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1-1 災禍の魔女の死

 


 ゆらゆら。

 ゆらゆらと。


 揺れる景色。

 揺れているのは私。


 ――ああ、まただと思う。

 私はまた「失敗」した。


 迫りくる通算三十六回目の死を迎える中で、考える。

 何が悪かったのだろう。どこで間違えたのだろう。

 何が足りなかったのだろう。どこが欠けていたのだろう。


 なにが。どこが。誰が。いつ、いつの間に。

 ああ、考えても仕方がない。私はもうじき死ぬのだから。

 どうにも手遅れ、回避不能な状況の中で、私は私に迫りくる運命をじっと見つめる。


 両手両足、それと額に刻まれた四か所の呪印が熱い。

 これを付けたのは、私の兄弟――正確には義兄弟だ。血の繋がりはない。

 私は孤児院前に捨てられていた子供で、『所有者』は何処の誰か分からない。

 ただその身を包む粗末な布に紙片が留められていて、そこに名前だけが殴り書かれていたという。

 出荷された家畜のように。タグ付きの子羊が、ぽつねんと。

 そして、貴族が戯れにした慈善行為にて無作為に選ばれたのが私だった。

 そんな経歴故に、兄弟たちと繋がるはずもない。絆はいつも蚊帳の外。


 積み上げられた足元の魔法石が光りだす。

 やがてそこから炎が上がり始め、私は「いつものように」それに包み込まれていく。舞い上がる羽毛のようなものは、火の勢いを手助けする延焼材だろう。

 そのせいか刹那、天使が舞い降りるような幻覚を見る。――その祝福はしかし浄化の炎でしかなく、私は「こんな時でも甘い白日夢を見るのか」といつも笑ってしまう。

 観客の目には、邪悪な魔女の微笑として映るのだろうけど……ああ、全ては愉快な見世物でしかない。


 この死に様は余興。光差す世界の為の幕開けとなる為に。

 この破滅はお慰み。疲れた人々を慰める癒しとなる為の。


 大きく広がった炎が体を這い上がり、隅々までを舐めていく。

 沸き立つ群衆、上がる喝采。まさに大きなお祭りだ。

 石の代わりに飛んできた十字架が、顔のすぐ側を横切り私を吊るす柱にぶつかった。

 砕け弾けた欠片が、目のすぐ下を掠めたが痛みはない。

 ああ、それどころか熱さも感じない。刻まれた呪印のお蔭だろうか、いつも何時もそうだった。

 四肢と額から血が流れているような気がするも、それが現実か幻痛なのかはもう分からない。

 ゆらゆら揺れる炎の中、私はその向こう側にいる兄弟たちを見つける。


 我が身を包む炎よりも高い群衆の熱気の中で、彼らの周りだけ温度が違うようだった。

 彼らは、喝采にも歓声にも混じることなく――何にも交わらずにその場に立っている。冷え冷えとした雰囲気を纏って。

 際立った美貌を持つ四人の冷めた瞳が、名ばかりの「妹」である私に向けられている。

 憎悪のせいか、それとも、もともとがそういう顔立ちなのか。

 冷たいほどに整った綺麗な顔は、炎に包まれて崩れていく「妹」を目にしても、少し歪むだけ。

 そこに、涙は……、生憎といつもその辺りで私の視界は物を映さなくなるので、彼らが泣いているのかを知ることは無い。

 もっとも、情けなどないだろう。最後まで絆は繋がらなかったのだから。


 私は、私という存在は、最後には憎悪で以て見送られる。そういうモノなのだ。

 縊られ、逆さ十字の刻まれた柱に吊られた中で、私は不変の結末を迎える。そういう者なのだ。


 ――私の名は「災禍の魔女」。

 いずれは世界を滅ぼす破滅の存在。従僕と魔王と共に世界を闇で覆う大いなる禍い故に、私はその世界から消されてしまうのだ。従僕、魔王諸共に。

 最期は常に兄弟たちに見捨てられ――彼らの手によって、実に「丁寧に」葬られるまでが筋書き。

 いつも長くは生きられない――存在できない、この運命。確定した未来によって。

 それが私。災禍の魔女。


 だから、次に目が覚めた時もそうなる筈――だった。


 死と苦の交差する終わりを繰り返したことで、何かが、どこかが、違えたのだろうか。

 掛け違った服のボタンのように。途中で噛んだファスナーのように。

 死と苦を重ね、じきに終わる三十六回目の世界。


 四かける九は三十六。

 その死と苦の果てに、迎えるは三十七回目の始まり。


 だから……だろうか?

 三十七回目のそれは、初めから何かが違っていた。



 ◇  ◇  ◇



 始まりの場所はいつも、人の気配がない鬱蒼とした森の中。

 濁った青が混じった暗い雰囲気の中にある大樹の根元に、私は居た。その木の根元にいつの間にかいて、ひとり膝を抱えて蹲っている。

 側には誰も居ない。獣すらも。

 私の周りはいつもそうだった。だから両親の顔も知らず、それまでの記憶も無いまま、何もないままで始まりを待つ。かつての孤児院前、籠の中にいた時のように。

 薄汚れた色をした粗末な服。奴隷か囚人が着るようなそれに身を包み、とくに何をするわけでもなくぼんやりとして、誰か人が来るまでずっとそうしている――筈だった。


 ぱっと何かが弾けた感覚がして、私は不意に「目を覚ました」。

 顔を上げて、周囲に視線を佩く。相変わらず濁った色とくすんだ色彩ではあるが、それでも「目が覚める前」よりかはずっとまともに見えた。


 ――私は何をしているんだろう。

 目的も見いだせず、当てもなく蹲り、ただただ手が差し伸べられるまで待っている。

 ――私は何をしていたんだろう。

 こうして、ぼんやりしている間にも時間は流れ落ちているというのに。そしてそれは、砂時計ではないので戻らない。

 ――けれど、私は戻ってきた。時を逆巻き始まりの場所に。

 ぐずぐずするな、と自身を叱咤して立ち上がる。


 何もないなら考えろ。調べて探せ。動いて見つけろ。お前のその頭は、体は、おがくずか何かの入れ物か。

 火刑に処された時、足元にたくさんそれが置かれていたのを見た覚えがあるけれど、何もその真似をしなくてもいいだろうと自身を罵倒する。

 しかしあれは実にふわふわしていて、寝床にしていた粗末な物置小屋の片隅よりは心地よさそうだったなあという感想を抱いたことも思い出す。


 ――さて。どうしようもない回顧はさておき、一先ずは現状をどうにかしよう。

 あちこちに視線を走らせるも、ここは迷宮の森とも呼ばれるほどの場所。貧しい体躯の少女がどれだけ背伸びをしようとも、その目は、その手は、何かに届くことは無い。


 まあそれも、仕方がない。

 何故なら私は災禍。愛も希望も焼き尽くす。

 信じられるのは、自分自身。


 それだから、しょうがない。

 何故なら私は魔女。導も加護もありはしない。

 持つべきものは、我が身と能力。


 それだというのに、ああ――運よく網を擦り抜けたのか、これまで得て来た知識と経験が身についたままである。この身を巡る魔力が、知識が感じられる。

 他愛ない冗談。せめてもの慈悲。

 仕組んだのは誰なのか、仕掛けるのは何なのか。

 ――まあ、どうでもいいことだ。

 理由に興味はないし、意味も考えはしない。それで更なる「追加分」を頂けるのなら是非ともそうするが、さすがに蜜はここまでだろう。

 ただ分かるのは「これは良いものだ」ということ。それだけを解っていれば、充分だ。


 であるならば、見事に生かしてみよう、この引継ぎを。

 足掻いてみよう、この世界で。

 辿り着く未来に逆らってみよう、この運命で。


 今度こそ私は、災禍の魔女としての運命から外れてみせる。


 ――私は災禍の魔女カッコ仮。

 では、初めから始めよう。三十七回目の人生を。



願うのは、自分が生きる未来

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