということは、事前に連絡していたのか?

 それとも前もって約束していたのか?

 最初から、ここに引き込むつもりで計画していたのか?

 答えは出ない。出ない、が――ただ一つ分かっているのは、左右を天敵である兄弟に挟まれているという事実。


 絶体絶命ではないが、絆の繋がりを避けようとしていたミゼラティにとっては嫌な汗が流れるばかりのこの状況。

 座らされた席にて両膝を掴み、窮鼠の気分で鬱屈していれば、ミゼラティの左手に腰を下ろしたシュヴァルツェが顔の前でひらりと片手を振って注意を引いてきた。

「よう、お嬢ちゃん。昨日……いや、数刻ぶりだな。俺のことは覚えているか? シュヴァルツェだ。シュヴァ、でいいぞ」

 覇気のある声、裏表のない真っ直ぐな笑顔。

 ロゼウスとはまた違った系統の陽気さで、ミゼラティに話しかける。

「兄貴から、お嬢ちゃんが一人で帰ったと聞いて、心配していたんだ。何もなかったようだな。安心した」

「兄さんも薄情だよね。こんな可愛い子を見送るだけなんてさ」

「そう言うなよロゼ。兄貴は、お嬢ちゃんに遠慮されたと言っていたじゃないか。無理矢理はよくない」

「でもさー……ま、良いか。過去より今だ。注文しよっか」

「そうだな。ああ、先程聞いたんだが、ここのおススメは――」

「――あ。この子、いま限定で出てる黄金パイ食べたいんだって」

「おう、アレか。分かった、給仕を呼ぼう」

「……!」

 ミゼラティは自分の意思を余所にぽんぽん進んでいく会話を止めることも無く、ただ流れるまま――流されるままに、彼らのやりとりをぼんやりと眺めていたが一瞬だけ我に返る。

 なんと彼らは忘れずに、ミゼラティの希望していた品を注文したのだ。黄金を。至高なる甘味を。

 喜びに心が躍り、彼らの頭上に輝く一条の光を見い出し――そうになり、慌てて正気に返った。

 違う違う、幻覚を見出してどうする。

 ミゼラティは気を引き締めて考える。

 この双子の強引さにはもはや何も言うまい。彼らはこういうものなのだと思えばいいのだ。

 リーダーシップといえば聞こえがいいが、ミゼラティにしてみれば陽気な暴君。率先して選択肢を取り上げる秀麗な双子。

 それにしても、昨晩のことについて彼らの兄がその一部を脚色(いや捏造か?)して話したようだが、ここで訂正したとてどうなるわけでもない。


 しかしながら、長兄だけでなく次兄たちも妙に構ってくる気がするのは思い上がりだろうか?

 こちらの自意識過剰であるならばそれでいい――いや、よくない。ちっともよくない。それだと、まるでこちらが「構われて嬉しがっている」みたいではないか。ミゼラティは心の中で盛大に首を振り、否定する。


(考え込むだけ時間の無駄だな)

 溜め息を吐いて気持ちを落ち着かせると、給仕とやり取りをしている双子を眺めつつ――なにせ彼らは顔が良いので、目の保養にはなる――注文品が届くのを、静かに待つことにする。

 ここは特別席。距離を空けて他にも四つのテーブルがあるが、埋まっているのは二つで、恋人同士らしき男女がそれぞれにいるのみ。見た限りでは脅威にはならなさそうだ。

(まあ何にせよ、直ぐに動けるようにはしておこう)


 選択権のない選択肢。

 着いた先は洒落た店。

 吉ではないが、凶でもあるまい。


 なにせ、黄金リンゴのアップルパイが出てくるというのだから――悪いことでは決してない。

 あるはずないじゃないか、金のアップルパイだぞ!?



間の幼女に逃げ場なし

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